「俺の相談に乗ってもらうのに家にまで入れてもらうなんて悪いな……」
「大丈夫だよ。母さんも喜んでたし」
僕が友達を家に連れてくるのなんて心が読めるようになる前の小学生の頃以来だし、僕が久しぶりに家に友達を呼んでもいいかと母さんにメールを送ると「蒼唯が友達を呼んでくるなんて……」と快く承諾してくれた。
僕がそう聞いた時の母さんの感動の仕様に母さんの中での僕のイメージ像が一体どんななのか疑問を持ったけど。
「蒼唯って部屋綺麗にしてるんだな」
「汚すようなことをしてないだけだよ」
「それも十分すごいことだ」
大輝のように真っ直ぐ褒められると思わず照れてしまう。
褒められ慣れてないから余計にだ。
「それで相談って?」
大輝に座布団を用意してあげて座るように促すと大輝はお礼を言ってからそこに腰掛けた。
相談の内容はもう分かってるけど、そう聞かないと心を読んでることバレるから顔には出ないように平然を装って聞く。
「実は俺、今好きな人が居て……」
「え?!そうなんだ、どんな人なの?」
来た!
これでやっと次のステップへ進める。
二人に近づいたのは打算が全てでは無いけど、二人の好きな人を本人から直接口から聞くことでより二人をサポートしやすくなるはずだ。
そう思いここまで待った甲斐があった。
「俺の好きな人は……乃々だよ」
「乃々さんか。二人は昔からの幼なじみたったんだっけ?」
「ああ。俺達は幼稚園の頃から一緒で家も近いから家族ぐるみで今でも仲がいいんだ」
「じゃあ、昔から好きだったの?」
「いや、そうでも無いんだ。俺が乃々を好きになったのは中学二年生の頃の話だ」
「え?」
それに僕は驚いた。
大輝の好きな人は知っていた。
大輝は心の中で何度も、乃々さんともっと一緒に居たいとか、乃々さんともっと話していたかったとか既に聞いていたからなんとなく検討はついていた。
でも、大輝が乃々さんを好きになったのは中学生の頃だなんてことは心の声でも一度も聞いたことがなかった。
今まで一緒に過ごしてきて大輝が他の人と恋の話をすることは無かったわけじゃない。
特に紫音と乃々さんも入れた四人でいる時に紫音がそういう話題を振ることは何度かあった。
だからこそ不思議に思った。
なんで心を読める僕はその事実を知らなかったのだろうか。
「好きになったきっかけとかあるの?」
大輝は一瞬、険しい顔をした。
僕はそれを見てやってしまったと思った。
もしかしたら、大輝が話したくない内容だったのかもしれない。
心が読めるようになってからそのような話題に触れることを避けるように気をつけていたはずなのに驚きでつい行動が先走ってしまった。
「あ、すまん。俺、今怖い顔してたか?大丈夫だからそんなに怯えないでくれ」
僕を見て、大輝は慌てて訂正をして、その言葉に僕はほっとした。
「俺が乃々を好きになった時の話をしてもいいんだが……少し重い話になるかもしれないがいいか?」
「うん。大丈夫だよ」
大輝は「辛くなったらいつでも言ってくれよ」と前置きをしてからゆっくり語り始めた。
「俺は中学生の頃も野球部だったんだが、中学二年生の時に俺は県の選抜選手に選ばれたんだ」
「その頃から大輝は凄かったんだね」
「ありがとな」
大輝はそう照れるようにお礼を言うとまた険しい顔を戻った。
「ただ、問題だったのは俺の学校で選抜選手に選ばれたのが俺だけだったってことだ」
「……それがどう駄目だったの?」
