「最後はここだよ!」
さっきまでいた三階からエスカレーターで二階へ降りて、ついたのは雑貨屋さん。
隣の服屋やペットショップなんかと大きさを比べるとやや小さい。
入口は狭く、店頭にまで物が雑多に置かれている。
「ここでなにか買いたい物でもあるの?」
「うん。最初に言ったでしょ!蒼唯にも関係することだって」
細い入口をスイスイ進んでいく紫音の後ろを僕は黙ってついていく。
どうやらここで僕に関係するものを買うらしい。
正直何も想像がつかないのだけれど……。
紫音は既に物の目星がついているようで「あれ?この辺だったような気がするんだけど……」なんて言いながら同じコーナーをぐるぐると見て回っている。
肝心の僕は何を買うのか知らされていないので何もできず、紫音の後ろをカルガモの子供のようについて歩いた。
「あっ!これだよこれ!」
紫音が棚の隅々まで見るように探していると僕らが最初に通過した辺りの棚から手のひらサイズの箱を手に取った。
「何それ?」
「ふふん。私たちのコミュニケーションを楽にしてくれるものだよ」
謎のドヤ顔で「この前見つけたんだ〜!」なんて言ってる紫音を尻目に箱の中を除くと中には白と黒で対になっているブレスレットが二個入っていた。
ブレスレットの両方には腕時計の時計部分のような円盤がこれも色が白黒で対になるようについていた。
もしや……!と思ってさっき紫音が箱を取った場所をよく見るとすぐそばのポップには『遠距離カップルのためのブレスレット』なんて書いてある。
「あの……紫音さん。これは一体?」
「これを蒼唯と私でつけようと思って!」
『僕らの関係性は周りには秘密にする』ってルールを決めたのは本当に紫音だよね?
しかもお揃いだし……。
紫音は自分で決めたルールを守る気があるのか?
「ペアルックなのは申し訳ないんだけど、これには訳があって……」
「訳って?」
「蒼唯、ちょっと腕出して!」
紫音に言われて右腕を出すと、紫音はブレスレットの黒の方を僕の手首に巻いた。
「僕にアクセサリーとか似合う気がしないんだけど……」
「まぁまぁ、そう言わずに!」
紫音に促され、そのまま手首につける。
意外と腕にフィットして付け心地は良かった。
「それじゃあ、いくよ?」
「えっ?それってどういう――」
言い切る前にその言葉の意味がわかった。
紫音が対になっている白の方の円盤部分を二回タップすると僕がつけていた黒のブレスレットが振動し始めた。
「これって……」
「そう!びっくりしたでしょ?どれだけ遠く離れてても繋がるらしいよ!」
確かにすごいけど、これがどう僕に関係するのだろう?
「今日、二人で内緒の会話をした時、蒼唯は私の心を読んでくれたから私は話さずに済んだけど、蒼唯が私に話す時はどうしても声に出さないといけなくて不便だったじゃん?」
確かに、紫音は言葉を口にしなくて良いが僕は紫音になにか言う時、口に出さないといけない。それに僕は何度困ったことか。
特に大輝は耳が良いから特に困ったし、この調子なら紫音はこれからも学校で話しかけてくるだろうからどうしようかと悩んでいたところだ。
「これがあればさ、私が今日みたいな会話じゃなくて『はい』か『いいえ』で答えられる形式で話を振れば、蒼唯もこの振動の回数で答えることができてお互い言葉に出さずに会話が成立するんじゃないかなって思って!」
「あっ、確かに」
例えば、紫音が今日のように「放課後集合、場所は靴箱」と心の中で呟く。
僕はそれを聞いて、『すぐ行く』なら一回、『今日は無理』なら二回振動させると事前に決めていたら確かにこの会話は言葉を口に出さずに成立してしまう。
「そう考えると便利……かも?」
唯一問題があるとすれば、紫音とお揃いをつけていることがバレれば僕がクラスで村八分にされる可能性があるってところくらいか。
それでも、人と喋りたくない僕からしたらメリットの方が勝つ。
