《一ターン目(アリス)》
言葉が交わされることはなかった。
ただ沈黙を持って向かい合い、オレとアリスは山札からカードを七枚ドローした。
「――先攻、マナフェイズに一枚セット、メインフェイズに《天使の羽根》を発動」
《天使の羽根 光属性 マジック C1
(永続)このカードがフィールド上に存在する限り、全ての光属性・天使族ユニットカードはコストが一点減少する》
先ずは、アリスのターンが始まった。
アリスは、先手必勝ばかりに《天使の羽根》を発動してみせる。こいつがフィールド上に存在する限り、アリスは余裕を持ったプレイングを行うことが可能となる。
「コストを一点減少し、わたしは《魅惑の天使イルナ》を召喚」
《魅惑の天使イルナ 光属性 天使族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力15 (Lv2)攻撃力15 (Lv3)攻撃力15
(飛翔)相手のフィールド上に飛翔を持つユニットカードが存在しない場合、相手プレイヤーに直接攻撃することができる》
アリスが召喚したのは、二次選考の時に扱っていた《魅惑の天使イルナ》だ。《天使の羽根》の効果によって、ノーコストでの召喚を許されている。
「更に、《祝福の天使フェリス》を召喚」
《祝福の天使フェリス 光属性 天使族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力15 (Lv3)攻撃力25
(召喚)貴方は5点のライフポイントを得る。
(効果)一ターンに一度、貴方は5点のライフポイントを得る。
(飛翔)相手のフィールド上に飛翔を持つユニットカードが存在しない場合、相手プレイヤーに直接攻撃することができる》
マナを支払わず、アリスは《祝福の天使フェリス》をフィールド上に召喚する。
「《祝福の天使フェリス》が召喚に成功した時、わたしは5点のライフを得る」
フィールド上への召喚と同時に強制的に発動する効果を持つ《祝福の天使フェリス》は、アリスのライフを僅かながらに回復させる。
だが、《祝福天使フェリス》にはもう一つの効果が備わっていた。
「《祝福の天使フェリス》が召喚に成功した後、別の効果を発動、更に5点のライフを得る」
再度、自身のライフポイントを回復させる。これが《祝福の天使フェリス》の効果だ。
召喚に成功した時、《祝福の天使フェリス》は5点のライフを回復させてくれるが、更に別の効果によって、一ターンに一度、5点のライフを得ることが可能だ。
「110点か、長引くと厄介だな……」
二度の回復により、アリスのライフポイントは110点になった。早いうちに叩いておかないと、後々削り切れないかもしれない。
「バトルフェイズをスキップ、エンドフェイズに移行。ターンエンド」
言葉少なめに、アリスはフェイズをこなしていく。
一ターン目の先攻ということもあって、あっという間にターンが終了した。
《二ターン目(トキ)》
「ドローッ、……オレはマナを一枚セットして、《魔王の死》を発動だ」
《魔王の死 闇属性 マジック C1
(効果)貴方は自分の山札から《生まれたての魔王》一体を選択し、それを捨て札に置く。その後、貴方は自分の山札を切り直し、カードを一枚引く》
マナフェイズにセットしたマナをリバースし、オレはメインフェイズに《魔王の死》を発動した。このカードは、オレのデッキの中に眠る《生まれたての魔王》一体を対象に、捨て札へと送る効果を持っている。
「《魔王の死》の効果によって、オレは《生まれたての魔王》を捨て札に置くぜ」
デッキから《生まれたての魔王》を一枚抜き取り、それを捨て札へと置いた。
「捨て札に……?」
訝しげに、アリスがオレの行動を見守る。
わざわざ捨て札へと送る意味を理解しようと必死になっているようだ。
「《生まれたての魔王》を捨て札に置いた後、オレは自分のデッキを切り直し、カードを一枚ドローする」
後半の効果をこなし、オレは山札からカードを一枚引いて、手札へと加えた。
これで実質的なボードアドバンテージはチャラだ。
「オレはメインフェイズを終わり、バトルフェイズをスキップしてターンエンドだ」
このターンはマナを使い果たしたので、《魔王の死》の他にカードを使用することができない。オレはユニットカードを一体も召喚することなく、ターン終了を宣言した。
《三ターン目(アリス)》
二度目のターンが巡り、アリスは山札からカードを一枚手札に加える。
「ブレイクフェイズをスキップ、マナフェイズに一枚セット」
四枚から三枚へと手札を減らし、二つ目のマナをセットする。
これで、アリスはコストが三点以下のユニットを召喚することが可能となった。
「メインフェイズに、わたしは《祝福の天使フェリス》の効果を発動。5点のライフを得る」
マナフェイズを終え、メインフェイズへと移行したアリスは、先ずはフィールド上に召喚されている《祝福の天使フェリス》の効果を発動する。これでアリスは5点のライフを得たことになり、115点までライフを増やすことに成功した。
「三点のコストを支払い、《舞い降りた天使ルナ》を召喚」
《舞い降りた天使ルナ 光属性 天使族 ユニット C3
(Lv1)攻撃力22 (Lv2)攻撃力22 (Lv3)攻撃力33
(効果)手札から光属性・天使族のユニットカード二体を捨て札に置く:貴方は手札からこのカードを特殊召喚することができる。
(召喚・特殊)貴方は10点のライフポイントを得る。
(飛翔)相手のフィールド上に飛翔を持つユニットカードが存在しない場合、相手プレイヤーに直接攻撃することができる》
二枚のマナカードをリバースし、それに加えて《天使の羽根》の効果を追加する。そうすることによって、アリスは手札から三点のコストを必要とする《舞い降りた天使ルナ》をフィールド上に召喚した。
「《舞い降りた天使ルナ》がフィールド上に召喚・特殊召喚された時、わたしは10点のライフを得る。……これで、わたしのライフポイントは125点」
見る見るうちに互いのライフポイントの差が広がっていく。
天使族にはライフを回復する効果を持つユニットが多数存在するが、序盤から25点のライフを回復されるのは正直辛いところだ。
しかし、それが功を奏することも無きにしも非ず。
「バトルフェイズに移行、《魅惑の天使イルナ》、《祝福の天使フェリス》、《舞い降りた天使ルナ》、三体で直接攻撃」
バトルフェイズに突入し、アリスは自分のフィールド上に召喚されている三体のユニットで攻撃を仕掛けてきた。
「そいつらの攻撃、全てを受けよう」
今のオレには、直接攻撃から身を守る術がない。自身のライフがじわりじわりと削られていくのを、ただ黙って耐え抜くしかないってわけだ。
《魅惑の天使イルナ》の攻撃力が15、《祝福の天使フェリス》の攻撃力が10、そして《舞い降りた天使ルナ》の攻撃力が22、三体の攻撃力の合計は47だ。
宙を舞い、自在に攻撃の手段を変えていく天使たちは、オレに目掛けて空から突進をかましてくる。三度の来襲によって精神的な痛みを蓄積し、オレは47点のダメージを受けた。
「……ターン、エンド」
何か言いたげな様子だが、アリスは言葉にする前に呑み込んでしまったようだ。
三体のユニットによる直接攻撃が終わりを迎え、それぞれがブレイク状態へと変化する。バトルフェイズからエンドフェイズへと移行した後、アリスはターンエンドを宣言した。
《四ターン目(トキ)》
「オレのターン、ドローッ」
先のターンでオレは47点のダメージを受けてしまい、残りのライフポイントを53点にまで減らしてしまったが、決着がついたわけではないし、負けが決まったわけでもない。
むしろこれからが本当の勝負だ。
「マナフェイズにマナを一枚セットするぞ」
仲間同士の対戦は、中盤へと向かいつつある。
現在、オレのライフは53点、手札が七枚、ユニットは無し、捨て札には《生まれたての魔王》が置かれている。一方のアリスは、ライフポイントが125点、手札は二枚、フィールド上には三体のユニットを召喚し、永続魔法カードの《天使の羽根》が発動中だ。
戦況は圧倒的にアリスが優位であると言えるだろう。しかしそれこそがオレの狙いでもある。
「メインフェイズに移行、オレはマナを一点支払い、手札から《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》を発動する!」
《魔王降臨(サタンズ・アドベント) 闇属性 マジック C1
(効果)対象のプレイヤー一体とのライフポイントの差が50点以上の場合、貴方は半分のライフポイントを支払うことで、山札・手札・捨て札の何れかから《生まれたての魔王》一体を選択し、自分のフィールド上に特殊召喚する》
「――ッ、それが狙い……だったの」
悔しそうに、アリスが呟いた。
オレが手札から使用した魔法カード《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》は、その名の通り、魔王を降臨させる効果を持っている。アリスとのライフポイントとの差が50以上なければ発動することはできないが、アリスが操る三体のユニットによる直接攻撃を受けているので、条件を満たすことは容易だった。
「ああ、その通りだ。《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》を使うことができれば、たとえ《生まれたての魔王》が捨て札に落ちようとも、フィールド上に降臨することができるからな」
切り札を捨て札に置くことで油断を誘い、無防備な状態を無意識ながらに感じ取らせることに成功した。これで、オレは魔王を降臨させる準備が整った。
「オレは《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》を発動するための追加コストとして、半分のライフを支払わなければならない。その結果、オレのライフポイントは27点に減少する。……だが、半分のライフの対価として得たものは、何物にも代え難い切り札となる」
自身のライフポイントを削り取ってまで、発動する意味を持つ魔法カード。
そして、その魔法カードによって、フィールド上に魔王が姿を現す。
「この世に一枚しか存在しないカードを、その眼に焼き付けろ!! オレは《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》の効果により、捨て札から《生まれたての魔王》を特殊召喚ッ!!」
《生まれたての魔王 闇属性 神王族 ユニット C10
(Lv1)攻撃力0
(召喚・特殊)貴方のフィールド上に存在する、このカードを除く全てのユニットカードとマナカードを捨て札に置く。その後、貴方は半分のライフポイントを失う。
(効果)このカードは相手プレイヤーの呪文・ユニットカードの効果を受け付けない。また、このカードがフィールド上に存在する限り、このカード以外の全てのユニットカードは攻撃を宣言することができない》
魔法カード《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》を発動し、オレは自分の捨て札から《生まれたての魔王》一体を選択し、フィールド上に特殊召喚する。
