ポートルッチとの手合わせを終えてから、二時間が経過した。
 その間、オレはラヴィリンスの塔の二階で、アリスと共に二次選考が始まるのを待っていた。
「……遅い」
 ぼそりと、アリスが文句を口にする。しかしそれも我慢しなければならない。一次選考を早い段階で突破したプレイヤーは、後のプレイヤーが通過するか否か待ち続ける必要がある。
「まあ、そう言うなって。今のうちにデッキの調整でもすれば――ああ、できねえんだったな」
 ゲートをくぐると、ラヴィリンスの塔の二階に転移していた。そしてそこには、既にアリスの姿があった。どうやらオレよりも先に一次選考を突破し、此処に辿り着いていたらしい。
 無表情のままオレの前に歩み寄ったかと思えば、「よかった」とだけ呟き、その後はオレの存在を無視するかの如く、一人ソファに座って寛ぐ始末だ。相変わらずの態度だが、もはや慣れつつある自分が情けない。
「おっ、ゲートが現れたぞ。これで合計四十一名か……」
 新たなゲートが出現し、その中から選考会にエントリーしたプレイヤーが姿を見せる。奴を含めて、合計四十一名のプレイヤーが此処にいる。アリスが言っていたように、先着百名には程遠い数字と言えるだろう。
「妥当な数字よ」
 当然だと言わんばかりの表情で、アリスが辺りを見回す。
 この空間には、オレたちと同じように一次選考を勝ち抜いてきた奴らが揃っている。その中には、ロワイヤル形式において苦戦を強いられたペアの姿もあった。まあ、あいつらなら実力は申し分ない。二次選考に駒を進めるのも当然か。
「――ただ今を持ちまして、一次選考を終了致します」
 と、ここで女性の声が室内に響き渡る。
 声の主を求め、オレたちは一人の女性に目を向けた。
「一次選考通過四十名にて、これより二次選考を開始致します」
 小さな、女の子がいた。その女の子はオレたちと同じように一次選考を勝ち上がってきたプレイヤーの一人だと思っていたが、どうやら違っていたらしい。選考委員が混じっていたってわけだ。受付のおっさんといい、二次選考の女の子といい、まるで監視されているみたいだな。
「まさかあんな子供が選考委員だとはな……」
 オレよりも五つか六つほど幼いであろう女の子が、プロのラヴィリニストであることに驚きを隠せない。プレイングスキルさえあれば、この世界では小っちゃくてもプロになれるのか。
「浅はかな思考ね。わたしは初めから、あの子が選考委員であることを見抜いていた」
 ソファに腰掛けたまま、アリスはやれやれと首を振る。そんな憐みの目で見ないでくれ。
「んなことを後出しで言われても、はいそうですかって言えるわけねえだろ」
「言えるわ。……だって、あの子、一次選考でわたしが戦った相手だもの」
 暫しの沈黙、そして呆れ気味の溜息を吐き、オレはアリスに視線をぶつける。
「……なに?」
 文句を言うな、と目で訴え、アリスはソファから腰を上げた。
 アリスの話によると、選考委員の女の子の名前はロア=アンノルといい、過去のラヴィリンス選考会において、ロアは史上最年少での合格を果たすほどの腕前で、一次選考ではアリスも相当手こずったらしい。
「二次選考では、ラヴィリンス形式によるタッグバトルを行います」
 室内全体に声が届くように、特殊な魔法カードを発動しているのだろう。ロアの声が、耳の中に直接聞こえてくるかのような錯覚を覚えた。
「タッグバトル? ……もしかして、二対二で戦うってことか?」
 ロアは、リストから魔法カードを発動し、巨大なパネルを出現させる。
 そこには、共に戦うペアの名前と、対戦相手となるペアの名前が記されていた。
「ペアの選出基準は、二次選考への通過タイムによって決められています。一位と二位の方がペアを組み、三位と四位の方がペアを組む。それを繰り返し、上位のペアと下位のペアから順番に対戦カードを組みました」
 説明に耳を傾けつつ、オレはアリスへと視線を向ける。
「アリス、お前とオレがペアだぞ」
「見れば分かるわ」
 幸運なことに、オレとアリスは二次選考においてペアを組むことができた。
 一次選考を共にし、同じタイミングで選考委員に挑戦したことが、功を奏したようだ。
「足、引っ張らないでね」
「へいへい、分かってますよ」
 軽口を叩き、オレは対戦相手のペアに視線を移した。
 案の定と言うべきか、奴らはオレたちの方を睨み付けていた。……まあ、正確に言えば男の方だけなんだがな。
 パネルによってフルネームを知るのもなんだか申し訳ない気持ちになるが、これも選考会のルールなんだから仕方あるまい。というわけで、オレたちの対戦相手は、インハーリット=レグビットと、ルノール=イルトレイナのペアに決定した。
「中途半端に戦いを終わらせることはできないみたいだな」
 オレとアリスの相手は、一次選考において死闘を演じたインハーリットとルノールのペアだ。
 奴らもまた、オレたちと同じようにペアとなることに成功したらしい。
「ペアを確認し、対戦相手のペアを見つけましたら、お好きなように始めて頂いて構いません」
 随分と適当な管理体制だが、此処にいる奴らにとっては好都合だ。今すぐにでも戦いたいって顔をした奴らがほとんどだからな。
「神は俺様を見捨てなかったようだ。こんなにも早く再戦を可能とさせてくれたのだからな」
「御託はいいから、とっとと準備をしやがれ」
「くふふ、今度は最後まで楽しめそうですわねぇ」
「それはトキとわたしだけ」
 敗者のペアは、二次選考での落選が決定する。そうならないように、互いに全力を尽くして勝負へと臨む。それが相手に対する礼儀ってもんだ。
「勝ちに行くぞ、アリス」
「当り前でしょう、トキ」
 短い言葉を交わし合い、オレとアリスはデッキからカードを七枚ドローする。
 オレとアリス対、インハーリットとルノールの対戦が、今始まった。

《一ターン目(インハーリット)》
「先ずは俺様のターン! マナフェイズに手札からカードを一枚選択し、マナフィールド上にセット、そしてメインフェイズに移行し、《命を削る鏡》を発動ッ!!」
《命を削る鏡 闇属性 マジック C1
(効果)手札を一枚捨て札に置く:自分の捨て札に置かれているユニットカード一体を選択し、特殊召喚する》
 タッグバトルでは、一番目にターンが回ってくるプレイヤーのみ、ドローフェイズとバトルフェイズをスキップしなければならない。更に、二番目以降にターンが回ってくるプレイヤーは、その時点においてターンが回ってきていないプレイヤーへの攻撃はできない。
 今回の場合、ターンの回り方はインハーリットから始まり、アリス、ルノール、そしてオレのターンを迎えることで一巡目が終了となる。二巡目に突入した時、ようやくインハーリットはドローフェイズとバトルフェイズを行うことができるってわけだ。
 インハーリットは、ドローフェイズとブレイクフェイズをスキップし、マナフェイズにマナカードを一枚増やす。そのままの勢いでメインフェイズへと移行したかと思えば、マナを一点支払い、魔法カードを発動してきた。
「くくくっ、《命を削る鏡》の追加コストとして、俺様は手札を一枚捨て札に置かなければならないわけだが、俺様のデッキに限定し、手札を捨てるデメリット効果が最大限のメリットを生み出すことになる!」
 声も高々に言い放ち、奴は手札からカードを一枚捨て札へと置く。
 だが、それこそが奴の目的だった。
「俺様は手札から《切り裂きゾンビ》を捨て札に置く。しかしその瞬間ッ、《切り裂きゾンビ》の効果が発動される!!」
《切り裂きゾンビ 闇属性 アンデット族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力10 (Lv3)攻撃力10
(効果)このカードが手札から捨て札へと置かれた場合、貴方以外の全てのプレイヤーの手札を確認し、その中からカードを一枚ずつ選択し、捨て札に置く》
 デメリットをメリットへと変える技は、ポートルッチとの対戦において、オレ自身が実際にやってみせたことだ。だからこそ、その恐ろしさを存分に理解することができる。
 奴は、《命を削る鏡》の追加コストとして、手札を一枚捨て札へと置いた。しかし、それは手札から捨て札へと置かれた瞬間に効果を発動することが可能なユニットだ。
「《切り裂きゾンビ》の効果を発動ッ、このカードが手札から捨て札へと置かれた時、俺様以外の全てのプレイヤーは手札を曝け出さなければならない!」
「くっ、まさか一ターン目から手の内を見られるとは……」
 正に、先攻には打って付けの効果と言えるだろう。
 インハーリットは《命を削る鏡》の追加コストを支払い、手札が一枚減ってしまったが、その代わりに他のプレイヤーたちの手札をそれぞれ一枚ずつ捨て札へと置くことが可能となる。
 ピーピング機能を兼ね備えた、無差別ハンデス行為だ。
「さあ、貴様らの手札を俺様に見せろっ」
 これ見よがしな態度で、奴が手札の開示を要求する。
 ピーピングとは、相手の手札を覗き見る行為のことを言い、ハンデスは手札を殺すという意味を持っている。それらの行為を同時に、しかも複数のプレイヤーに対して行うことができるとは、脅威以外の何物でもない。
「ほう、女の方は天使族で構築しているな? だがこんなカードばかりで俺様に――」
「決断の遅い男はモテないわ」
 手札を晒しながらも、アリスは淡々とした態度を取ってみせる。それが奴の琴線に触れたのか、舌打ちを一つ鳴らした。
「貴様にはこのカードが不要だ。……まあ、最も必要ないものはライフポイントだがな?」
 インハーリットは、アリスの手札からユニットカード一体を選択し、それを捨て札へと置いた。オレはそのカードを確認し、やはりインハーリットが強敵であることを再認識する。
 捨て札に置かれたのは、恐らくはアリスのデッキの中でも切り札に相当するユニットだ。自分のターンが回ってくる前に、切り札を無くしてしまったことになる。
 だが、勿論、それはオレとて例外ではない。
「次は貴様だ。手札を晒すがいいっ!!」
 奴の言い分に従い、オレは自分の手札を晒し出した。
「どれどれ、貴様の手札にはどんな屑カードが揃ってい――」
 声が、止まった。