運動部に今まで入ったことの無い僕には何も問題ないように思えるけど、大輝の言い方的にはそうではないようだ。
「俺は三年の先輩を差し置いて、選抜選手に選ばれたてしまったんだ」
「あっ……」
確かに大輝は学校から選ばれたのは一人だけだったと言っていた。
年下だからと言う理由で人を無意識に下に見る人がこの世にいることを心が読める僕は知っているし、自分より下だと思ってたやつが格上だと断定された時に、人がどんなことを思うかも、僕はよく知っていた。
「先輩は次第に俺を避けるようになったんだ」
僕が人を避けるようになった理由がこれだ。
そういう人の心の闇。
僕は大輝の話がまるで自分事のように聞こえてきて、思わず拳をギュッと握りしめた。
「でも、それは仕方ないでしょ!大輝が人一倍努力する人なのは知ってるし、先輩が結果を出せば良かっただけじゃ……」
「蒼唯、そこまでだ」
思わず立ち上がって話す僕に蒼唯がピシャッと静止の言葉をかけた。
いくら自分の嫌いなことといえどあまり強く言うべきではなかったのかもしれない。
出過ぎた真似をした。
大輝の方を恐る恐る見ると目が会い、大輝はいつものように、ただ少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「怒ってくれるのは嬉しいがいつも丁寧な蒼唯に暴言なんて吐かせたくない」
「……ごめん」
「みんなが蒼唯のように人を気遣える心を持っていたらいいんだけどな」
「……僕のはそんなんじゃないよ」
人に親切にするのは自分に嫌な感情を向けられないようにして自分を守るため。
人の機嫌を損ねないように振る舞うのも自分の心を守るためだ。
結局は人のためじゃなくて僕はずっと自分のために動いてる。
僕はどこまで行ってもそういう人間なんだ。
「そうか?でも俺はそんな蒼唯に何度も励まされた。そして今、こうやって誰にも言ってこなかった俺の秘密を蒼唯に言うまで信用してる。それが全てなんじゃないか?」
「そうかな?」
「そうだよ。蒼唯は難しく考え過ぎなんじゃないか」
そうなのだろうか?
でも大輝が言ってくれたことは今までの僕の行動が報われたような気がして嬉しかった。
これは紛れもない本心だった。
僕は自分が嫌われないように振る舞うことで精一杯で見返りなんて求めたことは無かったし、そんな余裕もなかったから、大輝が言ってくれたことは僕にとって新鮮な言葉だった。
「話が逸れたな」
僕はまたその場に座り、大輝の話を待った。
「最初は先輩に無視される程度で特に支障はでないし放っておいたんだ。でも、それが先輩は気に入らなかったみたいで次第にエスカレートしていった。バッターボックスに立つと明らかに俺の体目掛けて投げられたデッドボールが増えたし、先輩がノックを打つ時は俺の番が飛ばされることも少なくなかった」
「そんな……」
「そのうち先輩は俺の同級生や後輩にまで圧力をかけるようになって、次第に俺は野球部の皆に居ないように扱われるようになった」
そう語る大輝の顔は苦しそうで、辛そうで、悲しそうだった。
「何度も野球を辞めようかと思ったし、学校を行くのも辛くなっていった。でも、そんな時だった」
ずっと苦しそうに語る大輝に僕は思わず下を向いていると、大輝の声が少し、明るくなった。
大輝の方を見ると、さっきまで暗い顔をしていた大輝の目には光が灯っていた。
「学校で俺を無視してた野球部の同級生の頬を乃々が思いっきり殴ったんだ。しかもグーで」
