「なるほど。わかるぅ。うっかりミスを防ぐ方法とかあったら高校生の時もうすこし点数がよかったのかなとか思うし。時間を計って問題を解くのに意味があるのかよくわからなくてやっていたもの」
「誰かの役に立てればいいなと思うんですよ」
「そうだね」
 これまでのところ、構成の通り進んでいる。さすが大樹くん、配信慣れしている。画角もおそらくばっちりだろう。
「実は、僕は桃花先輩とは同じ灯京大学なんです。歳は同じなんですけど学年は下なんですよ」
 視聴者にわかるように大樹は説明をする。
「先輩後輩です」
 桃花も補足する。
「僕、よく動画を見ていて、桃花先輩にあこがれてたんです。だから勉強をがんばって入学したんですよ」
「憧れ? また、冗談でしょ」
 桃花は大笑いする。灯京大学に入ってくる子は、勉強が忙しくて、高校時代、ヨーチューブなど見ている暇はほとんどないはずだ。
「いや、ほんと。メタモルフォーゼの桃花先輩と梨美先輩との会話が楽しくって。勉強の合間に見ていたんですよ。灯京大学に入ると、こんな綺麗な女の人たちがいるんだとか、ぜったいお友達になりたいとか考えてました。下心しかない」
 大樹くんはカラッと笑った。
「絶対嘘だね、もう」
 軽快に話が進んでいく。
大樹が話を膨らませてくれるので、テロップを入れていけば、かなり楽しい雰囲気になるだろう。
「ところで、質問です。冒頭でも桃花さんが言ってましたが、メタモルフォーゼ、解散ってほんとなんですか。視聴者さんもそこが気になっていると思うんですけど」
「梨美からあとで報告があると思うのですが、お知らせがあります。相方の梨美は、将来の方向性がちがうということで、メタモルフォーゼを解散することになりました」
「あ、ケンカしたんでしょ。女の子同士のケンカって陰湿なんでしょ?」
「ちがいますぅ。ひどいなあ」
 大樹くん、ナイスツッコミ。
「梨美とケンカとかはほんとになくって。仲良しなんですけど。大学三年生になって、将来のことを考えたんですね。大学三年生ってそろそろインターンとか行き始めるころなんですよ」
「そうなんですね」
 大樹は大きく頷く。
「動画配信をずっとやっていくか。就職活動するか。わたしたちの中でも悩んでいて。梨美は就職活動をがんばると決めたのです。でも、わたしは動画配信を続けて頑張っていこうと決めたのでこれからもよろしくお願いします。」
「なるほど。ケンカ別れっていうわけではなくて、将来の方向性の違いってことなんですね」
「そうなんです。わたしたちは仲良しなんですけど、解散することになったのです」
 なんとか梨美の解散理由をふんわりと伝えられた。
 桃花はほっとした。
「これからもいろんなことにチャレンジしていこうと思います。Vチューバ―とかも興味あるんですよ。わたしは個人でこれから活動することになります。どうか応援のほうをよろしくお願いします」
「もちろん応援します」
「次回は、わたしが大樹くんのチャンネルにゲスト出演する予定です。大樹くんのチャンネルもみてくださいね」
「僕のチャンネルにぜひ来てください。待ってます。あと、ぜったい高校の時の成績表、持ってきてくださいね」
「えええ? なぜそんな?」
 台本にはなかったぞ、そんなお知らせ。
桃花は焦る。
「だって、僕のチャンネルは、勉強チャンネルですから。皆さんも気になっている、桃花さんの成績と勉強方法について言及していこうと思います。では、またね!」
「あああああ。ちょっと待って。終わりにされた! 成績表、本当に要るの?」
 桃花の絶叫が響く。
 あ、ちょうど終わる時間だ。なんて引きのある終わり方だろう。大樹くん、うまいな。
 時間まで考えて動ける大樹の話のテクニックはすごい。グダグダになったところがほとんどない。効率よく撮影しているんだな。
 桃花は感心した。
せっかくだし、わたしの次回の動画でも大樹くんとのコラボの裏話として、成績表関係を取り上げようか。
さて、構成をどうしたもんだろうか。高校時代の成績についてアンケートをトイッターに流して、集計してみてもいいかもしれない。
どんどんアイデアが沸いてくる。
 そうだ。大樹のチャンネルにお邪魔したら、構成やタイム管理をおしえてもらってこよう。何事も勉強である。
 しかし、本当に高校時代の成績表がいるのだろうか。
桃花はジト目で大樹くんを見る。
部屋の片付けをしないと、発掘できないかもしれない。捨ててはないと思うけど。あ、でも殺人事件が解決しないと部屋に入れないか?
