「――ようこそ、みすぼらしい人」
光に包まれた空間に、聞き覚えのある声が響いた。瞼の裏が慣れていき、ゆっくりと目を開けてみれば、目の前に髭を生やしたおっさんが佇んでいた。
「……確か、ポートルッチ・エンゼルマンだったかな?」
「レンゼルマンですよ、トキハヤトキくん」
オレの名を呼んで、ポートルッチは手を差し出してくる。
「勝負の前に、握手を交わす。それがプロとしての礼儀というものです」
ポートルッチは、ラヴィリンス選考会の選考委員であると同時に、プロのラヴィリニストだ。
今年のラヴィリンス選考会にエントリーした、千二百二名のラヴィリニストたちの先輩ってわけだ。オレや、アリスが目標とする形が、このおっさんということになる。見かけは他のプレイヤーたちと何ら変わらないが、やはりプレイングスキルはプロになるだけの腕を持っているに違いない。戦うからには、本気でいかせてもらうつもりだ。
「おっさん、強いの?」
手を握り、しっかりと握手を交わす。
疑問を口にすると、ポートルッチは満面の笑みを浮かべた。
「此処では本気を出すことを許されていませんので、キミのご期待に添えることは残念ながらできません。何故ならば、プロの私が本気を出してしまえば、誰一人合格者が出ませんからね」
随分と自信に満ち溢れたおっさんだ。
但し、それがむしろ心地いいし、清々しくもある。自分が、誰よりも強いと疑うことのないプレイヤーを倒すのは、最高に気持ちいいからな。
「私の本気を見たいのであれば、プロの舞台に立ってくださいね」
「安心してくれ、すぐにでも立てるようになってやるからよ」
手加減するつもりでも、いつの間にか本気を出したくなるようにしてみせる。
オレが本気を出せば、相手は全力で向かい打たなければあっという間に負けを見るからな。
「それは楽しみです。……では、そろそろ始めましょうか」
繋がれていた手を離し、互いに距離を取る。
それから、ポートルッチはラヴィリンスリングを放り投げてきた。
「貴方の実力を測るため、此処では、こちらが指定するデッキを使用して頂きます」
「デッキの指定だと? オレのデッキは使えないのか」
その通りです、と返事をする。
互いに、均等な力を持つデッキを扱うことで、元々のデッキによる差を無くすのが目的か。
「私が扱うのは、火属性のデッキ、そしてトキハヤトキくんが扱うのは、闇属性のデッキとなります。これらのデッキはショップに販売中のスターターデッキとなりますので、中身は大したことはありません。真に貴方の腕を確かめるには丁度いい内容ですがね」
下手な芝居をしやがるおっさんだ。
オレを含め、選考会にエントリーしている全てのプレイヤーは、例外なく自分のデッキを扱うことができると思っている。それが今此処で一度も扱ったことのないデッキを渡されてしまい、挙句にはそれを使って対戦をしなければならないだなんて、少しばかし強引だ。
互いに似た内容のデッキを扱うことで、フェアな対戦であることを意識させようと企んでいるみたいだが、事実は異なる。選考委員のおっさんは、予め用意されたデッキの中身を知り、どのようにデッキを回していけば勝ちに繋がるのかを理解している。
つまりこれは、アンフェアな戦いだ。
「……ふざけやがって」
だが、それを承知でオレたちは挑戦をしなければならない。
勝てば、二次選考へ進める。そして負ければ、落選するだけだ。
「デックオン。――では、トキハヤトキくん、先攻は頂きますよ?」
リストを開かず、デッキを出現させる。
これがロワイヤル形式ではなく、ラヴィリンス形式での戦い方だ。
地球では馴染み深い一対一での対決も、此処では初めてだ。それもただのカードバトルではない。互いのプレイヤーが扱うカードが実体化し、リアリティを前面に押し出してくる。
精神面で不安のあるプレイヤーは、一ターン持たずに気絶してしまうことだろう。
「勝手にしろ、すぐに終わらせてやるぜ」
飄々と言葉を返し、オレはデックオンと口にする。
幾度となく調整を繰り返し、世界の頂点を極めたデッキから、七枚のカードを引くことを禁じられた戦いが今始まった。しかしながら、プレイングスキルだけは自前だ。運の要素も多少は含まれるだろうが、それすらも自在に操ってみせる。
そして、ポートルッチ=レンゼルマンとの対戦が始まった。
《一ターン目(ポートルッチ)》
ラヴィリンス形式は、一対一での対戦方式だ。互いのプレイヤーは、五十枚からなる山札をデッキとして用意し、100点のライフポイントを得た状態からゲームをスタートする。
勝敗を決するには、二つの方法が存在する。
一つは、相手のライフポイントを削り、0点にすること。自分のライフポイントを残したまま、相手のライフポイントを削り切ることができれば、その時点でゲームの勝者となる。