 それもそのはず、オレの切り札をその眼に映し出してしまったんだから当然だ。
「……き、貴様ッ、何故貴様がこのカードを……ッ」
「持ってるからに決まってんだろ」
 アリスと同じく、幸か不幸かオレの手札にも切り札があった。初手から景気のいいものだと思うが、今回ばかりはそうは言っていられない。フィールド上に召喚する前に見られてしまったんだからな。
「さあ、どうするつもりだ」
 選択を迫る。そんなことをしなくても、奴が選ぶカードは初めから分かっている。
 だが、それでいい。切り札を失った瞬間、オレは虫けら同然となることを奴は認識するはずだ。それが隙となって後に影響を及ぼすことになるのであれば、オレは喜んで切り札を捨てようじゃないか。
「くくっ、どうするもこうするもない。俺様が捨てるのはそのカードだ!」
 インハーリットは、捨て札に置くカードを一枚指定する。やはりと言うべきか、オレのデッキの中枢を担うユニットカードを捨てにきた。
「……従おう」
 ハンデス効果によって、オレは手札を一枚捨て札に置く。
 そのカードを、アリスとルノールが確かめる。
「なっ、《生まれたての魔王》のカードですって!? 何故貴方がそのカードを……ッ」
 何度も同じことを繰り返さないでほしいものだ。
 オレが手札から捨てたカードは、《生まれたての魔王》という名のユニットカードだ。こいつは、世界大会への挑戦権を得る前に、全日本大会で優勝した時に手に入れた副賞だった。それ故、オレはこいつを一枚しか持っていないし、このカード自体も世界に一枚しか存在しない。
 当然のことながら、レアリティーは尋常ではない。地球では、このカードを譲ってほしいとオレに頼み込むコレクターが何度も姿を現した。それほどにレアリティーの高いカードなんだから、こっちの世界の奴らに驚かれるのも当然だ。
 オレの隣に並ぶアリスも、今回ばかりは目を丸くしていやがる。
「……貴方、何者なの?」
 アリスが、疑問を口にする。それも既に返答済みなんだがな。
「言ったろ、オレは世界大会で優勝したってよ」
 捨て札へと置かれた《生まれたての魔王》に、一同が揃いも揃って驚愕するが、タッグバトルはまだ始まったばかりだ。気を取り直し、インハーリットはルノールの手札を確認する。たとえタッグバトルと言えども、《切り裂きゾンビ》の効果の前では仲間など関係ない。
 インハーリットは、ルノールの手札を一枚選択し、捨て札へと置いた。
「《切り裂きゾンビ》の効果はこれで終わりだが、《命を削る鏡》の効果は継続中だ。俺様は捨て札からユニットカード一体を選択し、フィールド上に特殊召喚することができる!」
《切り裂きゾンビ》による無差別ハンデス行為が終わりを迎え、ようやく《命を削る鏡》が本来の効果を発動することが可能となる。
「俺様は捨て札から《切り裂きゾンビ》を特殊召喚ッ!!」
《切り裂きゾンビ 闇属性 アンデット族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力10 (Lv3)攻撃力10
(効果)このカードが手札から捨て札へと置かれた場合、貴方以外の全てのプレイヤーの手札を確認し、その中からカードを一枚ずつ選択し、捨て札に置く》
 追加コストによって《切り裂きゾンビ》を捨て札へと置き、更には《命を削る鏡》の効果によって、《切り裂きゾンビ》を捨て札からフィールド上に特殊召喚させてしまった。
 二枚のカードが持つ長所を存分に引き出した結果と言えるだろう。
「残念なことに俺様はバトルフェイズへと移行することができない。貴様らの悲鳴を聞くのは、次のターンまで我慢することにしよう。ターンエンドだ」
 一ターン目を終え、インハーリットは三枚のカードを使用した。
 一枚はマナカード、一枚は《命を削る鏡》、そしてもう一枚は《切り裂きゾンビ》だ。
「セルフハンデスデッキってわけか……」
 奴がマナカードとしてセットしたカードは、《切り裂きゾンビ》と似た効果を持つユニットカードだった。それはつまり、奴のデッキがハンデスを主体に回していくタイプであることを物語っている。対戦相手だけでなく、自らも手札を捨てることで、力を最大限に発揮するわけだ。そう簡単には倒せそうにない。

《二ターン目(アリス)》
 インハーリットのターンが終わり、次いでアリスのターンが回ってきた。
「ドロー、マナセット、メインフェイズに《天使の羽根》を発動」
《天使の羽根 光属性 マジック C1
(永続)このカードがフィールド上に存在する限り、全ての光属性・天使族ユニットカードはコストが一点減少する》
 まるで流れ作業のように各フェイズを淡々とこなしていき、アリスはメインフェイズにおいて魔法カード《天使の羽根》を発動した。このカードは、一度の発動によって捨て札へと置かれる通常の魔法カードとは異なり、装備魔法のようにフィールド上に置くことができる。
 その効果は絶大で、ユニットのように攻撃をすれば破壊できるわけでもなく、上手くいけばゲームが終了するまでの間、場に居座り続けることが可能だ。
「《天使の羽根》の恩恵を受け、わたしは《魅惑の天使イルナ》と《翼の折れた天使レチカ》の二体をフィールド上に召喚」
《魅惑の天使イルナ 光属性 天使族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力15 (Lv2)攻撃力15 (Lv3)攻撃力15
(飛翔)相手のフィールド上に飛翔を持つユニットカードが存在しない場合、相手プレイヤーに直接攻撃することができる》
《翼の折れた天使レチカ 光属性 天使族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力15 (Lv3)攻撃力20
(飛翔Lv3)相手のフィールド上に飛翔を持つユニットカードが存在しない場合、相手プレイヤーに直接攻撃することができる》
 ハンデス効果によって手札を一枚失い、手の内を晒してしまったとしても、アリスは何ら臆することもなく自陣を強化していく。
 現在、アリスのマナカードは一枚のみ、そしてそれは《天使の羽根》を発動するためのコストにした。それ故、アリスのマナフィールドにはコストを支払えるだけのマナが残されていない状況だ。しかしながら、《天使の羽根》がフィールド上に存在する今、それは大きな間違いとなる。《天使の羽根》の効果によって、全ての光属性・天使族のユニットは、召喚するために必要なコストを一点減少することが可能となる。
 それはつまり、一点のコストを支払うことで召喚可能なユニットは、マナカードの有無に関係なく、手札が尽きない限り何度でも召喚することができるってわけだ。
 アリスは、《天使の羽根》の効果を利用して、コストが一点のユニットを二体召喚した。
「わたしが攻撃することが可能なのは、貴方だけ」
 視線の先には、インハーリットが操る《切り裂きゾンビ》の姿があった。
 フィールド上に召喚されている二体のユニットのうち、《魅惑の天使イルナ》には、相手プレイヤーへの直接攻撃を可能とする特殊能力――飛翔が備わっている。これにより、相手が操るユニットの中に飛翔を持つノンブレイク状態のユニットが存在しない限り、《魅惑の天使イルナ》は何物にも縛られることはない。
 一方、《翼の折れた天使レチカ》は、レベル3にならなければ飛翔を得ることができないが、《魅惑の天使イルナ》で《切り裂きゾンビ》を倒し、追撃として直接攻撃をするには丁度いいユニットであると言えるだろう。アリス自身、初めからそのつもりのようで、《魅惑の天使イルナ》で《切り裂きゾンビ》に攻撃を宣言する。そうすることによって、奴の支配力が一気に奪うことができる。
 だが、そう簡単にはいかないのがタッグバトルだ。アリスの敵は、インハーリット一人ではない。アリスとオレがペアを組むように、インハーリットにはルノールがついている。
「《魅惑の天使イルナ》、《切り裂きゾンビ》に攻げ――」
「ざぁんねぇええん、貴方が攻撃を宣言した瞬間、わたくしは捨て札から魔法カード《排除》を発動致しますわぁ」
《排除 水属性 トラップ C3
(効果)このカードが捨て札に置かれている場合、貴方はこのカードをゲームから除外することで、効果を発動することができる。
(効果)対象のユニットカード一体が攻撃を宣言した時、対象のユニットカード一体の攻撃を無効にし、それを捨て札に置く》
 アリスが《魅惑の天使イルナ》で攻撃を宣言した瞬間、ルノールがそれを制した。
 奴の捨て札に置かれた《排除》を、このタイミングで発動したんだ。
「くくくっ、バカな女だ。ルノールが《切り裂きゾンビ》の効果を受けた時、捨て札に置いたカードを確かめもしなかったのか?」
《切り裂きゾンビ》のハンデス効果によって、奴がルノールの手札から捨てたのは、《排除》という魔法カードだ。
 このカードは、捨て札に置かれた状況から発動することができる特殊な効果を持ち、それは《切り裂きゾンビ》によるデメリットの穴を埋めるに十分すぎる働きをみせてくれる。
「《排除》が捨て札に置かれている時、わたくしはこのカードをゲームから除外することで、その効果を発動することができますわ。……勿論、コストを支払わずにねぇ?」
 意地の悪そうな笑い方をするルノールは、《排除》を捨て札から除外する。
 これにより、ルノールは《排除》の効果を発動することが可能となった。
「《排除》の効果により、貴様が操る《魅惑の天使イルナ》の攻撃は無効となり、更に捨て札へと置かなければならない! コストを支払わずに出てきた罪を償ってもらおうか」
 水の大群が押し寄せ、空を舞う《魅惑の天使イルナ》の体をフィールドから押し出していく。
「くははっ、《魅惑の天使イルナ》撃破だっ!!」
「――さぁて、それはどうかな?」
 瞬間、オレの声が木霊する。《排除》によってフィールド上から姿を消したはずの《魅惑の天使イルナ》が捨て札から舞い戻ってきた。
「なっ、なにが……貴様ッ、まさかっ!!」
「ご明察通り、罠カード《変わり身人形》を発動したのさ」
《変わり身人形 闇属性 トラップ C3