それに幸いにも僕は誰かがブレスレットに少しでも違和感を感じたらそれを心の声で察知することができる。
「蒼唯の反応も良いし、じゃあ買ってこようかな」
「あ、待って。僕もお金出す」
「そんなのいいよ〜。私が勝手に言い出したんだから」
「駄目だよ。お金関係はちゃんとしよう」
これは僕のための物でもあるし、女子に奢ってもらうのも男として格好がつかないだろう。そう店員に心の中で笑われるのも嫌だし。
値段を見ると、二万円と値は貼ったが、これを二人で割るし、これからの僕の心労が幾分か休まるのなら安いものだろう。
どうせ毎月貰っているお小遣いも家に引きこもってばかりで使い道も無いし。
その後紫音がレジにスタスタと歩いていき、会計を終わらせているのを少し離れたところで見ていると店員と紫音は何かを話し、その後僕の方を見て笑った。
「おまたせ!買えたよ!」
「……紫音、店員さんに何言ったの?」
さっき店員さんから(チッ、カップルがイチャつきやがって)って聞こえたんだけど……。
「えっ?『後ろの彼氏さんとお揃いですか?』って聞かれたから『そうなんですよ!でも、私の彼氏は恥ずかしがり屋でー』って言っといたよ!蒼唯なら分かるでしょ!」
確かに、定員の心を読めば分かるけど!
「僕らの関係は口外しないんじゃなかったの?そもそも、僕ら付き合ってないし」
そう言うと紫音はまたもやムッと頬を膨らました。
「あの人とは今日きりの出会いだから良いんだよ。それに、そんなこと言ってるからモテないんだよ!」
「だから、僕は――」
何度も言うのも面倒臭くなって、言うのを途中で辞めた。
紫音と話しているといつも主導権を握られて調子が狂う。
「それで、ちゃんと買えた?」
「もちろん!蒼唯にはこっちの黒の方あげるね」
「ありがとう」
手で受け取ろうとしたら「つけてあげるよ!」と言われ、利き手では何かと見えてしまう機会が多そうなので、左の手首につけてもらった。
「じゃあ、紫音のもつけてあげる」
「え!いいの?ありがと!」
僕ばかりブレスレットをつけてもらっているからお返しにと思って言ったが、予想以上に喜んでくれてなんだか体がむず痒かった。
「わぁ〜!改めて見ると綺麗だね!」
紫音は左利きなので右手首につけて、僕のと並べて見比べるように手を出した。
「これで会話も少しは楽になるね!」
「そうだね。助かるよ」
「えへへ〜」
紫音は照れたように頭をかいた。
「これで今回の『お手伝い』も少しは楽になりそうかな?」
僕に貸された最初のお手伝い。
それは『佐倉さんと大輝の恋を成就させる』こと。
「二人の好きな人は分かった?心の中で想像させないといけないなら私からそういう話を振った方がいいよね?」
二人のことが本当に大事なんだろう。
紫音は二人のこれからのことを考えているようでわくわくが隠し切れていない。
でも、この恋は……。
「いや、もう分かったよ。二人の好きな人」
「えっ?!もう分かってたの?」
「うん。でも二人の好きな人は……」
「あー!やっぱり私には教えないで!そういうの言われると私すぐ態度に出ちゃうから!」
「えっ?」
心の声は隠せるのに?と喉を出かけた言葉を必死に飲み込んだ。
今の状況の方が僕にとって好都合だったから。
言わなくていいならそれに越したことはない。
二人の好きな人はきっと軽々しく口にしてはいけない。
特に、佐倉さんのは……。
「ねぇ、二人の恋を叶えるのって急がないといけないことなの?二人のことを見守るとか……高校を卒業してからもきっとそれぞれに進展があるだろうし――」
「それじゃあダメなんだよ」
紫音がはっきりと言い切ったのに少し怯んだ。
紫音の顔は下を向いて表情は読み取りにくかったけど苦しそうな表情だった。
(時間が無いの……)
紫音の漏れ出たような心の声が頭に響いた。
時間?
