ふと綾音が底の方を指した。
連なるものの下から顔を覗かせる白い何か────引っ張り出してみると、封筒だった。
白色無地で装飾のないシンプルなそれは、だけど、明らかに異質な存在だった。
表部分に記された“遺書”という言葉のせいで。
「遺、書……?」
どくん、と心臓が沈み込んだ。
胸騒ぎが増長し、棘を持って内側から圧迫してくる。
封のされていないそれを開くと、中には便箋が一枚だけ入っていた。
それを持つ手がわずかに震える。
お兄ちゃんへ、と若槻に宛てられた手紙。
切迫した感情のまま慎重に文字を追う。
────“まずはごめんなさい。この選択がお兄ちゃんを悲しませることになるって分かってるけど、わたしはもう限界です。”
いじめを苦に自ら死を選ぶこと、これまでの感謝と兄に対する謝罪、そんな言葉が並んでいた。
何箇所もインクが滲んでいて、きっと泣きながらしたためたのだろうと推測できる。
だけど、そこから先には不可解と言わざるを得ない文章が続いていた。
────“まどかちゃん、ごめんなさい。先に死ぬから許してください。お願いします。ごめんなさい。あのことは秘密にしてください。ごめんなさい。許して。本当にごめんなさい”
そこにある“まどか”がわたしを指していることは、若槻の態度や兄の言葉を思えば間違いなかった。
やっぱり、本当に、過去のわたしは若槻結菜と知り合いだったのだ。
「……円花」
兄がわたしを見やる。
わたしは手紙に目を落としたまま顔を上げられない。
(どうして……何も覚えてないの?)
こんなに必死に謝られるような何かがあったはずなのに。
彼女が自殺を図るほどの出来事が、確かにあったはずなのに。
────そこまで考えて、うっすらと過去の断片が脳裏を掠めた。
放課後の帰り道。
わたしは誰かと一緒にいるけれど、記憶としてあてにならないほど、砂を撒いたように不鮮明だ。
「まさか……円花が、この子をいじめてた、とか」
控えめながらはっきりと、綾音が口にする。
揺れ動いていた空気を割るように響き、波のような感情が心をまるごとひっくり返す勢いで押し寄せてきた。
「ち、ちがう! わたしじゃない……!」
顔から、全身から血の気が引いて、青ざめた肌が粟立った。
どく、どく、と早鐘を打つ心音が耳元で聞こえる。
「……でも、覚えてないって言ったよな。なのにこれだけは否定するって都合よくないか?」