『なんでここにいるんだよ?』

 するとハルが楽しそうに答える。

「いままで授業中は遠慮してたんですけど、やっぱりユズに会いたくなってしまって」

 なんだ、それ。恋人同士みたいなセリフ言うな。
 僕はむすっとしながら、文字を書く。

『授業中なんだ。そこどいてほしい』
「えー、ちょっとくらいよくないですか?」
『よくない! 気が散るんだよ!』

 力を入れすぎたせいで、ポキッとシャーペンの芯が折れてしまった。

「あー、もうっ……」

 思わずつぶやいてしまった僕を、先生がにらむ。

「柚希、なにか言ったか?」

 僕は慌てて背中を丸める。
 数学担当のこの担任教師は、生徒のことを下の名前で呼ぶ。
 その馴れ馴れしさが、僕はあまり好きではなかった。

「じゃあ柚希、次の問題答えて」

 次の問題ってどれだ? 授業聞いてなかったから、まったくわからない。
 あせる僕に、ハルの声が聞こえる。

「ここです、問3」

 そう言って教科書を指差してくれたけど、そもそも答えがわからない。

「しょうがないですねぇ、ユズは」

 あきれたようにそう言うと、ハルが僕の手からシャーペンを奪った。
 そしてノートにさらさらと、答えを書きこむ。

「はい、どうぞ」

 ハルの声にうながされ、おそるおそるノートの数字を読み上げる。

「ほう、わかってるじゃないか。正解!」

 先生が満足そうにそう言って、僕から目を離した。
 僕は大きくため息をついてから、シャーペンを動かす。

『すごい、ハル。よくわかったね』
「まぁ、ボク、天才ですから」

 へへっと笑ってから、ハルが言う。

「って、言いたいとこですけど、さっき隣のクラスで同じ授業受けたばかりなんです」
『え、授業受けたの?』
「はい。暇だからよく受けてますよ。高一から高三まで、その日の気分で好きな科目を」

 ハルが自慢げに胸を張る。
 幽霊のくせに、授業を受けているなんて。
 でも学校の外へ出られないなら、そのくらいしかやることないのか。

 チャイムが鳴る。今日の授業はこれで終わりだ。

「では、屋上で待ってます」

 ハルは僕に手を振ると、教室内を堂々と出ていく。
 僕からすれば、クラスメイトが廊下へ出ていくだけに見えるけど。
 だけどその姿に、気づく生徒は誰もいなかった。