「寂しいに決まってるだろ! ずっと一緒だったのに! てか、なんで落ちるんだよ! 合格してたら一緒に東京行けたのに! もうなんで、僕だけ……聖亜のバカやろう!」

 うつむいた僕の体が、ふわっとあたたかい感触に包まれた。
 冷たかったハルを抱きしめたときとは違う、生きている人間のあたたかさ。

「俺も……寂しいよ」

 僕を抱きしめているのは、聖亜だった。

「ごめん、ユズ」

 ぎゅうっと強く抱きしめられて、息が苦しくなる。

「でも絶対ユズを追いかけていくから。それまで待っててほしい」

 聖亜がどんな顔をして言っているのか、僕にはわからない。
 だけど聖亜の声も体も、ちょっとだけ震えていた。

「うん、待ってる」

 そう答えると、僕は聖亜の背中に手を回した。
 そして背中から強く、その体を抱きしめる。

「来年絶対に来てよ? そうしないと浮気するから」
「浮気したら殺す」

 ぷっと噴き出して、少し体を離した。
 僕を見ている聖亜と目が合う。
 顔がすごく近い。
 やばいほど、心臓がドキドキしている。

「あ……」

 そのとき、僕たちの間に、桜の花びらが飛んできた。

「花びら?」

 つぶやいた聖亜が手を伸ばす。
 その手にはらりと花びらが舞い落ちる。

「羽流だ」

 ついこぼした僕の声に、聖亜もうなずく。

「羽流が俺たちに会いにきた」
「うん。僕もそう思う」

 フェンスの向こうには白い建物。
 きっといまも誰かがあの病室から、外を見ているんだろう。
 僕はそっと空を仰ぐ。

 羽流、見ててね。
 僕はいつかそんな誰かに寄り添えるような人になるから。
 そしてきっと聖亜も……。

「羽流」

 聖亜が花びらを見下ろしながらつぶやいた。

「俺もユズも大丈夫だから。心配するな」

 ふわりと春の優しい風が吹いた。
 聖亜の手のひらから、花びらが空へ向かって飛んでいく。

「また来年な、羽流」
「そうだね、また来年会おうね」

 僕たちはそう言って、空を見上げる。

 また来年、ここで会おう。
 少しだけ大人になって、でも大切な想いは変わらないまま。

 空に飛んだ薄紅色の花びらが、水色の空の果てに消えていった。