(助けて……!!)
残暑も過ぎ去り、すっかり秋模様となった高校の通学路でふと、そんな声が強く頭の中に響いた。
小学生の男女ものだろうか。
そんな『心の声』に驚いて反射的に声の出処を探る。
ずっと消えてほしいと思っていたこの能力が役に立つ時がくるなんて……。
心を読める力なんていつも僕を苦しめてばかりだったのに。
(仕事休みてぇ〜)
(一限目なんだっけ?)
(朝ごはん食べ損ねたなぁ……)
これじゃないっ!どこだ?集中しろ!
(おい、危なくないか。……おいっ!嘘だろ!!)
これだ!
人混みを掻き分けるようにしてグイグイと進んで行った先の横断歩道には紺色の帽子を被った小学生の兄妹とそれを庇うように抱きしめている制服姿の女子高生がいた。
女子高生の背後には白の軽自動が赤信号なんて見ていないような速度で突っ込みそうになっている。
やばいっ!どうしたら……?!
そんな考えすらも置き去りにするかのように僕の体は車道へと足を踏み出していた。
アスリートが極限の集中状態に入った時や人が死の恐怖に直面した時に、人間は体感時間が遅く感じることがあるのをどこかで聞いたとこがあったけど、こういうことだったのか思った。
車がやけに遅く動いているように見えて、自分の体が勢いに乗って前へ進む感覚がやけに鮮明に感じられる。
そして、恐らく一瞬であろうこの時間にそんなことを考えていられるくらい頭もはっきりとしていた。
左足で着地して、もう一度思いっきり地面を蹴飛ばす。
全身で風を切り裂いて、羽織っていたカーディガンが風の抵抗を受けていることでさえ明確に感じることができた。
三人にタックルをするような形で車の進路の外へ出るように押し出す。
(あ〜あ、邪魔が入った……)
えっ……?
今、邪魔って……?
そこで僕が押し出した女子高生と目があった。
僕には心を読めるという能力柄、顔を見ただけでもその人の喜怒哀楽程度の感情が明確に分かるという嫌な特技があった。
命中率はかなり高い。なんていったって、どんな心理学者でもすることができない嘘やお世話が混じることがない答え合わせをすることができるんだから。
だからこそ、分からなかった。
彼女のその目から読み取れるのは紛れもない、残念という感情だったから。
混乱している間、ここでやっと車の運転手もハンドルを切り、ブレーキをかけたようでけたたましい音と共に速度が多少減少し、進路は僕が三人を押し出した方向とは逆の方向に逸れた。
しかし、それも既に僕らが車の目の前にいる時にしたこと。
曲がりきれずに重い金属の車体は僕の体に少し当たり、僕は着地を失敗して、頭には強い衝撃が走った。
さっきまでスローに見えていた世界がいつもと同じ時間で回り始めて、周囲から悲鳴混じりの声が聞こえてくる。
「大丈夫ですか!?」
意識の朦朧とする僕のそばに、例の女子高生のちょっと高い声が聞こえてくる。
さっきの『邪魔』という言葉は一体、どういう意味だったんだ。
小学生を殺せなくて……って意味だろうか。
もしかして、今のうちに僕はこの人にトドメを刺されたり……。
恐る恐る彼女の顔を見ると、目からは涙が流れていた。
その顔は紛れもなく、僕を心配してくれている顔だった。
……さっきまであんなに失望の感情をしてたのに。
なんなんだ。この人は。
「誰か、救急車!この人頭から血が……」
(どうしよう、どうしよう!どうやったら助けられるのっ?!)
駄目だ。
どんどん聞こえる声は小さくなってき、心の声頭に響く度に頭がキンキンと痛む。
女子高生は持っていたハンカチで頭の傷口を止血してくれていた。
本当にこの人はなんなんだろう。
『邪魔』だと言ったのに、今は僕を本気で助けてくれようとしている。
僕を殺したい訳じゃないのか……?
