聖亜の家は僕の家の真ん前だ。
 向かいの家に住む、同い年の幼なじみ。相手が女子なら、恋に発展しちゃうような関係だ。これが漫画だったらの話だけど。

 薄暗い家の前に立ち、僕は一回深呼吸をする。

『死ね。クソユズ』

 さっき言われた言葉と、今日も死ねなかったことを思い出し情けなくなる。
 本当は顔も見たくなかったけど、僕の母さんの作った唐揚げは聖亜の大好物で、母さんも聖亜に喜んでもらいたいと思っているだろうから……。
 人差し指を伸ばして、インターホンを押す。
 家の中に「ピンポーン」という音が響いたのが聞こえる。
 聖亜が応えたら、「唐揚げここに置いておく」とだけ言って、さっさと帰るつもりだった。

 しかし応答はない。
 聖亜の部屋の電気はついているから、いるはずなのに。無視しているのかもしれない。
 僕は玄関の前に唐揚げの入った容器を置くと、背中を向けた。
 雑草だらけの庭を歩き、門に手をかけ道路に出ようとした瞬間、カチャッとドアが開く音がした。
 思わず振り返った僕の目に、聖亜の姿が映る。
 真っ暗な玄関に立ち、無表情で僕を見ている聖亜の姿が。

「そ、それ。母さんから」

 それだけ言って立ち去ろうとしたら、聖亜がかがんで容器を持った。
 そして蓋を開けると、容器をさかさまにして、足元にバラバラと中身を落とした。
 玄関先から転がった唐揚げが、庭の地面に落ち、土で汚れる。

「えっ、なんで……」
「お前の親に言っとけ」

 しゃがんで唐揚げに手を伸ばした僕に、聖亜の声が聞こえる。

「もうこういうのやめろ。ウザい。ってな」

 顔を上げた瞬間、目の前のドアがバンッと音を立てて閉まった。

「そんな……ひどい」

 地面に転がった唐揚げに、視線を落とす。
 作りすぎたなんて嘘だ。母さんは聖亜のために作ってあげたんだ。
 それなのに、ひどすぎる。
 胸の奥から、もやもやした黒いものが湧き上がってきた。
 僕はポケットの中に手を入れる。
 なじみのある、硬いものが指先に触れた。

 聖亜――お前が死ねよ。

 心の中でつぶやく。胸の鼓動が速くなる。
 いま、ポケットに入ってるこれで聖亜を――。
 体がぶるっと震えた。ポケットから手を出し、地面に落ちた唐揚げをかき集める。
 そしてそれを容器に戻すと、急いで自分の家に駆け込んだ。