一年前。三年生に進級したとき。
 僕はひとりで職員室へ向かった。

「遅くなりましたが、進路希望、持ってきました」

 幸か不幸か、担任は二年生のときと同じ先生。
 僕はやっと書けた進路希望調査書を提出する。

「おー、書けたか、よしよし、進学な。ん? 医療関係の仕事に就きたいのか?」
「はい。まだ具体的には決めてないんですけど」
「うん。これからしっかり考えるといい」
「そうします」

 春休みに決めた進路は、僕が出会った幽霊・羽流に影響されたものだった。
 さすがにいまから医者を目指すのは難しいけれど、苦しんでいる人のそばで、少しでも僕が支えになってあげられたらいいなと思ったからだ。

「うーっす。これ持ってきましたぁ」
「あっ」

 いい加減な態度で僕の隣に現れたのは、こちらも幸か不幸か同じクラスになった聖亜だった。

「なんだお前、この紙ぐしゃぐしゃじゃないか」

 先生が顔をしかめながら、聖亜からゴミのような紙を受け取る。

「いいだろ? ちゃんと考えて書いたんだから」
「ん?」

 用紙を開いた担任が、目を丸くする。
 僕もそっと、それをのぞき込んでみた。

「医学部進学希望? 将来は医者になる?」
「え、ええー?」

 思わず声を上げてしまった僕を、聖亜がにらみつける。

「なんだよ、なんか文句あっか?」
「い、いや……」
「でもなぁ、聖亜。いまから医学部目指すって……」

 担任も苦笑いで、聖亜を見る。

「は? 俺マジで考えて決めたんすよ? 先生が生徒の夢を壊してもいいんすか?」
「いや、べつに高みを目指すのは大いにけっこうだが……」
「金は親父に出させるので、問題ないっす」
「それはまぁ、よかったが……」
「んじゃ、そういうことでよろしく!」

 聖亜は担任にそう言ったあと、僕に視線を移して言った。

「べつにあいつの代わりに俺が、とか思ったわけじゃないからな」

 僕は羽流の言葉を思い出す。

『ボクは……お医者さんになりたかったです……』
「俺がやりたいからやる。それだけ」
「うん……」

 うなずいた僕の前で、聖亜は憎らしい顔でちょっと笑って言った。

「まぁ、俺は天才だからな」

 たしかに聖亜は頭がいい。いままでサボっていただけで、やる気を出すとすごいんだ。
 そしてそれからというもの、聖亜は人が変わったように猛勉強をはじめた。
 新しいクラスメイトとつるむことなく、授業を真面目に受け、テストでは常に上位。
 学校が休みの日も家から一歩も出ず、ひたすら独学で受験勉強をしていたらしい。
 バスケ部に入ることはなかったけれど、たまの息抜きに、公園でバスケする姿を見かけたことはある。
 それでもさすがに現実は厳しくて……聖亜は医学部に合格することができなかった。