(効果)フィールド上に召喚されているユニットカード一体が魔法カードの対象となった時、その魔法カードの効果を無効にし、破壊する。
(効果)手札から闇属性ユニットカード一体を選択し、捨て札に置くことで、貴方はコストを支払うことなくこのカードを発動することができる」
 相手が魔法カードを発動するならば、こっちは罠カードで応戦するまでだ。
 ルノールが自分の捨て札から《排除》を発動し、アリスが操る《魅惑の天使イルナ》を破壊しようとした時、オレは手札から《変わり身人形》を発動した。
 コストを支払わずに発動することへの代償として、オレは手札から闇属性のユニットカード一体を捨て札に置かなければならないが、その程度でアリスの尊厳を守ることができるのであれば、オレは喜んで手札を捨ててやる。
「《切り裂きゾンビ》のハンデス効果でオレの手札をピーピングすることに成功したってのによ、《変わり身人形》の存在を忘れるだなんて間抜けすぎて笑えねえぜ、インハーリット?」
 その言葉に、奴は憤怒の形相と化す。オレにしてやられたことが悔しすぎて声も出ないようだ。しかしそんなことはお構いなしに、オレは話を続けていく。
「仲間をバカにした償いは、しっかりと受けてもらうぜ?」
 そう言って、視線を横に向ける。
 オレの瞳に映り込むのは、オレのしたことに驚きを隠せないアリスの表情だ。
「貴方も、相当なバカね。……でも、それでいいわ」
 ぽつりと呟き、笑みを零す。
 前を向き、捨て札より舞い戻ってきた《魅惑の天使イルナ》に命令し、再度攻撃を仕掛ける。
「《魅惑の天使イルナ》、《切り裂きゾンビ》に攻撃ッ」
 白い翼を大きく広げ、宙から《切り裂きゾンビ》に襲い掛かる。鋭い爪を振り回し、空からの敵に一矢報いようと応戦してみるが、残念ながら攻撃は届かない。あっという間に死角を突かれ、《切り裂きゾンビ》は四散する。
「《切り裂きゾンビ》撃破、更に《翼の折れた天使レチカ》で直接攻撃――ッ」
 ノンブレイク状態の《切り裂きゾンビ》を倒したところで、インハーリットのライフポイントが減るわけではない。だが、これで奴の壁を務めるユニットが存在しなくなったのも事実だ。
「ぐっ、貴様らあああぁっ!!」
 飛翔を持たない天使が、地を駆けて奴の許へ向かう。
《翼の折れた天使レチカ》の直接攻撃を受けたインハーリットは、10点のライフを失った。
「ターンエンド」
 バトルフェイズを終了し、エンドフェイズを跨いでターンを終える。
 これで、アリスのターンは終了した。

《三ターン目(ルノール)》
 インハーリットとアリスのターンが終わり、次はルノールのターンが回ってきた。
 現在、インハーリットは手札四枚、マナカード一枚、フィールド上にはユニットが一体も存在しない。アリスの手札は三枚、マナカードが一枚、フィールド上には《魅惑の天使イルナ》と《翼の折れた天使レチカ》の二体がブレイク状態で召喚されている。
 また、《切り裂きゾンビ》のハンデス効果を受けたオレとルノールの手札は一枚ずつ捨て札に置いているので、それぞれ六枚ずつとなっている。
「わたくしのターン、先ずはドローフェイズにカードを一枚引きますわ」
 自分のターンが回ってくると、ルノールは一つ目のフェイズを終えた。
 しかし、山札からカードを一枚引いたかと思えば、徐(おもむろ)にリストを開いてみせる。
「……ねぇ、貴方たち? これまでの人生の中で体験してきた、とんでもなぁい恐怖を思い出すことはあるかしら?」
 いきなり何を言い出し始めたのか、ルノールはくすくすと笑いながらリストを操作していく。
「さっきは、ちょっと失敗しちゃいましたけどぉ、恐怖は何度でも何度でも繰り返し繰り返し訪れるものですわ。……ほら、こんな風に――」
 ルノールは、ゲームから除外された《排除》に視線を向け、嬉しそうに口角を上げてみせた。
「わたくしは、自身が持つアビリティーを発動致しますわ!」
 アビリティー。その言葉は、ポートルッチとの対戦を終えた後に聞いていた。
 全てのラヴィリニストが持つ、特殊能力のことを言い表す。
「アビリティー《刻み込まれた恐怖》を発動ッ」
《刻み込まれた恐怖 アビリティー
(効果)山札からカード十枚を捨て札に置く:ゲームから除外されているカード一枚を選択し、捨て札に置く》
 リストを操り、ルノールは《刻み込まれた恐怖》という名のアビリティーを発動する。その効果は、奴らの戦法に対し、十二分にマッチしたものだ。
「《刻み込まれた恐怖》を発動するに際し、わたくしは山札の上からカードを十枚、捨て札へと送りますわ。ですがその代わりに、ゲームから除外されたカードを一枚選択し、捨て札へと戻すことが可能となりますわ」
 ルノールは、アビリティーを発動するためのコストとして、山札から三枚捨て札へと置いた。
 そして、唯一ゲームから除外されているカード《排除》を選択し、捨て札へと戻すことに成功する。これは厄介なアビリティーだ。
「うふふ、《排除》という名の恐怖は、何度でも繰り返す……。刻み込まれた恐怖は永遠に消えることはなくてよ?」
 捨て札に存在するだけで、ほぼ無条件で発動可能な魔法カード《排除》は、ルノール擁するアビリティーによって捨て札へと戻ってきてしまった。更に恐ろしいのは、これから先、奴が幾度となく《排除》を発動しようとも、その度にアビリティーを発動し、再び《排除》を発動可能な状態へと戻すことが可能であるということだ。
 つまりは、オレとアリスは攻撃を封じられたようなものだ。
「《刻み込まれた恐怖》にひれ伏すがいいですわ、くふふ……」
 現状に、声も出せないオレたちを満足気に見やり、ルノールはフェイズを進めていく。
「ブレイクフェイズをスキップし、わたくしはマナフェイズに手札からカードを一枚、フィールド上にセット致しますわね」
 アビリティーをお披露目し、既に勝ちを確信したかのような笑みを浮かべている。それが癇に障るが、今のところ対抗手段が思いつかない。まさか地球にはない特殊能力を発動することができるだなんて想定外だ。
「マナカードをリバース、一点のコストを支払い、わたくしは《寝惚け眼(まなこ)の人魚》をフィールド上に召喚ですわっ」
《寝惚け眼(まなこ)の人魚 水属性 人魚族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力10 (Lv3)攻撃力15
(効果)一ターンに一度、山札の上からカード五枚を捨て札に置く:対象のユニットカード一体をブレイクする》
 メインフェイズに移行し、ルノールはマナを一点支払い、ユニットカードを召喚する。
 ルノールが召喚したのは、《寝惚け眼(まなこ)の人魚》だ。
「《寝惚け眼(まなこ)の人魚》は、攻撃力はそれほど高くはありませんけれど、わたくしに相応しい効果を所持しておりますのよ」
 フィールド上に召喚されたユニット《寝惚け眼(まなこ)の人魚》は、山札の上からカードを五枚捨て札に置くことで、ノンブレイク状態のユニットカード一体をブレイク状態にすることが可能だ。《排除》だけでなく、《寝惚け眼(まなこ)の人魚》までフィールド上に姿を現してしまい、もはやどうすることもできない。
「安心してぇ、お二人とも。わたくしのターンはまだ終わりを迎えてはいないですわぁ」
 ゆっくりと、少しずつ場を支配していく様を、オレはただジッと眺めているだけだ。とにかくは、オレのターンが回ってこないことには何も始まらない。
「わたくしはぁ、捨て札から《氷の召喚石》を発動ですわよ」
《氷の召喚石 水属性 マジック C2
(効果)このカードが捨て札に置かれている場合、貴方はこのカードをゲームから除外することで、効果を発動することができる。
(効果)山札の上からカード五枚を捨て札に置く:貴方は自分のデッキの中から水属性・氷族ユニットカード一体を選択し、フィールド上に特殊召喚することができる》
 ここにきて、またもや捨て札から魔法カードの発動を試みる。
 今回、奴が発動したのは、《氷の召喚石》という名の魔法カードだ。
 このカードは、ルノールが捨て札で発動した《排除》と同じように、捨て札に置かれた状態でゲームから除外することによって、コストを支払わずに発動することが可能となるカードだ。
 その効果は、オレがポートルッチとの対戦時に扱った《黒魔術》に匹敵する。
「《氷の召喚石》の効果でぇ、わたくしは山札の上からカードを五枚捨て札へと送ることになりますわ。で、も、その代わりに、わたくしは自分のデッキから水属性・氷族のユニットを一体選び出して、フィールド上に特殊召喚することができるのぉ」
 甘ったるい喋り方で説明し、ルノールはデッキの中を確認する。やがてお目当てのカードを見つけたのか、くすりと笑いを零した。
「わたくしは、《氷の召喚石》の効果によって《氷姫》を特殊召喚しますわ!」
《氷姫 水属性 氷族 ユニット C5
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力15 (Lv3)攻撃力20
(効果)ブレイク:対象の呪文一つを打ち消す。その後、貴方は山札の上からカード七枚を捨て札に置く》
 ルノールは、《寝惚け眼(まなこ)の人魚》に続いて、二体目となるユニット《氷姫》の特殊召喚に成功した。《氷姫》は、ノンブレイク状態の自身をブレイク状態にすることで、どんな呪文でも一つだけ打ち消すことを可能とする驚異の特殊効果を持っている。
 魔法カードと罠カードを発動する時は言うまでもなく、ユニットカードはフィールド上に召喚される前は一つの呪文でしかないので、《氷姫》の効果に掛かればどんな呪文でもブレイク一つで打ち消すことができるわけだ。
「《氷姫》がフィールド上に召喚されたことによって、攻撃はおろか呪文の発動でさえ封じられてしまったわねぇ? ……うふっ、負けを認めるなら今のうちですわよ?」
「とっととターンを進めろ」
 そしてオレのターンに回しやがれ。
 毒づくのを堪え、オレはフェイズの移行を促す。
「……ふん、つまらない殿方ですこと。……では、わたくしはバトルフェイズへと移行して、《寝惚け眼(まなこ)の人魚》で貴方への直接攻撃を宣言致しますわ」
