「聞こえてんだろ? 俺らの声」

 聞こえてる。聞こえてるよ。聞きたくもない、聖亜(せいあ)の声が。

「なーに、黙ってんだよ!」
「うわっ……」

 床に向かって、ぐっと頭を押しつけられる。
 バランスを崩した僕は、みっともなくその場にべたっと倒れた。

「なんとか言えよ! 柚希!」

 聖亜の怒鳴り声が、頭の上から降ってくる。
 それを見て、げらげらとおかしそうに笑っているクラスメイトたち。

「ちょっと、聖亜ー、怒らないであげてー」
「やめたげなよー、柚希くんビビってるじゃんー」

 女子の甘ったるい声が聞こえる。
 心配なんか、してないくせに。

 床に倒れている奴隷のような僕と、それを見下ろしている、クラスのトップに君臨する王者のような聖亜。
 その光景を想像したら、恥ずかしくて泣けてきた。

「あれ、柚希くん、泣いてる?」
「わー、やだぁ、聖亜が泣かしたぁ」
「かわいそー、幼なじみなんでしょ?」
「は?」

 そばにしゃがんだ聖亜が、首をかしげて僕の顔をのぞき込む。
 黒くて短めの髪に、切れ長の瞳。すっと通った鼻筋と、薄い唇。
 小さいころからよく知っている、幼なじみの顔だ。
 聖亜はじっと僕を見たあと、顔をしかめた。

「こんなやつ、幼なじみなんかじゃねぇ」

 それからさらに表情を歪めて、僕に向かって吐き捨てる。

「死ね。クソユズ」

 僕は反射的にポケットに手を入れた。
 だけどその手が震えて、上手く動かない。
 どうして。どうして。どうして……。
 ポケットから手を出し、よろよろと立ち上がる。
 そしてそのまま、教室の出口に向かって歩きはじめた。

「あっ、逃げるぞ、聖亜!」
「追いかけなくていいのか?」

 男子たちの、楽しそうな声が響く。

「ほっとけよ。文句も言えない、あんな弱虫」

 僕は唇を噛みしめて、がむしゃらに走り出した。
 そして心の中で思う。

 わかったよ。お前の言うとおり、いますぐ死んでやる。