梨美が心配そうな顔をする。
今朝、トイッターのダイレクトメールで、テレビ局からテレビ出演しないかとオファーが来ていたのだ。正直迷っている。こんなに反応があると思ってみなかったのだ。事務所に内緒でやったことというのも引っかかっている。
「梨美はどう思う?」
桃花は腕を組んだ。
梨美はしばらく考えていたが、
「わたしにオファーがきたわけじゃないから決めるのは桃花だよ。桃花がみんなに言いたいこと、伝えたいことがあるなら、出てもいいんじゃない? うちらはヨーチューバーだし。仮にテレビで失敗しても、ヨーチューブがあるから大丈夫だよ」
「そうかな……」
桃花は不安そうな顔をした。
「それに今回の件は、テレビの方が桃花の意見が日本中に届きやすいよ。結果的に私たちのチャンネル登録者数も増えると思うしね」
「そうね。わかった。推しのためにやってみる」
桃花は梨美に背中を押され、朝の情報番組に出演することにした。
「朝は苦手なんだよね」
桃花はまだ暗いうちにスタジオに入る。
朝の情報番組って大変。オンエアが朝の五時だから、その前の時間に打ち合わせもあるし。毎日出ているMCさんやコメンテーターさんはすごい早寝早起きだわ。
「今日の特集は、芸能人、アイドルの恋愛についてです」
「ゲストは、ヨーチューバーの桜宮桃花さんです」
MCさんから呼ばれ、桃花は挨拶する。
「だれだって幸福になる権利があると思うんです。アイドルが恋愛したっていいじゃないですか?」
「ありがとう。桃花ちゃん」
ゲストで呼ばれていた綾音先輩がお礼を述べる。
「でもね、アイドルは疑似恋愛を提供する職業だと思うんですよ。ファンを裏切ったとおもいませんか?」
スタジオには従来の意見を述べてくる男性コメンテーター、鈴木東矢がいた。イケメンで男性優位の保守的思想。男性からも人気のあるタレントだ。
「アイドルも一人の人間なんです。幸せを追求したっていいじゃないですか。恋愛すると、芸ができなくなるわけではないでしょ?」
桃花は反論する。
「アイドルは僕らファンの恋人ですよ」と、違うコメンテーターが顔をゆがめた。
「もちろん、アイドルとは疑似的な恋人の要素もあるのかもしれません。でもそれも芸の一つ。アイドルが恋愛をし、成長すれば、人間として深みが出ます。もっと素晴らしい芸をみせてくれるでしょう」
「恋愛したいなら、アイドルなんてやめてしまえばいいだろう」
男性コメンテーターが暴言を吐いた。
「では、あなたがコメンテーターをやめてください。多様な生き方をみとめられないなら、コメンテーターとして失格ですよ」
うっかりきつくいってしまった。
テレビではっきり言ったのがまずかったのか、よかったのか。
もう後に引けない。どうにでもなれ。
やばい。やっちゃったと思いながら、桃花は持論を展開する。
「もし好きな人ができたら、わたしだって付き合いたいって思います。あなたは恋人はいないんですか。コメンテーターなら恋愛していいんですか。コメンテーターにファンはいないんですか? テレビに出るコメンテーターは芸能人やアイドルとどこが違うんですか」
疑問を正直に話をしたのがよかったらしい。スタジオの雰囲気が桃花に傾いた。
桃花は知らなかったのだが、この男性コメンテーターは元アイドルだったらしい。黙ってしまった。
「アイドルだって、ヨーチューバー、動画クリエイターだって人間です。恋に落ちることだってあるんですよ」
桃花は熱量を持って訴えた。
「桃花ちゃん、もういいの。わたし、けじめをつけようと思います。禊として髪の毛を短く切ります」
瞳を潤ませ、綾音が長い髪に手をやる。公開断髪式予告だ。
「綾音先輩は、そんなことをする必要はありません。アイドルだって恋をしていいんですから。堂々としていてください」
神アイドルの髪の毛を切るなんて! 先輩は何も悪くない。切らないで!