「《生まれたての魔王》がフィールド上に特殊召喚されたトキ、オレは強制的に効果を発動しなければならない。――だが、オレのフィールド上には《生まれたての魔王》以外にユニットカードは存在しない! よって、オレはマナカードを二枚と、半分のライフを支払う!」
召喚、または特殊召喚に成功した時、《生まれたての魔王》は更なる代償を求める。
それは、オレのフィールド上に存在する《生まれたての魔王》以外の全てのユニットカードと、マナカード、それから半分のライフポイントだ。
現在、オレのフィールド上には《生まれたての魔王》以外のユニットは存在していないので、その他の代償を支払うだけで構わない。つまりは、オレは二枚のマナカードと、半分のライフを失ったってわけだ。
残りのライフポイントが14点に減少し、少しばかし心もとないが、その代わりに得た仲間は全てのユニットカードの頂点に立ちうる存在だ。
「《生まれたての魔王》の効果によってマナカードを捨て札に置いた瞬間、オレは捨て札に置かれた《黒剣(ブラック・ソード)》を発動するぞ!」
《黒剣(ブラック・ソード) 闇属性 マジック C1
(効果)マナフィールド上にセットされたこのカードが捨て札に置かれた時、貴方はフィールド上に存在する《生まれたての魔王》一体を選択し、このカードを捨て札から装備することができる。このカードを装備した場合、貴方は山札からカードを一枚引き、それをマナフィールド上にセットしなければならない。
(装備)対象の《生まれたての魔王》一体は、攻撃力+30の修正を受けると同時に、相手プレイヤー一人に直接攻撃することができる。対戦相手のフィールド上にユニットが存在する状況で直接攻撃を行った場合、貴方は対戦相手に与えたダメージと同じ値のダメージを受ける》
マナフェイズに、オレは手札から一枚マナフィールド上にセットしていた。
しかしながら、このターンの間にマナを使い切ることなく《生まれたての魔王》を特殊召喚してしまったので、一点分のマナと一枚分のボードアドバンテージを失ったかのように思われたに違いない。
だが、それは間違いだ。
オレがマナフィールド上に伏せた二枚目のマナカードは、マナフィールド上から捨て札に置かれた瞬間に発動可能な装備魔法カードなんだからな。
「オレは自分の捨て札から《黒剣(ブラック・ソード)》一枚を選び出し、フィールド上に存在する《生まれたての魔王》一体に装備する! これで《生まれたての魔王》の攻撃力は+30の修正を受け、攻撃力30へと上昇ッ!!」
生まれたばかりの魔王で攻撃するには心もとないが、魔王専用の魔法カードを装備させることができれば、攻撃の手段を得ることも不可能ではない。オレは《黒剣(ブラック・ソード)》を《生まれたての魔王》に装備させることに成功し、一気に場を支配し始めた。
「更に! 《黒剣(ブラック・ソード)》を《生まれたての魔王》に装備した瞬間、オレは自分の山札の上からカードを一枚ドローして、それをマナカードとすることができる! というわけで、オレは新たなマナをセットさせてもらうぜ」
マナを使い切ったアリスは、オレのプレイングを黙って見ていることしかできない。
刻一刻と近づく敗北の結末が、歯がゆさを印象付けている。
「……そして、オレはマナフィールド上にセットしたマナカードで一点のマナを支払い、手札から《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》を発動だっ!!」
《魔王の台詞(サタンズ・ワード) 闇属性 マジック C1
(永続)貴方のフィールド上に《生まれたての魔王》が召喚されている場合、一ターンに一度、自分のフィールド上に《口無しの傀儡(パペット・サイレント) 闇属性 アンデット族 ユニット (Lv1)攻撃力10》三体を特殊召喚する》
マナを失い、新たに得たマナによって、オレは魔法カード《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》を手札から発動させた。このカードは、アリスが扱う《天使の羽根》と同じように、フィールド上に残り続ける永続魔法カードだ。
オレのフィールド上に《生まれたての魔王》が存在する場合、《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》を紡ぎ出すことにより、魔王に忠実なるしもべを特殊召喚する効果を持つ。
「《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》の効果を発動し、オレは自分のフィールド上に攻撃力10の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》を三体特殊召喚する!」
僅か一点のマナを支払うことで、オレは攻撃力10のユニット三体をフィールド上に特殊召喚することに成功した。ユニットの数でもアリスを上回り、一気に形勢を逆転する。
「バトルフェイズに突入ッ、オレは一体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》で《祝福の天使フェリス》に攻撃を仕掛け、そして残る二体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》で、アリスに直接攻撃ッ!!」
傀儡が、ゆらりゆらりと動き出す。《祝福の天使フェリス》に襲い掛かる《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》は、互いの攻撃力が同じ数値のため、同士討ちとなってしまった。だがしかし、次のターン以降、《祝福の天使フェリス》の効果によってライフを回復されることはなくなった。
残る二体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》は、プレイヤーへの直接攻撃を仕掛ける。アリスには対抗手段がないので、二体のユニットによる攻撃を受けてしまい、20点のライフが削られた。
「三体の傀儡で攻撃を終えた後、今度は《生まれたての魔王》で《舞い降りた天使ルナ》に攻撃だ!」
命を受け、魔王が武器を手に敵を真っ二つにしてみせる。それは正に一瞬の出来事で、アリスが操る《舞い降りた天使ルナ》は抗う素振りすら見せずに四散してしまった。
「……ッ」
ブレイク状態のユニットを破壊され、アリスは8点のダメージを受ける。ごく僅かだが、少しずつ確実にライフを削っていく。
「エンドフェイズに移行し、オレはターンを終了する」
バトルフェイズを終え、四体のユニット全てがブレイク状態へと変化する。
そして、オレはターンエンドを宣言し、ターンの移行を促す。
《五ターン目(アリス)》
再び、アリスのターンが回ってきた。
中盤へと突入した戦いは、形勢が逆転したかのように思われる。
現在、アリスのライフポイントは97点、手札が二枚、マナカードが二枚、ユニットカードは《魅惑の天使イルナ》一体のみ、そして永続魔法《天使の羽根》が発動している。
オレは、ライフポイントが14点、手札が五枚、マナカードが一枚、ユニットカードは三体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》と、《黒剣(ブラック・ソード)》を装備した《生まれたての魔王》が一体だ。また、オレのフィールド上では《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》が発動中なので、オレのターンが訪れる度に三体の傀儡を特殊召喚することが可能となる。
「ドロー、ブレイクフェイズにノンブレイク状態へと変更、マナフェイズにマナをセット」
あくまで冷静に、アリスは自身のターンを進めていく。
ドローフェイズにカードを一枚手札に加え、ブレイクフェイズに《魅惑の天使イルナ》をブレイク状態へと変更、そしてマナフェイズにマナを一枚セットした。
アリスは、不利な状況を覆す術を持っているのか否か。オレのフィールド上に召喚されている《生まれたての魔王》は、呪文はおろかユニットの効果の対象にすらならないので、一度(ひとたび)姿を現せば、倒すことは困難を極めるだろう。それに加えて、《生まれたての魔王》がフィールド上に存在する限り、アリスのユニットは攻撃を宣言することができない。
つまりは、これ以上オレのライフポイントを削ることは不可能だということだ。
「……トキ、わたしは絶対に負けない」
ぽつりと、本音を零す。
それからアリスは、リストを開いた。
「ッ、まさか……」
アリスがリストを開いた時、オレは今更ながらに思い出す。
この戦いは、ただのカードゲームではない。全てのラヴィリニストにはアビリティーという名の特殊能力が備わっていた。
「アビリティー《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》を発動ッ」
《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)
(効果)次のドローフェイズをスキップする:フィールド上にユニットカードが五体以上召喚されている時、フィールド上に存在する全てのユニットカードを捨て札に置く。《飛翔》を持つユニットカードはこの効果の対象にはならない》
アリスが持つアビリティー、それは《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》だ。
フィールド上に召喚されているユニットの総数が五体を超えている時、自らのドローフェイズをスキップすることによって発動することが可能な諸刃の剣だ。
「ちぃ、アビリティーの存在をすっかり忘れてたぜ……」
地球ではアビリティーの機能など存在しないため、思考の端に追いやってしまっていた。
「《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果により、わたしは次のターンのドローフェイズをスキップする代わりに、フィールド上に存在する飛翔を持たない全てのユニットカードを破壊する」
今この瞬間に発動することが、アリスの決意の表れだ。オレとの戦いに、必ず勝利してみせるという気迫が伝わってくるかのようだ。
現在、フィールド上には五体のユニットが召喚されている。オレが操る《生まれたての魔王》一体と、《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》が三体、そしてアリスが操る《魅惑の天使イルナ》だ。
飛翔を持つユニットは、《魅惑の天使イルナ》だけなので、その他のユニットカードは全て破壊されることになるわけだが、《生まれたての魔王》には特殊な効果が備わっているのを忘れてもらっては困る。
「《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の発動によって、オレが操る三体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》は捨て札へと送られることになる。……だが、《生まれたての魔王》はアリスが発動する呪文やユニットカードの効果を受け付けない!」