そしてもう一つは、山札からカードを引くことができなくなる状況を作り出すことだ。
ドローフェイズに山札からカードを引くことができなかったプレイヤーは、無条件に敗北となってしまうので、各プレイヤーはライフポイントだけでなく、山札の枚数にも細心の注意を払う必要がある。また、同名カードはデッキ内に三枚までしか投入することができないので、デッキを構築する際に色々と頭を悩ませることになるだろう。
「まずは私のターン、ドローフェイズとブレイクフェイズを共にスキップし、マナフェイズへと移行します」
《トキの迷宮》における一連の流れには、様々なフェイズが存在している。
先ずは、ドローフェイズだ。
ドローフェイズでは、プレイヤーは自分の山札からカードを一枚引かなければならない。これは強制行為なので、拒否することは不可能だ。
しかし先攻の一ターン目に限り、ドローフェイズをスキップすることになる。これは後攻のプレイヤーが不利にならないようにするためだ。
ドローフェイズが終わり、次にブレイクフェイズを迎える。
ブレイクフェイズでは、ブレイク中のユニットカードを、ノンブレイク状態にすることが可能となっている。ノンブレイクというのは、フィールド上に召喚されている未行動のユニットカードの状態を表し、縦向きで扱う。逆に、行動済みのユニットカードはブレイク状態といい、横向きで表示されることになる。通常、ユニットカードは攻撃を宣言したり、自身が持つ効果を発動することで、行動を完了したことになるので、その時点で縦向きから横向きになり、ノンブレイク状態からブレイク状態へと変化する。
だが、ゲームはまだ始まったばかりだ。一ターン目ということもあって、ポートルッチが支配するフィールド上には、ユニットカードが一体も召喚されていない。
従って、ポートルッチはドローフェイズに続いてブレイクフェイズもスキップする。
「マナフェイズに、私は手札からカードを一枚選択し、マナフィールド上にセットします」
三つ目のフェイズが、マナフェイズだ。先攻を得たプレイヤーの一ターン目は、実際にはマナフェイズからスタートとなる。
「これで私のマナフィールドに、マナが一つ増えました」
マナフェイズでは、二種類の行為をしなければならない。
一つは、ポートルッチがしてみせたように、自分の手札からカードを一枚選び出し、それをマナフィールド上に裏向きでセットする行為だ。これにより、そのプレイヤーはマナを一つ得たことになり、ユニットカードや魔法カード、そして罠カードを発動する際に必要となるコストを支払うことが可能となる。
カードのコストとしてマナカードを使用する際、セットされた状態からリバースし、表向きにしなければならない。マナフィールド上に表向きで置かれたカードは、既にマナを使用したカードとなるので、そのターンの間は再利用することができなくなる。
二つ目は、カードのコストとして使用したマナカードを回復させる行為だ。
既に使用されたマナカードは表向きとなっているが、マナフィールド上に置かれている全てのマナカードを全て裏向きでセットし直すことができる。これにより、新たなターンを迎える度に、そのプレイヤーはマナをコストとして使用することが可能となる。
ポートルッチは、マナフェイズにカードを一枚選択し、それをマナフィールドにセットした。
「マナフェイズを終え、メインフェイズへと移行しますね」
フェイズの移行を宣言し、オレはそれを了承する。
四つ目のフェイズとなるメインフェイズでは、様々な行動を取ることが可能となる。
一つ目に、ユニットカードの召喚だ。マナフィールド上に存在するマナカードをリバースし、コストを支払うことで、マナカードと同じ属性を持つユニットカードを召喚することができる。
次に、ユニットカードのレベルアップだ。フィールド上に存在するユニットカードは、手札から同名カードを重ねていくことによって、レベルを上げることが可能となる。一つのデッキ内に同名カードは三枚まで投入することができるので、各ユニットカードは最大でレベル3までレベルアップができることになる。
三つ目に、効果の発動が挙げられる。これはフィールド上に召喚されているユニットカードの中で、メインフェイズ中に発動可能な効果を持つユニットカードに限定される行為だ。
そして最後に、魔法カードと罠カードの発動だ。ユニットカードを召喚する時と同じように、コストを支払うことによって、マナカードと同じ属性のカードを発動することができるわけだが、魔法カードは自分と相手のターンに、そして罠カードは相手のターンのみ発動可能となる。
