今日の服はおとなしめのブラックを基調としたワンピース。スカート部分はプリーツになっていて、いぶした銀色になっている。けっこうシャープな感じで、お気に入りの一品だ。かっこいい感じでまとまっているので、髪型はふんわりウェーブのダウンスタイルにしてみた。
そんなにわたしって目立つなの? 個性的?
桃花は顔をしかめた。
「つまり、最初から説明してほしいんだけど」
黒木さんが桃花と野口を見る。
「じゃあ、お前のために説明してやる」
野口がノートを取り出した。
「まず、桃花が刺された。犯人はこの前言った通り、大河原梨美。梨美が逃げるとき、ゴンザレスとすれ違う。ゴンザレスは梨美だって気が付いたのだろう。梨美に気をつけるよう警告するために、わたしが退院するときに、マンションの前で待っていた」
野口は続けた。
「マンションの前で桃花を待っていたら、綾音と内山の姿を見つけた。ゴンザレスは二人は自転車置き場に通じる入り口からこそこそマンションに入っていくのを見て、後を追った。二人はさらに桃花の部屋に玄関の扉を開けて侵入。ゴンザレスは二人を追っていく。ゴンザレスは内山に殺された」
「ちょっと待って。桃花さんの部屋はどうやって入ったの?」
茉莉が首をかしげる。
「ああ、岸辺綾音が合い鍵を持っていた」
「え? 内山さんじゃなくて?」
桃花はぎょっとした。
綾音先輩がどうして合い鍵を持っているの?
「動画に鍵が映っていたいたから、そこから複製したらしいぞ。気をつけろ? 今後そういう失敗をするなよ」
野口は顔をしかめた。
「内山は綾音のためなら何でもできると周囲にいつも言っていたらしい。奴の寝室をみたら、納得だな。内山は綾音のためにメタモルフォーゼを排除することにした。内山は梨美を暴行。梨美はその後、内山の部屋を訪れ、パソコンで内山の頭を一度殴打した。大河原梨美は動かなくなった内山を見て、殺してしまったと思ったと言っている。梨美は内山が死んだと思い、内山のパソコンを持って帰宅した」
「梨美、かわいそうに」
「パソコンを持って帰ったのも、あの中に自分の写真があるかもしれないと思ったからって言っていた」
内山は一同を見回した。
「ところが、内山は死んでいなかった。梨美に殴られる前に暴行写真を綾音に送っておいた。写真に驚いた綾音は、内山の部屋を訪れた。鍵が開いていたので、中に入ると寝室で倒れていた内山を見つけた。綾音は内山の寝室を見て、吐き気がしたらしい。大河原梨美が内山を殺したとも思っていたのに、突然内山は目を覚ました。驚いて、衝動的に綾音は近くに置いてあった厚さ五センチの『豪華プレミアム 岸辺綾音写真集』で内山を何度も殴った。いつの間にか内山は頭から血を出してうごかなくなっていた」
「綾音がやったんだな」
黒木さんがつぶやく。
「まあ、こんな感じだ。綾音の自宅から血の跡がある『豪華プレミアム 岸辺綾音写真集』を押収したよ」
野口は顔を上げる。
「梨美が内山を殺したんじゃないのね」
「よかったわね、桃花さん」
茉莉が桃花を慰める。
「梨美はどうしてますか」
「うん、元気だから心配するな」
野口は微笑む。
「そうですか」
桃花は目を潤ませた。
「今回のことで、わたしは動画クリエイターはむかないのかもって思っちゃいました」
「え? じゃあ、どうするの?」
茉莉は心配そうな顔をした。
「そもそも日本の芸能界には向いてないでしょ。綾音先輩みたいな人がたくさんいるんだろうし。だから、やっぱりわたしはアイドルにはなれない」
桃花の話を聞いていた茉莉が噴き出した。
「茉莉さん、笑うなんてひどい。小さい頃はアイドルになりたかったんですよ」
「だって、桃花さんが面白いことを言うから」
「どうしてこんなことになったのか、考えたら怖くなりました」
「でも、よかれと思ってしたことでしょ?」
