昼休みをひとり図書室で過ごす。いくら本を開いても、内容なんて頭に入ってこない。目に飛びこんでくる文字の羅列が、頭の中をむなしく走りまわるだけ。
 楽しくもなければ面白くもおかしくもない。本棚に本を戻すと、なにをするでもなく、ただ椅子に座り続けていた。

 ハハ、ハウマ…ッチウッドウッド、ウ…ウッダダ、ウッドチャクク…チャクチャックイフ、フフ…ファウッドチャ…ッククッドチャックウッドウッド……

 お母さんに教えてもらった早口言葉も上手に口ずさむことができない。

 ハハハ、ハウママ…ッチウッウッド、ウ…ウッダ、ウッド、ウッチャク…チャチャチャクチャックイフフフ…ファウッド…チャ…ックッドチャックククウッドド……

 ――なんで……!
 奥歯をかんでゲンコツで腿をたたく。でも、何度試しても、ますますひどくなるだけだった。
 なめらかに出る早口言葉の代わりに、あたしの涙がなめらかにあふれ出しそうになる。
 ハウマッチウッド……、木《ウッド》、木《ウッド》、木《ウッド》……。
 島根のおばあちゃんと一緒に写った写真。うんざりしていたはずの、木、木、木。
 全部、同じに見えた。
 もし…………。
 もし、ウッドチャックが木を投げることができたら、どのくらいの量の木を投げられるか?
 もし、あたしが吃音なんて病気でなければ、いったいどれくらいの友だちがまわりにいたんだろうか?

     ♮

 玄関のカギを開けて家に入り、お母さんの写真に心の中で『ただいま』をいう。

 ――お母さん、ただいま……。

 写真の中のお母さんは歳をとらない。ずっと笑っているし、ずっときれいで完璧なままだ。こうやって声を出さないただいまをいおうが、暗い顔で学校から帰ってこようが、お母さんは完璧なままだ。ねえお母さん、どうして死んじゃったの? そんなばかばかしい考えが頭を過ぎる。『どうして』なんて、考えても仕方ないのに……。
 部屋に入るとようやくほっと息をつき、朱里にメールする。

『ただいま。
 ねぇ? 朱里、友だちっていったいなんだろう?
 なんでひとりでいることが、こんなにも楽しくないのかな?
 なんだか本当に息がつまるよ。』

 気持ちは落ち込んでいるし、文面だって暗いけど、それでもこうやって朱里にメールしている瞬間だけは、楽に息ができる。
 あたしはこれまで、学校でのことを誰にも話してこなかった。もちろんお父さんにだって。ねぇ、朱里? 友だちってなに? こんなの書くなんて女々しい。
 それでも朱里なら、きっとなにか答えをくれるかもって信じている。信じたがってるだけかもしれないけど……。
 お父さんは誰よりも心配してくれる。大切な娘のあたしが孤立してるなんて知れば、学校にだって乗り込みかねない。歩道橋から転がり落ちたときのことを思い出す。あの時のお父さんは、すごくこわい顔をしていた。
 お父さんのやさしさや穏やかさは、世界中すべての人に対して向けられているわけじゃない。大切な家族であるあたしやお母さんにだけ『特別』に向けられているんだって、あたしは気づき始めてる。
 でもたぶんこの特別は悪いことじゃない。安西先生の特別とも違う。もちろんどう違うかなんて説明できないけど、なんとなくわかる。あたしを誰よりも大切にしてくれるお父さんに苦しい気持ちを醜く吐き出して、苦しめることなんてできない。
 朱里がそばにいれば、あたしに足りないなにかが満たされるんじゃないのかな……ここ最近は、ずっとそんなことばかり考えていた。朱里とずっと一緒にいられれば、あたしはもっと明るい気分にだってなれるのに……。
 学校の『友だち』がいったいなんなのか、あたしにはもうわからないんだ。『友だち』と一緒にいても苦しいし、ひとりでいても苦しいっていったいなんなの?

 あたしはパソコンの画面を見つめて、朱里の返事が届くのを待ち望む。部屋の時計の音がやけに大きく感じた。