「コストを一点支払い、手札から《初心者ゴブリン》を召喚ですよ」
《初心者ゴブリン 火属性 ゴブリン族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力15 (Lv3)攻撃力20
(召喚)このカードをブレイクする》
メインフェイズに、先ずはユニットカードを召喚した。
ポートルッチが召喚したのは、《初心者ゴブリン》だ。特にこれといった効果を持たないユニットカードだ。その名の通り初心者には扱いやすいカード、とは言えない。
「……おおぉ、すげえ」
つい、感嘆の声を上げてしまう。
ポートルッチが手札からユニットカードを召喚すると同時に、それが目の前に実体を成して現れた。これが、この世界における《トキの迷宮》の醍醐味だ。ロワイヤル形式同様に、一対一のラヴィリンス形式においても、ユニットカードは実体化する。迫力のある戦闘シーンを、間近で見ることが可能ってわけだ。
「《初心者ゴブリン》がそんなに凄いですか? なんとも珍しい思考をお持ちのようですね」
くくっ、と喉を鳴らし、ポートルッチは髭を撫でる。
「おう、めちゃくちゃすげえし、もの凄く感動してるぜ」
オレがこの世界の住人ではないことを知っているのは、アリスだけだ。他の奴らからしてみれば至って普通のことでも、オレにとっては驚愕に値するってわけだ。
「ふむ、キミのように面白い反応をしてくれると、私も戦い甲斐があります」
今現在、《初心者ゴブリン》のレベルは1なので、攻撃力は10となる。この状態から更に、ポートルッチが手札から《初心者ゴブリン》を出してフィールド上の《初心者ゴブリン》に重ねると、レベルが2に上がることになる。
「《初心者ゴブリン》の効果を発動しますよ」
ポートルッチは、効果の発動を宣言する。
《初心者ゴブリン》は、フィールド上に召喚されると同時に、強制的に発動する効果が備わっている。その効果によって、《初心者ゴブリン》は自動的にブレイク状態へと変更する。
「やはり先攻の一ターン目には行動規制が多いですね。私は、メインフェイズを終了します」
ユニットを召喚し終え、マナフィールド上に置かれたマナは使い果たしてしまったので、このターンのメインフェイズ中に発動可能なカードは無くなった。
ポートルッチはメインフェイズの終了を宣言し、次のフェイズへと移行する。メインフェイズの次に迎えるのが、バトルフェイズだ。
バトルフェイズでは、メインフェイズと同じように多様な行動を起こすことが可能となる。
先ずは、フィールド上に召喚されているノンブレイク中のユニットカードを選択し、そのユニットカードで攻撃を宣言する。
相手のフィールド上にノンブレイク中のユニットカードが召喚されている場合、それらのユニットカードの中から攻撃対象を指定しなければならない。攻撃の対象にされたユニットカードは、攻撃を宣言したユニットカードとの戦闘に突入する。
互いのユニットカードの攻撃力を比べ、数値の低いユニットカードを捨て札に置き、数値の差分をプレイヤーへのダメージとして与えることができる。たとえば、攻撃力20のユニットが攻撃力10のユニットに攻撃した場合、攻撃力10のユニットは戦闘に負けて捨て札へと置かれ、更に攻撃力10のユニットを操るプレイヤーに10点のダメージを与える。但し、それはブレイク状態のユニットとの戦闘に限られ、ノンブレイク状態のユニットとの戦闘においては数値の差分をダメージとして与えることはできない。
また、相手フィールド上にノンブレイク状態のユニットカードが存在しない場合、相手プレイヤーへの直接攻撃が可能となるが、相手プレイヤーへの直接攻撃を行わずに、ブレイク中のユニットカードを攻撃対象として指定することも可能だ。その場合も、先ほどと同じように互いの数値を比べ合い、戦闘を行うことになる。
相手プレイヤーへの直接攻撃を行う際は、攻撃宣言を行ったユニットカード一体の攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与えることになる。
そして、攻撃を終えたユニットカードは、未行動から行動済みとなり、ノンブレイクからブレイク状態へと変更しなければならない。
これがバトルフェイズの一連の流れだが、この中でもメインフェイズ同様に、魔法カードや罠カードを手札から発動することが可能となっている。つまりは、バトルフェイズに突入した後も、相手プレイヤーが罠カードを発動するか否か注意しながら行動を取る必要があるわけだ。
「《初心者ゴブリン》には、召喚と同時にブレイクするデメリット効果が備わっていますが、先攻の一ターン目はバトルフェイズを行うことができませんから、何ら問題ありませんね。エンドフェイズにも特にすることはありませんので、これで私のターンは終了です」