「え?」
「それはもう凄い音がしたんだ。乃々よりガタイのいい野球部の同級生が乃々の前に倒れてて俺も最初は何が起こったか分からなかったくらいだ。まだ暴れる乃々を紫音と一緒に抑えてると乃々は「男なんだから言うこと聞きっぱなしじゃなくて自分で考えて動いてみろよ能無し!」とか言って叫びまくってよ!」
先程までとは打って変わって笑い話のように話す大輝に僕も釣られて笑った。
確かに芯の強くて優しい乃々さんらしいや。
「その騒動がきっかけで先輩が主犯だったことが知れ渡って三年の先輩は退部、同級生も後輩もみんな謝ってくれて俺は卒業するまで部活を続けることができた」
大輝はここじゃない、どこかにいる人を想うように窓の外を見た。
「その時から俺は乃々が好きになったんだ」
「そんなことがあったんだね」
「驚いたか?」
「うん。でも、乃々さんなら確かにしそうだ」
「はは!だろ?俺はあいつに感謝してもしきれないよ」
大輝にそんな過去があったなんて……。
「このことはこの学校だと同じ中学の乃々と紫音と俺くらいしか知らないことだから、蒼唯も秘密にしてくれると助かる」
「もちろんそれはいいけど、そんな大事なこと僕に話しても良かったの?」
「いいんだ。蒼唯はもう大事な信用できる友達だから」
その言葉が僕にはたまらなく嬉しかった。
心が読めるこの力のせいでいつも人が怖いくて逃げてばかりで、どうせ友達なんてできないと思ってた僕にとってそう言われることは前までは考えられなかったから。
これも全部紫音のおかげなのかもしれない。
紫音が無理矢理僕をこっちの陽の当たる場所へと連れ出してくれたんだ。
最初から無理だと言って行動もしなかった僕を動かし、二人を引き合わせてくれた。
そして今、大輝はこんなにも僕を文字通り心から信用してくれている。
それに少しでも応えたいと思った。
「ねぇ、大輝。実は僕、人の心が読めるんだ」
気づいた時にはそう口走っていた。
すると途端に部屋には静寂が満ちた。
僕を信じてくれた大輝になら、僕はどう思われてもいいやと思えた。
「おかしい人って思うかもしれないけど本当のことなんだ。人の心の声が頭の中に勝手に響いてくる感じがして……」
でも、怖いものは怖い。
大輝の顔は見れずに下を向いたまま無意識に早口で話していた。
大輝はこれを聞いてどう思うだろうか。
勝手に心を覗かれて怒るだろうか、それとも怖がるかだろうか。僕を頭がおかしい人だと笑うかもしれない。
でも、大輝の顔を見るといつもと同じ笑顔で座っていた。
(なぁ、これは聞こえるてるのか?)
「……うん。聞こえてる」
「うお!本当に心の声が聞こえるんだな。すげぇ」
「すげぇって……怖くないの?僕だったら、心が読める人となんて一緒に居たくないけど」
大輝は僕の表情を見て、真剣な顔をした。
「蒼唯は蒼唯だ。心が読めるようと朝来たら必ず挨拶を返してくれて、誰かが困ってたら裏からそっと助けようとする蒼唯に変わりはない。俺はあんまり物事を難しく考えるようなやつじゃないからさ。蒼唯は蒼唯。それでいいんじゃないか?」
「僕は僕……」
あんまり考えたことがなかった。
「蒼唯は人の目を気にしすぎなんだよ。だから自分の視野も狭くなる。もっと自由でいいと思うぜ!それとも俺たちじゃまだ役不足か?」
「そんなことない!」
それははっきりと言えた。
クラスメイトと誰一人話さなかった前の僕からみんなはここまで僕を前向きな性格にしてくれた。