茉莉が尋ねる。
「はい。特に炎上を狙ったとかではないです。正真正銘、推しのためにしただけなんですけど」
「桃花さんはどこで何をやっても目立ってしまうと思うわよ。あきらめなさい」
茉莉は優雅に紅茶を飲む。
「えええ?」
桃花は不満げな声を上げた。
「何をしても目立つんだから、やりたいことをすればいいの」
「はあ。やりたいことですか」
「そうよ。あるでしょ? 言いたいことを言う。着たい服を着る。みんなが見ていないふりをして通り過ぎる、違和感を追及する。桃花にしかできないことよ」
「そうですね。たしかに。それがわたしですから」
疑問に思うことを提示して、皆と考える。そんな職業って、やっぱり動画クリエイターしかないのだろう。
茉莉の言葉を桃花は心の中で反芻する。
「むしろ動画クリエイター以外、桃花さんには職業がないんじゃないの?」
大樹が突っ込むと、一同が沸いた。
「ううう。でも、いいのかな」
「それしかできないんじゃ、仕方ないんじゃない? 一般企業の事務とか、ぜったい向かなそう」
茉莉はスーツを着た桃花がコピーをとっているところや女子社員とランチにいくところを想像する。桃花がほかの社員と平和に働いているとは思えなかった。
「いや、桃花さんなら上司にケンカを売ってそう。どうしてあなたのミスをわたしがかカバーしないといけないんですかとか。この社内規則、間違ってますとか」
大樹がゲラゲラ笑う。
やりそうだ。あり得る。自分の姿を想像して、桃花も苦笑いする。
「動画投稿は何らかの形でもいいので続けたいです。わたしが感じたこと、考えたことをみんなで考えるきっかけになればいいと思います。それから、今回のことを踏まえて、わたし、思ったんですけど、探偵になれないかなって」
「え?」
茉莉たちが目を剥いた。
「あんなに襲われたのに、懲りないねえ。探偵は危険な職業だよ」
黒木さんが眉根を寄せた。
「そうよ、桃花は推理力もないじゃない。犯人、当てられなかったじゃない」
茉莉さんが突っ込んだ。
「じゃ、警察官になるとかどうでしょう?」
桃花が首を傾げた。
「やめてくれ。警察組織が混乱する。情熱と正義だけで動かれても困るんだよ。桃花は警察を改革しますと言い出しそうだし」
野口が苦笑する。
「桃花さんにはやっぱり動画クリエイターしかないんじゃない? がんばってよ」
大樹が笑った。茉莉たちも肯く。
「そうですね、動画クリエイターとして、精進します。それから大学で勉強します」
「それはそうと、桃花さん、彼とはどうなったの? 恋愛中でしょ?」
茉莉はニヤッと笑う。
「え? 彼って?」
大樹が驚く。
「彼? そんな人いませんよ」
残念。黒木さんは茉莉さんがお目当てなんですよ。
桃花が完全否定する。
茉莉は桃花と黒木が恋愛関係ではないかと疑っていたのだ。
「ほら、黒木さんのことよ? あなた、黒木さんのことが好きなんじゃないの?」
「何言っているんですか。わたしには、さっぱり心当たりがないんですけど」
茉莉さん、鈍いですね。
桃花は呆れた。
「黒木さんのお目当てはほかにいるんですよ」
桃花が説明すると、
「そうなの? 誰?」
茉莉は黒木に問いただす。
「桃花さんじゃないです。ええっと、その……、僕が好きなのは以前お話しした通り……」
黒木の顔が赤くなった。
「あら、黒木さんのために桃花は戦っていたんだと思っていたわ。わたしのことはダミーで、黒木さんは桃花のためにうちに来ているのだと」
「桃花さんのためもありましたけど。綾音が絡んでいるみたいで心配でしたし。でも、本当の目的は茉莉さんです。結婚してください」
黒木は慌てて説明するが、茉莉は黒木の答えをスルーして、話を続ける。
「じゃ、桃花さんは何のためにアイドル恋愛擁護論をぶちかましたの? てっきり自分に好きな人がいるから、ついでに岸辺綾音の肩を持っているんだと思ったわよ」