桃花はため息をついた。
「ヨーチューブで有名な桃花先輩がどれくらい高校生の時勉強していたかとか、皆興味あると思うんですよね。お手数をかけてすいません。でも、受験生たちがモチベーションがあがって、盛り上がると思うんですよ。みんなのためによろしくお願いします」
 大樹くんは絶対押し切るという顔だ。
「ううう。しかたない。あとで探してみるよ」
 今度、野口警部が来たとき、自分の部屋にもう入っていいか確認しよう。
桃花は苦笑いした。


十二
桃花が大学から帰ると、玄関に男物の革靴があった。こういうサラリーマンっぽい靴を履いている人は一人しかいない。
外は蒸し暑かったので、早くリラックスできる服に着替えたかったのに。
桃花は心の中でため息をついた。
「桃花さんがやっと帰ってきた」
 茉莉が助かったという顔をする。
桃花は声を潜めた。
「大学で今日も偶然大樹くんに会いましたよ。それで、何かあったんですか?」
「あら、元気だった? 警部さんが来ているのよ」
「大樹くん、元気でしたよ。警部さんって、野口さんでしょ。茉莉さんの元夫じゃないですか」
「そうともいうわね」
 茉莉さんは肩をすくめた。
「元夫と一緒にいるのは不毛よ」
「わたしに用事があるってわけじゃなさそうですよ。だって、野口警部は茉莉さんのことが好きなんでしょ」
 野口はソファでわたしに手を振って、紅茶を優雅に飲み始める。
「一応、桃花さんに用事があるっていうんだもの、家にあげないわけにいかないでしょ?」
「そうですね」
 野口が茉莉に会いたいだけって気がするけど。ちょうどいい、聞きたいこともあった。大樹くんとのコラボで使う成績表のことだ。
 桃花は首をすくめた。
「おかえり。大樹は元気だったか? 桃花はこっちに座って」
 野口が桃花を呼んだ。
「元気でしたよ。あれ、茉莉さんは?」 
「ちょっとコーヒー淹れてくるね」
 茉莉はいそいそとキッチンに向かった。野口といるのが面倒になったらしい。
「あの、きょうはどういったご用件で?」
 桃花は口火を切った。
「桃花さんが無事か、様子を見に来ただけだよ。ちょっと心配でさ」
 本当は誰のことが心配なんでしょうね。桃花は呆れた。
少なくともわたしではなさそうだ。
桃花は茉莉をチラ見する。茉莉は知らんぷりして、キッチンにいた。
「桃花は、自分を刺したのは誰だと思う?」
 野口は咳払いする。
「ええ? そんなのわかるはずがないじゃないですか」
「まあ、そうだろうけど。一応さ、心当たりがあるかなって聞いてみたんだけど」
 野口は苦笑する。
「最初、内山マネージャーかなって思いましたけど。駐車場で車でわたしを跳ねたし。綾音先輩も車に乗っていたので、この二人は不可能ですよね」
「そうなんだよな」
 野口は頭を掻いた。
「ゴンザレスさんかなとも思ったんですけど、違うような気もします」
「ああ、ゴンザレスさんか。大学見学には来ていたようだぞ。桃花の大学を見に行くって家族に伝えていた。今まで家から出なかったのに、活動的になったと家族は喜んだらしい。女装はともかく、外に出ようと頑張っていたので、そっと見守っていたと言っていたぞ」
 そうだったんですね、ゴンザレスさん。
「似合っていたからな、女装姿」
 たしかに。綺麗だった。あと少しがんばれば、社会復帰できたかもしれなかったのに、無念だっただろう。
「大学近くの防犯カメラの映像で、ゴンザレスさんの姿が確認できた。女装だったんだよ。黒ずくめじゃなくて。それに、ゴンザレスさん、大学の正門前で帰っちゃっているんだよな」
 野口は頭を掻く。
「そうなんですか。せっかく来たのに」