 バトルフェイズへと移り、ルノールは《寝惚け眼(まなこ)の人魚》で攻撃を仕掛ける。対象となるプレイヤーは、アリスだ。
「――くっ」
 直接攻撃を受けたアリスは、10点のライフを失い、残りライフポイントが90点となった。
「これでわたくしのバトルフェイズは終了し、エンドフェイズへと移行、そのままターンを終了致しますわ」
 攻撃を終えた後、ルノールはターンエンドを宣言する。
 これで、三ターン目が終了した。しかしルノールは喋るのを止めない。オレとアリスに対し、口による追撃をかましてきやがった。
「現在、わたくしの捨て札には、《排除》が二枚と、《除去》が一枚置かれていますわ。たとえ《氷姫》の効果が一ターンに一度しか発動できなくとも、全ての行動を封じますわよ?」
《除去 水属性 トラップ C1
(効果)このカードが捨て札に置かれている場合、貴方はこのカードをゲームから除外することで、効果を発動することができる。
(効果)10点のライフポイントを支払う:対象のユニット呪文一つを打ち消す。その後、貴方は山札からカード一枚を引く》
 捨て札から、ルノールは《排除》と《除去》の数を確認し、それをオレたちに見せつける。
 一度の呪文と攻撃を封じられ、更には捨て札に置かれた《除去》によってユニットの召喚呪文すらも不可能となった。インハーリットがハンデスを行い、ルノールが対戦相手の行動を完璧にロックする。これが、奴らの力だ。
 但し、オレは既に気付いていた。
 奴らの戦い方には、大きな穴が一つだけ存在する。

《四ターン目(トキ)》
 インハーリット、アリス、ルノール、三人のターンが終わり、ようやくオレのターンが回ってきた。一見すると、フィールド上にはそれほど差はないように思えるが、それは捨て札を見ていないからだ。ルノールの捨て札には、大量のカードが詰まれている。捨て札に置くことで効果を発揮するカードを中心にデッキを構築しているので、現状では圧倒的にルノールがリードしていると言えるだろう。
 だが、実のところ、それは紙一重と言い表すに相応しい。
 ルノールは、常に死と隣り合わせのデッキとなっている。
「オレのターン、ドローッ」
 現在、四ターン目に突入し、インハーリットはライフポイント90点、手札四枚、マナカード一枚、ユニット無しとなっている。アリスはライフポイント90点、手札三枚、マナカード一枚、ユニットは《魅惑の天使イルナ》と《翼の折れた天使レチカ》の二体が召喚中だ。そして、ルノールはライフポイント100点、手札五枚、マナカード一枚、ユニットが《寝惚け眼(まなこ)の人魚》と《氷姫》が二体召喚されている。
 最後にオレの現状についてだが、ライフポイントは100点のまま変動なし、その代わりに手札が四枚に減っている。これはインハーリットによるハンデス行為と、《変わり身人形》による効果によって手札を捨ててしまったのが原因だ。自分のターンが回ってくるまでに、手札を三枚も消費することになるとは思わなかったがな。
 通常ならば、気にするべきところは確認し終えていると言えるだろう。しかしそれはルノールに限っては当て嵌まらない。
「……ルノール、お前のデッキ、あと何枚だ?」
 何気なく、呟く。
 この台詞がどれほど強烈な印象を与えることになるのか、ルノールは気付いているだろうか。
「――ッ、あと……二十七枚。……ふ、ふふ、それがどうかしましたの? まだまだわたくしのデッキは枚数を残していますわ。自分のデッキの弱点など初めから理解しているのですから、そう簡単にデッキ切れを起こしたりはしませんわよ?」
 ルノールの戦術は、山札からカードを捨て札に置き、捨て札からカードを発動するといった特殊な戦い方だ。それは強力なロックを可能とするが、唯一の弱点として、デッキの枚数が挙げられる。プレイヤーは、デッキからカードを引くことができなくなった場合、無条件での敗北が決まってしまう。それ故、ルノールに関して言えば、ライフポイントを削るよりもデッキを削った方が有効打と成りうるわけだ。
「その余裕がいつまで続くか見ものだな。オレはブレイクフェイズをスキップし、マナフェイズに手札からカードを一枚選択し、セットする!」
 マナフェイズに、手札を一枚マナカードへと変える。これでオレの手札は四枚となった。
 続いて、メインフェイズへの移行を宣言する。
「オレは10点のライフを支払い、捨て札から《首吊り悪魔》を特殊召喚する!」
《首吊り悪魔 闇属性 悪魔族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力0 (Lv2)攻撃力0 (Lv3)攻撃力0
(効果)10点のライフポイントを支払う:捨て札に置かれたこのカードをフィールド上に特殊召喚することができる。
(効果)このカードの特殊召喚に成功した時、貴方は10 点のライフポイントを支払い、山札からカードを一枚引き、その後手札からカードを一枚捨て札に置く》
 アリスのターンの時、オレは《身代わり人形》のコストとして闇属性のユニットカード一体を捨て札へと置いていた。それは《首吊り悪魔》というユニットだ。ルノールが得意とする戦法を、図らずもオレ自身が再現してしまったことになる。
「さあ、……どうする? 《首吊り悪魔》の特殊召喚を許すか、否か?」
 問いかける相手は、《氷姫》をフィールド上に召喚したルノールだ。《除去》は、手札からの召喚呪文を対象に発動することは可能だが、特殊召喚に対しては発動することができない。
 一方、《氷姫》の効果を持ってすれば、《首吊り悪魔》の特殊召喚を無効にし、再び捨て札へと置くことができる。だがしかし、それは無意味としか言いようがない。
「捨て札に存在する限り、《首吊り悪魔》は10点のライフを支払うことで何度でも何度でも、繰り返し繰り返しフィールド上に復活するんだぜ?」
 奴と同じ言葉同じ台詞を口にして、反応を窺う。
「……か、勝手にするといいですわっ、そんな役にも立たないユニットを召喚したところで、貴方たちに勝ち目が出てくるわけではありませんものね」
 ふん、と息を吐き、ルノールは何もしないことを宣言した。
 この瞬間、《首吊り悪魔》が捨て札よりフィールド上に特殊召喚され、オレは10点のライフを失った。これで、残りのライフポイントは90点となったが、更なる効果が発動する。
「《首吊り悪魔》が特殊召喚に成功した瞬間、オレは10点のライフポイントを支払い、山札からカードを一枚ドローする!」
 捨て札からの特殊召喚によって姿を現した《首吊り悪魔》は、自身が持つ特殊召喚に限定した効果を強制的に発動し、オレは10点のライフを失う。連続してライフを削り取られ、残りのライフポイントは80点に減ってしまったが、これも作戦のうちだ。
「……よし、オレはカードを一枚ドローした後、手札からカードを一枚選択し、それを捨て札へと置かなければならないっ」
 増えた手札には、調整が必要となる。
 カードを一枚引き、手札を一枚捨てる。それが《首吊り悪魔》の強制発動効果だ。
「キーカードは引くことができたかしらぁ?」
「ああ、できたぜ。……その代わり、それは捨てちまったけどな?」
 煽るように言葉をぶつけるルノールに、少しばかしの笑みを張り付けて言葉を返す。
「言っておくが、メインフェイズはまだ終わらないぜ? ――オレはマナを一点支払い、手札から魔法カード《魔王復活》を発動だっ!!」
《魔王復活 闇属性 マジック C1
(効果)貴方の捨て札に置かれている《生まれたての魔王》一体を選択し、自分のフィールド上に特殊召喚する》
 マナをリバースし、コストへと変換する。
 魔法カード《魔王復活》を発動したオレは、再度ルノールの反応を窺った。
「《魔王復活》は、オレの捨て札に《生まれたての魔王》が置かれている場合、そいつを自分のフィールド上に特殊召喚することができる! ……さあ、今度はどうするんだ、ルノール?」
 名を呼び、決断を迫る。
 ルノールが選択する道は、誰がルノールの立場にいようとも明らかだ。
「……ふふ、今度は勿論、通さないですわよ? わたくしは《氷姫》の効果を発動ッ、殿方が発動した《魔王復活》の効果を打ち消しますわっ」
 ノンブレイク状態から、ブレイク状態へ。
 奴が操る《氷姫》が効果を発動し、呪文一つを打ち消す。その対象となるのは、オレが手札より発動した《魔王復活》のカードだ。
「この瞬間、お前は《氷姫》の効果によって山札からカードを七枚捨て札に置いてもらうぜ」
「ッ、それぐらいどうってことありませんわ」
 まだ、山札は十分に枚数がある。ルノールは高をくくっているようだ。
 場を支配するプレイヤーにとって、驕りは禁物だということを教えてやる必要がありそうだ。
「《氷姫》の効果で、山札からカードを捨てたな?」
 効果の発動を促し、山札の残り枚数を二十枚まで減らしたことを確認することによって、オレは次なる行動に踏み切ることが可能となる。
「よし、オレはこの瞬間を待っていた! 《魔王復活》の発動が打ち消され、お前のフィールド上に召喚されている《氷姫》がブレイクした時、捨て札から《悪夢の再来》を発動ッ!!」
《悪夢の再来 闇属性 マジック C3
(効果)10点のライフポイントを支払う:捨て札に置かれたこのカードをフィールド上に戻すことができる。
(永続)全てのプレイヤーは、山札から直接カードを一枚捨て札に置く度に、山札からカードを二枚引き、その後手札からカードを二枚捨て札に置く。このカードの効果が発動される度に、対象のプレイヤー一人は山札からカードを一枚引く》
 大量の捨て札を利用する相手を倒すための対抗策として、オレが唯一デッキに組み込んでおいたのは、《悪夢の再来》という名の魔法カードだ。《トキの迷宮》には多種多様なデッキタイプが存在するが、その中でも捨て札やゲームから除外されたカードを軸に扱うデッキは、中々に対抗手段がない。だが、そいつらとの対戦を想定せずに世界大会で優勝できるわけがない。
 オレは、相手のデッキを空にして勝利するためのピースを既に手に入れていた。
「10点のライフを支払うことで、オレは捨て札に置かれた《悪夢の再来》をフィールド上に戻させてもらうぜ」