「全然、そんなことないですぅ。本気で綾音先輩のためを思っていたんですよ」
「なんておばか? ファンだからって、自分の進退をかけてまで論じたの?」
茉莉は口をあんぐりと開けた。
「だって、綾音先輩のこと大好きだったんですよ。ファンというものは推しの幸せのためならなんだってできるんです」
桃花は肩をすくめた。
「綾音は外面は昔からよかったからなあ。桃花さん、騙されたね」
黒木さんがぼそっとつぶやいた。
「今は襲われたから好きじゃないですけど。あ、梨美のことは好きですよ。あそこまで追い詰めたのはわたしの責任もあると思いますし」
「桃花さんらしいよ」
大樹が呆れたように桃花を見る。
「ええと、茉莉さんの期待に沿えず、すいません。これからは、恋愛も精進したいと思います」
桃花は軽く礼をした。
「そうよ。人生一度きりなんだから、他人の恋愛に首を突っ込まないで自分の人生をぜひ楽しんでほしいわ」
「とりあえず、動画クリエイターとして活動を続けるため事務所を設立して、大学も卒業します」
「うんうん。それがいいわ」
「それから、やっぱり面白そうなので、探偵の修行もします」
桃花は笑顔になった。
「ん? 桃花は探偵は向かないって。やりたいことをすればいいっていったけど、いるだけでトラブルメーカーなんだから、目立つでしょ。探偵って目立っちゃいけないのよ」
「いえ、でもやりたいなって思ったんで。人生に迷ったら、心がたなびく方へというのが信条なんですよ」
「やらないほうがいいわ。聞いている? そんな信条捨ててしまいなさい」
「ええ? 聞いてません。だってやりたいっておもったんです」
「ちょっと人の話は聞きなさいよ。やりたいと思ったことをすべてやればいいってことじゃないよ」
桃花に座るように茉莉が促した。
「それに探偵になった桃花さんに依頼が来るとは思わないけどね」
黒木さんが笑った。
「ああ、たしかに。依頼を持ってくる人がいたら、ぜったいトラブルを起こしてほしいとか思っている人だと思う」
大樹が好き勝手なことを言う。
ひどいです。
桃花は傷ついた顔をした。
「ちょっと待て。黒木は茉莉のことが好きって言ったな。茉莉、お前は黒木のことが好きなのか? 俺のことはどうでもいいのか。俺のことを見捨てるのか」
野口が絶叫する。
「茉莉さん、あの部屋に住むのいやなんです。もう少しここに住んでいてもいいですか」
「桃花さん、あの部屋、僕に売りませんか? 現金一括で買いますよ」
黒木が桃花に申し出る。
「あ、桃花さん、成績表貸してください」
大樹も混じり始めた。
カオス化したリビングに茉莉はため息をついた。
了
そんなにわたしって目立つなの? 個性的?
桃花は顔をしかめた。
「つまり、最初から説明してほしいんだけど」
黒木さんが桃花と野口を見る。
「じゃあ、お前のために説明してやる」
野口がノートを取り出した。
「まず、桃花が刺された。犯人はこの前言った通り、大河原梨美。梨美が逃げるとき、ゴンザレスとすれ違う。ゴンザレスは梨美だって気が付いたのだろう。梨美に気をつけるよう警告するために、わたしが退院するときに、マンションの前で待っていた」
野口は続けた。
「マンションの前で桃花を待っていたら、綾音と内山の姿を見つけた。ゴンザレスは二人は自転車置き場に通じる入り口からこそこそマンションに入っていくのを見て、後を追った。二人はさらに桃花の部屋に玄関の扉を開けて侵入。ゴンザレスは二人を追っていく。ゴンザレスは内山に殺された」
「ちょっと待って。桃花さんの部屋はどうやって入ったの?」
茉莉が首をかしげる。
「ああ、岸辺綾音が合い鍵を持っていた」
「え? 内山さんじゃなくて?」
桃花はぎょっとした。
綾音先輩がどうして合い鍵を持っているの?