これが、魔王たる証だ。
《生まれたての魔王》は、相手プレイヤーの呪文・ユニットカードの効果を一切受け付けることはない。これがもし仮に、効果の対象にならない、というテキストであった場合、《生まれたての魔王》は《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果によって破壊されることになっていただろう。
「《生まれたての魔王》は、対象を取らない呪文にも対応しているものでな」
アリスが発動したアビリティー《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》は、対象を取らない効果だ。
それはつまり、対象を取る効果に耐性を持つユニットがフィールド上に召喚されていたとしても、対象を取らずに全てのユニットカードを破壊する《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の前には無力と化してしまう。だがしかし、オレが操る《生まれたての魔王》は、それをも凌駕する。
「残念ながら《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》は破壊されてしまったわけだが、それはまたオレのターンが来れば《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》の効果を発動して特殊召喚すればいいだけの話だからな。《生まれたての魔王》を倒さない限り……アリス、お前に勝ちの目は無いぞ」
「……勘違いしないで、トキ。貴方はルールを間違えている」
したり顔で話すオレを前にして、アリスは小さな溜息を吐いた。
「確かに、《生まれたての魔王》は全ての呪文、そしてユニットの効果を受け付けることはないわ。……でも、それはあくまでも呪文とユニットの効果に限定されていることを忘れないで」
何を言っているのか、初めは理解できなかった。
しかし、オレはすぐに気付くことになる。アリスの言葉の意味に――、
「――ま、まさか……ッ」
「……そう、アビリティーは呪文ではないわ。個々のプレイヤーによる特殊能力なのだから」
その言葉の意味が、敗北へのビジョンを鮮明に映し出す。
「《生まれたての魔王》は、《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果によって破壊されるわ」
一度(ひとたび)フィールド上に姿を現せば、無敵の壁となって場を支配することが可能となる、世界に一枚だけのレアカード。それが《生まれたての魔王》だ。呪文とユニットの効果を受け付けないので、オレを倒すには魔法カードや罠カードによる直接的なダメージを与えるしか方法は残されていない。
だが、アリスは攻略してしまった。無敵と思われた《生まれたての魔王》を、自身が持つアビリティーによって倒しやがった。
「くっ、……こんなことが……くそっ」
「最強のカードを持つ故に、慢心、そして驕りが、貴方の心に生まれていた。その心を、わたしは突いただけ」
メインフェイズ中に、自身のリストからアビリティーを発動し、アリスはフィールド上のリセットに成功した。バトルフェイズへの移行を許してしまえば、オレの負けが決定する。
「わたしのフィールド上には、攻撃力15の《魅惑の天使イルナ》が召喚されている。そして、フィールド上に存在するユニットの中で、唯一《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果を免れることが可能なユニットでもあるわ」
オレのライフポイントは14点、対する《魅惑の天使イルナ》の攻撃力は15だ。
一体だけが生き残り、その生き残りが攻撃を仕掛ければ、この戦いに終止符が打たれる。
「……さあ、トキ。《生まれたての魔王》を捨て札に置きなさい」
もう、ダメだ。この局面を覆す方法がオレには思いつかない。
残された手札には、逆転の目は無い。つまりは、オレの負けだ。
「……くっ」
フィールド上に存在する《生まれたての魔王》を、視界に映し出す。地球とは異なる環境に、自らを実体化した魔王は、黒い剣を手にし、主(あるじ)たるオレの命令を待ちわびている。
「どうしたの、早く捨て札に置いて頂戴」
アリスの声が、遠くから聞こえてきた。
目の前の現実に、意識が拒絶を始めるのを堪えて、オレは下唇を噛み締める。
「オレは……《生まれたての魔王》を捨て札に――」
その先に続く言葉を、オレは口にはしなかった。現状を打破し、アリスに対抗するために必要な、たった一つの可能性を見出してしまったからだ。
「リストオンッ!!」
無意識のうちに、オレは意思のある声を上げていた。
アリスがしてみせたように、自身のリストを開き、最後の可能性を信じるために――、
「――ッ!?」
開かれたページに、オレは目を向ける。
それから、オレは自然と口元に笑みを浮かべていく。
「……なるほどな、そういうことだったのか」
ラヴィリンス形式での戦いにおいて、全てのラヴィリニストにはアビリティーが備わっている。それは自身が持つリストを開き、一ページに載せられたテキストによる効果を発動することが可能だ。アリスにはアリスの、ポートルッチにはポートルッチの、先の戦いで対戦相手となったインハーリットとルノールにはそれぞれの、唯一無二のアビリティーを持っていなければならない。それはオレ自身にも当て嵌まる。
元々が此処の人間ではない故に、オレにはアビリティーが備わっていないのかと疑いもした。
だが、それは大きな間違いだ。他のラヴィリニストたちと同じように、オレにだってアビリティーを発動することは不可能ではない。それが今、目の前に記されているんだからな。
「アリス、オレはお前に一つ謝らなければならないことがある」
リストから、視線を上げる。
瞳に映るのは、互いに力を合わせてきた仲間だ。
「お前が《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》を発動した時、オレは自身の持つアビリティーの発動を宣言していなかった。……勿論、今からでも間に合うよな?」
確認と了承を取る。
フェイズの移行は、まだ終わってはいない。《生まれたての魔王》を捨て札に送るのを渋っていたのが功を奏したようだ。
「……なにを、するつもり?」
不穏な気配を感じ取ったのか、アリスはオレが開いたリストに目を向ける。
オレが持つアビリティーの効果に恐れを抱き始めている証拠だ。
「非常に残念なことだが、どうやら《生まれたての魔王》はフィールド上に居座り続ける道を選びたいみたいだぜ?」
それだけを伝えると、オレはリストからアビリティーを選択し、それを発動する。
「オレはリストからアビリティー《魔王の左手(デニエス・レフティス)》を発動だっ!!」
《魔王の左手(デニエス・レフティス)
(効果)半分のライフポイントを支払う:対象のプレイヤー一人のアビリティーの発動を無効にする。その後、プレイヤーの意思に関係なく、エンドフェイズへと移行する》
何故、オレのリストにはアビリティーが存在しなかったのか。
その理由(わけ)が、ようやく理解できた。
「オレは《魔王の左手(デニエス・レフティス)》の効果により、半分のライフを支払う!」
それは、オレが持つアビリティーの効果が、対戦相手がアビリティーを発動した瞬間に発動可能な限定効果であったからだ。
対戦相手がアビリティーを発動し、そのタイミングでリストを開くことによって、オレが持つアビリティーは初めて姿を現すことになる。その名も、《魔王の左手(デニエス・レフティス)》……。
「半分のライフを支払い、オレのライフポイントは7点に減少する! だがその代わりに、オレは《魔王の左手(デニエス・レフティス)》の効果によって、アリスが発動したアビリティー《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果を無効にすることができるっ!!」
対戦相手のアビリティーに反応し、オレは自身のアビリティーの発動に成功する。これでオレのライフポイントは半分に減ってしまったが、アリスのアビリティーの効果を無効化することができた。オレのユニットは全て無傷のままフィールド上に残り続けるってわけだ。
「更に、《魔王の左手(デニエス・レフティス)》の効果を発動した時、アビリティーを発動した相手プレイヤー一人の意思に関係なく、このターンのエンドフェイズまで移行することが可能となる!」
最も驚異的であるのが、後半の効果だ。対戦相手のアビリティーを無効化するだけでなく、更にはエンドフェイズまで強制的に移行することができるだなんて無敵すぎるからな。
「ッ、……わ、わたしは……」
予期せぬ事態にたじろぎ、アリスはフィールド上に視線を彷徨わせる。だが、残念ながらメインフェイズはおろかバトルフェイズまでスキップしている。アリスには何もすることができない状況だ。
「ターン……エンド……」
仕方なく、アリスは自らのターンを終了する。
逆転の目を信じてアビリティーを発動し、ドローフェイズまでスキップすることになった。
しかしながら、オレはそれをも乗り越えることに成功した。《生まれたての魔王》の存在と、オレが持つアビリティーに悲観したまま、アリスは息を吐いた。
そして、オレとアリスの対戦は終盤戦へと突入する。
《六ターン目(トキ)》
ドローフェイズを終え、ブレイクフェイズに全てのユニットをノンブレイク状態へと変更する。これでまた、オレはアリスに攻撃を仕掛けることができる。
「マナフェイズをスキップし、オレはメインフェイズへと移行する。フィールド上で発動中の《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》の効果を発動する!」
新たなユニットを呼び寄せるために、オレは《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》を紡ぎ出す。《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》の特殊召喚に成功し、これでオレのフィールド上に存在するユニットは七体となった。
「オレは《生まれたての魔王》で《魅惑の天使イルナ》に攻撃だ!」
バトルフェイズに突入し、抵抗することを禁じられたアリスのユニットが、魔王の手に掛かる。あっという間に倒されてしまった天使は、戦いの場から脱落してしまった。
「更に、オレは六体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》で直接攻撃を仕掛ける!」
全ての障害を取り除き、プレイヤーへの直接攻撃を可能とする。《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》によって生み出された六体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》が一斉に襲い掛かり、アリスのライフポイントを大幅に削り取っていく。
「……ッ」
