「本気で殺そうと思ったら、最初に言ってたみたいに、元に戻らないで“わたし”の身体で自殺すればよかっただけ。なのに、わざわざ元に戻ってこんなの……」
彼の双眸を見つめ返す。
「こうやって、誰かが止めてくれることを望んでたんじゃないの? 本当は、失敗することを願ってたんじゃないの」
「…………」
若槻は答えなかった。
視線を彷徨わせながら顔を背け、沈黙を貫いている。
それが肯定を意味するのか、あるいは彼自身も分かっていないゆえなのか、傍目には読み取れない。
「────わたしね、結菜とは仲がよかったの。ぜんぶ思い出した。いじめてたなんてありえない」
気づけば口走っていた。彼は訝しむような眼差しで眉をひそめる。
「うそだ。きみが追い詰めたから、結菜は……」
「ちがう……! ちがう……」
どう伝えるべきか、まだまとまっていないまま、それでも言葉がこぼれ落ちていく。
いまさら下手な言い訳も遠回りも必要ない。
あるがままの過去を、真相を、ありのままに伝えなくちゃならない。
眉根に力が込もった。あぶれた感情の一部分が涙になって散る。
既に居場所を失って、許されなくて当然だと思っていたのに、それを覆すような“大切”な存在がいると分かって逆に臆病になった。
軽蔑されて、やっぱり存在価値や生きる資格なんてないと否定されたら……。
恐怖と恥と情けなさと自己嫌悪と、果てしない後悔が這い上がって絡みつく。
それでも、わたしにはそもそも選択肢なんてない。
もうこれ以上、逃げる場所もない。
「わたしたちは、逃げたの」
“あの日”のこと、結菜のこと────ずるくて卑怯で弱いわたしたちが逃げ続けている罪のすべてを、包み隠さず打ち明ける。
「そんな、こと……。まさか……」
案の定というべきか、若槻は動揺を隠しきれない様子だ。掠れた声で呟く。
けれど、意外と冷静さを欠いてはいなくて、思っていたよりも早く衝撃から立ち直った。
「……でも、確かにあの頃の結菜は様子がおかしかった。ニュースとかくまなく見てたり、やけに階段を怖がるようになったり」
一度言葉を切った彼は、眉を下げたままわたしを捉える。
「いじめじゃなかったんだ。きみのせいじゃなかった……」
確かめるように言う。
その事実はないのだから当たり前と言えば当たり前なのだろうけれど、結菜の持ち物の中には、わたしが彼女をいじめていた証拠はひとつも残っていなかった。
遺書を読んだ彼が誤解したのだ。もしくは、そう願ったのかもしれない。
わたしという悪者をつくり上げれば、とめどない後悔のはけ口にできるから。