 このタイミングを逃してはならない。
 ルノールは《氷姫》の効果によってブレイクし、山札の上から七枚のカードを捨て札へと置いた。それが《悪夢の再来》の恐怖を奴に刻み込むことになる。
「オレのライフポイントは残り70点に減ってしまうが、些細な代償で大きな対価を得ることができるんなら、喜んで差し出すぜ。オレは《氷姫》の効果が発動された時、《悪夢の再来》の効果を発動する!!」
 オレのターンが始まった時、《悪夢の再来》は捨て札には置かれていなかった。
 ドローフェイズにおいても現状を打開するカードを手に入れることはできなかったが、その代わりとして、《首吊り悪魔》の効果を発動し、山札からカードを一枚手札に加えた。その瞬間、オレは《悪夢の再来》を手に入れた。たった一ターンの差で勝敗が決する戦いにおいて、今この瞬間に最も欲しいカードを引き当てることができたのは幸運だった。
「《悪夢の再来》ですって……ッ!?」
 まさか、信じられない、そういった表情を作り込み、ルノールは唇を震わせる。
「ルノール、お前が《氷姫》の効果によって山札から直接捨て札へと置いたカードは、合計七枚だ。随分と捨て札が肥えたみたいだが、まだまだ足りないよな?」
 フィールド上に置かれた《悪夢の再来》を指し示し、オレは更なる行動を促す。
「さあ、山札からカードを引け。それがお前に科せられた罪だ」
 山札からカードを七枚捨て札へと置いた時、《悪夢の再来》が本領を発揮する。
 ルノールは山札からカードを十四枚ドローし、次いで手札からカードを十四枚捨て札へと置かなければならない。
「……く、まさかこんなに……山札を削られるなんて……」
《悪夢の再来》により、ルノールは山札を十四枚消費してしまった。これで残る山札の枚数は六枚となる。しかし、《悪夢の再来》の本当の恐怖はここからだ。
「ルノール、お前はまだカードを全て引き終えていないぜ? 《悪夢の再来》には、もう一つの効果が備わっていることを忘れたのか?」
「え……、あ、ああ……ッ、あああっ!!」
《悪夢の再来》は、自らが持つ効果が発動される度に、対象のプレイヤー一人は山札からカードを一枚引かなければならない。テキストを読めばおのずと理解することが可能となるが、山札からカードを引くプレイヤーは決められていない。つまりは、オレが誰にカードを引かせるのか、決めることができるってわけだ。
「《悪夢の再来》が持つ後半の効果は、カードを引くことができるわけではなく、引かなければならないんだ。《悪夢の再来》の効果によって、お前が山札からカードを引いた枚数は合計七枚だ。そしてオレは、その枚数分、お前に山札からカードを引いてもらうぜ?」
 合計、七枚のカードを引く。
 それが、ルノールへの死刑宣告だ。
「わ、わたくしのデッキは……残り、六枚……」
 山札から六枚のカードを引き、更にもう一枚を引かなければならない。
 だが、引くために必要な山札が既に一枚も残されていない。
「ルノール、お前が捨て札を増やして場を支配した時、お前の負けは既に決まっていたんだ」
 山札から、カードを引くことが出来ない。たったそれだけのことで、ルノールは負けた。
 僅か一ターン足らずで敗北が決まったんだ。
「……そ、そんな……そんなことが……ああっ、ああああぁっ」
 捨て札に置かれた大量のカードを瞳に映し出し、ルノールはその場に崩れ落ちる。たった一枚のカードによって、完璧とも思われたロックを崩されたんだ。今の気分は最悪に違いない。
「ルノール、貴様ァ……」
 ペアの片割れを早々に失い、インハーリットはこれから先、一人でオレとアリスに立ち向かわなくてはならない。それがどんなに難しいことか、これまでに一度でもタッグバトルを行ったことがあるプレイヤーであれば、容易に想像することができるはずだ。
「バトルフェイズはスキップし、ターンエンドだっ」
 現在、フィールド上には攻撃力0の《首吊り悪魔》が召喚されている。
 攻撃する意味はないので、次のターンの壁役として活用することにしよう。
「オレとアリス、二人を相手にどこまでやれるか見ものだな」
 ライフポイントは70点、手札は残り三枚になったが、それでも圧倒的優位に立つことができたのは間違いない。オレはある程度の余裕を持ち、ターンを終えた。

《五ターン目(インハーリット)》
 全員のターンが終わり、二度目のターンが回ってきた。
「貴様らには地獄を見せなければならないようだな……」
 ドローフェイズにカードを一枚引き、手札へと加える。
 インハーリットは手札を確認し、それからフィールド上へと視線を向ける。
 現在、対戦を行っているプレイヤーは三人だ。オレとアリス、そしてインハーリットだ。
「くくっ、俺様のハンデスコンボの恐ろしさを、貴様らに身を持って教えてやろう」
 ドローフェイズをこなし、インハーリットの手札は五枚に増えた。マナカードは一枚、そしてライフポイントは90点だ。
 アリスは、ライフポイントが90点、手札三枚、マナカード一枚、《魅惑の天使イルナ》と《翼の折れた天使レチカ》の二体を召喚し、更には《天使の羽根》がフィールド上で発動中だ。次にアリスのターンが回ってくれば、コストの高いユニットカードを召喚することが可能となる。インハーリットとしては、このターンの間に場を支配しておく必要があるだろう。
 現状、最も恐るべきはアビリティーの存在だ。ルノールがここぞという場面でアビリティーを発動したように、当然のように奴自身もアビリティーを発動するはずだ。
「俺様はブレイクフェイズをスキップし、マナフェイズにカードを一枚セット! 更にメインフェイズへと移行する!」
 手札からカードを一枚選択し、マナカードを二枚へと増やした。メインフェイズでは、二点のコストを支払い、何らかの行動を起こしてくるはずだ。
「俺様はメインフェイズに手札から《裏切りの夢魔》を捨て札に置き、《金切声の亡霊》を手札からフィールド上に特殊召喚するぞっ!!」
《金切声の亡霊 闇属性 悪魔族 ユニット C3
(Lv1)攻撃力0 (Lv2)攻撃力0 (Lv3)攻撃力20
(効果)手札を一枚捨て札に置く:貴方はこのカードを手札から特殊召喚する。このカードは特殊召喚された場合、(Lv3)となる》
 自身を対象に、インハーリットは脅威のハンデス行為を披露していく。
「《金切声の亡霊》は手札を一枚捨て札に置くことで、手札からフィールド上に特殊召喚することが可能となる! 更に、この効果によって特殊召喚に成功した場合、《金切声の亡霊》はレベル3へと進化するっ!!」
「レベル3だと……ッ」
 特殊召喚を可能とする効果に便乗するかの如く、奴は特殊召喚に成功した《金切声の亡霊》のレベルを上昇させる。これで《金切声の亡霊》のレベルは3となり、攻撃力が0から20へと上昇する。奴はマナを支払うことなく、攻撃力20のユニットカードをフィールド上に召喚させやがった。
「くくく……まだまだ俺様のハンデスコンボは終わらんぞ? 《金切声の亡霊》の効果によって捨て札へと置いた《裏切りの夢魔》の効果を発動ッ! 俺様は《裏切りの夢魔》をフィールド上に特殊召喚するっ!!」
《裏切りの夢魔 闇属性 悪魔族 ユニット C5
(Lv1)攻撃力0 (Lv2)攻撃力0 (Lv3)攻撃力20
(効果)このカードが手札から捨て札へと置かれた場合、貴方はこのカードを特殊召喚することができる。このカードは特殊召喚された場合、(Lv3)となる》
 先ほどと同じように、奴はユニットカードの特殊召喚に成功する。
 フィールド上に姿を現したのは、捨て札へ置かれたはずの《裏切りの夢魔》だ。
「《裏切りの夢魔》は、自身が手札から捨て札へと置かれた時、フィールド上に特殊召喚することが可能となるのだ! 更にっ! 《金切声の亡霊》と同様に、特殊召喚に成功した場合、《裏切りの夢魔》はレベル3へと進化する権利を得る! くははっ、この意味が貴様らには理解できるか? 攻撃力20のユニットが二体、フィールド上に特殊召喚されたのだっ!!」
 二点のマナを温存したまま、奴は《金切声の亡霊》と《裏切りの夢魔》の特殊召喚をこなしてみせた。二体のユニットは、それぞれが攻撃力20と中堅クラスの力を持っている。
 アリスのフィールド上に召喚されているユニットは、《魅惑の天使イルナ》が攻撃力15で、《翼の折れた天使レチカ》の攻撃力が10だ。そしてオレのフィールド上には攻撃力0の《首吊り悪魔》が召喚されているわけだが、今のままでは太刀打ちできないだろう。
「俺様の手札は残り二枚となったが、それも計算のうちだ。貴様らが味わうことになる本当の恐怖は、今から姿を現すことになるのだからなあ! 俺様は手札を一枚捨て札へと送ることで、《闇夜の悪魔ルーレンド》を手札から特殊召喚ッ!!」
《闇夜の悪魔ルーレンド 闇属性 悪魔族 ユニット C5
(Lv1)攻撃力0 (Lv2)攻撃力0 (Lv3)攻撃力20
(効果)貴方の手札が二枚の場合、手札一枚を捨て札に置くことで、貴方はこのカードを手札
から特殊召喚することができる。このカードは特殊召喚された場合、(Lv3)となる。
(効果Lv3)一ターンに一度、ダイスを振る:一の目が出た時、貴方は山札からカードを三枚引く。一以外の目が出た時、貴方は次のターンをスキップする。
(効果Lv3)手札を一枚捨て札に置く:対象のユニットカード一体を捨て札に置く。その後、対象のプレイヤー一人に10点のダメージを与える》
 インハーリットが新たに特殊召喚したユニットは、《闇夜の悪魔ルーレンド》のカードだ。
 このカードは、奴の手札が二枚の時、そのうちの一枚を捨て札に置き、特殊召喚することが可能となっている。この効果によって、奴は手札を一枚捨て、《闇夜の悪魔ルーレンド》の特殊召喚に成功した。
「くははっ、こいつが俺様の切り札だっ!!」
 マナを一点も支払うことなく、合計三体のユニットカードをフィールド上に揃えてしまった。
 しかし、場はそれほど緊迫しているわけではない。何故ならば、奴が切り札と称して特殊召喚した《闇夜の悪魔ルーレンド》は、自身の持つ効果に運の要素が強く入りすぎているからだ。