なんの時間だろうか?
紫音とあの二人は別々の場所に進学してしまい、会うことができなくなるとか?
この三人の仲なら卒業した後でも自然と定期的に集まっていそうだけれど。
僕らの出会いといい、まったく紫音はよく言葉の意図が分からないことを言って僕を混乱させる。
言葉の意味は気になったけど、今それを言及するのは辞めておいた。
心が読めなくてもこんな表情をした人に聞くほど僕は能天気では無い。
「……はっきり言って、きっとこの恋が叶うのは難しいと思う。それでもやるの?」
「うん。やるよ」
紫音は迷いなく、そう答えた。
「例え、それで二人の恋が叶わなかったとしても?」
「それならそれでいいんだよ。私は二人が幸せに過ごしているところを見たいだけなの。二人はいつも何かを気にしているみたいだったから」
紫音は何かと人のことをよく見ている。
この紫音の余計なお世話で振り回される二人も可哀想な気もするが、きっとそれが紫音の優しさで、人に好かれる理由なんだろう。
「それにね、蒼唯。失敗することっていうのは無駄な事じゃないんだよ?きっと今の蒼唯には分からないだろうけど」
「……その通りみたい」
失敗は成功の母だという話をしているのだろうか?
でも、結局失敗したら何も残らないし、それまでに努力してきたことを溝に捨ててしまうのと一緒だ。
成功して、始めて意味を成す。
だから、失敗すると分かっていることはしない。無駄になってしまうから。
僕は確かに、紫音の言葉を理解できずにいた。
「別に今すぐに二人の恋を叶えようって話じゃないの。来年でもいいし……そうだね。期限は卒業するまで。とかでどうかな?そりゃ、早く叶う方がいいだろうけど」
「……卒業まで『お手伝い』は続く予定なの?」
僕はそっちに驚いた。
一体、この人は僕の弱味をいつまでも利用するつもりなのだろうか?
「それは、私と蒼唯次第かな?早く終わらせたいなら頑張って二人とも仲良くなってね!」
どうやら僕は頑張るしかないらしい。
この悪魔のような人のせいで。
「そろそろ時間だし私は帰るね」
「なら僕も帰るよ。一階まで行こう」
エスカレーターで下へ降りる途中、紫音はまるで買いたての玩具で遊ぶ子供のように僕の目の前で何度もブレスレットを振動させた。
最初は僕もやり返すつもりで振動を送り返していたものの紫音が飽きることなく何度も送ってくるので途中から反応するのは止めた。
一階に到着してバス乗り場に一番近い出口の前まで来た時、紫音は足を止めた。
「私はここでいいや」
「帰りはバスじゃないんだ」
「あ〜……今日はこっちの方にまだ用事があって」
秘密は多い紫音だが、歯切れが悪い返答は珍しい。
けれど特段気にすることも無くバイバイと手を振った。
「うん。また明日」
別れ際、手を振る紫音の手首には僕の左手首につけられたブレスレットとお揃いのものがつけられていて、なんだか照れくさかった。
紫音と別れ、バス乗り場の目の前まで歩いたところでふと、ノイズキャンセリングイヤホンを忘れていることに気がついた。
多分、僕が音酔いで休憩してた時に外部の音を遮断するために使って机に置きっぱなしにしてしまったのだろう。
仕方がない。ショッピングモールが閉まるまでにまだ十分時間もあるし取りに帰ろう。
バス乗り場の目的地を目の前に、踵を返して元いた場所まで戻る。
エスカレーターで三階へ上がり、無事イヤホンを見つけた後、せっかくだから紫音がまだ見えるか見てみるかと思いついた。
紫音が向かって行ったのは僕がさっきまでいたバス乗り場とはショッピングモールを挟んで反対側。