なんにしろこれ以上は意識が……。
視界は徐々に暗転していき、ゆっくりと手放されていく意識の中で、彼女から匂った金木犀の香りは何故か、恐ろしいほど優しく、そしてなぜか懐かしいような、そんな気がした。
残暑も過ぎ去り、すっかり秋模様となった高校の通学路でふと、そんな声が強く頭の中に響いた。
小学生の男女ものだろうか。
そんな『心の声』に驚いて反射的に声の出処を探る。
ずっと消えてほしいと思っていたこの能力が役に立つ時がくるなんて……。
心を読める力なんていつも僕を苦しめてばかりだったのに。
(仕事休みてぇ〜)
(一限目なんだっけ?)
(朝ごはん食べ損ねたなぁ……)
これじゃないっ!どこだ?集中しろ!
(おい、危なくないか。……おいっ!嘘だろ!!)
これだ!
人混みを掻き分けるようにしてグイグイと進んで行った先の横断歩道には紺色の帽子を被った小学生の兄妹とそれを庇うように抱きしめている制服姿の女子高生がいた。
女子高生の背後には白の軽自動が赤信号なんて見ていないような速度で突っ込みそうになっている。
やばいっ!どうしたら……?!
そんな考えすらも置き去りにするかのように僕の体は車道へと足を踏み出していた。
アスリートが極限の集中状態に入った時や人が死の恐怖に直面した時に、人間は体感時間が遅く感じることがあるのをどこかで聞いたとこがあったけど、こういうことだったのか思った。
車がやけに遅く動いているように見えて、自分の体が勢いに乗って前へ進む感覚がやけに鮮明に感じられる。
そして、恐らく一瞬であろうこの時間にそんなことを考えていられるくらい頭もはっきりとしていた。
左足で着地して、もう一度思いっきり地面を蹴飛ばす。
全身で風を切り裂いて、羽織っていたカーディガンが風の抵抗を受けていることでさえ明確に感じることができた。
三人にタックルをするような形で車の進路の外へ出るように押し出す。
(あ〜あ、邪魔が入った……)
えっ……?
今、邪魔って……?
そこで僕が押し出した女子高生と目があった。
僕には心を読めるという能力柄、顔を見ただけでもその人の喜怒哀楽程度の感情が明確に分かるという嫌な特技があった。
命中率はかなり高い。なんていったって、どんな心理学者でもすることができない嘘やお世話が混じることがない答え合わせをすることができるんだから。
だからこそ、分からなかった。
彼女のその目から読み取れるのは紛れもない、残念という感情だったから。
混乱している間、ここでやっと車の運転手もハンドルを切り、ブレーキをかけたようでけたたましい音と共に速度が多少減少し、進路は僕が三人を押し出した方向とは逆の方向に逸れた。
しかし、それも既に僕らが車の目の前にいる時にしたこと。
曲がりきれずに重い金属の車体は僕の体に少し当たり、僕は着地を失敗して、頭には強い衝撃が走った。
さっきまでスローに見えていた世界がいつもと同じ時間で回り始めて、周囲から悲鳴混じりの声が聞こえてくる。
「大丈夫ですか!?」
意識の朦朧とする僕のそばに、例の女子高生のちょっと高い声が聞こえてくる。
さっきの『邪魔』という言葉は一体、どういう意味だったんだ。
小学生を殺せなくて……って意味だろうか。
もしかして、今のうちに僕はこの人にトドメを刺されたり……。
恐る恐る彼女の顔を見ると、目からは涙が流れていた。
その顔は紛れもなく、僕を心配してくれている顔だった。
……さっきまであんなに失望の感情をしてたのに。
なんなんだ。この人は。
「誰か、救急車!この人頭から血が……」
(どうしよう、どうしよう!どうやったら助けられるのっ?!)
駄目だ。
どんどん聞こえる声は小さくなってき、心の声頭に響く度に頭がキンキンと痛む。
女子高生は持っていたハンカチで頭の傷口を止血してくれていた。
本当にこの人はなんなんだろう。
『邪魔』だと言ったのに、今は僕を本気で助けてくれようとしている。
僕を殺したい訳じゃないのか……?
なんにしろこれ以上は意識が……。
視界は徐々に暗転していき、ゆっくりと手放されていく意識の中で、彼女から匂った金木犀の香りは何故か、恐ろしいほど優しく、そしてなぜか懐かしいような、そんな気がした。