精神に痛みを感じ取り、アリスは顔をしかめる。60点のダメージを受けたことにより、残りのライフポイントは37点になっていた。
「エンドフェイズに移行し、ターンエンドッ」
攻撃を終え、オレはターンの移行を宣言する。
現状を察するに、恐らくはあと二ターン以内で勝敗が決することになるだろう。
《七ターン目(アリス)》
「わたしのターン、……ドローフェイズをスキップ」
アビリティーを発動することによる代償が、次のターンへと影響を及ぼす。
アリスはドローフェイズをスキップし、続くブレイクフェイズとマナフェイズもスキップし、一気にメインフェイズまで移行した。
「……わたしは、……ッ」
声が出ない。何もすることが出来ない。
たとえ新たなユニットカードをフィールド上に召喚したとしても、《生まれたての魔王》が存在する限り、攻撃を宣言することは不可能だ。
もはや、アビリティーを発動する気にもならないのだろう。
オレが持つアビリティーの効果を知った今、アリスの戦略は全てが崩壊してしまったんだ。
「……ターン、……エン――」
「――ユニットを召喚しろ、アリス」
アリスがターンエンドを宣言する間際、オレは言葉を紡ぐ。
その声に、アリスが耳を傾ける。今更何を言い出すのかと眉を潜めた。
「……トキ、この勝負は貴方の勝ち。……どんなユニットを召喚したところで、わたしは……」
戦意を喪失し、アリスは負けを認めてしまった。
ドローフェイズを失ってしまい、起死回生の一手を繰り出す機会すら得られない状況だ。それも当然の結果と言えるだろう。
プロのラヴィリニストになるために、ここまで辿り着くことができたってのに、あと一歩のところで、仲間だと思っていた奴に蹴落とされてしまう。
敗者だけでなく、勝者でさえも、覚悟を必要としなければならない。
それがラヴィリンス選考会であり、プロになるための試練というわけだ。
「……さあ、貴方のターンよ、トキ」
ターンエンドを告げたアリスの声が、オレの耳から離れようとしない。
だがしかし、これが現実だ。プロのラヴィリニストになるためには、仲間を蹴落とす覚悟が無ければ駄目なんだ。
《八ターン目(トキ)》
「……オレは、山札からカードを一枚ドローする」
最後のターンが、訪れた。
オレはドローフェイズに山札から一枚手札に加えて、ブレイクフェイズへと移行する。
「ブレイクフェイズに、オレは七体のユニットをノンブレイク状態に変更、そしてマナフェイズをスキップしてメインフェイズへと移行する」
メインフェイズを終えて、バトルフェイズに突入すれば、この戦いに終止符を打つことができるだろう。
だが、そんなことはさせない。
「メインフェイズに、オレは手札から《無能処理》を発動ッ」
《無能処理 闇属性 マジック C1
(効果)貴方のフィールド上に召喚されている攻撃力0の全てのユニットカードを破壊し、捨て札に置く:このカードの効果によって捨て札に置いたユニットカード一体に付き、対象のプレイヤー一人に5点のダメージを与える。その後、貴方は自分の山札から攻撃力0のユニットカード一体を選択し、それをフィールド上に特殊召喚する》
「……無能、処理……?」
アリスが、俯けていた顔を上げる。
オレが不可解な行動を取ったことに疑問を感じたようだ。
「アリス、オレはお前にだけは絶対に勝つことはできない……。お前にはプロのラヴィリニストになって夢を叶える目標があるように、オレにはオレの目標が……お前をプロのラヴィリニストにするっていう目標を立てちまったからな……」
その言葉に、アリスは目を見開いた。
そしてそれは怒りを生み出していく。
「……ッ、ふざけないで。わたしは……絶対に、認めない……ッ、貴方が……ワザと負けるだなんて……そんなこと……絶対に……ッ!!」
勝たせたい人がいるから、プロのラヴィリニストになってもらいたい人がいるから、ワザと負ける。アリスは、オレの思考を読み取り、それを拒もうと試みた。
但し、今はオレのターンだ。
手札から発動した《無能処理》の効果によって、オレは自分のフィールド上に存在する攻撃力0のユニットカードを全て破壊しなければならない。更に、破壊したユニット一体に付き、対象のプレイヤー一人に5点のダメージを与えることが可能となる。
「《無能処理》の効果により、オレは自分のフィールド上に存在する六体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》を破壊し、捨て札に置く」
六体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》を捨て札に置くことで、《無能処理》は合計30点のダメージを生み出す火力魔法と姿を変える。しかしながら、《無能処理》にはダメージを与えるプレイヤーを選択することが可能だ。それはつまり、《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》を破壊した代わりに得た30点分のダメージをアリスに与えるのではなく、オレ自身に与えることも不可能ではないってことだ。
「オレのライフポイントは、残り7点だ。《無能処理》によって30点のダメージを受ければ、オレは全てのライフを失い、アリスが勝者となる」
そんなことは、絶対に許さない。オレの目論みに焦りを生んだアリスが声を張り上げる。
「わたしは……また、来年挑戦するから……だから、トキ……、貴方は先に……プロの舞台で待っていて頂戴。……お願いっ」
懸命な呼び掛けに、オレは一切応じようとはしない。
妥協など存在してはならない。オレはアリスがプロのラヴィリニストになるところを見てみたいんだ。そのためなら、オレはほんの一つまみに過ぎない可能性でさえも、全力を持って追い求めるつもりだ。
「オレは《無能処理》の効果によって、アリスに30点のダメージを与えるっ!!」
――たとえそれが、ラヴィリンス選考会に盾突く結果に成ろうとも……。
「……え」
再び、声が止まった。
アリスは何が起こったのか分からずに、オレの姿を瞳に映し出す。それもそのはず、《無能処理》の効果の対象を、アリスに指定したんだから当然だ。
「……アリス、お前は一つ勘違いをしている」
このターン、《無能処理》の効果を発動することによって、オレはアリスに30点のダメージを与えることに成功した。
この結果、アリスのライフポイントは7点となり、オレのライフポイントと並ぶことになる。
「言っておくがな、オレは負けるつもりなんてこれっぽっちもないんだよ」
「で、……でも、貴方は……わたしには勝たないって……」
アリスをプロのラヴィリニストにすることがオレの目標であると伝えた。だが、オレが取った行動は、その目標に反する行為であることは誰の目にも明らかだ。
しかしながら、オレはたった一つの抜け道を見つけ出していた。
「ああ、確かに言った。お前にだけは絶対に勝たないとな。……だけどよ、お前に勝つことができないってことが、オレの敗北に繋がるのはだけは間違いなんだ」
アリスはおろか、此処でオレとアリスの戦いを観戦している奴らの中にも、現状を把握できている奴は一人も存在しない。プロのラヴィリニストでさえも、気付いていないようだ。
「――オレは《無能処理》の効果を発動した後、自分のデッキから攻撃力0のユニットを一体、フィールド上に特殊召喚することが可能となる! オレは《心変わりの悪魔》を選択ッ!!」
《心変わりの悪魔 闇属性 悪魔族 ユニット C3
(Lv1)攻撃力0 (Lv2)攻撃力0 (Lv3)攻撃力0
(召喚・特殊)このカードがフィールド上に召喚・特殊召喚された場合、ターン終了時まで、このカードは相手プレイヤー一人のフィールド上に移動することができる。
(効果)このカードが、相手プレイヤー一人のフィールド上に移動した場合、貴方は山札からカードを二枚引き、その後手札からカードを一枚捨てる》
オレがフィールド上に特殊召喚した攻撃力0のユニットは、《心変わりの悪魔》だ。
こいつは、召喚、または特殊召喚に成功した時、ターン終了時まで相手のフィールド上に移動することが可能となる。これによって、オレは山札から二枚のカードをドローし、手札から一枚、カードを捨てた。
今更、手札を交換したところで全く意味がないわけだが、オレが本当に必要としているのは、手札入れ替えの効果なんかじゃない。《心変わりの悪魔》が持つ前半の効果だ。
「今、アリスのフィールド上には《心変わりの悪魔》が移動を行い、オレのフィールド上には《生まれたての魔王》が存在する。……この状況が、理解できるか?」
オレとアリスが戦い続けてきたフィールド上に目を向け、遂に真実へと辿り着く。
「……あ、貴方、まさか……ッ」
「……そう、そのまさかだ、アリス」
メインフェイズを終え、オレはバトルフェイズへの移行を宣言する。
今や、《生まれたての魔王》の攻撃を止める者は誰一人して存在しない。だが、それがオレの狙いでもあり、覚悟でもある。
「アリス、これが最後のバトルフェイズだ。……終焉の時を、その眼にしっかりと焼き付けろ」
それだけを言い残し、オレはバトルフェイズへと移行した。
オレのフィールド上に存在するのは、《生まれたての魔王》が一体のみ。そして、オレは唯一のユニットである《生まれたての魔王》に向けて、アリスへの直接攻撃を指示する。
「《生まれたての魔王》、アリスの直接攻撃だ――――ッ!!」
その言葉に反応し、《生まれたての魔王》は一瞬にしてアリスの許へと移動したかと思えば、たった一度の瞬きすら許すことなく、《黒剣(ブラック・ソード)》による一撃を喰らわせることに成功した。
「――ッ、……くっ」
魔王による直接攻撃をその身に受け、アリスのライフは全て削り取られてしまった。
しかしまだ、バトルフェイズは終わってはいない。フィールド上に存在する全てのカードの効果を解決しなければならないんだ。
「オレは《生まれたての魔王》の直接攻撃によって、アリスのライフをゼロにした。……だが、《生まれたての魔王》は《黒剣(ブラック・ソード)》を装備している。そして《黒剣(ブラック・ソード)》を装備した《生まれたての魔王》は、対戦相手のフィールド上にユニットが存在する状況で直接攻撃を行った時、オレは《生まれたての魔王》が対戦相手に与えたダメージと同じ量のダメージを受けなければならない……」
それは、最後に残された唯一の希望だ。
勝つことは許されず、だからといって負けることも許されない。
そんな状況に置かれたからこそ、オレは考え付くことができた。
「《生まれたての魔王》の直接攻撃で、アリスは30点のダメージを受けた。……ということは、オレも同じ値のダメージを受けることになるわけだ」
同一ターンに、互いのライフポイントがゼロになる。
それは、勝利でも敗北でもない。第三の選択肢――引き分けだ。
「この瞬間、オレとアリスは同タイミングでライフがゼロになった。つまりは引き分けってことだ。それから……ロア? お前、確かにこう言ったよな? 最終選考では、敗者となったプレイヤーが落選だと……」
オレたちのそばで観戦していた選考委員に問い訊ねてみる。質問に対する答えは言わなくても理解しているけどな。
「……引き分けとなったペアには、敗者は存在しません。お二方は、最終選考を通過しました」