心から良い人が居るってことを知ることができた。
そんなみんなを僕は感謝しているし、尊敬している。
「ほら、自分の意見言えたじゃん。今の蒼唯が一番蒼唯らしいよ」
大輝はクシャッと笑った。
その笑顔に釣られてまた僕も笑う。
「なんだよ、僕らしいって」
「はは!なんだろうな、俺も分かんなくなってきた!」
二人で顔を見合わせて笑う。
あぁ、そういえば友達と笑うって楽しいことだったな。
「確かに大輝の言う通り、僕は心が読めることで自らの視野を狭めてたのかもしれない。だからせめてこれからは、目の前をだけでもいいからきちんと見ながら歩いてみることにするよ」
久しぶり笑ったせいで痛めた腹筋を押さえていると、大輝はすうっと息を吸った。
「よし決めた。俺も明日乃々に告白しようと思う」
「え?!本当に?」
「あぁ!蒼唯がガッツ見せてくれたんだ。俺もここで頑張らないと肩を並べて歩けない」
大輝は腕を掲げて高らかに宣言した。
僕もその道を応援したいと思った。
紫音程ではないかもしれないけど僕だって大輝や乃々さんには幸せになって欲しい。
でも……。
「ねぇ大輝。不吉なことで悪いけどさ。もし、乃々さんに告白して失敗したらどうするの?」
「別にどうもしねぇよ。今日と何も変わらないままだ」
「怖くないの?失敗したら告白した意味がなくなるとか考えないの?」
「しないな!」
大輝はキッパリと言った。
「思いを伝えることに意味があるんだ。失敗したら意味が無いなんてことは無い」
一年前に紫音に『失敗することっていうのは無駄な事じゃないんだよ?きっと、今の蒼唯には分からないだろうけど』と言われたのを思い出した。
確かにその時は僕は言葉の意味は分からなかったし、今でも正直分からないままだ。
でも、大輝の言ったことと、紫音のあの言葉は多分同じ意味なんだろうなということだけは分かった。
分からないけど、分からないなりに友達を応援したいという気持ちもある。
「頑張ってね、大輝」
「おう!」
大輝は向かい合わせの僕に左手を差し出した。
それに僕も応えるように手を差し出し、僕らは固い握手をした。
「ん?蒼唯ってそんなブレスレット付けてたんだな。似合ってるよ」
僕は咄嗟にブレスレットを右手で隠した。
そっか、大輝は左利きだし、無意識に左手で握手してしまった……。
でも、大輝の心を読んだ感じ、紫音との関係を思わせる発言は無かったから大丈夫だろうと「ありがとう」と答えた。
「明日の告白頑張ってね!」
「大丈夫だよ。母さんも喜んでたし」
僕が友達を家に連れてくるのなんて心が読めるようになる前の小学生の頃以来だし、僕が久しぶりに家に友達を呼んでもいいかと母さんにメールを送ると「蒼唯が友達を呼んでくるなんて……」と快く承諾してくれた。
僕がそう聞いた時の母さんの感動の仕様に母さんの中での僕のイメージ像が一体どんななのか疑問を持ったけど。
「蒼唯って部屋綺麗にしてるんだな」
「汚すようなことをしてないだけだよ」
「それも十分すごいことだ」
大輝のように真っ直ぐ褒められると思わず照れてしまう。
褒められ慣れてないから余計にだ。
「それで相談って?」
大輝に座布団を用意してあげて座るように促すと大輝はお礼を言ってからそこに腰掛けた。
相談の内容はもう分かってるけど、そう聞かないと心を読んでることバレるから顔には出ないように平然を装って聞く。
「実は俺、今好きな人が居て……」
「え?!そうなんだ、どんな人なの?」
来た!