「動画に鍵が映っていたいたから、そこから複製したらしいぞ。気をつけろ? 今後そういう失敗をするなよ」
野口は顔をしかめた。
「内山は綾音のためなら何でもできると周囲にいつも言っていたらしい。奴の寝室をみたら、納得だな。内山は綾音のためにメタモルフォーゼを排除することにした。内山は梨美を暴行。梨美はその後、内山の部屋を訪れ、パソコンで内山の頭を一度殴打した。大河原梨美は動かなくなった内山を見て、殺してしまったと思ったと言っている。梨美は内山が死んだと思い、内山のパソコンを持って帰宅した」
「梨美、かわいそうに」
「パソコンを持って帰ったのも、あの中に自分の写真があるかもしれないと思ったからって言っていた」
内山は一同を見回した。
「ところが、内山は死んでいなかった。梨美に殴られる前に暴行写真を綾音に送っておいた。写真に驚いた綾音は、内山の部屋を訪れた。鍵が開いていたので、中に入ると寝室で倒れていた内山を見つけた。綾音は内山の寝室を見て、吐き気がしたらしい。大河原梨美が内山を殺したとも思っていたのに、突然内山は目を覚ました。驚いて、衝動的に綾音は近くに置いてあった厚さ五センチの『豪華プレミアム 岸辺綾音写真集』で内山を何度も殴った。いつの間にか内山は頭から血を出してうごかなくなっていた」
「綾音がやったんだな」
黒木さんがつぶやく。
「まあ、こんな感じだ。綾音の自宅から血の跡がある『豪華プレミアム 岸辺綾音写真集』を押収したよ」
野口は顔を上げる。
「梨美が内山を殺したんじゃないのね」
「よかったわね、桃花さん」
茉莉が桃花を慰める。
「梨美はどうしてますか」
「うん、元気だから心配するな」
野口は微笑む。
「そうですか」
桃花は目を潤ませた。
「今回のことで、わたしは動画クリエイターはむかないのかもって思っちゃいました」
「え? じゃあ、どうするの?」
茉莉は心配そうな顔をした。
「そもそも日本の芸能界には向いてないでしょ。綾音先輩みたいな人がたくさんいるんだろうし。だから、やっぱりわたしはアイドルにはなれない」
桃花の話を聞いていた茉莉が噴き出した。
「茉莉さん、笑うなんてひどい。小さい頃はアイドルになりたかったんですよ」
「だって、桃花さんが面白いことを言うから」
「どうしてこんなことになったのか、考えたら怖くなりました」
「でも、よかれと思ってしたことでしょ?」
茉莉が尋ねる。
「はい。特に炎上を狙ったとかではないです。正真正銘、推しのためにしただけなんですけど」
「桃花さんはどこで何をやっても目立ってしまうと思うわよ。あきらめなさい」
茉莉は優雅に紅茶を飲む。
「えええ?」
桃花は不満げな声を上げた。
「何をしても目立つんだから、やりたいことをすればいいの」
「はあ。やりたいことですか」
「そうよ。あるでしょ? 言いたいことを言う。着たい服を着る。みんなが見ていないふりをして通り過ぎる、違和感を追及する。桃花にしかできないことよ」
「そうですね。たしかに。それがわたしですから」
疑問に思うことを提示して、皆と考える。そんな職業って、やっぱり動画クリエイターしかないのだろう。
茉莉の言葉を桃花は心の中で反芻する。
「むしろ動画クリエイター以外、桃花さんには職業がないんじゃないの?」
大樹が突っ込むと、一同が沸いた。
「ううう。でも、いいのかな」
「それしかできないんじゃ、仕方ないんじゃない? 一般企業の事務とか、ぜったい向かなそう」
茉莉はスーツを着た桃花がコピーをとっているところや女子社員とランチにいくところを想像する。桃花がほかの社員と平和に働いているとは思えなかった。
「いや、桃花さんなら上司にケンカを売ってそう。どうしてあなたのミスをわたしがかカバーしないといけないんですかとか。この社内規則、間違ってますとか」
大樹がゲラゲラ笑う。
やりそうだ。あり得る。自分の姿を想像して、桃花も苦笑いする。
「動画投稿は何らかの形でもいいので続けたいです。わたしが感じたこと、考えたことをみんなで考えるきっかけになればいいと思います。それから、今回のことを踏まえて、わたし、思ったんですけど、探偵になれないかなって」
「え?」
茉莉たちが目を剥いた。
「あんなに襲われたのに、懲りないねえ。探偵は危険な職業だよ」
黒木さんが眉根を寄せた。
「そうよ、桃花は推理力もないじゃない。犯人、当てられなかったじゃない」
茉莉さんが突っ込んだ。
「じゃ、警察官になるとかどうでしょう?」