その言葉を聞いた瞬間、今度こそ、オレとアリスは互いに笑い、喜びを分かち合った――…。
言葉が交わされることはなかった。
ただ沈黙を持って向かい合い、オレとアリスは山札からカードを七枚ドローした。
「――先攻、マナフェイズに一枚セット、メインフェイズに《天使の羽根》を発動」
《天使の羽根 光属性 マジック C1
(永続)このカードがフィールド上に存在する限り、全ての光属性・天使族ユニットカードはコストが一点減少する》
先ずは、アリスのターンが始まった。
アリスは、先手必勝ばかりに《天使の羽根》を発動してみせる。こいつがフィールド上に存在する限り、アリスは余裕を持ったプレイングを行うことが可能となる。
「コストを一点減少し、わたしは《魅惑の天使イルナ》を召喚」
《魅惑の天使イルナ 光属性 天使族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力15 (Lv2)攻撃力15 (Lv3)攻撃力15
(飛翔)相手のフィールド上に飛翔を持つユニットカードが存在しない場合、相手プレイヤーに直接攻撃することができる》
アリスが召喚したのは、二次選考の時に扱っていた《魅惑の天使イルナ》だ。《天使の羽根》の効果によって、ノーコストでの召喚を許されている。
「更に、《祝福の天使フェリス》を召喚」
《祝福の天使フェリス 光属性 天使族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力15 (Lv3)攻撃力25
(召喚)貴方は5点のライフポイントを得る。
(効果)一ターンに一度、貴方は5点のライフポイントを得る。
(飛翔)相手のフィールド上に飛翔を持つユニットカードが存在しない場合、相手プレイヤーに直接攻撃することができる》
マナを支払わず、アリスは《祝福の天使フェリス》をフィールド上に召喚する。
「《祝福の天使フェリス》が召喚に成功した時、わたしは5点のライフを得る」
フィールド上への召喚と同時に強制的に発動する効果を持つ《祝福の天使フェリス》は、アリスのライフを僅かながらに回復させる。
だが、《祝福天使フェリス》にはもう一つの効果が備わっていた。
「《祝福の天使フェリス》が召喚に成功した後、別の効果を発動、更に5点のライフを得る」
再度、自身のライフポイントを回復させる。これが《祝福の天使フェリス》の効果だ。
召喚に成功した時、《祝福の天使フェリス》は5点のライフを回復させてくれるが、更に別の効果によって、一ターンに一度、5点のライフを得ることが可能だ。
「110点か、長引くと厄介だな……」
二度の回復により、アリスのライフポイントは110点になった。早いうちに叩いておかないと、後々削り切れないかもしれない。
「バトルフェイズをスキップ、エンドフェイズに移行。ターンエンド」
言葉少なめに、アリスはフェイズをこなしていく。
一ターン目の先攻ということもあって、あっという間にターンが終了した。
《二ターン目(トキ)》
「ドローッ、……オレはマナを一枚セットして、《魔王の死》を発動だ」
《魔王の死 闇属性 マジック C1
(効果)貴方は自分の山札から《生まれたての魔王》一体を選択し、それを捨て札に置く。その後、貴方は自分の山札を切り直し、カードを一枚引く》
マナフェイズにセットしたマナをリバースし、オレはメインフェイズに《魔王の死》を発動した。このカードは、オレのデッキの中に眠る《生まれたての魔王》一体を対象に、捨て札へと送る効果を持っている。
「《魔王の死》の効果によって、オレは《生まれたての魔王》を捨て札に置くぜ」
デッキから《生まれたての魔王》を一枚抜き取り、それを捨て札へと置いた。
「捨て札に……?」
訝しげに、アリスがオレの行動を見守る。
わざわざ捨て札へと送る意味を理解しようと必死になっているようだ。
「《生まれたての魔王》を捨て札に置いた後、オレは自分のデッキを切り直し、カードを一枚ドローする」
後半の効果をこなし、オレは山札からカードを一枚引いて、手札へと加えた。
これで実質的なボードアドバンテージはチャラだ。
「オレはメインフェイズを終わり、バトルフェイズをスキップしてターンエンドだ」
このターンはマナを使い果たしたので、《魔王の死》の他にカードを使用することができない。オレはユニットカードを一体も召喚することなく、ターン終了を宣言した。
《三ターン目(アリス)》
二度目のターンが巡り、アリスは山札からカードを一枚手札に加える。
「ブレイクフェイズをスキップ、マナフェイズに一枚セット」
四枚から三枚へと手札を減らし、二つ目のマナをセットする。
これで、アリスはコストが三点以下のユニットを召喚することが可能となった。
「メインフェイズに、わたしは《祝福の天使フェリス》の効果を発動。5点のライフを得る」
マナフェイズを終え、メインフェイズへと移行したアリスは、先ずはフィールド上に召喚されている《祝福の天使フェリス》の効果を発動する。これでアリスは5点のライフを得たことになり、115点までライフを増やすことに成功した。
「三点のコストを支払い、《舞い降りた天使ルナ》を召喚」
《舞い降りた天使ルナ 光属性 天使族 ユニット C3
(Lv1)攻撃力22 (Lv2)攻撃力22 (Lv3)攻撃力33
(効果)手札から光属性・天使族のユニットカード二体を捨て札に置く:貴方は手札からこのカードを特殊召喚することができる。
(召喚・特殊)貴方は10点のライフポイントを得る。
(飛翔)相手のフィールド上に飛翔を持つユニットカードが存在しない場合、相手プレイヤーに直接攻撃することができる》
二枚のマナカードをリバースし、それに加えて《天使の羽根》の効果を追加する。そうすることによって、アリスは手札から三点のコストを必要とする《舞い降りた天使ルナ》をフィールド上に召喚した。
「《舞い降りた天使ルナ》がフィールド上に召喚・特殊召喚された時、わたしは10点のライフを得る。……これで、わたしのライフポイントは125点」
見る見るうちに互いのライフポイントの差が広がっていく。
天使族にはライフを回復する効果を持つユニットが多数存在するが、序盤から25点のライフを回復されるのは正直辛いところだ。
しかし、それが功を奏することも無きにしも非ず。
「バトルフェイズに移行、《魅惑の天使イルナ》、《祝福の天使フェリス》、《舞い降りた天使ルナ》、三体で直接攻撃」
バトルフェイズに突入し、アリスは自分のフィールド上に召喚されている三体のユニットで攻撃を仕掛けてきた。
「そいつらの攻撃、全てを受けよう」
今のオレには、直接攻撃から身を守る術がない。自身のライフがじわりじわりと削られていくのを、ただ黙って耐え抜くしかないってわけだ。
《魅惑の天使イルナ》の攻撃力が15、《祝福の天使フェリス》の攻撃力が10、そして《舞い降りた天使ルナ》の攻撃力が22、三体の攻撃力の合計は47だ。
宙を舞い、自在に攻撃の手段を変えていく天使たちは、オレに目掛けて空から突進をかましてくる。三度の来襲によって精神的な痛みを蓄積し、オレは47点のダメージを受けた。
「……ターン、エンド」
何か言いたげな様子だが、アリスは言葉にする前に呑み込んでしまったようだ。
三体のユニットによる直接攻撃が終わりを迎え、それぞれがブレイク状態へと変化する。バトルフェイズからエンドフェイズへと移行した後、アリスはターンエンドを宣言した。
《四ターン目(トキ)》
「オレのターン、ドローッ」
先のターンでオレは47点のダメージを受けてしまい、残りのライフポイントを53点にまで減らしてしまったが、決着がついたわけではないし、負けが決まったわけでもない。
むしろこれからが本当の勝負だ。
「マナフェイズにマナを一枚セットするぞ」
仲間同士の対戦は、中盤へと向かいつつある。
現在、オレのライフは53点、手札が七枚、ユニットは無し、捨て札には《生まれたての魔王》が置かれている。一方のアリスは、ライフポイントが125点、手札は二枚、フィールド上には三体のユニットを召喚し、永続魔法カードの《天使の羽根》が発動中だ。
戦況は圧倒的にアリスが優位であると言えるだろう。しかしそれこそがオレの狙いでもある。
「メインフェイズに移行、オレはマナを一点支払い、手札から《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》を発動する!」
《魔王降臨(サタンズ・アドベント) 闇属性 マジック C1
(効果)対象のプレイヤー一体とのライフポイントの差が50点以上の場合、貴方は半分のライフポイントを支払うことで、山札・手札・捨て札の何れかから《生まれたての魔王》一体を選択し、自分のフィールド上に特殊召喚する》
「――ッ、それが狙い……だったの」
悔しそうに、アリスが呟いた。
オレが手札から使用した魔法カード《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》は、その名の通り、魔王を降臨させる効果を持っている。アリスとのライフポイントとの差が50以上なければ発動することはできないが、アリスが操る三体のユニットによる直接攻撃を受けているので、条件を満たすことは容易だった。
「ああ、その通りだ。《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》を使うことができれば、たとえ《生まれたての魔王》が捨て札に落ちようとも、フィールド上に降臨することができるからな」
切り札を捨て札に置くことで油断を誘い、無防備な状態を無意識ながらに感じ取らせることに成功した。これで、オレは魔王を降臨させる準備が整った。
「オレは《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》を発動するための追加コストとして、半分のライフを支払わなければならない。その結果、オレのライフポイントは27点に減少する。……だが、半分のライフの対価として得たものは、何物にも代え難い切り札となる」
自身のライフポイントを削り取ってまで、発動する意味を持つ魔法カード。
そして、その魔法カードによって、フィールド上に魔王が姿を現す。
「この世に一枚しか存在しないカードを、その眼に焼き付けろ!! オレは《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》の効果により、捨て札から《生まれたての魔王》を特殊召喚ッ!!」
《生まれたての魔王 闇属性 神王族 ユニット C10
(Lv1)攻撃力0
(召喚・特殊)貴方のフィールド上に存在する、このカードを除く全てのユニットカードとマナカードを捨て札に置く。その後、貴方は半分のライフポイントを失う。
(効果)このカードは相手プレイヤーの呪文・ユニットカードの効果を受け付けない。また、このカードがフィールド上に存在する限り、このカード以外の全てのユニットカードは攻撃を宣言することができない》
魔法カード《魔王降臨(サタンズ・アドベント)》を発動し、オレは自分の捨て札から《生まれたての魔王》一体を選択し、フィールド上に特殊召喚する。