これでやっと次のステップへ進める。
二人に近づいたのは打算が全てでは無いけど、二人の好きな人を本人から直接口から聞くことでより二人をサポートしやすくなるはずだ。
そう思いここまで待った甲斐があった。
「俺の好きな人は……乃々だよ」
「乃々さんか。二人は昔からの幼なじみたったんだっけ?」
「ああ。俺達は幼稚園の頃から一緒で家も近いから家族ぐるみで今でも仲がいいんだ」
「じゃあ、昔から好きだったの?」
「いや、そうでも無いんだ。俺が乃々を好きになったのは中学二年生の頃の話だ」
「え?」
それに僕は驚いた。
大輝の好きな人は知っていた。
大輝は心の中で何度も、乃々さんともっと一緒に居たいとか、乃々さんともっと話していたかったとか既に聞いていたからなんとなく検討はついていた。
でも、大輝が乃々さんを好きになったのは中学生の頃だなんてことは心の声でも一度も聞いたことがなかった。
今まで一緒に過ごしてきて大輝が他の人と恋の話をすることは無かったわけじゃない。
特に紫音と乃々さんも入れた四人でいる時に紫音がそういう話題を振ることは何度かあった。
だからこそ不思議に思った。
なんで心を読める僕はその事実を知らなかったのだろうか。
「好きになったきっかけとかあるの?」
大輝は一瞬、険しい顔をした。
僕はそれを見てやってしまったと思った。
もしかしたら、大輝が話したくない内容だったのかもしれない。
心が読めるようになってからそのような話題に触れることを避けるように気をつけていたはずなのに驚きでつい行動が先走ってしまった。
「あ、すまん。俺、今怖い顔してたか?大丈夫だからそんなに怯えないでくれ」
僕を見て、大輝は慌てて訂正をして、その言葉に僕はほっとした。
「俺が乃々を好きになった時の話をしてもいいんだが……少し重い話になるかもしれないがいいか?」
「うん。大丈夫だよ」
大輝は「辛くなったらいつでも言ってくれよ」と前置きをしてからゆっくり語り始めた。
「俺は中学生の頃も野球部だったんだが、中学二年生の時に俺は県の選抜選手に選ばれたんだ」
「その頃から大輝は凄かったんだね」
「ありがとな」
大輝はそう照れるようにお礼を言うとまた険しい顔を戻った。
「ただ、問題だったのは俺の学校で選抜選手に選ばれたのが俺だけだったってことだ」
「……それがどう駄目だったの?」
運動部に今まで入ったことの無い僕には何も問題ないように思えるけど、大輝の言い方的にはそうではないようだ。
「俺は三年の先輩を差し置いて、選抜選手に選ばれたてしまったんだ」
「あっ……」
確かに大輝は学校から選ばれたのは一人だけだったと言っていた。
年下だからと言う理由で人を無意識に下に見る人がこの世にいることを心が読める僕は知っているし、自分より下だと思ってたやつが格上だと断定された時に、人がどんなことを思うかも、僕はよく知っていた。
「先輩は次第に俺を避けるようになったんだ」
僕が人を避けるようになった理由がこれだ。
そういう人の心の闇。
僕は大輝の話がまるで自分事のように聞こえてきて、思わず拳をギュッと握りしめた。
「でも、それは仕方ないでしょ!大輝が人一倍努力する人なのは知ってるし、先輩が結果を出せば良かっただけじゃ……」
「蒼唯、そこまでだ」
思わず立ち上がって話す僕に蒼唯がピシャッと静止の言葉をかけた。
いくら自分の嫌いなことといえどあまり強く言うべきではなかったのかもしれない。
出過ぎた真似をした。
大輝の方を恐る恐る見ると目が会い、大輝はいつものように、ただ少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「怒ってくれるのは嬉しいがいつも丁寧な蒼唯に暴言なんて吐かせたくない」
「……ごめん」
「みんなが蒼唯のように人を気遣える心を持っていたらいいんだけどな」
「……僕のはそんなんじゃないよ」
人に親切にするのは自分に嫌な感情を向けられないようにして自分を守るため。
人の機嫌を損ねないように振る舞うのも自分の心を守るためだ。
結局は人のためじゃなくて僕はずっと自分のために動いてる。
僕はどこまで行ってもそういう人間なんだ。
「そうか?でも俺はそんな蒼唯に何度も励まされた。そして今、こうやって誰にも言ってこなかった俺の秘密を蒼唯に言うまで信用してる。それが全てなんじゃないか?」
「そうかな?」
「そうだよ。蒼唯は難しく考え過ぎなんじゃないか」
そうなのだろうか?