ポートルッチは、メインフェイズからバトルフェイズへと移行し、そのままエンドフェイズへとスキップする。先攻の一ターン目は、ドローフェイズでカードを引くことができないように、バトルフェイズを行うことができない。それにより、ポートルッチは自動的にバトルフェイズをスキップした。
最後に行うのが、エンドフェイズだ。
エンドフェイズでは、互いのフィールド上や捨て札に存在するカードの中にコスト判定を行わなければならないものがある場合、それを実行に移す必要がある。コスト判定では、エンドフェイズに何らかの行動を取るカードの処理をすることになる。また、それに加えて、メインフェイズ中に行わなかった動きを起こすことが可能だ。
たとえば、メインフェイズにユニットカードの召喚をしていない場合、エンドフェイズに召喚することができる。当然のことながら、マナが無ければ召喚することはできないが、時間差で行動することで、相手の目を欺くことも不可能ではなくなる。但し、ユニットカードに限り、一ターンに付き一体しか召喚することはできないので、注意が必要だ。
それが全て完了すると、エンドフェイズが終了し、相手のターンへと移行する。つまりは、ポートルッチの一ターン目は終わりを迎えたということだ。
一ターン目が終了した時点で、現在ポートルッチのフィールド上に存在するカードは二枚。
ユニットゾーンに《初心者ゴブリン》一体、そしてマナゾーンにマナカードが一枚だ。
ライフポイントは100点のまま、手札は五枚に減っている。
《二ターン目(トキ)》
「オレのターン、先ずは山札からカードを一枚ドローする」
ポートルッチのターンが終わり、オレのターンが回ってきた。
後攻の一ターン目は、全てのフェイズを行うことができるので、オレはドローフェイズに山札の上からカードを一枚引いて、それを手札に加えた。これでオレの手札は合計八枚となる。
「マナフェイズに手札から一枚カードを選択し、マナフィールド上にセット、そして一点のコストを支払う。――オレは《黒騎士》を召喚ッ」
《黒騎士 闇属性 戦士族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力15 (Lv2)攻撃力20 (Lv3)攻撃力25
(召喚)10点のライフポイントを支払う:貴方のマナフィールド上に存在する表向きのマナカード一枚を選択し、それを裏向きにセットする。表向きのマナカードが存在しない場合、この効果は無効となる》
マナフェイズからメインフェイズまで行動を起こし、オレは手札からユニットを召喚した。
オレが召喚したユニットは、《黒騎士》と言う名のカードだ。黒に染まった剣と盾を装備し、真っ黒な馬に跨る騎士が姿を現した。馬が鳴き、騎士がポーズを取ってみせる。
「ッ、かっこいいじゃねえか……」
つい、声が出てしまう。
ユニットカードが実体化するこの世界では、気付いた時にはかっこいいカードか可愛いカードばかりデッキに入れてしまいそうだ。まあ、それで強ければ何の問題もないわけだが、果たしてそう簡単に作れるだろうかね。これは後々、専用のデッキを作る必要がありそうだ。
「オレは《黒騎士》の効果を発動し、10点のライフを失う。その代わり、こいつを召喚するために使用したマナカードを再利用させてもらうぜ」
ユニットカードのテキスト欄に(召喚)の文字があれば、そのユニットカードはフィールド上に召喚された瞬間、強制的に効果を発動しなければならない。これにより、オレは《黒騎士》の効果によって10点のライフポイントを支払うことになった。
だが、その代わりに得たものは大きい。
「効果により一点のマナが回復する。そして、オレは更に手札からユニットカードを召喚する」
マナフェイズを経由することなく、表向きのマナを裏向きへと変更することに成功し、今度はそのマナカードを使って、新たなユニットカードの召喚を試みる。
「……だが、それはまだ先のことだ。一先ず、オレはメインフェイズを終了し、バトルフェイズへと移行する」
《黒騎士》に続くユニットカードをフィールド上に召喚することなく、オレはメインフェイズを終了した。これにはちょっとしたカラクリが存在する。それは、オレが今手札に持つユニットカードの特性を活かしたものだ。
「バトルフェイズに、オレは《黒騎士》で攻撃を宣言する。攻撃の対象となるユニットは勿論、《初心者ゴブリン》だっ」
現在、フィールド上に召喚中のユニットカードは二体だ。
一体は、オレが召喚した《黒騎士》、そしてもう一体は、奴が操る《初心者ゴブリン》だ。