「《闇夜の悪魔ルーレンド》の特殊召喚に成功し、こいつのレベルを3に進化する! 更にこいつがレベル3に進化したことにより、残る二つの効果を発動することが可能となる!!」
《闇夜の悪魔ルーレンド》には、二つの効果が備わっているが、それはレベル3にならなければ発動することができない。しかしながらフィールド上への特殊召喚に成功したことによって、《闇夜の悪魔ルーレンド》はレベル3に進化し、二つの効果を自在に扱うことが可能となった。
「先ずは一つ目の効果を発動ッ! 《闇夜の悪魔ルーレンド》は、一ターンに一度、ダイスを振り、一の目が出た時、俺様は山札から三枚のカードをドローすることができる!」
 ハンデスコンボと、手札増強効果の相乗効果を狙うつもりのようだが、その代償は明らかに不相応と言える。
「一の目以外が出れば、次のターンをスキップするんだぜ。それでも賽を振るつもりか?」
 運の要素が強いというのは、これが原因だ。
 一の目が出れば、手札を三枚も増やすことができる。だがしかし、それ以外の目が出れば、奴は次のターンを強制的にスキップすることになる。もし仮に、次のターンのスキップが決まれば、それは敗北を表すと言っても過言ではない。一対一の戦いではなく、タッグバトルであればなおさらだ。
「バカめ、俺様が運任せのプレイングをするとでも思っているのか?」
 それでも奴は、ダイスを手に笑うのを止めようとしない。
 運の要素を無くしてしまう魔法を、奴は持っていた。
「運命のダイスロールッ!」
 空高くダイスを放り投げ、重力に逆らわずに落ちてくる。
 やがて奴が投げたダイスが床にぶつかり、音を鳴らす。
「賽の目は――三だ!」
 動きを止めたダイスは、三の目を向けていた。奴が仕掛けた運試しは、残念ながら失敗に終わったということになる。だが、
「……く、くくっ、俺様には運命さえも自由自在に操ることができることを教えてやろう」
 賽の目を確認し、けれども落胆しない。元々から、奴は賽の目を気にしてなどいなかった。
「リストオンッ、《歪曲遊戯(ダイスロール・ゲーム)》を発動ッ!!」
《歪曲遊戯(ダイスロール・ゲーム) アビリティー
(効果)手札を全て捨て札に置く:貴方は振り終えたダイスの目を一に修正する》
 ルノールの時と同じように、奴は自らのリストを開き、アビリティーの発動を試みる。
「俺様のアビリティーは、手札を全て捨て札へと置く代わりに、振り終えた賽の目を一に修正することが可能となるっ!!」
 それは正に、運の要素を度外視し、自らが望む方向へと強引に捻じ曲げてしまう力だ。
 奴が初めから賽の目を気にしていなかったのには、裏にアビリティーの存在があったからだ。
「くくくっ、貴様らに地獄を見せてやろう……。俺様は《闇夜の悪魔ルーレンド》の効果を発動し、見事ダイスロールに成功した。それによって、俺様は山札からカードを三枚ドローすることができる!」
 空になった手札を、奴は山札から三枚補充する。《歪曲遊戯(ダイスロール・ゲーム)》を発動することが可能なインハーリットにとって、もはや手札の枚数を気にしながら行動を取る必要はなくなった。
「更に俺様は、《闇夜の悪魔ルーレンド》の二つ目の効果を発動しよう。新たに増えた三枚の手札の内、一枚を捨て札に置くことで、フィールド上に存在するユニットカード一体を捨て札に置き、そのユニットを操るプレイヤーに10点のダメージを与えることができる!」
 増やした手札を捨て札に置き、ユニットを破壊する。この一連の流れが、《闇夜の悪魔ルーレンド》の恐ろしいところだ。それに加え、奴は賽の目を自在に操ることができる。つまり奴にとって《闇夜の悪魔ルーレンド》は、最強のユニットカードへと姿を変えることになる。
「俺様は三枚の手札を持っている。貴様らが召喚しているユニットカードの総数と同じだ」
 奴は、《闇夜の悪魔ルーレンド》がフィールド上に存在する限り、毎ターン、フィールド上に存在するユニットカードを三体まで捨て札に送り、それぞれ10点のダメージを与えることが許される。これは非常に厄介だ。
「先ず、一体目を選択しようではないか。《闇夜の悪魔ルーレンド》の効果の対象に選択するユニットは、《魅惑の天使イルナ》だ!」
 フィールド上を確認し、奴は《魅惑の天使イルナ》を最初のターゲットに指名した。
《闇夜の悪魔ルーレンド》の効果が発動し、奴は手札を一枚捨て札に置く。そして、《魅惑の天使イルナ》を捨て札へと置くのだが――、
「わたしのユニットは、死なない」
 リストオン、と呟き、アリスは自身のリストを開いた。
「アリス、お前まさか……」
 声を掛けたが、アリスは返事をしない。
 発動するか否か、躊躇っている場合ではないと理解しているんだろう。
「アビリティー、《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》を発動ッ」
《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)
(効果)次のドローフェイズをスキップする:フィールド上にユニットカードが五体以上召喚されている時、フィールド上に存在する全てのユニットカードを捨て札に置く。《飛翔》を持つユニットカードはこの効果の対象にはならない》
 リストを開いたアリスは、まるで張り合うかのようにアビリティーを発動してみせた。
「《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》だとぉ……ッ!?」
 眉を潜め、インハーリットは《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果を確認する。
《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》は、発動するために必要な条件が二つ存在する。一つは、次のターンの開始時に行うはずのドローフェイズをスキップすることだ。ターンの開始に、山札からカードを引くことができないのは、大きな痛手となることは間違いない。
「《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》を発動するために、わたしは次のドローフェイズをスキップする」
 だが、それでもアリスは《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》を発動する必要があった。
「更に、フィールド上にユニットカードが五体以上存在しなければ、《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の発動条件を満たすことはできない」
 二つ目の発動条件、それはユニットカードの総数だ。全てのフィールド上に合計五体以上のユニットが存在しなければ、発動するために必要な条件を満たしていないことになり、効果を発動することはできない。
 しかしながら、アリスは二つ目の条件をクリアすることに成功している。
「《魅惑の天使イルナ》、《翼の折れた天使レチカ》、《首吊り悪魔》、《金切声の亡霊》、《裏切りの夢魔》、そして《闇夜の悪魔ルーレンド》……。フィールド上に存在するユニットは、計六体。《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の発動条件を満たしている」
 ここぞという場面でアビリティーを発動し、奴を叩く。どうやらアリスは、インハーリットが切り札となるユニットカードを召喚するタイミングを見計らっていたようだ。
「さあ、《飛翔》を持たない全てのユニットカードを捨て札に置いて頂戴」
 アリスにとって《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》は、ある意味最強のリセット魔法と言えるだろう。
 フィールド上に存在している全てのユニットカードを捨て札へと置くことが可能だが、それは《飛翔》を持たざるユニットに限定されている。アリスは天使族のユニットカードで構築しているので、ほとんどのユニットが《飛翔》を所持している。つまりは、《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の影響を受けることになるのは、実質、他のプレイヤーのみということだ。
 勿論、それはアリスとペアを組むオレとて例外ではない。
「《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》の効果によって、オレは《首吊り悪魔》を捨て札に置く」
 目線をずらすことなく、アリスが唇を震わせる。
 ごめんなさい、と言っているような気がした。しかしこれで奴が操る《闇夜の悪魔ルーレンド》を倒すことができるのであれば安いものだ。
「……く、くはっ、……貴様らは、本当にバカだなぁ? この俺様が、陳腐なアビリティーへの対抗手段を持っていないとでも思っているのか?」
 ニヤニヤと意地汚い笑みを張り付けたまま、奴は二枚のマナカードをリバースする。
「貴様がアビリティーを発動した瞬間、俺様は一点のマナを支払い、マナカードとしてセットしておいた《悪魔の悪戯》を発動させてもらおうか!」
《悪魔の悪戯 闇属性 トラップ C1
(効果)このカードはマナフィールド上にセットされていなければ発動することができない。
(効果)ターン終了時まで、貴方のフィールド上に存在する全てのカードは、アビリティーの効果の対象とはならない》
 驚くべきことに、奴は《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》を発動された瞬間、マナカードとしてセットしていたはずの罠カードのコストを支払い、それを発動してきた。
 奴が隠し玉として披露したのは、《悪魔の悪戯》という名の罠カードだ。
 このカードは、アリスのターンが終了するまでの間、インハーリットが操る全てのカードを対象に、アビリティーの効果を無効にするというものだ。
 これにより、アリスが仕掛けた《機械仕掛けの翼(マシンナーズ・フェザード)》は失敗に終わった。