桃花は燃えた。ぜったい推しを守るのだ。
綾音の宣言は桃花の声ですぐにかき消された。桃花は泣きじゃくる綾音の肩に手を置いて励ます。
世論を変えるべく、桃花は番組が終わっても、トゥイッターやエンスタを使って、積極的に連続投稿した。
ああ、朝からパワーを使ってしまった。疲れた。
桃花は緊張から解き放たれ、肩の力が抜ける。生の推しと共演できたのは嬉しかった。やっぱり綾音先輩は可愛かった。
「あ、桃花! テレビ、みたわよ。桃花のパワー、すごいわね。綾音先輩の禊宣言はなくなったも同然じゃない」
テレビ局から直接大学に来た桃花を見かけ、梨美が呼び止めた。
「だって、綾音先輩にアイドル続けてほしかったし」
桃花は口をとんがらせた。
二人は食堂へ移動することにした。食堂はお昼前の時間でテーブルは空いていた。
「桃花の発言の後、海外メディアの、「日本のアイドルが恋してはいけないというのは異常だ」と報じているっていう記事が出たのもよかったわね。ほんと、運がよかった」
梨美がほほ笑むと、桃花は「たしかに」と頷いた。
テレビ番組の後、ヨーチューブの個人チャンネル「桃花の独り言」も、コンビでやっているチャンネル「メタモルフォーゼ」も登録者数がさらに増えていた。
「テレビの影響ってすごいわね」
桃花と梨美がスマホで登録者数を確認すると、三百万人になっていた。
「メタモルフォーゼ」の「アイドルの恋愛について」の動画の視聴回数はどんどん増えていた。
他の動画の動向は? ヨーチューバーたちは何を取り上げている? 非難されていない?
スマホで視聴回数が多い順に並べ替え、今キている動画をチェックする。
自分の意見に対抗する動画は出ていなかった。
桃花はホッとした。個人の動画チャンネル「桃花の独り言」も確認するが、特段荒れていなかった。
「桃花の独り言」で人気なのは、「桃花の部屋の案内」だ。アイドルの恋愛について語った動画ほどではないが、意外に視聴者数が伸びていた。おそらくインテリアに興味がある視聴者層が見てくれたのだろう。
この動画は、桃花の部屋の、色やレースにこだわっているカーテンやカーペット、雑貨などを紹介している。一人暮らしにあこがれる同じ年ごろの若者にインテリア系の動画は人気があるのだ。「突撃!お宅訪問」のようなものである。
一応綺麗に部屋を片付けて撮影に臨んだが、部屋の動画の反応は変わっているだろうか。
コメント欄を一つずつ見ていく。アンチやからかいのコメントにはスルー対応と決めている。こっちのメンタルがやられてしまうからだ。ただし、限度があるけどね。
「キーカバーケースが可愛い」という感想が書き込まれていた。
動画を見返すと、たしかに小さく映っていた。
視聴者は本当に細かいところまでチェックする。わたしも推しに対しては追及するからね。気持ちはわかる。
桃花は肯いた。
「桃花らしい部屋」、「レースやフリルが可愛いね。カラフルな洋服や小物がいっぱい」とコメントが来ていた。「レースのお花のついたキャンパス地のバッグはどこの?」「ヘッドドレス好きなの?」など質問も来ていた。
自分が可愛いと思った洋服や小物を集めたクローゼットだ。ファンに受け入れられて嬉しい。概要欄にショップやブランドのリストを書いて、一つ一つ丁寧に返信する。
動画クリエイターは、インターネットの世界でも現実の世界でも目立つ分だけアンチも多い。テレビのアイドルになるよりも動画クリエイターならすぐになれると思われているからか、「ブス」「デブ」「死ね」というワードはSNSでよく書かれる。
悪口ワードは見慣れているとはいえ、傷つくのでやめてほしい。匿名で書くことができるとはいえ、今は調べれば身バレする。
有名なんだから我慢できるかというと、そうでもない。動画クリエイターだって人間なのだ。嫌なものは嫌だ。