「それでな、面白いことに、ゴンザレスさんは桃花を襲った黒ずくめの犯人とすれ違っていたんだよ」
 野口はニヤリとした。
 駅に向かう方の防犯カメラでゴンザレスの姿は確認されていた。わたしを刺したのは、ゴンザレスさんじゃない。アリバイがあってよかった。
「そうそう、女装するようになったのは、桃花さんのように自分の意見をいえるようになりたいって、始めたようだぞ」
 ゴンザレスさん……、なんかいい人っぽい。
 桃花は頷いた。
「じゃ、いったい誰が桃花を刺したのかしら」
 茉莉さんが尋ねる。
「おそらくゴンザレスは退院した桃花に危ないってことを伝えようとしたんだろうな。内山は桃花さんのことを恨んでいたようだから」
 野口がテーブルに出ていたクッキーをつまむ。
「そして、内山ともみ合いになり、殺された」
 と野口は続けた。茉莉からコーヒーを受け取る。
「熱いからね」
「いい匂いだ。茉莉さんのコーヒーはいつも美味しいよ。もちろん紅茶もおいしいけど」
「そんなのいちいち言わないで。恥ずかしいから」
 茉莉の顔がほんのり赤くなる。
「桃花さん、茉莉、最近、変わったことはない?」
「いえ、特には」
 桃花も茉莉も首を振った。
「そっか。それならいいんだ。こう見えて、俺も忙しいからな。そろそろお暇するよ。ごちそうさん」
 野口はもぞもぞと帰る支度を始める。
「しいて言うなら、黒木さんもたまにここに来ることくらいですかね。担当医でもなんでもないんですけど、乗り掛かった舟だからって。傷を心配してくれてますね。そのあと、茉莉さんと一緒にお茶会をしてますけど」
 桃花が思い出していると、野口の眉毛がぴくっと動いた。
「黒木が? 黒木が来ているのか」
「ええ。わたしの傷が心配だとか言う割に、メインはおしゃべり? 美味しいお菓子をいつも持ってきてくれるので、結構嬉しいです」
 野口の顔色が変わる。
「今度、大樹くんと、ヨーチューブで一緒に撮影するんです。それで、必要なものがあるので、自分の部屋にはいりたいんですけど、まだダメですか?」
 桃花がたずねる。
「うーん、まだ、もうちょっとかかるかな。すまんな」
 野口は口を濁らせ、退散した。
十三
太陽の光がじりじりと皮膚を焼くのが感じられる。梅雨明けも間近に違いない。というか、もう夏だろう。額から汗が流れていく。
桃花は急ぎ足で大学へ向かっていた。毎日わたしの後をつけている刑事さんたちも暑いだろう。さすがに大学構内まではついてこない。きっと近場の喫茶店で監視しているのかもしれない。こんな暑い中、外で待っているなら気の毒である。ぜひどこかで涼んでいてほしい。
そもそもなぜ尾行がついているのか? わたしは刺された人間だ。疑われているんだろうか。納得できないけど。
桃花はロッカーから教科書を取り出して、教室へ向かった。
「梨美。きょうは顔色がいいね。よかったよ」
 廊下で梨美を見つけ、声をかける。
メタモルフォーゼの解散が決まって、いろいろストレスがなくなったから元気になったのだろうか。思えば、苦労を掛けていたのかもしれない。桃花は反省した。
「そう? そんなに前は具合が悪そうだった?」
 梨美が首を傾げた。
あれ? 梨美ったら、めずらしく黒の布製のチョーカーをしている。二センチ幅の太めのものだ。最近スカーフをしたりしていたけど、梨美はもともと首に巻き付けるものが好きじゃなかったはず。
似合っているけれど。ちょっぴり不思議に思う。
服の傾向を変えるのかな? 就職することにしたし、服の好みも変わったのかもしれない。
「なんか元気がなかったし、顔色が悪かったから心配だった。今まで動画配信を無理に梨美にやらせていたのかもって、気にしていたの」