でも大輝が言ってくれたことは今までの僕の行動が報われたような気がして嬉しかった。
これは紛れもない本心だった。
僕は自分が嫌われないように振る舞うことで精一杯で見返りなんて求めたことは無かったし、そんな余裕もなかったから、大輝が言ってくれたことは僕にとって新鮮な言葉だった。
「話が逸れたな」
僕はまたその場に座り、大輝の話を待った。
「最初は先輩に無視される程度で特に支障はでないし放っておいたんだ。でも、それが先輩は気に入らなかったみたいで次第にエスカレートしていった。バッターボックスに立つと明らかに俺の体目掛けて投げられたデッドボールが増えたし、先輩がノックを打つ時は俺の番が飛ばされることも少なくなかった」
「そんな……」
「そのうち先輩は俺の同級生や後輩にまで圧力をかけるようになって、次第に俺は野球部の皆に居ないように扱われるようになった」
そう語る大輝の顔は苦しそうで、辛そうで、悲しそうだった。
「何度も野球を辞めようかと思ったし、学校を行くのも辛くなっていった。でも、そんな時だった」
ずっと苦しそうに語る大輝に僕は思わず下を向いていると、大輝の声が少し、明るくなった。
大輝の方を見ると、さっきまで暗い顔をしていた大輝の目には光が灯っていた。
「学校で俺を無視してた野球部の同級生の頬を乃々が思いっきり殴ったんだ。しかもグーで」
「え?」
「それはもう凄い音がしたんだ。乃々よりガタイのいい野球部の同級生が乃々の前に倒れてて俺も最初は何が起こったか分からなかったくらいだ。まだ暴れる乃々を紫音と一緒に抑えてると乃々は「男なんだから言うこと聞きっぱなしじゃなくて自分で考えて動いてみろよ能無し!」とか言って叫びまくってよ!」
先程までとは打って変わって笑い話のように話す大輝に僕も釣られて笑った。
確かに芯の強くて優しい乃々さんらしいや。
「その騒動がきっかけで先輩が主犯だったことが知れ渡って三年の先輩は退部、同級生も後輩もみんな謝ってくれて俺は卒業するまで部活を続けることができた」
大輝はここじゃない、どこかにいる人を想うように窓の外を見た。
「その時から俺は乃々が好きになったんだ」
「そんなことがあったんだね」
「驚いたか?」
「うん。でも、乃々さんなら確かにしそうだ」
「はは!だろ?俺はあいつに感謝してもしきれないよ」
大輝にそんな過去があったなんて……。
「このことはこの学校だと同じ中学の乃々と紫音と俺くらいしか知らないことだから、蒼唯も秘密にしてくれると助かる」
「もちろんそれはいいけど、そんな大事なこと僕に話しても良かったの?」
「いいんだ。蒼唯はもう大事な信用できる友達だから」
その言葉が僕にはたまらなく嬉しかった。
心が読めるこの力のせいでいつも人が怖いくて逃げてばかりで、どうせ友達なんてできないと思ってた僕にとってそう言われることは前までは考えられなかったから。
これも全部紫音のおかげなのかもしれない。
紫音が無理矢理僕をこっちの陽の当たる場所へと連れ出してくれたんだ。
最初から無理だと言って行動もしなかった僕を動かし、二人を引き合わせてくれた。
そして今、大輝はこんなにも僕を文字通り心から信用してくれている。
それに少しでも応えたいと思った。
「ねぇ、大輝。実は僕、人の心が読めるんだ」
気づいた時にはそう口走っていた。
すると途端に部屋には静寂が満ちた。
僕を信じてくれた大輝になら、僕はどう思われてもいいやと思えた。
「おかしい人って思うかもしれないけど本当のことなんだ。人の心の声が頭の中に勝手に響いてくる感じがして……」
でも、怖いものは怖い。
大輝の顔は見れずに下を向いたまま無意識に早口で話していた。
大輝はこれを聞いてどう思うだろうか。
勝手に心を覗かれて怒るだろうか、それとも怖がるかだろうか。僕を頭がおかしい人だと笑うかもしれない。
でも、大輝の顔を見るといつもと同じ笑顔で座っていた。
(なぁ、これは聞こえるてるのか?)