「ドローフェイズをスキップしてまで倒したかったはずの《闇夜の悪魔ルーレンド》は今も健在で、貴様が操る《翼の折れた天使レチカ》と、男の方の《首吊り悪魔》の二体は破壊されてしまったわけだ。……くく、自分と仲間のユニットしか破壊できなくて残念だったなあ?」
 声を大にしてアリスを罵り、侮辱する。
 何も言い返すことができずに、アリスはただ黙って下を向いてしまった。
「お通夜モードのところ悪いがな、俺様のターンはまだ終わってはいないぞ」
 気を取り直し、奴は改めて《闇夜の悪魔ルーレンド》の効果の対象を選択する。
「《魅惑の天使イルナ》を破壊することによって、プレイヤーに10点のダメージを与える!」
 インハーリットは《闇夜の悪魔ルーレンド》の効果を発動し、はアリスが召喚する《魅惑の天使イルナ》を捨て札へと送った。それにプラスして、アリスのライフポイントを10点減らすことに成功する。
「……ッ」
「まだ俺様のターンは終わらないぞ! バトルフェイズに突入し、俺様は《金切声の悪魔》と《裏切りの夢魔》の二体で攻撃を宣言する! 対象となるプレイヤーは……女、貴様だ!」
 メインフェイズを終了し、奴はバトルフェイズへと移行する。
 そして、フィールド上に召喚されている《金切声の悪魔》と《裏切りの夢魔》でアリスに直接攻撃を仕掛けるつもりだ。
「《金切声の悪魔》で攻撃ッ」
 プレイヤーの命を受け、《金切声の悪魔》がアリスに牙を向ける。
 20点のダメージを受けてしまい、アリスは苦しそうな表情を浮かべる。
「次は《裏切りの夢魔》で攻撃だっ!!」
 攻撃は終わらない。今度は《裏切りの夢魔》がアリスに襲い掛かっていく。対抗手段を持たないアリスは、直接攻撃による苦痛に耐えるしかない。
 更に20点のダメージを受け、アリスは残りライフポイントが40点になってしまった。
「くくく……、貴様の寿命が少しずつ削られていくのが手に取るように分かるぞ? そしてそれは、このターンの間に終わりを迎えることになるだろう! 俺様は、《闇夜の悪魔ルーレンド》で貴様に攻撃だ!」
 二体のユニットで攻撃を仕掛け、アリスのライフを40点削ることに成功したかと思えば、今度はオレに対象を変更し、《闇夜の悪魔ルーレンド》で攻撃を宣言する。
「ッ、……いいぜ、かかってこいよ」
 悪魔が、闇を作り出す。
 インハーリットが攻撃を宣言し、《闇夜の悪魔ルーレンド》が闇に紛れて動き始めた。
「もがき苦しめっ!!」
 悪魔による一撃がオレの腕に苦痛を与え、20点のダメージを与えていく。これで、オレのライフポイントは50点に減少し、アリスのライフをほぼ並んだ。
「三体のユニットによる攻撃を終え、俺様はバトルフェイズを終了――するとでも思ったか?」
 奴が操る三体のユニットは、全てブレイク状態へと変更されている。これ以上の追撃は不可能だ。しかし、奴はまたしても驚きの一手を繰り出してきた。
「《闇夜の悪魔ルーレンド》での攻撃を終えた瞬間、手札から《悪魔の呪縛》を発動ッ!!」
《悪魔の呪縛 闇属性 マジック C5
(効果)半分のライフポイントを支払い、手札を一枚捨て札に置くことで、貴方はコストを支払うことなく、手札からこのカードを発動することができる。
(効果)バトルフェイズ中、三体以上の闇属性・悪魔族ユニットカードが攻撃を終えた場合、ブレイク状態のユニットカード三体を選択し、ノンブレイク状態へと変更する。その後、ノンブレイク状態へと変更された三体のユニットカードは、対象を選択し、攻撃を宣言しなければならない。また、このカードは、バトルフェイズ中のみ、発動することができる》
 バトルフェイズが終了する間際、奴はマナを支払うことなく手札から魔法カードを発動させた。そのカードは、《悪魔の呪縛》という凶悪な魔法カードだ。
「《悪魔の呪縛》は、そのターンのバトルフェイズ中に、三体以上のユニットが攻撃をし終えていなければならない! 俺様は《金切声の亡霊》と《裏切りの夢魔》、そして《闇夜の悪魔ルーレンド》の三体がそれに該当し、発動条件を満たす!」
 三体のユニットによる攻撃を終え、なんとか無事にこのターンを切り抜けることができたと安堵していたが、それは悪夢の始まりでしかなかった。
「俺様は《悪魔の呪縛》により、フィールド上にブレイク状態で存在する三体のユニットカード全てをノンブレイク状態へと変更ッ、そしてもう一度貴様らに攻撃だっ!!」
 それはまるで、二度目のバトルフェイズを行っているかのような錯覚を覚えさせてくれた。
「貴様らの悲鳴を再び聞かせてもらおうかっ! 《金切声の悪魔》と《裏切りの夢魔》、女に攻撃を仕掛けるがいいっ!」
 二体のユニットが、アリスに目掛けて突撃する。
 アリスのフィールド上にはユニットが召喚されていないので、奴らの攻撃を防ぐことは不可能だ。《金切声の悪魔》と《裏切りの夢魔》の直接攻撃を無抵抗に受けたアリスは、40点のライフを失い、遂にライフポイントが0点になってしまった。
「……ッ、く……ぅ」
 力なく倒れ込み、苦しそうに胸を押さえる。デッキ切れによる敗北を喫したルノールとは異なり、やはりライフポイントを削られてしまえば、精神的な疲労が相当なものとなるようだ。
「大丈夫か、アリスッ」
「よそ見をするな、貴様ッ! まだ俺様の攻撃は終わっていないぞ!」
「――くっ」
 確かに、奴の言うとおりだ。フィールド上には、ノンブレイク状態の《闇夜の悪魔ルーレンド》の姿がはっきりと見て取れる。
「《闇夜の悪魔ルーレンド》、奴に攻撃だっ!!」
 同じユニットによる二度目の攻撃を受け、オレは20点のライフを失う。
 残りのライフポイントは30点に減少し、崖っぷちへと追い込まれてしまった。
「実に面白いショーだ。くくっ、次に俺様のターンが回ってきた時、貴様は死ぬっ!!」
 それだけ言い残し、奴はターンエンドを宣言する。
 タッグバトルは、互いのペアを一人ずつ失い、残るはオレとインハーリットの二名となった。
 そして、戦いは八ターン目へと突入する。

《八ターン目(トキ)》
 二度目のドローフェイズが訪れた。
 現在、オレのライフポイントは30点、手札は三枚、マナカードが一枚、ユニットは無しだ。
 一方、インハーリットのライフポイントは45点、手札が無し、マナカードは一枚、ユニットは《金切声の悪魔》と《裏切りの夢魔》、《闇夜の悪魔ルーレンド》の三体が召喚されている。
 オレの手札には起死回生となるカードがない。このターンのドローフェイズで、キーカードを引く必要がある。
「オレのターン、……ドローッ!!」
 山札から、カードを一枚引いた。そしてそれを手札へと加える。
「ブレイクフェイズをスキップし、マナフェイズに手札からカードを一枚フィールド上にセット、そのままオレはメインフェイズへと移行する!」
 二度目のマナフェイズを終え、マナフィールド上には二枚のマナカードがセットされた。
 こいつらを上手く活用することで、インハーリットが支配しつつあるフィールド上に大逆転劇を起こしてやろうじゃないか。
「メインフェイズに、オレは手札から《操り人形》を召喚する!」
《操り人形 闇属性 アンデット族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力0 (Lv2)攻撃力0 (Lv3)攻撃力0
(効果)一ターンに一度、自分のフィールド上に《糸の切れた人形 闇属性 アンデット族 ユニット (Lv1)攻撃力0》一体を特殊召喚する》
 先ず、オレがフィールド上に召喚したのは、一次選考のロワイヤル形式において有効的な働きをみせてくれた《操り人形》だ。こいつは一ターンに一度、オレのフィールド上に《糸の切れた人形》を一体、特殊召喚する効果を持っている。
「ふんっ、今更攻撃力0のユニットを何体召喚しようとも無駄だ。貴様に残された道は、敗北以外に存在しないのだからなっ!」
「さあて、それはどうかな? 《操り人形》の効果を発動し、オレは《糸の切れた人形》を一体、フィールド上に特殊召喚させてもらうぞ!」
 一ターンに一度しか発動できないが、今はそれで十分だ。
《操り人形》の効果を発動することによって、オレのフィールド上には攻撃力0のユニットが二体召喚された。この二体が勝利のピースとなることに、奴はまだ気づいていない。
「オレは更に一点のマナを支払い、手札から《無駄な足掻き》を発動ッ!!」
《無駄な足掻き 闇属性 マジック C1
(効果)攻撃力0の闇属性・アンデット族ユニットカード二体を捨て札に置く:貴方は自分の山札から攻撃力0の闇属性・アンデット族ユニットカード一体を選択し、フィールド上に特殊召喚する。その後、貴方は自分の山札を切り直す》
 攻撃力0のユニットをフィールド上に並べたのは、《無駄な足掻き》を発動するための追加コストにするためだ。《操り人形》を召喚し、更に《糸の切れた人形》を特殊召喚することに成功したおかげで、手札から《無駄な足掻き》を発動するための追加コストをフィールド上に揃えることができた。
「オレは《無駄な足掻き》の効果により、《操り人形》と《糸の切れた人形》を捨て札に置かなければならない。だが、その代わりとして、デッキから攻撃力0の闇属性・アンデット族のユニットを一体選択し、フィールド上に特殊召喚することが可能となる!」
「ぐぅっ、特殊召喚だとぉおお……ッ」
 ポートルッチとの戦いにおいて、オレは同じことをしてみせた。
《黒魔術》を発動し、《逆さまの王》を呼び寄せた時と同じように、今回はオレのお気に入りのユニットカードをお披露目させてもらおうじゃねえか。
「《無駄な足掻き》により、オレはデッキから《眠らぬ道化師ミキー》を特殊召喚だっ!!」
《眠らぬ道化師ミキー 闇属性 アンデット族 ユニット C4
(Lv1)攻撃力0 (Lv2)攻撃力0 (Lv3)攻撃力0
(召喚・特殊)ターン終了時まで、フィールド上に召喚されている攻撃力0のユニットカード一体は、フィールド上に存在する全てのユニットカードの攻撃力を足した数値となる。
(効果)このカードが攻撃を宣言した場合、貴方は次のターンをスキップする》
