双子山町の外側には同じ背丈くらいの山が二つ並んでいる。それが双子みたいにそっくりだから、ここは双子山町と名づけられたらしい。授業で習わなくても誰でもすぐに気づくダイレクトすぎるネーミングだけど、この町の人たちはその名前を気に入っていて、双子山をモチーフにしたマークが町のあちこちに貼られている。
 行楽シーズンには双子山ハイキング大会! とか双子限定カラオケ大会! とか独自のイベントを企画していてなかなか楽しそうだ。
 ここにある《双子山公園》も、そんな町愛によるオリジナリティ溢れる遊具でいっぱい。獅子丘町のライオン公園に比べれば大きさはパッとしないものの、とても人気がある。双子山をそっくりに再現した大きなすべり台に、大きなアスレチックコースが自慢。
 グラグラと揺れるロープの橋や、木の杭を地面に打ち込んだ棒の道、ネットやロープを伝って急な坂道を登ったり、滑車のついたロープで向こう岸まで渡ったりと、ヘトヘトになるまで遊べるような魅力的な公園だ。
『こちら紅葉よ! ジョージ、あたしはもうすぐ蟹平町に入るわ! 蟹頭かにこべマートの前で張ってるから、安心して失敗してもいいわよ!』
『バカやろう! 黄道区のナントカ・ディーンが仲間の死をムダにするわけないだろうよ』
 興奮したジョージは対抗心むきだしで叫ぶけど、ナントカ・ディーンって人は存在しないしマルコも死んでない。
 蟹頭マートは、都会のコンビニに憧れた店主が酒屋をリニューアルした、いわゆるなんちゃってコンビニエンスストア。ばっちり生活臭の漂う店内に、お酒はもちろんお米は枡で量り売っているし、野菜から果物、肉に魚に家電製品までが並ぶ。
 主人は、お店を全国区にしたいらしいんだけど、さすがにそこは田舎町。有名な全国チェーン店に比べると、とにかく庶民的で節操のない品揃えはコンビニってよりはすごく狭いスーパーって感じだ。でも利便性でいうと、この町の人たちにはそれがすごく良かったんだろう。着実に売り上げを伸ばしてとうとう去年、夢が叶って2号店を出した。
 シーサイド商店街の2号店にはクリーニング受付と小さなゲームセンターまである。僕には、蟹頭マートの店主がなにを目指しているかはさっぱりわからない……。
 みんなが着々とスカーフェイスを追うなか、僕も急いで獅子丘町の坂道をのぼる。蟹頭マート前からまっすぐ来るとしたら、この坂道の先にある獅子丘郵便局に出る。確か紅葉の家がこの辺りだったはず。
 獅子丘郵便局まであと一歩だ。坂道を漕いでいると、腕時計からジョージの声が響いた。
『こちら1号! 思ったよりあいつら速いぞ! 先回りしようと思ったんだけど、あいつら……クソッ! とにかく追うぜ、切るぞ!』
 ジョージは追跡に集中するため、通信を終わらせた。
『ちょっと! ジョージ⁉ どうしたのよ?』
「たぶん……マシュマロたちが思ってたよりも速くて、待ち伏せするつもりが、追い抜かれてたんだ!」
 ジョージの言葉から状況を推測して説明する。でも、予想外に転がりそうなこの展開に少し焦っていた。
「紅葉、あとどれくらいで蟹頭マートに到着する?」
『まだ蟹平町に入ったばかりだから、十分くらいかしら?』
自転車を漕ぎながらでも、紅葉は丁寧に対応してくれる。でも十分だとギリギリかもしれない。もし紅葉が間に合わなかったら、最後の砦は獅子丘町のこの僕だ……。
 郵便局に着いた僕は自転車を立てかけると、虫網を握ってスカーフェイスを待ち構えた。そこへ、新たなトラブルに見舞われたミチルからの通信が入る。
『千斗君! 大変よ、蠍通り町から天秤池町の道路が渋滞しててバスが全然動かないわ』
 イエローバスは黄色く塗られた専用レーンを走る。でも年に一度、花火大会の時期になると大勢の人が押し寄せて環状線は大渋滞になる。そんなときはバス専用レーンまで一般車がはみだしてしまい、バスはとても通常運行できない。でも今日は花火大会でもないのに一体なぜ? 蠍通り町と天秤池町の間になにがあったんだ?
『千斗君! テレビ局の中継車とパトカーが見えるわ!』
「そうか! 男の子の行方不明事件で、そこら辺は今、すごい騒ぎになってるんだ!」
『どうしよう? わたしはこのまま獅子丘町を目指せばいい?』
 渋滞といっても少しは動いているんだろうけど、このままじゃミチルは間に合わない。この獅子丘町は、僕が一人で死守しなくちゃならない! ジョージだってまだ追っている。もしかしたら紅葉だってギリギリ間に合って、蟹頭マート前であいつを捕らえることができるかもしれない。もし二人が失敗したとしても、僕がいれば……。
 だけどさらに僕は、万が一にも自分が失敗したときのために作戦を練り始めた。
「ミチル? マルコ? 二人は乙女町でおりて、僕たちが失敗した時のために待機していて! もちろん失敗するつもりはまったくないけど、もしもの時は君たちに託すよ!」
 そう伝えると、二人とも『まかせて!』と力強く返事を返してくれた。
 通信を終えると、僕は蟹頭マートに向かって漕ぎ出した。最悪紅葉が間に合わなかった場合、後ろから追っているジョージと僕とで挟み撃つことができる。もし紅葉が間に合えば、予定どおりジョージと紅葉で挟み撃ちすればいい。その場で二人が足止めしてくれれば、後から合流した僕と三人でスカーフェイスを狙える。一人で対決するよりも捕まえられる確率はうんと高くなる。つまり、これは大きなチャンスだ!
 必死に蟹頭マートへ向かっていると、ジョージからの通信が入った。
『俺だ! 今、道の途中でへばり込んでたマシュマロを回収したぞ! スカーフェイスはまだ走り続けてる! あいつ! クレイジーなほどタフだぞ!』
「マシュマロが⁉」
 どうやらマシュマロはスカーフェイスに追いつけずに、へばり込んでしまったみたいだ。これもやっぱり時計の針の性質なんだろうか? 短針であるマシュマロは、長針であるスカーフェイスの速度には敵わないのかもしれない。
 でもマシュマロがここまで追ってくれたからこそ、ジョージもスカーフェイスを見失わずにここまで来れた。マシュマロの努力に報いるためにも頑張らなくちゃいけない。
 それにわかったことが一つある。それは、人である僕たちと同じように、マシュマロも疲れるってこと。ということはスカーフェイスもバテるってことだ!
 希望の光が見えてきた! ペダルを漕ぐ足にいっそう力が入る。
『もうすぐ蟹頭マート前だぞ!』
 自転車を漕ぎながらジョージが叫ぶ。そのとき、待ちに待った紅葉からも通信が入った。
『ハァ……あたしよ! ……間に合ったわ!』
 全速力で自転車を飛ばして来たんだろう。紅葉が息を切らすなんて、初めてのことだ。
『やるわよ! ジョージ!』
 紅葉の声から気合いが見える。
『がんばって! 紅葉ちゃん、ジョージ君!』
 マルコがエールを送った。
『まかせろ! クレイジー・ディーンの力を見せつけてやる!』
 もう、誰のことを言ってるのかわからないジョージからも、ものすごい気迫を感じる。
 僕も、一秒でも早く二人に合流しようと、蟹頭マートへの道を飛ばした。