「遅い!」
「え、な、なにしに来たんだよ!」

 僕はお盆を、部屋の真ん中にある小さなテーブルの上に置く。
 そういえばこのテーブルでお菓子を食べながら、よく聖亜とゲームをしたのを思い出す。
 聖亜はゲームも上手くて、僕はいつも勝てずに悔しかったけど、なんでも器用にできる聖亜のことをこっそり尊敬していた。

「ハルって」

 すると聖亜が、いきなり僕に聞いた。

「何者なんだ?」
「え……」
「さっき俺にカッターを突きつけたやつ、ハルっていう幽霊なんだろ?」

 聖亜が首筋に手を当てる。そこには絆創膏が貼ってある。
 ハルがつけた傷だ。

「う、うん。そうだよ」

 僕はうなずいて、聖亜の前に座る。
 聖亜はむすっとした顔のまま、さらに聞いてくる。

「そいつ、なんであそこにいるんだ?」
「それは……わかんないんだよ。去年の春からあそこにいるらしいけど……ハルは生きてたときのことも、自分がどうして死んだのかも、なにも覚えてないんだ」

 聖亜が「去年の春……」とかすかにつぶやく。

「そいつの年齢は?」

 少し考えたあと、聖亜が真剣な表情で聞いてきた。
 僕はちょっとあせる。
 こんなに聖亜と会話するのは、久しぶりだったから。

「そ、それも本人は覚えてないんだけど……でもうちの学校の制服を着てて、校章はエンジ色だから一年生だと思う」
「名前は『ハル』って、本人が言ったのか?」
「そうだけど、本名がわかんなくて……『ハルキ』とか『ハルヤ』とか、そういう名前なのかもって言ってた」
「そいつはさっき、俺の後ろからカッターの刃を突きつけたんだよな?」
「え、あ、うん」
「そいつ、もしかして左利き?」
「あ……」

 聖亜が左側についた絆創膏を撫でる。
 そうだ。聖亜が右手を振り上げて、その後ろに立ったハルが、反対側の首筋に刃を当てていた。
 左手にカッターを持って。

「たしかに……ハルは左利きかも」

 僕の声に、聖亜がまた考え込む。
 どこか思いつめたような顔つきで。

「聖亜? もしかしてハルのこと、心当たりでもあるの?」
「ねーよ! そんなの!」

 急に怒った声でそう言うと、聖亜が立ち上がった。

「邪魔したな!」
「あ、ちょっと聖亜!」

 聖亜がバタバタと階段を駆け下りていく。

「……なんなんだよ」

 でも……さっきの聖亜の思いつめたような表情。
 やっぱり聖亜はハルのこと、なにか知っているのかもしれない。