ペダルを漕ぐ僕の足取りは、自分でも驚くほど力強いものだった。通信で聞いたみんなの声が僕を後押しする。だけど結局、途中の道では猫一匹すら見つけられなかった。
 コスモ小に着いたのは十時三〇分を過ぎたあたり。途中ずっとスカーフェイスを警戒していたせいか、かなり時間がかかってしまった。なんの進展もないまま自転車を止めて息を整えると、コスモ小に到着したことを伝える。
「こちら千斗、所定の位置に着いたよ」
僕が言うとみんなは静かに「了解」と声を揃えた。――絶対にスカーフェイスを止めないと! 頭の中はそれだけだった。どうすればスカーフェイスを見つけられるんだろう。どうすればうまく追いかけられるのか。そんなことばかりが、うずまいている。
 でも、自分でも十分わかっていた。僕たちの目的は、スカーフェイスを捕まえることだ。見つけるだけじゃなにも解決しない。こうやって一生懸命みんなで探しているけど、これはまだあくまでも、実際に捕まえるための準備段階でしかない。言いかえるなら、これは料理の下準備みたいなものだ。オムレツを焼くためにフライパンを温めておいたり、卵を割って、溶いておく――段取りよく、失敗しないオムレツを焼くためにね。
 もちろん、この作戦が完璧かと言われたら、答えはNOだ。スカーフェイスが、どんな行動をとるのかもわかっていないし、時計の針のように右回りで移動してるっていう僕の仮説も、たまたま昨日がそうだっただけで今日は違うかもしれない。
 でもその予想が外れたとしても、この作戦なら徐々に追いつめていけるはずだ。結局のところ、僕たちはあれこれと予想したり、作戦を立てたりして、最後の最後には自分や仲間を信じるしかない。精一杯、ベストを尽くせるように。
 動きがあったのはさらに三〇分後だった。どこかで救急車のサイレンが聞こえる。だけどコスモ小からは、東の方角でわずかに聞こえるだけ。場所の特定なんてとても無理だった。そんなとき、マルコとジョージから通信が入った。
『こちらクレイジー1号! 今、蟹平町にいるんだけど、東からサイレンが聞こえるぞ!』
 慌てるジョージの声に、バスに乗っているマルコが続く。『こちらマルコだよ! もうすぐ双子山町に着くけど、後ろからサイレンが聞こえる!』
 ジョージの東側ってことは双子山町か牛見町だ。マルコの乗る右回りのバスはもうすぐ双子山町。後方からサイレンが聞こえるってことは、たぶん牛見町方面だ! コスモ小にいる僕にも音は東から聞こえるから間違いない!
「牛見町だ! マルコ! 双子山町のバス停でおりてサイレンの方に向かってくれる⁉ ジョージも急いで、牛見町に向かってくれ!」
 マルコとジョージに指示を出すと、すぐさま紅葉からも通信が入った。
『千斗、あたしは山羊沼町だけど、どうすればいい?』
「紅葉は学校を経由して蟹平町に向かって!」
『え? なんで牛見町に向かわずに、蟹平町なの?』
「まだ、スカーフェイスがどの道を使って移動してるのか、特定できてないからね。昨日みたいにみんなで固まって追いかけて逃げられたら、僕たちは、またスカーフェイスの後ろを追いかけるだけで、一日をつぶしてしまうかもしれない。だから、僕の仮説が正しいのを信じて、紅葉は蟹平町からスカーフェイスを挟み撃ちにするんだ!」
 僕の説明に納得がいった紅葉は、『まかせて!』と力強く答えると、通信を終えた。
『千斗君、わたしはまだ人馬町よ?』
 不安そうにミチルがつぶやく。
「ミチルは左回りのバスに乗ってるから、そのままバスに乗って獅子丘町まで来て。僕たちは、紅葉たちが失敗した時の最後の砦だよ!」
『わかったわ! わたしが獅子丘町に着くのは二〇分後くらいよ』
 ミチルが通信を終えたと同時に、僕は獅子丘町へ漕ぎ出す。
『ハァハァ……こちらマルコだよ! 今、バスをおりて、サイレンの鳴っていた方に走ってるけど、今はサイレンが消えちゃって、場所がわからないよ!』
 マルコは今にも泣きそうだ。
「大丈夫だよマルコ! 患者を乗せて病院に出発するとき、またサイレンが鳴るはずだから、救急車がいそうなだいたいの道がわかればいいよ!」
『うん! ごめんね!』
 マルコがメソメソしながら、必死に走っているのが伝わってくる。みんな必死だった。五分ほど沈黙が続いた後、マルコの緊張した声が届いた。
『救急車のサイレンだ!』
「マルコ! 救急車が走ってる道はわかる? わかれば道の特徴を教えてほしいんだ」
 息を切らしながら、必死に走るマルコの言葉をじっと待つ。
『……ハァハァ……が、学校の方? 西の方から聞こえる……』 
 イエローバスは黄道区の外周に沿って大きな円を描いてこの町を回る。それに対してジョージたちは、バスの通る環状線よりも少し小さな円を描くように内側を走っている。
 マルコから見て西側の学校寄りってことは、ジョージのがきっと近い。
「ジョージ! 気をつけて! そっちにスカーフェイスが向かってるかも⁉」
『こちらクレイジー1号! 了解! 俺は今、双子山町に入ったぜ!』
 自転車を軽快に漕ぎながらジョージが応答した。
『マ、マルコだよ! 救急車のサイレンが遠ざかっていくよ⁉ どうしよう、千斗君!』
『心配ないわマルコ! たぶん、羊ヶ丘総合病院に運ぶのよ! 救急車が移動する方向に、スカーフェイスが移動するとは限らないから落ち着いて!』
 ミチルがそう言ったとき、マルコが突然取り乱し始めた。
『ええ⁉ あっ! ちょっと……マシュマロ? 待って!』
 相当慌てている。
『マシュマロ……がね! ス……スカーフェイスを見つけたって、いきなり走り出したんだ! 今……スカーフェイスが……マシュマロに気づいて……ものすごい……速さで逃げてくよ! ボクじゃとても……追いつけない……』
 マルコの息がひどくあがっている。偶然見つかって、振り切ろうと逃げるスカーフェイスを追いかけるマシュマロを必死で追っているんだろう。ただでさえみんなより体力がないんだ。双子山町のバス停からずっとじゃ、もうとっくに限界のはずだ。
「わかったよ、マルコ! マシュマロはどんな道を走ってる? 周りに何がある?」
『たぶんね……双子山公園の裏を通って、かに……蟹頭マートの道に、続く道だよ!』
 苦しそうに息を切らせながら、マルコは僕たちのほしい情報をすべてくれた。
「マルコ、ありがとう! あとは僕たちにまかせて、君はバスで獅子丘町まで来て!」
『うん、ごめんね……』
 そう言ってマルコは通信を終えたけど、残念な気持ちが声に滲み出ていた。せっかく頑張って手にしてくれたチャンスだ! 活かさないとマルコが報われない。
『双子山公園の裏っていったら、もっと東か⁉』
 通信を聞いていたジョージが東へ走る。マルコの情報をもとに、自分の現在地と、マシュマロがスカーフェイスを追いかけている道とのズレが理解できたようだった。