「……うん。聞こえてる」
「うお!本当に心の声が聞こえるんだな。すげぇ」
「すげぇって……怖くないの?僕だったら、心が読める人となんて一緒に居たくないけど」
大輝は僕の表情を見て、真剣な顔をした。
「蒼唯は蒼唯だ。心が読めるようと朝来たら必ず挨拶を返してくれて、誰かが困ってたら裏からそっと助けようとする蒼唯に変わりはない。俺はあんまり物事を難しく考えるようなやつじゃないからさ。蒼唯は蒼唯。それでいいんじゃないか?」
「僕は僕……」
あんまり考えたことがなかった。
「蒼唯は人の目を気にしすぎなんだよ。だから自分の視野も狭くなる。もっと自由でいいと思うぜ!それとも俺たちじゃまだ役不足か?」
「そんなことない!」
それははっきりと言えた。
クラスメイトと誰一人話さなかった前の僕からみんなはここまで僕を前向きな性格にしてくれた。
心から良い人が居るってことを知ることができた。
そんなみんなを僕は感謝しているし、尊敬している。
「ほら、自分の意見言えたじゃん。今の蒼唯が一番蒼唯らしいよ」
大輝はクシャッと笑った。
その笑顔に釣られてまた僕も笑う。
「なんだよ、僕らしいって」
「はは!なんだろうな、俺も分かんなくなってきた!」
二人で顔を見合わせて笑う。
あぁ、そういえば友達と笑うって楽しいことだったな。
「確かに大輝の言う通り、僕は心が読めることで自らの視野を狭めてたのかもしれない。だからせめてこれからは、目の前をだけでもいいからきちんと見ながら歩いてみることにするよ」
久しぶり笑ったせいで痛めた腹筋を押さえていると、大輝はすうっと息を吸った。
「よし決めた。俺も明日乃々に告白しようと思う」
「え?!本当に?」
「あぁ!蒼唯がガッツ見せてくれたんだ。俺もここで頑張らないと肩を並べて歩けない」
大輝は腕を掲げて高らかに宣言した。
僕もその道を応援したいと思った。
紫音程ではないかもしれないけど僕だって大輝や乃々さんには幸せになって欲しい。
でも……。
「ねぇ大輝。不吉なことで悪いけどさ。もし、乃々さんに告白して失敗したらどうするの?」
「別にどうもしねぇよ。今日と何も変わらないままだ」
「怖くないの?失敗したら告白した意味がなくなるとか考えないの?」
「しないな!」
大輝はキッパリと言った。
「思いを伝えることに意味があるんだ。失敗したら意味が無いなんてことは無い」
一年前に紫音に『失敗することっていうのは無駄な事じゃないんだよ?きっと、今の蒼唯には分からないだろうけど』と言われたのを思い出した。
確かにその時は僕は言葉の意味は分からなかったし、今でも正直分からないままだ。
でも、大輝の言ったことと、紫音のあの言葉は多分同じ意味なんだろうなということだけは分かった。
分からないけど、分からないなりに友達を応援したいという気持ちもある。
「頑張ってね、大輝」
「おう!」
大輝は向かい合わせの僕に左手を差し出した。
それに僕も応えるように手を差し出し、僕らは固い握手をした。
「ん?蒼唯ってそんなブレスレット付けてたんだな。似合ってるよ」
僕は咄嗟にブレスレットを右手で隠した。
そっか、大輝は左利きだし、無意識に左手で握手してしまった……。
でも、大輝の心を読んだ感じ、紫音との関係を思わせる発言は無かったから大丈夫だろうと「ありがとう」と答えた。
「明日の告白頑張ってね!」