「先生の言うとおりです。将来のことはしっかりと考えてから提出したほうがいいですよ」

 職員室を出た途端、ハルが僕にそう言った。
 僕は廊下に誰もいないことを確かめてから、小声で答える。

「ハルのために職員室に来たのに……なんか、ごめん」
「え、なんで謝るんですか?」
「だってハルは……」

 ハルには『医者になりたい』という夢があった。
 でも僕は死ぬことばかり考えていて……ついこの前まで将来のことなんか考えようともしなかった。
 なんて情けなくて、しょうもない人間だったんだろう。
 するとハルが僕の背中をぽんっと叩いた。

「ボクのことは気にしないでくださいって言いましたよね? 死んじゃったんだから、しょうがないんですよ。それよりいま生きてる、ユズ自身のことをちゃんと考えてください」
「ハル……」

 僕は進路希望の用紙を、くしゃっと握りしめる。

「ハルってほんとに年下なのかな? すごくしっかりしてるよね?」
「そんなことないですよ」
「もしかして学級委員長とか……生徒会役員とかやってなかった?」

 ハルが黙って、うつむいた。

「ハル……?」

 嫌な思い出でも思い出してしまっただろうか。
 またやっちゃったかもしれない。

「ボクは……たぶん……」

 あせる僕の前で、ハルがつぶやく。

「あんまり学校には行ってなかった気がします」
「え?」
「高校はもちろん……中学とか小学校も……」
「不登校……とか?」
「わかりません」

 まさか僕みたいに、いじめられてたわけじゃないだろうな。
 しょんぼりしてしまったハルを元気づけようと、僕は明るい声を出す。

「あ、明日は体育館に行ってみようよ。部活をしている生徒を見たら、なにか思い出すかもしれないよ?」
「……はい」

 ハルはあまり乗り気ではなさそうだ。
 本当は学校の外に行きたかったけど、ハルは学校の敷地から出られない。
 何度挑戦してみても、どうしても校門の外へは移動できなかった。

「大丈夫だよ! きっと思い出すことができるよ!」

 ハルが困ったような笑顔を見せる。
 僕がこんなに口下手でなければ……もっと気の利いたセリフが言えたのに……。
 もっとハルを元気づけてあげられたのに……。

『ユズにはなにもできない』

 ハルの言葉を思い出し、首を横に振る。
 なんとかしたい。なんとかする。
 僕が絶対、ハルを成仏させてあげるから。