すぐ近くの硝子張りの壁からならそっち側が見える。
時間もまだそんなに経ってないし、紫音もバスに乗るものだろ思っててバス乗り場側の出口で別れたからまだ見える位置にいるかもしれない。
そんな少しの好奇心が僕の中でふつふつと湧き上がってきた。
少し歩き、硝子張りの壁を見て、僕と同じ学校の制服の女子を探す。
「あっ、居た」
後ろ姿だけど、僕と同じ制服の女子を一人だけ見つけた。
今の時間はこの辺りも高校生が多いが、みんなバス乗り場がある反対側ばかりで、逆に僕が見ている側は特に何もないから人も少ない。
あるものと言えば、すぐそこに見える僕が少し前まで入院していた総合病院くらいしか……。
その時だった。
紫音だと思って目で追っていた人物がその総合病院に入っていったのだ。
一瞬、見間違えかと思って目を疑った。
肝心な顔こそ見えなかったけど、あの女の子は紫音と同じくらいのセミロングで身長も同じくらいだったような気がする。
紫音が病院に入っていく。
その光景を見て、紫音はなにかの病気なのかもしれないという少し悪い想像が頭をよぎった。
それから、また落ち着きを取り戻すように深呼吸をして、硝子張りの壁から離れ、バス乗り場へ向かった。
なにも、病院に行くのは病気の人だけじゃない。
もしかしたら家族のお見舞いかもしれないし、そもそもあれは紫音じゃない可能性すらある。
そもそも僕がそんなに気にする事はない。
そうだ、気にする必要は無いんだ。
紫音と僕はやっぱり他人に過ぎないのだから。
そう自分に言い聞かせた。
その時、ブレスレットから振動がきて、驚いて体がビクつく。
なんだ、紫音は元気じゃないか。
そう思い、僕も円盤をタップした。
さっきまでいた三階からエスカレーターで二階へ降りて、ついたのは雑貨屋さん。
隣の服屋やペットショップなんかと大きさを比べるとやや小さい。
入口は狭く、店頭にまで物が雑多に置かれている。
「ここでなにか買いたい物でもあるの?」
「うん。最初に言ったでしょ!蒼唯にも関係することだって」
細い入口をスイスイ進んでいく紫音の後ろを僕は黙ってついていく。
どうやらここで僕に関係するものを買うらしい。
正直何も想像がつかないのだけれど……。
紫音は既に物の目星がついているようで「あれ?この辺だったような気がするんだけど……」なんて言いながら同じコーナーをぐるぐると見て回っている。
肝心の僕は何を買うのか知らされていないので何もできず、紫音の後ろをカルガモの子供のようについて歩いた。
「あっ!これだよこれ!」
紫音が棚の隅々まで見るように探していると僕らが最初に通過した辺りの棚から手のひらサイズの箱を手に取った。
「何それ?」
「ふふん。私たちのコミュニケーションを楽にしてくれるものだよ」
謎のドヤ顔で「この前見つけたんだ〜!」なんて言ってる紫音を尻目に箱の中を除くと中には白と黒で対になっているブレスレットが二個入っていた。
ブレスレットの両方には腕時計の時計部分のような円盤がこれも色が白黒で対になるようについていた。
もしや……!と思ってさっき紫音が箱を取った場所をよく見るとすぐそばのポップには『遠距離カップルのためのブレスレット』なんて書いてある。
「あの……紫音さん。これは一体?」
「これを蒼唯と私でつけようと思って!」
『僕らの関係性は周りには秘密にする』ってルールを決めたのは本当に紫音だよね?
しかもお揃いだし……。
紫音は自分で決めたルールを守る気があるのか?
