ーーーー 8月9日。余命1日。

今日は、夕方からの合流となっていた。というのも、最期の日となる今日は、両親との時間も等しく作りたいというら双葉の意志から、そんなスケジュールになっていた。

それぞれが、両親にキャンプをすると了承を得て、堂々たる夜遊びが開催されると事なっていた。

「おっす! 流石に、類、春兄妹と、穂の方が早かったか。俺も、いつもよりだいぶ、余裕を持って出てきたのに」

基地には既に、一番乗りの穂、そして類と春の兄妹、たった今到着した太陽が集合していた。

「双葉はまだか? 」

「うん。まぁ、最期の日だからね。両親とも離れ難いのはあるだろうからね」

太陽の問に答えた類の「最期の日」という言葉に、全員が苦い表情を浮かべる。

「それでね。双葉が来たら話しておきたい事があったんだ。その、多分、怒られるかもしれないけど」

「おにぃ? 何か隠してたの? 」

春は、期待と不安が入り交じった顔で類を見る。

「うん。俺にとっては、大きく変わることはないかもしれないけど。俺達以外と考えると、ちょっと気を遣わないと行けないというか、イレギュラーというか、まぁ、とにかく、先に謝っておくよ」

「いやいや。類さんよ。ここまでの絶望を抱えてきたんだ。今更それを超える絶望なんてないだろ?」

そう口にする事で、自分の中の不安と、類に対しての少しの不審感を紛らわせようと試みる太陽。

「うん。そうだね。それはその通りかもしれないね」

「何がその通りなの?」

するとそこへ一足遅れた双葉が顔を覗かせる。

「ん? いや、何でもないよ。それより話したいことがあるんだ。来て早々で悪いんだけど」

「うん。分かった! あ、そうそう、来る途中でヨミちゃんと会ったんだ! だから一緒に来たよ!」

入り口で立ち往生していた双葉の足の間を縫って、ヨミも基地内に足を踏み入れる。

「うん。ヨミも居たほうが説明もしやすいだろうから、丁度良かった。それじゃあ、早速だけどいい?」

そのまるで悪夢の宣告をされるかのような緊張感のまま、それぞれが定位置につく。

「結論から言ってしまうと、双葉の寿命が尽きる時、僕ら4人、ヨミも含めれば5人以外の人から、双葉の記憶が消える。ううん。そもそも居たことすら忘れる。存在が消えてしまうんだ」

その類のカミングアウトに、誰もが理解に追いついてはいないようで、眉間に皺を寄せている。

「つまりだな。そもそも、人の寿命を操作するという事自体、イレギュラーな事なのだ。そのイレギュラーを取り除くためにも、双葉には、元々、居ないものとなって貰わないと行けない。そして、ここの面々のみ記憶を残した理由としては、まぁ、せめてもの温情と言ったところか。この人数であれば、記憶が残っていようと、大きな歪みにはならないだろうからの。それにお主らは、事の始まりから全て知っておる。まぁ、お主ら人の言葉で言えば、ご都合主義ってやつだな」

ヨミが十分すぎる補足をした所で、全員の理解もすっかりと追いつく。

「なんでたよ。何でそんな大事なこと言わなかったんだ?」

太陽は、声のトーンを落とし真摯に類の瞳を見つめる。

「まず、俺達の記憶からは失われる事がない。これが最大の譲歩と言われた。だから、どう足掻いてもそれは変わらない。そして、もし、記憶が失われると知ったら、やる事全てが無意味に思えてしまうんじゃないかって、そう思ったんだ。例え記憶が消えてしまっても、家族と過ごす時間を無駄にして欲しくない。だから言わなかった」

類もまた誠実に視線を受けとめて、はっきりとした口調で返答する。

「そうか。他に隠してる事はないな? 類も、ヨミも」

太陽は鋭く類とヨミを交互に見やる。

「…… ああ」

そう一拍置いて類は頷く。

「うぬも同様だ」

「そうか。分かった」

太陽はようやく視線を類から逸らすと、背凭れに深く寄りかかる。

類のカミングアウトから一度も口を開いていない、他3人は、時より視線を交わらさながらも、重くなった唇を開くことは出来ずにいた。

そんな時間は刻一刻と過ぎていき、夕空はすっかり夜の帳を下ろしていた。

「ねぇ。ひとつ提案があるんだけど、いいかな? 」

そんな長らく続いた沈黙を破ったのは、そんな双葉の言葉だった。

その声に全員が逸らしていた視線を双葉に向ける。その集まった視線を同意として、双葉は再び口を開く。

「最後なんたしさ。カミングアウトしていかない? それぞれの言えてなかった言葉とか。伝えたい言葉とか」

双葉はそう柔らかく微笑むと続ける。

「私はね。正直言うと、もっと生きたかった。みんなと一緒に大人になって、お酒を飲むようになって、愚痴を言い合うようになって、思い出を語るようになって、幸せを祈って、悲しみを分け合って、ずっと一緒を体現してみたかった。正直、暫くは怖さも、苦しさも、辛さもあったけど。不思議なんだ。このもっと生きたいは、これまでが幸せだった証で、私の人生、どこを切り取ってもハイライトというか。とにかくうまく言えないけど、ずっと幸せだったんだ! その分生きたいと思える! それをくれたみんなに……ありがとう!!」

双葉は、涙で目を潤ませる事なく、言葉に詰まることもなく、ありのままの声で真っ直ぐな言葉を並べていく。

「じゃあね。次は……はるるん! 張り切って行ってみよう!」

「え? え? 双葉ねぇ!? 」

思いの丈を打ち明けた双葉の直々の指名により、口を閉ざす事も許されない春は、意を決して口を開いた。

「私は、双葉ねぇに甘えてた。本当は、おにぃにそうしたいんだけど、恥ずかしいから、代わりに双葉ねぇに甘えていたの。でも、いつからか、そんな理由じゃなくて、本当にお姉ちゃんみたいな存在になってて、スキンシップを多くしたりして、双葉ねぇを近くに感じたかった。これから双葉ねぇが居なくなったら、私は誰に甘えればいいのか分からない。双葉ねぇの代わりなんて居ないって、気づいていたのに、見ないふりして。そんなんで繋ぎ止められない運命を呪っていた。ううん。往生際悪く今でもそう思ってる。こんな弱虫な私でごめんね」

春は、隣の双葉に体の正面を向けると、潤ませた瞳を隠すように腰を曲げる。

「ありがとうはるるん。じゃあ、次は陽くん」

勇気を奮って打ち明けた春の弱さを受けとめつつ、それ以上の追及を避けるように、双葉は続いて太陽にパスを飛ばす。

「俺こそ弱虫だ。定期的に弱音を吐いてたのだって、本当はみんな気づいていたんだろ? まぁ、随分遠回しに言ってたつもりだけど。やっぱりさ、怖いんだわ。こんなかの1人が欠けるなんてさ。怖いんだ。でもさ、本当は1番怖いはずの双葉がさ、いつも笑顔で、幸せそうで居たんだと思うと、俺はなんてちっぽけなんだと思う。だから、強くなるよ。少しずつでも。強くなる。双葉を忘れない強さ、みんなを守れるくらいの強さ。会えなくなっても、俺達には陰らないものがあるって、信じてるからな!」

太陽は、真っ白な歯を覗かせながら、名前に負けぬ程の輝きを纏った笑みを浮かべる。