「《生まれたての魔王》がフィールド上に特殊召喚されたトキ、オレは強制的に効果を発動しなければならない。――だが、オレのフィールド上には《生まれたての魔王》以外にユニットカードは存在しない! よって、オレはマナカードを二枚と、半分のライフを支払う!」
召喚、または特殊召喚に成功した時、《生まれたての魔王》は更なる代償を求める。
それは、オレのフィールド上に存在する《生まれたての魔王》以外の全てのユニットカードと、マナカード、それから半分のライフポイントだ。
現在、オレのフィールド上には《生まれたての魔王》以外のユニットは存在していないので、その他の代償を支払うだけで構わない。つまりは、オレは二枚のマナカードと、半分のライフを失ったってわけだ。
残りのライフポイントが14点に減少し、少しばかし心もとないが、その代わりに得た仲間は全てのユニットカードの頂点に立ちうる存在だ。
「《生まれたての魔王》の効果によってマナカードを捨て札に置いた瞬間、オレは捨て札に置かれた《黒剣(ブラック・ソード)》を発動するぞ!」
《黒剣(ブラック・ソード) 闇属性 マジック C1
(効果)マナフィールド上にセットされたこのカードが捨て札に置かれた時、貴方はフィールド上に存在する《生まれたての魔王》一体を選択し、このカードを捨て札から装備することができる。このカードを装備した場合、貴方は山札からカードを一枚引き、それをマナフィールド上にセットしなければならない。
(装備)対象の《生まれたての魔王》一体は、攻撃力+30の修正を受けると同時に、相手プレイヤー一人に直接攻撃することができる。対戦相手のフィールド上にユニットが存在する状況で直接攻撃を行った場合、貴方は対戦相手に与えたダメージと同じ値のダメージを受ける》
マナフェイズに、オレは手札から一枚マナフィールド上にセットしていた。
しかしながら、このターンの間にマナを使い切ることなく《生まれたての魔王》を特殊召喚してしまったので、一点分のマナと一枚分のボードアドバンテージを失ったかのように思われたに違いない。
だが、それは間違いだ。
オレがマナフィールド上に伏せた二枚目のマナカードは、マナフィールド上から捨て札に置かれた瞬間に発動可能な装備魔法カードなんだからな。
「オレは自分の捨て札から《黒剣(ブラック・ソード)》一枚を選び出し、フィールド上に存在する《生まれたての魔王》一体に装備する! これで《生まれたての魔王》の攻撃力は+30の修正を受け、攻撃力30へと上昇ッ!!」
生まれたばかりの魔王で攻撃するには心もとないが、魔王専用の魔法カードを装備させることができれば、攻撃の手段を得ることも不可能ではない。オレは《黒剣(ブラック・ソード)》を《生まれたての魔王》に装備させることに成功し、一気に場を支配し始めた。
「更に! 《黒剣(ブラック・ソード)》を《生まれたての魔王》に装備した瞬間、オレは自分の山札の上からカードを一枚ドローして、それをマナカードとすることができる! というわけで、オレは新たなマナをセットさせてもらうぜ」
マナを使い切ったアリスは、オレのプレイングを黙って見ていることしかできない。
刻一刻と近づく敗北の結末が、歯がゆさを印象付けている。
「……そして、オレはマナフィールド上にセットしたマナカードで一点のマナを支払い、手札から《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》を発動だっ!!」
《魔王の台詞(サタンズ・ワード) 闇属性 マジック C1
(永続)貴方のフィールド上に《生まれたての魔王》が召喚されている場合、一ターンに一度、自分のフィールド上に《口無しの傀儡(パペット・サイレント) 闇属性 アンデット族 ユニット (Lv1)攻撃力10》三体を特殊召喚する》
マナを失い、新たに得たマナによって、オレは魔法カード《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》を手札から発動させた。このカードは、アリスが扱う《天使の羽根》と同じように、フィールド上に残り続ける永続魔法カードだ。
オレのフィールド上に《生まれたての魔王》が存在する場合、《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》を紡ぎ出すことにより、魔王に忠実なるしもべを特殊召喚する効果を持つ。
「《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》の効果を発動し、オレは自分のフィールド上に攻撃力10の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》を三体特殊召喚する!」
僅か一点のマナを支払うことで、オレは攻撃力10のユニット三体をフィールド上に特殊召喚することに成功した。ユニットの数でもアリスを上回り、一気に形勢を逆転する。
「バトルフェイズに突入ッ、オレは一体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》で《祝福の天使フェリス》に攻撃を仕掛け、そして残る二体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》で、アリスに直接攻撃ッ!!」
傀儡が、ゆらりゆらりと動き出す。《祝福の天使フェリス》に襲い掛かる《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》は、互いの攻撃力が同じ数値のため、同士討ちとなってしまった。だがしかし、次のターン以降、《祝福の天使フェリス》の効果によってライフを回復されることはなくなった。
残る二体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》は、プレイヤーへの直接攻撃を仕掛ける。アリスには対抗手段がないので、二体のユニットによる攻撃を受けてしまい、20点のライフが削られた。
「三体の傀儡で攻撃を終えた後、今度は《生まれたての魔王》で《舞い降りた天使ルナ》に攻撃だ!」
命を受け、魔王が武器を手に敵を真っ二つにしてみせる。それは正に一瞬の出来事で、アリスが操る《舞い降りた天使ルナ》は抗う素振りすら見せずに四散してしまった。
「……ッ」
ブレイク状態のユニットを破壊され、アリスは8点のダメージを受ける。ごく僅かだが、少しずつ確実にライフを削っていく。
「エンドフェイズに移行し、オレはターンを終了する」
バトルフェイズを終え、四体のユニット全てがブレイク状態へと変化する。
そして、オレはターンエンドを宣言し、ターンの移行を促す。
《五ターン目(アリス)》
再び、アリスのターンが回ってきた。
中盤へと突入した戦いは、形勢が逆転したかのように思われる。
現在、アリスのライフポイントは97点、手札が二枚、マナカードが二枚、ユニットカードは《魅惑の天使イルナ》一体のみ、そして永続魔法《天使の羽根》が発動している。
オレは、ライフポイントが14点、手札が五枚、マナカードが一枚、ユニットカードは三体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》と、《黒剣(ブラック・ソード)》を装備した《生まれたての魔王》が一体だ。また、オレのフィールド上では《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》が発動中なので、オレのターンが訪れる度に三体の傀儡を特殊召喚することが可能となる。
「ドロー、ブレイクフェイズにノンブレイク状態へと変更、マナフェイズにマナをセット」
あくまで冷静に、アリスは自身のターンを進めていく。
ドローフェイズにカードを一枚手札に加え、ブレイクフェイズに《魅惑の天使イルナ》をブレイク状態へと変更、そしてマナフェイズにマナを一枚セットした。
アリスは、不利な状況を覆す術を持っているのか否か。オレのフィールド上に召喚されている《生まれたての魔王》は、呪文はおろかユニットの効果の対象にすらならないので、一度(ひとたび)姿を現せば、倒すことは困難を極めるだろう。それに加えて、《生まれたての魔王》がフィールド上に存在する限り、アリスのユニットは攻撃を宣言することができない。
つまりは、これ以上オレのライフポイントを削ることは不可能だということだ。
「……トキ、わたしは絶対に負けない」
ぽつりと、本音を零す。
それからアリスは、リストを開いた。
「ッ、まさか……」
アリスがリストを開いた時、オレは今更ながらに思い出す。
この戦いは、ただのカードゲームではない。全てのラヴィリニストにはアビリティーという名の特殊能力が備わっていた。
「アビリティー《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》を発動ッ」
《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)
(効果)次のドローフェイズをスキップする:フィールド上にユニットカードが五体以上召喚されている時、フィールド上に存在する全てのユニットカードを捨て札に置く。《飛翔》を持つユニットカードはこの効果の対象にはならない》
アリスが持つアビリティー、それは《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》だ。
フィールド上に召喚されているユニットの総数が五体を超えている時、自らのドローフェイズをスキップすることによって発動することが可能な諸刃の剣だ。
「ちぃ、アビリティーの存在をすっかり忘れてたぜ……」
地球ではアビリティーの機能など存在しないため、思考の端に追いやってしまっていた。
「《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果により、わたしは次のターンのドローフェイズをスキップする代わりに、フィールド上に存在する飛翔を持たない全てのユニットカードを破壊する」
今この瞬間に発動することが、アリスの決意の表れだ。オレとの戦いに、必ず勝利してみせるという気迫が伝わってくるかのようだ。
現在、フィールド上には五体のユニットが召喚されている。オレが操る《生まれたての魔王》一体と、《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》が三体、そしてアリスが操る《魅惑の天使イルナ》だ。
飛翔を持つユニットは、《魅惑の天使イルナ》だけなので、その他のユニットカードは全て破壊されることになるわけだが、《生まれたての魔王》には特殊な効果が備わっているのを忘れてもらっては困る。
「《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の発動によって、オレが操る三体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》は捨て札へと送られることになる。……だが、《生まれたての魔王》はアリスが発動する呪文やユニットカードの効果を受け付けない!」