「脅迫めいたアンチとは断固戦います。裁判もおこします」と桃花がチャンネル概要欄に記してから、メタモルフォーゼや桃花個人に対するいわれなき悪口は減った。戦う姿勢を見せるのって大事なのかもしれない。
「桃花ちゃんの部屋、可愛い」、「大好き」と熱烈なワードを並べるファンもいたので救われた。愛はウェルカムだ。
インターネットの動画は、テレビより扱いが軽い。嫌なら見なきゃよい。それがインターネットの動画と視聴者の距離。それなのに、嫌いなのにわざとつきまとうものもいる。インターネットを通して仕事をする場合、匿名のアンチやストーカー気質の人には特に気をつけないといけない。
ファンのコメントは続いていた。たくさん反応されていたので嬉しくなる。
「昨日の衣装かわいかった。今までの桃花ちゃんの衣装を探して、全部揃えてます。鍵もおそろにしたい」、「車で帰るとき、化粧をしていないんだね。すっぴんのほうがいい」というコメントや「お昼はカレーだったね」、「大学の授業が休みだったんだね」というコメントもあった。おまけに「ヒールでコケないようにね」とか言われている。
たしかに昨日、大学の授業が一コマ休みで、ウキウキしていたら転びそうになった。カレーも食べた。どこで見られていたんだろう。
桃花は怖くなった。大学内でも私を見てくれている人がいる。悪いことをするつもりはないけれど、悪いことはできない。身が引き締まった。
「おとといの動画でしていた桃花ちゃんの化粧は、アイシャドーはオンメイクの五〇〇番、リップはワイベの六四八番だと思うよ」とまで書かれている。
繰り返し見ることができる動画では、あっという間に使っている化粧品までバレてしまう。ファンというのは、推しを見つけると愛が深い。
ただ、最近一部のファンは愛が濃すぎるような気がする。背筋がゾッとするコメントもちらほらある。
桃花は、エービーコミュニケーションズからそろそろファンクラブをつくって、ファン同士のトラブルがないようにしなさいと言われていた。
「ファンクラブか。まだいいかなって思っていたけど」
「わたしも桃花と同じ意見。ずっとヨーチューブをやるか決めてないし」
梨美も悩んでいるようだ。
「でも、「桃花の独り言」のコメントをみると、ちょっと行き過ぎのような気がする。なんとかしたほうがいいんじゃない? 綾音先輩のことを擁護したし」
「やっぱりそうだよね」
桃花は渋い顔をした。
衣装をそろえていると書き込んだ女性っぽい人と、大学事情まで知っているという、おそらく男性。ストーカーっぽくて、気持ちが悪い。
メタモルフォーゼは若者との距離が近いことが特徴だ。ファンあっての動画クリエイターだけれど、行き過ぎた行為は困る。ああ、面倒だ。
桃花は頭を掻いた。
コンビを組んでいる大河原梨美のほうにはこの手のファンはいないらしい。全くもってうらやましい。梨美いわく、わたしは目立つからそういうファンがつきやすいんだとか。
桃花は顔をしかめた。
「着たい服を着て、可愛いと思う格好をしているだけ。世の中で気になったことを話し、どうしたらいいか考えるきっかけにしてほしいとは思っているけど、インフルエンサーになりたいわけじゃないんだけどな」
「世の中、桃花みたいに強い人ばっかりじゃないよ。他人にどうみられるかを考えて、着るものを選び、話すことを考える人だって多いと思う。思ったことをそのままいうと、嫌われるんじゃないかって考えるのよ。ヨーチューブで叩かれることだって、普通は怖いのよ」
梨美のいうことはわかるけど、それじゃ面白くない。自分の人生なのに生きていない感じじゃないか。まず、テンション上がらない。もしかしてみんな我慢して生活しているの?
