目を覚ますと朝八時だった。目覚まし時計の音と同時に、腕時計から紅葉の声が届く。
『おはよう! 昨日考えたんだけど、スカーフェイスを見つけても、素手じゃなかなか捕まえられないと思うの。だからみんな、家を出るときに虫捕り網を忘れないで!』
 めずらしく起きているジョージが、元気に答える。
『オゥ! じつはそれ俺も考えてたよ! 思いついたのは野球のミットだったけどな!』
『そんなものでどうするつもり?』
 ミチルがすぐさま冷たいつっこみを入れる。なぜか嬉しそうなジョージの笑い声を聞きながら、僕は寝る前に考えた作戦を話した。
「みんな、おはよう。じつは作戦を考えたんだ――」
 僕が昨夜考えた作戦の内容をすべて話し終わると、全員が賛成してくれた。
『さすが千斗君! 頭いいね!』
 口になにか入れたままモゴモゴと話すマルコの向こう側では、相変わらずマルコの独り言を心配する両親の声が聞こえてくる。
『いいと思う。フリーパスは車内でも買えるから、わたしは乙女町から左回りに乗るわ』
 ミチルはさすがだ。理解が早い。
『うん。ボクは、商店街でパスを買って、マシュマロと一緒に右回りに乗るね』
『じゃああたしとジョージは自転車に乗って学校から出発ってこと? 千斗とは学校で会えるわね』
 今すぐにでも出発したい気分なのか、紅葉がうずうずした声で話す。
「そうなんだけど、ちょっと確認したいことがあるんだ。僕はそれを調べてから学校に向かうよ。だから、もし間に合わなかったら先に出発してほしいんだ。一応出発の予定を十時にしよう」
『十時ね、わかった』
『よし! あたしは自転車で左回りね! ところで千斗、確認したいことって?』
「うん、お父さんが話していた昨日の事故現場を見たいんだ。スカーフェイスがどの道を通って移動していったのか、もしかしたらなにかわかるかもしれないから」
『じゃあ、俺と紅葉で、学校から右回りと左回りにそれぞれ出発すればいいんだな?』
 ジョージにも、作戦内容はしっかりと理解できているようだ。
「うん! 僕もそのあと学校で待機するから、二人は時間になったら出発してくれ」

 通信を切り、カーテンを開ける。部屋いっぱいに朝の光を取り込むと、目が一気にさめていった。風も穏やかな暖かい一日になりそうな青空を見上げて、僕は気合いを入れる。 腕時計は、午前九時を示している。キッチンへいくとお母さんの姿はない。たぶん、町内会の掃除に出かけたんだろう。日曜日のお父さんはお昼になるまで起きてこない。僕は一人でトーストを焼いて口の中に放り込むと、オレンジジュースで流し込んだ。
 玄関でスニーカーをはいていると、扉が開いてお母さんが帰ってくる。
「あら? 千斗、めずらしいわね。出かけるの?」
「うん、ちょっと学校に行ってくるよ」
「ふうん。あ! そうそう! ところで千斗! コスモ小の四年生の男の子が、昨日の夕方から行方不明になっちゃたんだって!」
町内会の集まりでなにか聞いたのか、お母さんが急に興奮して話し始めた。
「行方不明⁉ それって、誘拐とかなの? それとも家出?」
「それがね、あやまって天川に落ちたんじゃないかって話なの。川岸にその子が乗っていた自転車が倒れてたんだって!」
 それを聞いて、僕はスッと血の気が引いた。
「お母さん? その自転車が倒れてた場所って、もしかして下り坂?」
 ライオン公園の石門坂下の事故が頭から離れない。
 お母さんが、不思議そうに見る。
「さあ? お母さんも聞いた話だからわからないけど、でも男の子の自転車が見つかったのは、蠍通り町の天川だって聞いたわ……」
 天川! 蠍通り町は天秤池町の隣だ! 男の子が行方不明になった場所が公園の脇道からまっすぐ行った所にあるなら、この事件もスカーフェイスが関わってる可能性が高い! 
 居ても立ってもいられなくなった僕は、外へ飛び出し自転車にまたがった。あっという間にスピードに乗る僕に向かって、お母さんが叫んだ。
「千斗ー! 川には近寄っちゃダメよー!」
 夢中で自転車を漕いで、コスモ小を経由! そしてライオン公園に向かう。獅子丘町に入ると、自転車に乗った紅葉が右手前から坂をおりてきてすれ違った。まだ時間には少し早いけど、紅葉も急いで家を飛び出してきたのがわかった。すれ違いざまに大声で叫ぶ。
「千斗! 昨日、コスモ小の男の子が、天川で行方不明になったって‼」
 ペダルを漕ぐスピードを落とさずに、ショートカットの髪を風になびかせる。
「僕も聞いた! ライオン公園から昨日の道をたどって、現場に着けるか調べてくるよ」
「わかった! またあとで!」
 紅葉はすごい勢いで学校に向かって離れていった。