「え、聖亜?」

 聖亜がボールを弾ませて、まっすぐゴールを見ていた。
 見たこともないような、真剣な表情で。

「見てろよ、ユズ。俺のこと」

 聖亜がボールを頭の上に上げる。
 その手からすっとボールが離れたかと思ったら、綺麗な放物線を描いて、ボールがリングの間を通り抜けた。

 わあっと、子どもたちから歓声が上がる。
 僕は黙って聖亜の背中を見つめる。
 どこかから花びらが舞い落ちてきて、パチパチと小さな拍手が聞こえた気がした。

『すごい! すごい! カッコいい!』

 隣を見ると、天使のようにかわいくて小さな男の子が、僕を見上げて言った。

『あの子、僕のお兄ちゃんなんだ』

 自慢げに言ってから、キラキラした瞳で聖亜を見つめる。

『僕もあんなふうになりたいなぁ……』

 ボコッと頭にボールがぶつかる。

「いてっ」
「どこ見てんだボケ! 俺のこと見てろって言っただろが!」

 聖亜が振り返って怒っている。
 その顔が僕の知っているいつもの聖亜で、それがすごくうれしくて……僕はふにゃりと笑ってしまった。

「は? なに笑ってんだよ。気持ちわりぃ」

 そんな聖亜の両手を、子どもたちが引っ張る。

「すごい、すごい、お兄ちゃん!」
「もう一回やってみてよ!」
「どうやってやったの? 僕にも教えてー!」

 あっという間に囲まれた聖亜が、頭を掻きながら言う。

「しょうがねぇなぁ。もう一回やってやるから、よく見てろよ?」
「うん!」
「お願いします! センパイ!」

 聖亜がちらっと僕を見た。
 僕はにっこり笑って、聖亜に叫ぶ。

「お願いします! 先輩!」

 まんざらでもなさそうに、ふっと笑った聖亜が前を向く。
 ボールを弾ませ、ザッと土を蹴って走る。
 春風が吹き、桜の花びらが降ってきた。
 まだ開花したばかりのはずなのに、あの日の公園のように花吹雪が舞う。
 その中を、聖亜が颯爽と駆け抜ける。

 羽流――。

 聖亜の姿を目で追いながら、心の中でつぶやく。

 大丈夫。お兄ちゃんは大丈夫だから。
 ちゃんと前を見て、進んでいるから。
 転びそうになったら、僕がそばで支えるから。
 だからもう、安心していいんだよ。
 安心して、空の上から見守っていてほしい。

 ふわっと、あたたかい春風が吹き抜けた。
 ゴール前で聖亜が、空に向かってジャンプする。
 僕は眩しい日差しを浴びながら、その姿を目に焼きつける。

 聖亜の放ったボールは、鮮やかにリングの間を通り抜けた。