桃花は目を丸くする。
「ストーカーに襲われたら大変なんだから、少しは考えなよ」
梨美が呆れた顔をし、桃花は肩をすくめた。
コンビで動画配信をするようになったのは、個性的な外見、強気な発言の桃花とセンスのいい着こなしをする優等生な梨美のズレたおしゃべりが面白いといわれたからだ。試しに動画を数回出してみたら、視聴者登録数が伸びたので、継続して配信している。
「大学の掲示板みた? 就職相談会のお知らせ来てたね。梨美は出る?」
今朝、トイッターのダイレクトメールで、テレビ局からテレビ出演しないかとオファーが来ていたのだ。正直迷っている。こんなに反応があると思ってみなかったのだ。事務所に内緒でやったことというのも引っかかっている。
「梨美はどう思う?」
桃花は腕を組んだ。
梨美はしばらく考えていたが、
「わたしにオファーがきたわけじゃないから決めるのは桃花だよ。桃花がみんなに言いたいこと、伝えたいことがあるなら、出てもいいんじゃない? うちらはヨーチューバーだし。仮にテレビで失敗しても、ヨーチューブがあるから大丈夫だよ」
「そうかな……」
桃花は不安そうな顔をした。
「それに今回の件は、テレビの方が桃花の意見が日本中に届きやすいよ。結果的に私たちのチャンネル登録者数も増えると思うしね」
「そうね。わかった。推しのためにやってみる」
桃花は梨美に背中を押され、朝の情報番組に出演することにした。
「朝は苦手なんだよね」
桃花はまだ暗いうちにスタジオに入る。
朝の情報番組って大変。オンエアが朝の五時だから、その前の時間に打ち合わせもあるし。毎日出ているMCさんやコメンテーターさんはすごい早寝早起きだわ。
「今日の特集は、芸能人、アイドルの恋愛についてです」
「ゲストは、ヨーチューバーの桜宮桃花さんです」
MCさんから呼ばれ、桃花は挨拶する。
「だれだって幸福になる権利があると思うんです。アイドルが恋愛したっていいじゃないですか?」
「ありがとう。桃花ちゃん」
ゲストで呼ばれていた綾音先輩がお礼を述べる。
「でもね、アイドルは疑似恋愛を提供する職業だと思うんですよ。ファンを裏切ったとおもいませんか?」
スタジオには従来の意見を述べてくる男性コメンテーター、鈴木東矢がいた。イケメンで男性優位の保守的思想。男性からも人気のあるタレントだ。
「アイドルも一人の人間なんです。幸せを追求したっていいじゃないですか。恋愛すると、芸ができなくなるわけではないでしょ?」
桃花は反論する。
「アイドルは僕らファンの恋人ですよ」と、違うコメンテーターが顔をゆがめた。
「もちろん、アイドルとは疑似的な恋人の要素もあるのかもしれません。でもそれも芸の一つ。アイドルが恋愛をし、成長すれば、人間として深みが出ます。もっと素晴らしい芸をみせてくれるでしょう」
「恋愛したいなら、アイドルなんてやめてしまえばいいだろう」
男性コメンテーターが暴言を吐いた。
「では、あなたがコメンテーターをやめてください。多様な生き方をみとめられないなら、コメンテーターとして失格ですよ」
うっかりきつくいってしまった。
テレビではっきり言ったのがまずかったのか、よかったのか。
もう後に引けない。どうにでもなれ。
やばい。やっちゃったと思いながら、桃花は持論を展開する。
「もし好きな人ができたら、わたしだって付き合いたいって思います。あなたは恋人はいないんですか。コメンテーターなら恋愛していいんですか。コメンテーターにファンはいないんですか? テレビに出るコメンテーターは芸能人やアイドルとどこが違うんですか」
疑問を正直に話をしたのがよかったらしい。スタジオの雰囲気が桃花に傾いた。
桃花は知らなかったのだが、この男性コメンテーターは元アイドルだったらしい。黙ってしまった。
「アイドルだって、ヨーチューバー、動画クリエイターだって人間です。恋に落ちることだってあるんですよ」
桃花は熱量を持って訴えた。
「桃花ちゃん、もういいの。わたし、けじめをつけようと思います。禊として髪の毛を短く切ります」
瞳を潤ませ、綾音が長い髪に手をやる。公開断髪式予告だ。
「綾音先輩は、そんなことをする必要はありません。アイドルだって恋をしていいんですから。堂々としていてください」
神アイドルの髪の毛を切るなんて! 先輩は何も悪くない。切らないで!