「ペアルックなのは申し訳ないんだけど、これには訳があって……」
「訳って?」
「蒼唯、ちょっと腕出して!」
紫音に言われて右腕を出すと、紫音はブレスレットの黒の方を僕の手首に巻いた。
「僕にアクセサリーとか似合う気がしないんだけど……」
「まぁまぁ、そう言わずに!」
紫音に促され、そのまま手首につける。
意外と腕にフィットして付け心地は良かった。
「それじゃあ、いくよ?」
「えっ?それってどういう――」
言い切る前にその言葉の意味がわかった。
紫音が対になっている白の方の円盤部分を二回タップすると僕がつけていた黒のブレスレットが振動し始めた。
「これって……」
「そう!びっくりしたでしょ?どれだけ遠く離れてても繋がるらしいよ!」
確かにすごいけど、これがどう僕に関係するのだろう?
「今日、二人で内緒の会話をした時、蒼唯は私の心を読んでくれたから私は話さずに済んだけど、蒼唯が私に話す時はどうしても声に出さないといけなくて不便だったじゃん?」
確かに、紫音は言葉を口にしなくて良いが僕は紫音になにか言う時、口に出さないといけない。それに僕は何度困ったことか。
特に大輝は耳が良いから特に困ったし、この調子なら紫音はこれからも学校で話しかけてくるだろうからどうしようかと悩んでいたところだ。
「これがあればさ、私が今日みたいな会話じゃなくて『はい』か『いいえ』で答えられる形式で話を振れば、蒼唯もこの振動の回数で答えることができてお互い言葉に出さずに会話が成立するんじゃないかなって思って!」
「あっ、確かに」
例えば、紫音が今日のように「放課後集合、場所は靴箱」と心の中で呟く。
僕はそれを聞いて、『すぐ行く』なら一回、『今日は無理』なら二回振動させると事前に決めていたら確かにこの会話は言葉を口に出さずに成立してしまう。
「そう考えると便利……かも?」
唯一問題があるとすれば、紫音とお揃いをつけていることがバレれば僕がクラスで村八分にされる可能性があるってところくらいか。
それでも、人と喋りたくない僕からしたらメリットの方が勝つ。
それに幸いにも僕は誰かがブレスレットに少しでも違和感を感じたらそれを心の声で察知することができる。
「蒼唯の反応も良いし、じゃあ買ってこようかな」
「あ、待って。僕もお金出す」
「そんなのいいよ〜。私が勝手に言い出したんだから」
「駄目だよ。お金関係はちゃんとしよう」
これは僕のための物でもあるし、女子に奢ってもらうのも男として格好がつかないだろう。そう店員に心の中で笑われるのも嫌だし。
値段を見ると、二万円と値は貼ったが、これを二人で割るし、これからの僕の心労が幾分か休まるのなら安いものだろう。
どうせ毎月貰っているお小遣いも家に引きこもってばかりで使い道も無いし。
その後紫音がレジにスタスタと歩いていき、会計を終わらせているのを少し離れたところで見ていると店員と紫音は何かを話し、その後僕の方を見て笑った。
「おまたせ!買えたよ!」
「……紫音、店員さんに何言ったの?」
さっき店員さんから(チッ、カップルがイチャつきやがって)って聞こえたんだけど……。
「えっ?『後ろの彼氏さんとお揃いですか?』って聞かれたから『そうなんですよ!でも、私の彼氏は恥ずかしがり屋でー』って言っといたよ!蒼唯なら分かるでしょ!」
確かに、定員の心を読めば分かるけど!
