ーーー 高校に到着すると、双葉と春は暫しの別れを惜しむように、生徒の往来の激しい昇降口で抱擁をすると、それぞれの教室へと向かう。

双葉と類が教室に到着すると、涼し気な顔で、自らの席で頬杖をつく太陽の姿を視界に捉えた。

「おう、大丈夫か? 」

「ん? 何が? あぁ。1限目から、俺の大嫌いな数3って事か? んなもん、適当に居眠りしてれば終わるって」

「いや、そっちじゃなくて。まぁ、その切り替えの速さは、目に見張るものはあるけどさ。素直に尊敬するわ。それと同時に、心配事も増えたけどな」

「まぁ、俺はさ、自分で言うのもなんだけど、細かい事を気にするような奴じゃねぇんだよ!」

「ふ〜ん。目ヤニ。ついてるぞ。まぁ、そんな細かい事は気にするような奴じゃ………」

「何!? 早く言えよ!」

太陽は椅子をガタガタと揺らしながら、慌てたように起立をすると、そのままの勢いで、トイレへと駆け込んでいく。

「本当に名前に似合わず、嵐のような奴だな」

そんな後姿を見送ると、類はボソッと溢した自分自身の言葉に、我ながら上手いことを言ったなと、頬を緩ませた。

ーーー 今年度、最初の普通授業日程のクリアを祝す時報が校内に響き渡る。

それと同時に、クラス中に安堵と疲労混じりのため息が溢れる。

「うぃ〜、お疲れさん!」

首を回して血液を体内に循環させている類のもとへ、背伸びをしながら近づいていく太陽。

「うん。お疲れ」

「今日はどうするよ?」

「う〜ん。そうだな〜。まぁ、初日だし、いつも以上に疲れたし、この1年も頑張っていきますか、という意味を込めて、ちょっと奮発しようかな」

「おぉ〜、そう来ると思ってたぜ!」

太陽は、白い歯を覗かせながら、類に向かってサムズアップを繰り出す。

「お疲れ〜、あ! もしかして? 行っちゃう感じ?」

そんな2人の様子に察した笑みを浮かべ近づいてきたのは、双葉だった。

「うん。双葉はどうする?」

「もう〜、聞くまでもないでしょ?」

「ま、そうだよね」

双葉と類は皆まで言う事なく、アイコンタクトで意思を疎通する。

「じゃあ、行こうか」

そうして3人は、昇降口で春と合流すると、目的地へと向かい歩き出した。

帰路を辿る事、数分。4人はあるラーメン屋へとたどり着いていた。

暖簾には「のどか」という3文字。クリーム色をもっと濃くした壁に、焦げ茶色の屋根、まるでプリンのようなカラーリングをした、個人経営のさほど大きくはないラーメン屋。

ここが4人の行きつけだった。

4人はいつものように、座敷に座るとメニュー表を開く事なく、お冷を待つ。

「いらっしゃ〜い。あら? 春ちゃん。もう高校生になったのね! 相変わらず美男美女な兄妹ね〜。勿論、双葉ちゃんと、太陽くんもね」

さほど大きくない町では、歩けば顔見知りと出会う。ましてや、車という移動手段もなく、移動範囲が近場に限られる学生にとっては、その確率は大幅に増える。

この「のどか」の店主五十嵐 光一(いがらし こういち)や、その伴侶である五十嵐 恵美子(いがらし えみこ)も例外ではなく、行きつけという理由を取っても、両親の知り合いという事で、世間話をする程度の関係性は築かれていた。

「もう〜、恵美子さん。私が来る度に、同じ事言ってるよ〜。人間、そう簡単に成長しないからね」

春は、そう返すと照れを隠すようにお冷を口に運ぶ。

「おばさんになると、歳を取るのが速くなって困るのよ。子供の成長なんて、本当にあっという間なんだから」

五十嵐夫妻の長女、長男は成人を超えて、すっかりと社会に溶け込んでいる。それを噛みしめるかのように、4人の成長を見守ってきた夫妻にとって、ひとつの節目の象徴である、春のその制服姿は、どこか感慨深いものがあるようだ。

「それで。いつものでいい?」

「はい。お願いします」

「はい。じゃあ、ちょっと待っててね」

恵美子は、代表して答えた双葉の言葉に、穏やかに微笑むと、座敷を後にする。

「それで、この後はどうするよ?」

恵美子が去った後、開口一番に口を開いたのは太陽だった。

「うん。まぁ、どうせ帰ってもやる事ないし、俺は寄って帰るつもりだけど? みんなは? 」

類がお冷を片手に皆の顔を伺う。

「もうおにぃ。いちいち聞くまでもないでしょ? それに、私がなんのために、部活に入らない事を選んだと思うの? 」

「まぁ、そうだよな」

春の言葉には他の2人も同意のようで、何も言い返す事なく、1度頷くだけで返事とする。

「本当に。恵美子さんは、ああ言ってたけどは、変わらないな。俺達」

その類の言葉を最後に、そこからは、話の内容は、授業の事、クラスメイトの事、担任の事といった、他愛のないもので埋め尽くされていった。

「は〜い。お待たせしました」

そうこうしているうちに、恵美子は全員分のラーメンどんぶりをトレイに乗せてやってくる。

恵美子は慣れた手つきで、4人の前にどんぶりを並べると、「ゆっくりしていってね」と、某実況動画のキャラクターのような台詞を残して去っていく。

4人の前には同じメニューが並んでいる。

赤く染まったスープ。煮卵に、甘辛く炒めた挽肉。色合いの良い水菜が、手打ちのちぢれ麺の上に乗せられている、4人のこの店のお気に入りである担々麺だ。

見た目ほど辛くはなく、ごまの風味の効いた甘めのスープと挽肉とよく絡んだ太めのちぢれ麺の相性がよく、時折挟む水菜のアクセントに、重さを感じることもない。

4人にとってこの担々麺は、おふくろの味の次に舌に馴染んだ、故郷の味だった。

その場の全員がレンゲでスープを掬い口に運ぶ。鼻から抜けるごまの香りと、喉を通るほんのりとした刺激が心地よく、思わずため息をこぼす。

先程までは無とは程遠い空間だったが、担々麺を食べ始めてからは、誰も口を開く事はない。

何度も繰り返してきたが、その度に訪れる新鮮な幸せをじっくりと味わっている。

皆、麺や水菜を食べ終えて一息ついた後でも、挽肉の沈んだスープに手を伸ばしてしまう。そんな魔力がこの担々麺には存在していた。

「ふぅ〜、喰った喰った〜」

太陽は、お冷を煽ると、満足家に息を宙に吐く。

「よし、じゃあ行こうか。俺がまとめて払うから、後で集金な」

全員が食べる手を止めた頃合いを見計らったかのように、類はそう言って席を立つと、出入り口付近にあるレジへと向かう。

「ごちそうさまでした。えっと、3200円ですね」

すっかりと払い慣れた様子で財布から4000円を取り出さそうとする類。

「あぁ、今日は春ちゃんの入学祝いという事で、1600円でいいよ」

「え? そんな、いいんですか?」

恵美子のその気遣いに面を食らったように目を丸くする類。

「子供が気を遣うじゃねぇよ。また食いに来な」

カウンター越しから店主の光一が顔を覗かせて、ニカッと笑みを浮かべる。

「あ、ありがとうございます! それでは、ご厚意に甘えて」

類は、軽く会釈をするとトレイに2000円を置いた。