桃花が首を傾げた。
「やめてくれ。警察組織が混乱する。情熱と正義だけで動かれても困るんだよ。桃花は警察を改革しますと言い出しそうだし」
野口が苦笑する。
「桃花さんにはやっぱり動画クリエイターしかないんじゃない? がんばってよ」
大樹が笑った。茉莉たちも肯く。
「そうですね、動画クリエイターとして、精進します。それから大学で勉強します」
「それはそうと、桃花さん、彼とはどうなったの? 恋愛中でしょ?」
茉莉はニヤッと笑う。
「え? 彼って?」
大樹が驚く。
「彼? そんな人いませんよ」
残念。黒木さんは茉莉さんがお目当てなんですよ。
桃花が完全否定する。
茉莉は桃花と黒木が恋愛関係ではないかと疑っていたのだ。
「ほら、黒木さんのことよ? あなた、黒木さんのことが好きなんじゃないの?」
「何言っているんですか。わたしには、さっぱり心当たりがないんですけど」
茉莉さん、鈍いですね。
桃花は呆れた。
「黒木さんのお目当てはほかにいるんですよ」
桃花が説明すると、
「そうなの? 誰?」
茉莉は黒木に問いただす。
「桃花さんじゃないです。ええっと、その……、僕が好きなのは以前お話しした通り……」
黒木の顔が赤くなった。
「あら、黒木さんのために桃花は戦っていたんだと思っていたわ。わたしのことはダミーで、黒木さんは桃花のためにうちに来ているのだと」
「桃花さんのためもありましたけど。綾音が絡んでいるみたいで心配でしたし。でも、本当の目的は茉莉さんです。結婚してください」
黒木は慌てて説明するが、茉莉は黒木の答えをスルーして、話を続ける。
「じゃ、桃花さんは何のためにアイドル恋愛擁護論をぶちかましたの? てっきり自分に好きな人がいるから、ついでに岸辺綾音の肩を持っているんだと思ったわよ」
「全然、そんなことないですぅ。本気で綾音先輩のためを思っていたんですよ」
「なんておばか? ファンだからって、自分の進退をかけてまで論じたの?」
茉莉は口をあんぐりと開けた。
「だって、綾音先輩のこと大好きだったんですよ。ファンというものは推しの幸せのためならなんだってできるんです」
桃花は肩をすくめた。
「綾音は外面は昔からよかったからなあ。桃花さん、騙されたね」
黒木さんがぼそっとつぶやいた。
「今は襲われたから好きじゃないですけど。あ、梨美のことは好きですよ。あそこまで追い詰めたのはわたしの責任もあると思いますし」
「桃花さんらしいよ」
大樹が呆れたように桃花を見る。
「ええと、茉莉さんの期待に沿えず、すいません。これからは、恋愛も精進したいと思います」
桃花は軽く礼をした。
「そうよ。人生一度きりなんだから、他人の恋愛に首を突っ込まないで自分の人生をぜひ楽しんでほしいわ」
「とりあえず、動画クリエイターとして活動を続けるため事務所を設立して、大学も卒業します」
「うんうん。それがいいわ」
「それから、やっぱり面白そうなので、探偵の修行もします」
桃花は笑顔になった。
「ん? 桃花は探偵は向かないって。やりたいことをすればいいっていったけど、いるだけでトラブルメーカーなんだから、目立つでしょ。探偵って目立っちゃいけないのよ」
「いえ、でもやりたいなって思ったんで。人生に迷ったら、心がたなびく方へというのが信条なんですよ」
「やらないほうがいいわ。聞いている? そんな信条捨ててしまいなさい」
「ええ? 聞いてません。だってやりたいっておもったんです」
「ちょっと人の話は聞きなさいよ。やりたいと思ったことをすべてやればいいってことじゃないよ」
桃花に座るように茉莉が促した。
「それに探偵になった桃花さんに依頼が来るとは思わないけどね」
黒木さんが笑った。
「ああ、たしかに。依頼を持ってくる人がいたら、ぜったいトラブルを起こしてほしいとか思っている人だと思う」
大樹が好き勝手なことを言う。
ひどいです。
桃花は傷ついた顔をした。
「ちょっと待て。黒木は茉莉のことが好きって言ったな。茉莉、お前は黒木のことが好きなのか? 俺のことはどうでもいいのか。俺のことを見捨てるのか」
野口が絶叫する。
「茉莉さん、あの部屋に住むのいやなんです。もう少しここに住んでいてもいいですか」
「桃花さん、あの部屋、僕に売りませんか? 現金一括で買いますよ」
黒木が桃花に申し出る。
「あ、桃花さん、成績表貸してください」
大樹も混じり始めた。
カオス化したリビングに茉莉はため息をついた。
了