「誰からも見えなくて、誰にも声が届かなくて、誰に触れることもできない。学校の敷地から出られず、楽しそうなみんなの姿を見てるだけで一日が終わる。それが何日も何日も続いて、終わりが見えない。話し相手もいないから、声の出し方さえ忘れかけた。孤独で寂しくて、死にたくても死ねない。こんな生活、もう終わりにしたいんです」

 僕は持っている遺書をぎゅっと握りしめた。
 幽霊の気持ちなんか、考えたこともなかった。
 まぁ、フツーは考えないけど。
 だっていままで、幽霊なんて見えたことなかったし、その存在すら信じていなかった。

 でも目の前にいる「幽霊」は、僕に会うまで誰にも気づかれず、誰とも話すこともなく、何日も何日も学校内を彷徨っていたんだ。
 最初声がかすれていたのは、久しぶりにしゃべったからなのかもしれない。

「だからお願いします! このかわいそうな幽霊を助けると思って!」

 男子生徒が僕に視線を戻し、つかんだ僕の手をゆらゆらと揺さぶる。
 なんで僕には見えて、触れることができるんだろう。
 なんで僕だけ特別なんだろう。
 僕だけ……特別。僕だけが、この幽霊を助けることができる。
 こんな情けなくて弱虫な僕でも、誰かを助けることができるなら……。

「うん……わかった」

 そう思った途端、なぜが僕は答えていた。

「マジですか! やばい! 超うれしいんですけど!」

 男子生徒の表情が猫みたいにゆるんで、僕の両手を握りしめた。

「ボクの名前はハルっていいます。あなたのお名前は?」

 握られた手を見下ろし、僕は答える。

「僕は柚希」
「じゃあユズって呼ぶことにしますね! ボクたち、今日から友達です!」

 今日から友達……。

 校内にチャイムの音が鳴り響く。
 僕はその手を見つめたあと、すっと体を離し、リュックに遺書を押し込んだ。

「とりあえず、今日は帰らせてもらうよ。ちょっと頭整理したいし。また明日来る」
「了解です! 待ってますよ、ユズ!」

 しっぽを振る子犬のように、うれしそうに手を振る男子生徒の幽霊……ハルを残して、僕は階段を駆け下りた。