「僕らの関係は口外しないんじゃなかったの?そもそも、僕ら付き合ってないし」
そう言うと紫音はまたもやムッと頬を膨らました。
「あの人とは今日きりの出会いだから良いんだよ。それに、そんなこと言ってるからモテないんだよ!」
「だから、僕は――」
何度も言うのも面倒臭くなって、言うのを途中で辞めた。
紫音と話しているといつも主導権を握られて調子が狂う。
「それで、ちゃんと買えた?」
「もちろん!蒼唯にはこっちの黒の方あげるね」
「ありがとう」
手で受け取ろうとしたら「つけてあげるよ!」と言われ、利き手では何かと見えてしまう機会が多そうなので、左の手首につけてもらった。
「じゃあ、紫音のもつけてあげる」
「え!いいの?ありがと!」
僕ばかりブレスレットをつけてもらっているからお返しにと思って言ったが、予想以上に喜んでくれてなんだか体がむず痒かった。
「わぁ〜!改めて見ると綺麗だね!」
紫音は左利きなので右手首につけて、僕のと並べて見比べるように手を出した。
「これで会話も少しは楽になるね!」
「そうだね。助かるよ」
「えへへ〜」
紫音は照れたように頭をかいた。
「これで今回の『お手伝い』も少しは楽になりそうかな?」
僕に貸された最初のお手伝い。
それは『佐倉さんと大輝の恋を成就させる』こと。
「二人の好きな人は分かった?心の中で想像させないといけないなら私からそういう話を振った方がいいよね?」
二人のことが本当に大事なんだろう。
紫音は二人のこれからのことを考えているようでわくわくが隠し切れていない。
でも、この恋は……。
「いや、もう分かったよ。二人の好きな人」
「えっ?!もう分かってたの?」
「うん。でも二人の好きな人は……」
「あー!やっぱり私には教えないで!そういうの言われると私すぐ態度に出ちゃうから!」
「えっ?」
心の声は隠せるのに?と喉を出かけた言葉を必死に飲み込んだ。
今の状況の方が僕にとって好都合だったから。
言わなくていいならそれに越したことはない。
二人の好きな人はきっと軽々しく口にしてはいけない。
特に、佐倉さんのは……。
「ねぇ、二人の恋を叶えるのって急がないといけないことなの?二人のことを見守るとか……高校を卒業してからもきっとそれぞれに進展があるだろうし――」
「それじゃあダメなんだよ」
紫音がはっきりと言い切ったのに少し怯んだ。
紫音の顔は下を向いて表情は読み取りにくかったけど苦しそうな表情だった。
(時間が無いの……)
紫音の漏れ出たような心の声が頭に響いた。
時間?
なんの時間だろうか?
紫音とあの二人は別々の場所に進学してしまい、会うことができなくなるとか?
この三人の仲なら卒業した後でも自然と定期的に集まっていそうだけれど。
僕らの出会いといい、まったく紫音はよく言葉の意図が分からないことを言って僕を混乱させる。
言葉の意味は気になったけど、今それを言及するのは辞めておいた。
心が読めなくてもこんな表情をした人に聞くほど僕は能天気では無い。
「……はっきり言って、きっとこの恋が叶うのは難しいと思う。それでもやるの?」
「うん。やるよ」
紫音は迷いなく、そう答えた。
「例え、それで二人の恋が叶わなかったとしても?」
「それならそれでいいんだよ。私は二人が幸せに過ごしているところを見たいだけなの。二人はいつも何かを気にしているみたいだったから」
紫音は何かと人のことをよく見ている。
この紫音の余計なお世話で振り回される二人も可哀想な気もするが、きっとそれが紫音の優しさで、人に好かれる理由なんだろう。
「それにね、蒼唯。失敗することっていうのは無駄な事じゃないんだよ?きっと今の蒼唯には分からないだろうけど」
「……その通りみたい」
失敗は成功の母だという話をしているのだろうか?
でも、結局失敗したら何も残らないし、それまでに努力してきたことを溝に捨ててしまうのと一緒だ。
成功して、始めて意味を成す。
だから、失敗すると分かっていることはしない。無駄になってしまうから。
僕は確かに、紫音の言葉を理解できずにいた。
「別に今すぐに二人の恋を叶えようって話じゃないの。来年でもいいし……そうだね。期限は卒業するまで。とかでどうかな?そりゃ、早く叶う方がいいだろうけど」
「……卒業まで『お手伝い』は続く予定なの?」
僕はそっちに驚いた。
一体、この人は僕の弱味をいつまでも利用するつもりなのだろうか?