桃花は燃えた。ぜったい推しを守るのだ。
綾音の宣言は桃花の声ですぐにかき消された。桃花は泣きじゃくる綾音の肩に手を置いて励ます。
世論を変えるべく、桃花は番組が終わっても、トゥイッターやエンスタを使って、積極的に連続投稿した。
ああ、朝からパワーを使ってしまった。疲れた。
桃花は緊張から解き放たれ、肩の力が抜ける。生の推しと共演できたのは嬉しかった。やっぱり綾音先輩は可愛かった。
「あ、桃花! テレビ、みたわよ。桃花のパワー、すごいわね。綾音先輩の禊宣言はなくなったも同然じゃない」
テレビ局から直接大学に来た桃花を見かけ、梨美が呼び止めた。
「だって、綾音先輩にアイドル続けてほしかったし」
桃花は口をとんがらせた。
二人は食堂へ移動することにした。食堂はお昼前の時間でテーブルは空いていた。
「桃花の発言の後、海外メディアの、「日本のアイドルが恋してはいけないというのは異常だ」と報じているっていう記事が出たのもよかったわね。ほんと、運がよかった」
梨美がほほ笑むと、桃花は「たしかに」と頷いた。
テレビ番組の後、ヨーチューブの個人チャンネル「桃花の独り言」も、コンビでやっているチャンネル「メタモルフォーゼ」も登録者数がさらに増えていた。
「テレビの影響ってすごいわね」
桃花と梨美がスマホで登録者数を確認すると、三百万人になっていた。
「メタモルフォーゼ」の「アイドルの恋愛について」の動画の視聴回数はどんどん増えていた。
他の動画の動向は? ヨーチューバーたちは何を取り上げている? 非難されていない?
スマホで視聴回数が多い順に並べ替え、今キている動画をチェックする。
自分の意見に対抗する動画は出ていなかった。
桃花はホッとした。個人の動画チャンネル「桃花の独り言」も確認するが、特段荒れていなかった。
「桃花の独り言」で人気なのは、「桃花の部屋の案内」だ。アイドルの恋愛について語った動画ほどではないが、意外に視聴者数が伸びていた。おそらくインテリアに興味がある視聴者層が見てくれたのだろう。
この動画は、桃花の部屋の、色やレースにこだわっているカーテンやカーペット、雑貨などを紹介している。一人暮らしにあこがれる同じ年ごろの若者にインテリア系の動画は人気があるのだ。「突撃!お宅訪問」のようなものである。
一応綺麗に部屋を片付けて撮影に臨んだが、部屋の動画の反応は変わっているだろうか。
コメント欄を一つずつ見ていく。アンチやからかいのコメントにはスルー対応と決めている。こっちのメンタルがやられてしまうからだ。ただし、限度があるけどね。
「キーカバーケースが可愛い」という感想が書き込まれていた。
動画を見返すと、たしかに小さく映っていた。
視聴者は本当に細かいところまでチェックする。わたしも推しに対しては追及するからね。気持ちはわかる。
桃花は肯いた。
「桃花らしい部屋」、「レースやフリルが可愛いね。カラフルな洋服や小物がいっぱい」とコメントが来ていた。「レースのお花のついたキャンパス地のバッグはどこの?」「ヘッドドレス好きなの?」など質問も来ていた。
自分が可愛いと思った洋服や小物を集めたクローゼットだ。ファンに受け入れられて嬉しい。概要欄にショップやブランドのリストを書いて、一つ一つ丁寧に返信する。
動画クリエイターは、インターネットの世界でも現実の世界でも目立つ分だけアンチも多い。テレビのアイドルになるよりも動画クリエイターならすぐになれると思われているからか、「ブス」「デブ」「死ね」というワードはSNSでよく書かれる。
悪口ワードは見慣れているとはいえ、傷つくのでやめてほしい。匿名で書くことができるとはいえ、今は調べれば身バレする。
有名なんだから我慢できるかというと、そうでもない。動画クリエイターだって人間なのだ。嫌なものは嫌だ。
「脅迫めいたアンチとは断固戦います。裁判もおこします」と桃花がチャンネル概要欄に記してから、メタモルフォーゼや桃花個人に対するいわれなき悪口は減った。戦う姿勢を見せるのって大事なのかもしれない。
