それから数日がたったころ。

 Re.ハローワールド
『おはよう、朱里。
 カーテンの向こうがどんより暗いと思ったらやっぱり雨。
 この時期の雨ってむしむしするからきらい。
 かみの毛もまとまらないし。
 ハローワールドにも雨ってふるの?
 学校いってきます!
 またあとでね。』

 恒例の朝メールを送り終えると、リビングへおりる。
「わっちゃっちゃっちゃ! ……」
「おはよう! お…お父さん」
 オムレツに失敗したところにちょうど遭遇する。お父さんは慌ててフライパンの卵をぐちゃぐちゃにかきまわし、スクランブルエッグへと変身させた。
「おはよう、茜、ひょっとして見てた?」
 お父さんは、出来上がったばかりのそぼろ玉子をお皿に移し替えつつ、失敗をごまかすように話をふった。
「茜、朱里ちゃんとは仲良くやってるかい?」
「うん、どっ……どうし、て?」
 答えると安心した顔で続ける。
「ほら、お母さんのパソコンは、もう随分くたびれてるだろう?」
 突然切り出され、あたしは不安でいっぱいになった。
 きっと、新しいパソコンに取り替えるつもりなんだ!
「イ、イヤ! ぜぜっ……対にイヤ! あのパソコンはー! お、ぉおか、お母ささんの! な、ななっ……」
 お父さんは慌ててあたしをなだめた。
「違う! 違う! 茜、落ち着いて。もちろんあのパソコンを買い替えたりはしないよ」
「じゃあ、なんでそんなこここ……こと、きっ…きくの?」
「あのノートパソコンはとても古いからね、なにかの拍子に壊れてしまったら、データが消えてしまうだろ? そうしたら、今までのやり取りも全部消えてしまうんだ」
 いまいち理解できなくてもどかしそうなあたしに、お父さんは続けた。
「難しく考えなくていいんだ。つまりね、茜と朱里ちゃんとのやり取りをちゃんと残しておこうかってことだよ。どうするかっていうと、メールの内容を別の場所にコピーしておいたらどうかな? って思ったんだよ。これまでの朱里ちゃんとのメールがもしなくなっちゃったら、茜だって悲しいだろ?」
「パ、パパソコンは、変えなくても……いいの?」
「もちろんだよ。なくなっても困らないように、朱里ちゃんとのやり取りだけ別のノートに書き写しておくんだ。ただそれだけだよ」
 お父さんはそういうと、あたしの頭をがしがし撫でた。
「わ、わかった! うん! お願い!」
「それじゃ、今度時間があるときにやってあげるね。もし茜が望むなら、朱里ちゃんとのメールのやり取りをプリントアウトして、一冊の本にだってしてあげるよ」
 あたしと朱里とのやり取りが本に?
「どどどっ……どおどうやって⁉」目を見開いてお父さんを見る。
「あれぇ? 茜、知らないな? お父さんはこう見えても図工や工作が得意なんだぞ? 役所のプリンターをこっそり使えばチョチョイのチョイさ」
 あたしはたまらずお父さんに抱きついた。
「うん! それも、もお願い!」
 お父さんがそんなに器用だったなんて知らなかった! 
 はじめはなにをいい出したのかわからなかったけど、朱里のことを大切に考えてくれてるのがわかったから、それがとてもうれしかった。

「うわあ、それにしても今日はひどい雨だなぁ。茜大丈夫かい?」
 一緒に家を出て少し歩いたところで、お父さんは慌てて家に引き返すといい出した。
「ごめん! 茜、お父さん忘れ物したよ。先に行っててくれる?」
「うー…うん、あー、わかった! いて、いってき、ます」
「はい、いってらっしゃい!」
 そういうと、お父さんは家へと戻っていった。
 ひさしぶりにひとりで学校まで歩く。傘の内側に響く、バタバタという雨の音は好きだ。傘をななめにして、先からしずくが垂れるのをながめながら、たまに振ったりして遊ぶ。ハローワールドにも雨が降るなら、きっとこの空だけは朱里とつながってるだろう。そう考えながら学校まで歩いた。