 攻撃力0であるが故に、デッキから手札へと引っ張り上げることが可能な凡庸ユニット、それが《眠らぬ道化師ミキー》だ。こいつは、フィールド上に召喚、または特殊召喚された時、オレとオレ以外の全てのフィールドに存在するユニットの攻撃力を足した数値を、ターン終了時まで自身の攻撃力とすることができる。正に、一撃必殺の一ターンキルカードであると言えるだろう。だが、その代償は非常に重い。《眠らぬ道化師ミキー》が攻撃を宣言した時、オレは次の自分のターンをスキップしなければならない。
 自らのターンをスキップするというのは、数あるデメリットの中でもトップクラスであることは間違いない。つまりは、《眠らぬ道化師ミキー》で攻撃を宣言する場合、そのターンのうちに対戦相手を倒す必要があるってわけだ。もし仮に、そのターンの間に倒し切ることができなければ、返しのターンに手痛い逆襲を受けることになるからな。
 だが、今のオレには何一つとして障害が見当たらない。
「《眠らぬ道化師ミキー》がフィールド上に特殊召喚された時、強制的に効果を発動する。お前のフィールド上に存在する全てのユニットカードの攻撃力を足した数値を、ターン終了時までの間、《眠らぬ道化師ミキー》の攻撃力とすることができる!」
 現在、インハーリットがフィールド上に召喚しているユニットは、三体存在する。《金切声の悪魔》、《裏切りの夢魔》、《闇夜の悪魔ルーレンド》だ。《眠らぬ道化師ミキー》の攻撃力は、こいつらの攻撃力を合わせた数値になるってわけだ。
「ぐっ、貴様ァ……小癪な真似をしやがって……ッ」
「悪いな。負けが決まった奴を気に掛けてやれるほど、オレは優しくねえんだ」
 奴がフィールド上に召喚している三体のユニットの攻撃力は20で統一されている。つまりは、《眠らぬ道化師ミキー》の攻撃力は、ターン終了時まで+60の修正を受けることになる。
「《眠らぬ道化師ミキー》の攻撃力は60、そしてお前のライフポイントは45点だ」
「バカがっ、貴様には《闇夜の悪魔ルーレンド》の姿が見えないのかっ!? 先のターンでは効果を発動するに止(とど)めておいたのを忘れてはいるまいな? ノンブレイク状態の《闇夜の悪魔ルーレンド》が俺様の壁となり、貴様がパワーアップさせたユニットによる直接攻撃から身を守るのだぞっ!!」
 そう、決して忘れてはならないのが、《闇夜の悪魔ルーレンド》の存在だ。
 奴のフィールド上には、ノンブレイク状態のユニットが一体、召喚されている。それをどうにかしないことには、《眠らぬ道化師ミキー》による直接攻撃を行うことは不可能だ。
「くくっ、このターンの中に攻撃を宣言し、次の貴様のターンのスキップを代償に《闇夜の悪魔ルーレンド》を倒すか、それとも攻撃を宣言せずに終わるつもりなのか。……何れにしても、貴様には後が無いぞ!」
「いいや、後がないのはお前だよ、インハーリット」
「なにぃ!? 口から出まかせを……」
 奴が言い終えるよりも早く、オレは最後の一枚となった手札を表に返す。
「オレの手札には、もう一枚の切り札が存在する。それを今、発動させてもらうぞ! オレはバトルフェイズに移る前に、手札から魔法カード《怨みの連鎖》を発動ッ!! 《眠らぬ道化師ミキー》に装備するっ!!」
《怨みの連鎖 闇属性 マジック C3
(装備)このカードを装備したユニットカードが相手フィールド上に召喚されているユニットカード一体に攻撃し破壊した場合、貴方はこのカードを装備したユニットカード一体の攻撃力分のダメージを相手プレイヤー一人に与えることができる。
(効果)このカードは、特殊召喚されたユニットカード一体に装備する場合、コストを支払う代わりに、装備したユニットカード一体をターン終了時に破壊してもよい》
 たった一枚のカードが、勝敗を決することがある。それがTCGの醍醐味だ。
 手札に残された最後の一枚を奴に見せると、それを《眠らぬ道化師ミキー》に装備する。
「《怨みの連鎖》は、装備したユニットカード一体に強力な効果を齎(もたら)す。それは《怨みの連鎖》を装備した《眠らぬ道化師ミキー》が、《闇夜の悪魔ルーレンド》を倒した時、《眠らぬ道化師ミキー》は自身の攻撃力分のダメージを相手プレイヤー一人に与えることができるっ!!」
 ゆっくりと、手を動かしていく。自らが操るユニットに、攻撃を命じる役目が残っている。
「メインフェイズを終了し、オレはバトルフェイズへと突入する。……さあ、覚悟はいいか?」
 奴に問いかけ、オレはバトルフェイズへと移行する。だが、返事を待つ意味は無い。
 何者にも立ちはだかることは許されない。オレとアリスが作り上げた勝利への道が、目の前に開けている。オレはその道をただ真っ直ぐ進むだけだ。
「《眠らぬ道化師ミキー》、《闇夜の悪魔ルーレンド》に攻撃だっ!!」
 攻撃が、実行される。
 オレの命を受け、《怨みの連鎖》を装備した《眠らぬ道化師ミキー》が、《闇夜の悪魔ルーレンド》へと襲い掛かっていく。
 目の下に隈を作り、道化のレッスンに明け暮れるミキーが、自身よりも強敵と思われた悪魔に下剋上を果たす時が訪れたんだ。
「《闇夜の悪魔ルーレンド》、撃破ッ!!」
 互いがすれ違う瞬間に、一撃を喰らわせることに成功し、ミキーが悪魔を撃つ。これにより、インハーリットが切り札として召喚した《闇夜の悪魔ルーレンド》は、四散することになった。
「ぐあぁ、俺様のルーレンドがぁああっ」
「――まだ、攻撃は終わっちゃいないぜ?」
 そう、《眠らぬ道化師ミキー》の攻撃は、まだ終わってなどいない。
 これまでに蓄積してきた怨みをぶつける相手を探し求め、やがて対象となるプレイヤーの姿を見つけ出す。それは勿論、インハーリットだ。
「《怨みの連鎖》の効果を発動ッ、《眠らぬ道化師ミキー》が《闇夜の悪魔ルーレンド》を破壊した時、対象のプレイヤー一人に攻撃力分のダメージを与えることが可能となる!」
 攻撃力分のダメージを与える効果と、更にはコストを支払わずに発動することが可能な点に目をつけ、オレはこのカードはデッキに加えていた。そしてそれが今、勝敗を決するための最後のピースとなる。
「《眠らぬ道化師ミキー》の攻撃力は、+60の修正を受けているので、《眠らぬ道化師ミキー》が《怨みの連鎖》の効果により与えることが可能なダメージ量は、60点だ!」
「……ぐ、が……まさ……かっ、そんなバカな、俺様が……ッ」
 現状を理解できずに、喉を詰まらせる。それでもオレは追撃を止めない。
「懺悔はしなくていいぜ、そんな姿は見たくないからな……」
 合図を送り、ミキーに最後の攻撃を命じる。
「《眠らぬ道化師ミキー》の追撃ッ!! 対象となるプレイヤーは、インハーリットだっ!!」
 タッグバトルにおいて、大事なのは仲間との連携だ。奴はルノールと共に相性のいいデッキを使いこなしていた。一方のオレとアリスは、互いのデッキの中身を知らない状態だったので、大したことはできなかったのが心残りだろうか。その点だけは、奴らの方が一枚上手だったと言えるだろう。次にタッグバトルを行う機会があれば、その時こそは、アリスとの最高の連係プレイを披露してみせる。
「おぉおおのおぉおおれぇぇえええぇっ!!」
《眠らぬ道化師ミキー》による追撃を受け、インハーリットのライフポイントが0になる。
 奴は攻撃を受ける瞬間、苦しみによる咆哮を上げ、最後まで抗(あらが)い続けているかのようだった。だが、勝ったのは奴ではない。オレとアリスのペアだ。
 目の前の敵を倒し、オレはすぐさまアリスの許へ歩み寄る。
 それから、誇らしげに手を差し出した。
「アリス、どうやらお前の夢はまだ終わらないみたいだぜ?」
 プロのラヴィリニストになり、ラヴィリンスの王を倒すこと。そして、願いを一つだけ叶えてもらわなければならない。それがアリスの夢だ。
 アリスは、オレの手を握る。
 一度は失いかけた夢を、追いかけ続けることを許されたんだ。
「……選考会が終わったら、お礼をするから」
「なんだ? パンツ見せてく――ごふっ」
 直で腹パンされてしまい、オレはその場にうずくまる。
 まさかカードを使わずに膝をつくことになろうとは思いもしなかったぜ、この野郎が。
「二次選考通過、おめでとうございます。アリス=ラヴィニア様、トキ=トキハヤ様」
 じゃれているのか否か不明だが、オレとアリスは互いの健闘を称え合う。そんな二人の間に割って入るかのように、ロアが姿を現した。
「他のプレイヤーの方々は既に対戦を終えております」
 そう言われて、オレは周りを確認してみる。
 勝利を手にしたペアと、敗北を突き付けられたペア、それぞれの姿が視界に飛び込んできた。
「……オレたちが最後のペアってわけか」
 合計二十名のプレイヤーが二次選考を突破し、次の選考へと駒を進めることになる。
 選考会に合格するまでは気を抜くことができそうにないな。
「二次選考は之にて終了致しますが、続きまして最終選考へと移らせて頂きます」
「え、最終選考って……次で終わりなのか?」
 その通りです、とロアは頷く。
 いや、確かに言われてみれば次が最終選考でもおかしくはないだろう。二次選考を通過することができたのは千二百二名の中、僅か二十名なんだからな。最終選考を通過して、無事に合格できるプレイヤーは果たして何名いるのやら。
「それでは、最終選考の内容を説明致します」
 ロアが、最終選考へと勝ち残った二十名のプレイヤーに向けて、最後の試験を口にする。
「二次選考においてペアを組んだ者同士、戦って頂きます。対戦方式は、二次選考と同じくラヴィリンス形式で行い、敗者となられた方は残念ながら落選となります」
 その言葉に、オレとアリス、そして最終選考に通過した全てのプレイヤーが息を呑む。
「仲間と共に勝ち上がり、仲間を蹴落としプロとなる。……皆様方には、それができますか?」
 それだけ言い残し、ロアは最終選考を開始する。
「……ア、アリス」
 辺りがざわつく中、そっと、横を確認してみる。
 そこには、ついさっきまでオレと手を握っていたはずの女の子が、まるで悪人を見るかのような目つきでオレを見上げていた。
 仲間は、一瞬で敵となる。敵となった仲間を蹴落とすことが出来るか否か。
 最終選考が、幕を開ける。