「それは、私と蒼唯次第かな?早く終わらせたいなら頑張って二人とも仲良くなってね!」
どうやら僕は頑張るしかないらしい。
この悪魔のような人のせいで。
「そろそろ時間だし私は帰るね」
「なら僕も帰るよ。一階まで行こう」
エスカレーターで下へ降りる途中、紫音はまるで買いたての玩具で遊ぶ子供のように僕の目の前で何度もブレスレットを振動させた。
最初は僕もやり返すつもりで振動を送り返していたものの紫音が飽きることなく何度も送ってくるので途中から反応するのは止めた。
一階に到着してバス乗り場に一番近い出口の前まで来た時、紫音は足を止めた。
「私はここでいいや」
「帰りはバスじゃないんだ」
「あ〜……今日はこっちの方にまだ用事があって」
秘密は多い紫音だが、歯切れが悪い返答は珍しい。
けれど特段気にすることも無くバイバイと手を振った。
「うん。また明日」
別れ際、手を振る紫音の手首には僕の左手首につけられたブレスレットとお揃いのものがつけられていて、なんだか照れくさかった。
紫音と別れ、バス乗り場の目の前まで歩いたところでふと、ノイズキャンセリングイヤホンを忘れていることに気がついた。
多分、僕が音酔いで休憩してた時に外部の音を遮断するために使って机に置きっぱなしにしてしまったのだろう。
仕方がない。ショッピングモールが閉まるまでにまだ十分時間もあるし取りに帰ろう。
バス乗り場の目的地を目の前に、踵を返して元いた場所まで戻る。
エスカレーターで三階へ上がり、無事イヤホンを見つけた後、せっかくだから紫音がまだ見えるか見てみるかと思いついた。
紫音が向かって行ったのは僕がさっきまでいたバス乗り場とはショッピングモールを挟んで反対側。
すぐ近くの硝子張りの壁からならそっち側が見える。
時間もまだそんなに経ってないし、紫音もバスに乗るものだろ思っててバス乗り場側の出口で別れたからまだ見える位置にいるかもしれない。
そんな少しの好奇心が僕の中でふつふつと湧き上がってきた。
少し歩き、硝子張りの壁を見て、僕と同じ学校の制服の女子を探す。
「あっ、居た」
後ろ姿だけど、僕と同じ制服の女子を一人だけ見つけた。
今の時間はこの辺りも高校生が多いが、みんなバス乗り場がある反対側ばかりで、逆に僕が見ている側は特に何もないから人も少ない。
あるものと言えば、すぐそこに見える僕が少し前まで入院していた総合病院くらいしか……。
その時だった。
紫音だと思って目で追っていた人物がその総合病院に入っていったのだ。
一瞬、見間違えかと思って目を疑った。
肝心な顔こそ見えなかったけど、あの女の子は紫音と同じくらいのセミロングで身長も同じくらいだったような気がする。
紫音が病院に入っていく。
その光景を見て、紫音はなにかの病気なのかもしれないという少し悪い想像が頭をよぎった。
それから、また落ち着きを取り戻すように深呼吸をして、硝子張りの壁から離れ、バス乗り場へ向かった。
なにも、病院に行くのは病気の人だけじゃない。
もしかしたら家族のお見舞いかもしれないし、そもそもあれは紫音じゃない可能性すらある。
そもそも僕がそんなに気にする事はない。
そうだ、気にする必要は無いんだ。
紫音と僕はやっぱり他人に過ぎないのだから。
そう自分に言い聞かせた。
その時、ブレスレットから振動がきて、驚いて体がビクつく。
なんだ、紫音は元気じゃないか。
そう思い、僕も円盤をタップした。