これが、魔王たる証だ。
《生まれたての魔王》は、相手プレイヤーの呪文・ユニットカードの効果を一切受け付けることはない。これがもし仮に、効果の対象にならない、というテキストであった場合、《生まれたての魔王》は《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果によって破壊されることになっていただろう。
「《生まれたての魔王》は、対象を取らない呪文にも対応しているものでな」
アリスが発動したアビリティー《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》は、対象を取らない効果だ。
それはつまり、対象を取る効果に耐性を持つユニットがフィールド上に召喚されていたとしても、対象を取らずに全てのユニットカードを破壊する《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の前には無力と化してしまう。だがしかし、オレが操る《生まれたての魔王》は、それをも凌駕する。
「残念ながら《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》は破壊されてしまったわけだが、それはまたオレのターンが来れば《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》の効果を発動して特殊召喚すればいいだけの話だからな。《生まれたての魔王》を倒さない限り……アリス、お前に勝ちの目は無いぞ」
「……勘違いしないで、トキ。貴方はルールを間違えている」
したり顔で話すオレを前にして、アリスは小さな溜息を吐いた。
「確かに、《生まれたての魔王》は全ての呪文、そしてユニットの効果を受け付けることはないわ。……でも、それはあくまでも呪文とユニットの効果に限定されていることを忘れないで」
何を言っているのか、初めは理解できなかった。
しかし、オレはすぐに気付くことになる。アリスの言葉の意味に――、
「――ま、まさか……ッ」
「……そう、アビリティーは呪文ではないわ。個々のプレイヤーによる特殊能力なのだから」
その言葉の意味が、敗北へのビジョンを鮮明に映し出す。
「《生まれたての魔王》は、《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果によって破壊されるわ」
一度(ひとたび)フィールド上に姿を現せば、無敵の壁となって場を支配することが可能となる、世界に一枚だけのレアカード。それが《生まれたての魔王》だ。呪文とユニットの効果を受け付けないので、オレを倒すには魔法カードや罠カードによる直接的なダメージを与えるしか方法は残されていない。
だが、アリスは攻略してしまった。無敵と思われた《生まれたての魔王》を、自身が持つアビリティーによって倒しやがった。
「くっ、……こんなことが……くそっ」
「最強のカードを持つ故に、慢心、そして驕りが、貴方の心に生まれていた。その心を、わたしは突いただけ」
メインフェイズ中に、自身のリストからアビリティーを発動し、アリスはフィールド上のリセットに成功した。バトルフェイズへの移行を許してしまえば、オレの負けが決定する。
「わたしのフィールド上には、攻撃力15の《魅惑の天使イルナ》が召喚されている。そして、フィールド上に存在するユニットの中で、唯一《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果を免れることが可能なユニットでもあるわ」
オレのライフポイントは14点、対する《魅惑の天使イルナ》の攻撃力は15だ。
一体だけが生き残り、その生き残りが攻撃を仕掛ければ、この戦いに終止符が打たれる。
「……さあ、トキ。《生まれたての魔王》を捨て札に置きなさい」
もう、ダメだ。この局面を覆す方法がオレには思いつかない。
残された手札には、逆転の目は無い。つまりは、オレの負けだ。
「……くっ」
フィールド上に存在する《生まれたての魔王》を、視界に映し出す。地球とは異なる環境に、自らを実体化した魔王は、黒い剣を手にし、主(あるじ)たるオレの命令を待ちわびている。
「どうしたの、早く捨て札に置いて頂戴」
アリスの声が、遠くから聞こえてきた。
目の前の現実に、意識が拒絶を始めるのを堪えて、オレは下唇を噛み締める。
「オレは……《生まれたての魔王》を捨て札に――」
その先に続く言葉を、オレは口にはしなかった。現状を打破し、アリスに対抗するために必要な、たった一つの可能性を見出してしまったからだ。
「リストオンッ!!」
無意識のうちに、オレは意思のある声を上げていた。
アリスがしてみせたように、自身のリストを開き、最後の可能性を信じるために――、
「――ッ!?」
開かれたページに、オレは目を向ける。
それから、オレは自然と口元に笑みを浮かべていく。
「……なるほどな、そういうことだったのか」
ラヴィリンス形式での戦いにおいて、全てのラヴィリニストにはアビリティーが備わっている。それは自身が持つリストを開き、一ページに載せられたテキストによる効果を発動することが可能だ。アリスにはアリスの、ポートルッチにはポートルッチの、先の戦いで対戦相手となったインハーリットとルノールにはそれぞれの、唯一無二のアビリティーを持っていなければならない。それはオレ自身にも当て嵌まる。
元々が此処の人間ではない故に、オレにはアビリティーが備わっていないのかと疑いもした。
だが、それは大きな間違いだ。他のラヴィリニストたちと同じように、オレにだってアビリティーを発動することは不可能ではない。それが今、目の前に記されているんだからな。
「アリス、オレはお前に一つ謝らなければならないことがある」
リストから、視線を上げる。
瞳に映るのは、互いに力を合わせてきた仲間だ。
「お前が《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》を発動した時、オレは自身の持つアビリティーの発動を宣言していなかった。……勿論、今からでも間に合うよな?」
確認と了承を取る。
フェイズの移行は、まだ終わってはいない。《生まれたての魔王》を捨て札に送るのを渋っていたのが功を奏したようだ。
「……なにを、するつもり?」
不穏な気配を感じ取ったのか、アリスはオレが開いたリストに目を向ける。
オレが持つアビリティーの効果に恐れを抱き始めている証拠だ。
「非常に残念なことだが、どうやら《生まれたての魔王》はフィールド上に居座り続ける道を選びたいみたいだぜ?」
それだけを伝えると、オレはリストからアビリティーを選択し、それを発動する。
「オレはリストからアビリティー《魔王の左手(デニエス・レフティス)》を発動だっ!!」
《魔王の左手(デニエス・レフティス)
(効果)半分のライフポイントを支払う:対象のプレイヤー一人のアビリティーの発動を無効にする。その後、プレイヤーの意思に関係なく、エンドフェイズへと移行する》
何故、オレのリストにはアビリティーが存在しなかったのか。
その理由(わけ)が、ようやく理解できた。
「オレは《魔王の左手(デニエス・レフティス)》の効果により、半分のライフを支払う!」
それは、オレが持つアビリティーの効果が、対戦相手がアビリティーを発動した瞬間に発動可能な限定効果であったからだ。
対戦相手がアビリティーを発動し、そのタイミングでリストを開くことによって、オレが持つアビリティーは初めて姿を現すことになる。その名も、《魔王の左手(デニエス・レフティス)》……。
「半分のライフを支払い、オレのライフポイントは7点に減少する! だがその代わりに、オレは《魔王の左手(デニエス・レフティス)》の効果によって、アリスが発動したアビリティー《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果を無効にすることができるっ!!」
対戦相手のアビリティーに反応し、オレは自身のアビリティーの発動に成功する。これでオレのライフポイントは半分に減ってしまったが、アリスのアビリティーの効果を無効化することができた。オレのユニットは全て無傷のままフィールド上に残り続けるってわけだ。
「更に、《魔王の左手(デニエス・レフティス)》の効果を発動した時、アビリティーを発動した相手プレイヤー一人の意思に関係なく、このターンのエンドフェイズまで移行することが可能となる!」
最も驚異的であるのが、後半の効果だ。対戦相手のアビリティーを無効化するだけでなく、更にはエンドフェイズまで強制的に移行することができるだなんて無敵すぎるからな。
「ッ、……わ、わたしは……」
予期せぬ事態にたじろぎ、アリスはフィールド上に視線を彷徨わせる。だが、残念ながらメインフェイズはおろかバトルフェイズまでスキップしている。アリスには何もすることができない状況だ。
「ターン……エンド……」
仕方なく、アリスは自らのターンを終了する。
逆転の目を信じてアビリティーを発動し、ドローフェイズまでスキップすることになった。
しかしながら、オレはそれをも乗り越えることに成功した。《生まれたての魔王》の存在と、オレが持つアビリティーに悲観したまま、アリスは息を吐いた。
そして、オレとアリスの対戦は終盤戦へと突入する。
《六ターン目(トキ)》
ドローフェイズを終え、ブレイクフェイズに全てのユニットをノンブレイク状態へと変更する。これでまた、オレはアリスに攻撃を仕掛けることができる。
「マナフェイズをスキップし、オレはメインフェイズへと移行する。フィールド上で発動中の《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》の効果を発動する!」
新たなユニットを呼び寄せるために、オレは《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》を紡ぎ出す。《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》の特殊召喚に成功し、これでオレのフィールド上に存在するユニットは七体となった。
「オレは《生まれたての魔王》で《魅惑の天使イルナ》に攻撃だ!」
バトルフェイズに突入し、抵抗することを禁じられたアリスのユニットが、魔王の手に掛かる。あっという間に倒されてしまった天使は、戦いの場から脱落してしまった。
「更に、オレは六体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》で直接攻撃を仕掛ける!」
全ての障害を取り除き、プレイヤーへの直接攻撃を可能とする。《魔王の台詞(サタンズ・ワード)》によって生み出された六体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》が一斉に襲い掛かり、アリスのライフポイントを大幅に削り取っていく。
「……ッ」