「桃花ちゃんの部屋、可愛い」、「大好き」と熱烈なワードを並べるファンもいたので救われた。愛はウェルカムだ。
インターネットの動画は、テレビより扱いが軽い。嫌なら見なきゃよい。それがインターネットの動画と視聴者の距離。それなのに、嫌いなのにわざとつきまとうものもいる。インターネットを通して仕事をする場合、匿名のアンチやストーカー気質の人には特に気をつけないといけない。
ファンのコメントは続いていた。たくさん反応されていたので嬉しくなる。
「昨日の衣装かわいかった。今までの桃花ちゃんの衣装を探して、全部揃えてます。鍵もおそろにしたい」、「車で帰るとき、化粧をしていないんだね。すっぴんのほうがいい」というコメントや「お昼はカレーだったね」、「大学の授業が休みだったんだね」というコメントもあった。おまけに「ヒールでコケないようにね」とか言われている。
たしかに昨日、大学の授業が一コマ休みで、ウキウキしていたら転びそうになった。カレーも食べた。どこで見られていたんだろう。
桃花は怖くなった。大学内でも私を見てくれている人がいる。悪いことをするつもりはないけれど、悪いことはできない。身が引き締まった。
「おとといの動画でしていた桃花ちゃんの化粧は、アイシャドーはオンメイクの五〇〇番、リップはワイベの六四八番だと思うよ」とまで書かれている。
繰り返し見ることができる動画では、あっという間に使っている化粧品までバレてしまう。ファンというのは、推しを見つけると愛が深い。
ただ、最近一部のファンは愛が濃すぎるような気がする。背筋がゾッとするコメントもちらほらある。
桃花は、エービーコミュニケーションズからそろそろファンクラブをつくって、ファン同士のトラブルがないようにしなさいと言われていた。
「ファンクラブか。まだいいかなって思っていたけど」
「わたしも桃花と同じ意見。ずっとヨーチューブをやるか決めてないし」
梨美も悩んでいるようだ。
「でも、「桃花の独り言」のコメントをみると、ちょっと行き過ぎのような気がする。なんとかしたほうがいいんじゃない? 綾音先輩のことを擁護したし」
「やっぱりそうだよね」
桃花は渋い顔をした。
衣装をそろえていると書き込んだ女性っぽい人と、大学事情まで知っているという、おそらく男性。ストーカーっぽくて、気持ちが悪い。
メタモルフォーゼは若者との距離が近いことが特徴だ。ファンあっての動画クリエイターだけれど、行き過ぎた行為は困る。ああ、面倒だ。
桃花は頭を掻いた。
コンビを組んでいる大河原梨美のほうにはこの手のファンはいないらしい。全くもってうらやましい。梨美いわく、わたしは目立つからそういうファンがつきやすいんだとか。
桃花は顔をしかめた。
「着たい服を着て、可愛いと思う格好をしているだけ。世の中で気になったことを話し、どうしたらいいか考えるきっかけにしてほしいとは思っているけど、インフルエンサーになりたいわけじゃないんだけどな」
「世の中、桃花みたいに強い人ばっかりじゃないよ。他人にどうみられるかを考えて、着るものを選び、話すことを考える人だって多いと思う。思ったことをそのままいうと、嫌われるんじゃないかって考えるのよ。ヨーチューブで叩かれることだって、普通は怖いのよ」
梨美のいうことはわかるけど、それじゃ面白くない。自分の人生なのに生きていない感じじゃないか。まず、テンション上がらない。もしかしてみんな我慢して生活しているの?
桃花は目を丸くする。
「ストーカーに襲われたら大変なんだから、少しは考えなよ」
梨美が呆れた顔をし、桃花は肩をすくめた。
コンビで動画配信をするようになったのは、個性的な外見、強気な発言の桃花とセンスのいい着こなしをする優等生な梨美のズレたおしゃべりが面白いといわれたからだ。試しに動画を数回出してみたら、視聴者登録数が伸びたので、継続して配信している。
「大学の掲示板みた? 就職相談会のお知らせ来てたね。梨美は出る?」