家に帰ると早速「星の雨」を読み始める。読んでいて気づく。作中の朱莉はどこか葵先輩に似ている。
もちろん朱莉と先輩は異なる点が沢山ある。
朱莉は食べ方が汚くだらしない面が多い。食生活もお菓子や炭酸飲料を好み栄養面に気を遣っているようには見えない。
葵先輩は食べ方はとても綺麗だし、食事も和食中心で栄養バランスも考えられている。料理も得意でお弁当を持参する日もあった。
それでも2人は似ている。誰にでも優しくて気遣いができる所。そして本当はごく一部の人にしか心を開いていない所。
どれ程距離を縮めたいと願っても、積極的に話しかけても頑ななまでに壁を作られること。
そしてその頑なさに傷ついている人がいるなんて想像もしていない所。
俺は今まで読んできたどの本よりも「星の雨」に共感した。
主人公、(れん)も何度も朱莉の言動に期待して惑わされ苦しんできた。悲しみだけがシンシンと雨のように降り積もる物語。
……コイがさー。
食堂でそう言っていた菜摘先輩の言葉を思い出す。「星の雨」を読めば孤悲の漢字がぴったり当てはまる気がした。そして俺は今葵先輩に孤悲をしているんだなと気がついた。
「読みましたよ。『星の雨』凄く切ない恋愛物語ですね」
葵先輩にラインを送ってみる。返事はすぐ来た。
「私もちょうど読んでたよ。自然を表す描写が綺麗で好きなの。それに朱莉魅力的じゃない?」
同じ時間に同じ本を読んでいた。そんな微かな接点が嬉しかった。
「魅力的ですね。俺も朱莉のこと好きです。朱莉と葵先輩似てますよね」
朱莉に対して向けた言葉だとしても「好き」の文字を葵先輩に送るのは緊張した。俺が好きと伝えた朱莉と葵先輩が似てると書くことも。
「本当!凄く嬉しい」
それから笑顔のスタンプが送られてきた。俺もスタンプを返す。この後続ける会話が思いつかずに焦る。葵先輩と頻繁にやりとりを交わしているわけではないのだ。だからこそラインを送る機会があれば大切にしたい。
そう思う反面、無理矢理ラインを続けると疎ましいのではと不安になる。
読書の邪魔になるのではと。
結局俺はスタンプ以上のラインを送るのはやめた。
短いやりとりでも先輩とラインを交わせたのは嬉しい。その反面短いやりとりしかできない間柄なのが悲しい。
やはり俺は葵先輩に「孤悲」をしている。そう感じた。