精神に痛みを感じ取り、アリスは顔をしかめる。60点のダメージを受けたことにより、残りのライフポイントは37点になっていた。
「エンドフェイズに移行し、ターンエンドッ」
攻撃を終え、オレはターンの移行を宣言する。
現状を察するに、恐らくはあと二ターン以内で勝敗が決することになるだろう。
《七ターン目(アリス)》
「わたしのターン、……ドローフェイズをスキップ」
アビリティーを発動することによる代償が、次のターンへと影響を及ぼす。
アリスはドローフェイズをスキップし、続くブレイクフェイズとマナフェイズもスキップし、一気にメインフェイズまで移行した。
「……わたしは、……ッ」
声が出ない。何もすることが出来ない。
たとえ新たなユニットカードをフィールド上に召喚したとしても、《生まれたての魔王》が存在する限り、攻撃を宣言することは不可能だ。
もはや、アビリティーを発動する気にもならないのだろう。
オレが持つアビリティーの効果を知った今、アリスの戦略は全てが崩壊してしまったんだ。
「……ターン、……エン――」
「――ユニットを召喚しろ、アリス」
アリスがターンエンドを宣言する間際、オレは言葉を紡ぐ。
その声に、アリスが耳を傾ける。今更何を言い出すのかと眉を潜めた。
「……トキ、この勝負は貴方の勝ち。……どんなユニットを召喚したところで、わたしは……」
戦意を喪失し、アリスは負けを認めてしまった。
ドローフェイズを失ってしまい、起死回生の一手を繰り出す機会すら得られない状況だ。それも当然の結果と言えるだろう。
プロのラヴィリニストになるために、ここまで辿り着くことができたってのに、あと一歩のところで、仲間だと思っていた奴に蹴落とされてしまう。
敗者だけでなく、勝者でさえも、覚悟を必要としなければならない。
それがラヴィリンス選考会であり、プロになるための試練というわけだ。
「……さあ、貴方のターンよ、トキ」
ターンエンドを告げたアリスの声が、オレの耳から離れようとしない。
だがしかし、これが現実だ。プロのラヴィリニストになるためには、仲間を蹴落とす覚悟が無ければ駄目なんだ。
《八ターン目(トキ)》
「……オレは、山札からカードを一枚ドローする」
最後のターンが、訪れた。
オレはドローフェイズに山札から一枚手札に加えて、ブレイクフェイズへと移行する。
「ブレイクフェイズに、オレは七体のユニットをノンブレイク状態に変更、そしてマナフェイズをスキップしてメインフェイズへと移行する」
メインフェイズを終えて、バトルフェイズに突入すれば、この戦いに終止符を打つことができるだろう。
だが、そんなことはさせない。
「メインフェイズに、オレは手札から《無能処理》を発動ッ」
《無能処理 闇属性 マジック C1
(効果)貴方のフィールド上に召喚されている攻撃力0の全てのユニットカードを破壊し、捨て札に置く:このカードの効果によって捨て札に置いたユニットカード一体に付き、対象のプレイヤー一人に5点のダメージを与える。その後、貴方は自分の山札から攻撃力0のユニットカード一体を選択し、それをフィールド上に特殊召喚する》
「……無能、処理……?」
アリスが、俯けていた顔を上げる。
オレが不可解な行動を取ったことに疑問を感じたようだ。
「アリス、オレはお前にだけは絶対に勝つことはできない……。お前にはプロのラヴィリニストになって夢を叶える目標があるように、オレにはオレの目標が……お前をプロのラヴィリニストにするっていう目標を立てちまったからな……」
その言葉に、アリスは目を見開いた。
そしてそれは怒りを生み出していく。
「……ッ、ふざけないで。わたしは……絶対に、認めない……ッ、貴方が……ワザと負けるだなんて……そんなこと……絶対に……ッ!!」
勝たせたい人がいるから、プロのラヴィリニストになってもらいたい人がいるから、ワザと負ける。アリスは、オレの思考を読み取り、それを拒もうと試みた。
但し、今はオレのターンだ。
手札から発動した《無能処理》の効果によって、オレは自分のフィールド上に存在する攻撃力0のユニットカードを全て破壊しなければならない。更に、破壊したユニット一体に付き、対象のプレイヤー一人に5点のダメージを与えることが可能となる。
「《無能処理》の効果により、オレは自分のフィールド上に存在する六体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》を破壊し、捨て札に置く」
六体の《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》を捨て札に置くことで、《無能処理》は合計30点のダメージを生み出す火力魔法と姿を変える。しかしながら、《無能処理》にはダメージを与えるプレイヤーを選択することが可能だ。それはつまり、《口無しの傀儡(パペット・サイレント)》を破壊した代わりに得た30点分のダメージをアリスに与えるのではなく、オレ自身に与えることも不可能ではないってことだ。
「オレのライフポイントは、残り7点だ。《無能処理》によって30点のダメージを受ければ、オレは全てのライフを失い、アリスが勝者となる」
そんなことは、絶対に許さない。オレの目論みに焦りを生んだアリスが声を張り上げる。
「わたしは……また、来年挑戦するから……だから、トキ……、貴方は先に……プロの舞台で待っていて頂戴。……お願いっ」
懸命な呼び掛けに、オレは一切応じようとはしない。
妥協など存在してはならない。オレはアリスがプロのラヴィリニストになるところを見てみたいんだ。そのためなら、オレはほんの一つまみに過ぎない可能性でさえも、全力を持って追い求めるつもりだ。
「オレは《無能処理》の効果によって、アリスに30点のダメージを与えるっ!!」
――たとえそれが、ラヴィリンス選考会に盾突く結果に成ろうとも……。
「……え」
再び、声が止まった。
アリスは何が起こったのか分からずに、オレの姿を瞳に映し出す。それもそのはず、《無能処理》の効果の対象を、アリスに指定したんだから当然だ。
「……アリス、お前は一つ勘違いをしている」
このターン、《無能処理》の効果を発動することによって、オレはアリスに30点のダメージを与えることに成功した。
この結果、アリスのライフポイントは7点となり、オレのライフポイントと並ぶことになる。
「言っておくがな、オレは負けるつもりなんてこれっぽっちもないんだよ」
「で、……でも、貴方は……わたしには勝たないって……」
アリスをプロのラヴィリニストにすることがオレの目標であると伝えた。だが、オレが取った行動は、その目標に反する行為であることは誰の目にも明らかだ。
しかしながら、オレはたった一つの抜け道を見つけ出していた。
「ああ、確かに言った。お前にだけは絶対に勝たないとな。……だけどよ、お前に勝つことができないってことが、オレの敗北に繋がるのはだけは間違いなんだ」
アリスはおろか、此処でオレとアリスの戦いを観戦している奴らの中にも、現状を把握できている奴は一人も存在しない。プロのラヴィリニストでさえも、気付いていないようだ。
「――オレは《無能処理》の効果を発動した後、自分のデッキから攻撃力0のユニットを一体、フィールド上に特殊召喚することが可能となる! オレは《心変わりの悪魔》を選択ッ!!」
《心変わりの悪魔 闇属性 悪魔族 ユニット C3
(Lv1)攻撃力0 (Lv2)攻撃力0 (Lv3)攻撃力0
(召喚・特殊)このカードがフィールド上に召喚・特殊召喚された場合、ターン終了時まで、このカードは相手プレイヤー一人のフィールド上に移動することができる。
(効果)このカードが、相手プレイヤー一人のフィールド上に移動した場合、貴方は山札からカードを二枚引き、その後手札からカードを一枚捨てる》
オレがフィールド上に特殊召喚した攻撃力0のユニットは、《心変わりの悪魔》だ。
こいつは、召喚、または特殊召喚に成功した時、ターン終了時まで相手のフィールド上に移動することが可能となる。これによって、オレは山札から二枚のカードをドローし、手札から一枚、カードを捨てた。
今更、手札を交換したところで全く意味がないわけだが、オレが本当に必要としているのは、手札入れ替えの効果なんかじゃない。《心変わりの悪魔》が持つ前半の効果だ。
「今、アリスのフィールド上には《心変わりの悪魔》が移動を行い、オレのフィールド上には《生まれたての魔王》が存在する。……この状況が、理解できるか?」
オレとアリスが戦い続けてきたフィールド上に目を向け、遂に真実へと辿り着く。
「……あ、貴方、まさか……ッ」
「……そう、そのまさかだ、アリス」
メインフェイズを終え、オレはバトルフェイズへの移行を宣言する。
今や、《生まれたての魔王》の攻撃を止める者は誰一人して存在しない。だが、それがオレの狙いでもあり、覚悟でもある。
「アリス、これが最後のバトルフェイズだ。……終焉の時を、その眼にしっかりと焼き付けろ」
それだけを言い残し、オレはバトルフェイズへと移行した。
オレのフィールド上に存在するのは、《生まれたての魔王》が一体のみ。そして、オレは唯一のユニットである《生まれたての魔王》に向けて、アリスへの直接攻撃を指示する。
「《生まれたての魔王》、アリスの直接攻撃だ――――ッ!!」
その言葉に反応し、《生まれたての魔王》は一瞬にしてアリスの許へと移動したかと思えば、たった一度の瞬きすら許すことなく、《黒剣(ブラック・ソード)》による一撃を喰らわせることに成功した。
「――ッ、……くっ」
魔王による直接攻撃をその身に受け、アリスのライフは全て削り取られてしまった。
しかしまだ、バトルフェイズは終わってはいない。フィールド上に存在する全てのカードの効果を解決しなければならないんだ。
「オレは《生まれたての魔王》の直接攻撃によって、アリスのライフをゼロにした。……だが、《生まれたての魔王》は《黒剣(ブラック・ソード)》を装備している。そして《黒剣(ブラック・ソード)》を装備した《生まれたての魔王》は、対戦相手のフィールド上にユニットが存在する状況で直接攻撃を行った時、オレは《生まれたての魔王》が対戦相手に与えたダメージと同じ量のダメージを受けなければならない……」
それは、最後に残された唯一の希望だ。
勝つことは許されず、だからといって負けることも許されない。
そんな状況に置かれたからこそ、オレは考え付くことができた。
「《生まれたての魔王》の直接攻撃で、アリスは30点のダメージを受けた。……ということは、オレも同じ値のダメージを受けることになるわけだ」
同一ターンに、互いのライフポイントがゼロになる。
それは、勝利でも敗北でもない。第三の選択肢――引き分けだ。
「この瞬間、オレとアリスは同タイミングでライフがゼロになった。つまりは引き分けってことだ。それから……ロア? お前、確かにこう言ったよな? 最終選考では、敗者となったプレイヤーが落選だと……」
オレたちのそばで観戦していた選考委員に問い訊ねてみる。質問に対する答えは言わなくても理解しているけどな。
「……引き分けとなったペアには、敗者は存在しません。お二方は、最終選考を通過しました」
その言葉を聞いた瞬間、今度こそ、オレとアリスは互いに笑い、喜びを分かち合った――…。