《初心者ゴブリン》はブレイク中なので、《黒騎士》は相手プレイヤーに直接攻撃を行うことが可能となる。だがしかし、先ずは奴のユニットを破壊することを優先しよう。後々、《初心者ゴブリン》が壁となって立ちはだかるのは面倒だからな。
それ故、オレは《黒騎士》で《初心者ゴブリン》への攻撃を宣言し、戦闘を仕掛けた。
互いのユニットが向かい合い、命を懸けて交錯する《黒騎士》の攻撃力は15で、《初心者ゴブリン》の攻撃力は10だ。ほんの僅かではあるが、《黒騎士》の攻撃力の方が勝っている。
数値に従うかの如く、《黒騎士》が《初心者ゴブリン》の胴体を捉え、串刺しにしてしまう。
「おお……消えた……」
《黒騎士》の攻撃を受けた《初心者ゴブリン》は、耐えることができずに四散する。
ポートルッチのフィールド上に存在するユニットは、これで一体もいなくなった。
「私が操る《初心者ゴブリン》が破壊され、捨て札へと置かれます。更に、《初心者ゴブリン》はブレイク状態ですので、互いのユニットの攻撃力の差分が私へのダメージとなる――ッ」
言い終わると同時に、《初心者ゴブリン》の残滓が意思を持ってポートルッチの許へ舞い戻り、胸に突き刺さる。
「ぐっ、……5点のダメージを受け、これで私の残りライフは95点となります」
顔を歪め、けれども笑みを絶やさないポートルッチは、次の行動を促してくる。
「……ちぃ、そうだったな。ロワイヤル形式だけでなく、ラヴィリンス形式においても、精神的なダメージが蓄積するんだっけかな」
ポートルッチが苦しそうな表情をみせたのは、これがただのカードバトルではないからだ。
オレたちが操るカードの一枚一枚に意思があり、そしてそれがプレイヤーへの攻撃を可能とする。ポートルッチとの対戦が終わる頃には、互いに精神的疲労がとんでもないことになっているはずだ。
「《初心者ゴブリン》を撃破することに成功し、《黒騎士》は自らの行動を終えた。ノンブレイクからブレイク状態へと変更する」
行動を終えたユニットは、未行動の状態から行動済みの状態へと変更しなければならない。
これにより、攻撃を終えた《黒騎士》は、次のターンのブレイクフェイズになるまで、ブレイク状態のままだ。現在、オレのフィールド上には《黒騎士》一体のみ召喚されているので、このままでは次の相手のターンに直接攻撃を受けることになるが、勿論そんなことはさせない。
「オレはバトルフェイズを終了し、エンドフェイズに移行する」
バトルフェイズに発動可能なカードは手持ちにないので、オレはエンドフェイズへと突入する。ここにきて《黒騎士》の効果がようやく役に立つ時がきた。
「エンドフェイズに、オレは手札から《屍拾い》を召喚だっ」
《屍拾い 闇属性 アンデット族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力5 (Lv2)攻撃力10 (Lv3)攻撃力15
(召喚)10点のライフポイントを支払う:対象のユニットカード一体は、攻撃力+10の修正を受ける。また、対象となるユニットカードがノンブレイク状態の場合、ブレイク状態へと変更しなければならない》
マナフィールド上には、一点のマナが残されている。それを利用して、オレはエンドフェイズに手札から《屍拾い》を召喚した。
《黒騎士》の横に並んで、何者かの腕を口に加えたユニットが姿を現す。薄汚れたローブに身を包み、不気味さを演出していた。これが《屍拾い》だ。
「ほう、プレイングスキルはそれなりのようですね」
感心したような素振りをしてみせるのは、ポートルッチだ。随分と余裕ぶっているが、場を支配しつつあるのは、明らかにオレだ。
「《屍拾い》が召喚した時、オレは効果により10点のライフポイントを失う」
《屍拾い》には、《黒騎士》と同じく、召喚した時に強制的に発動される効果が備わっている。
それはプレイヤーであるオレが10点のライフを支払う代わりに、対象となるユニットカード一体をパワーアップさせるというものだ。
「オレは《屍拾い》の効果に《黒騎士》を対象とし、《黒騎士》の攻撃力を上昇させる!」
効果の対象を宣言すると、《屍拾い》が咥えていた腕を食い千切り、呪術のようなものを呟き始める。すると、《黒騎士》の全身に力が漲っていく。
「《黒騎士》は攻撃力+10の修正を受け、攻撃力25に変化したぜ。そして、《屍拾い》の更なる効果によって、ブレイク状態へと変更しなければならないわけだが……、幸いなことに《黒騎士》は既に行動を終えている。つまりデメリットは回避できたってわけだ」
これが、オレの狙いだ。
《屍拾い》の効果は決して万能とは言えない。オレは10点のライフを強制的に支払わなければならないし、ユニットカードをパワーアップしたとしても、効果の後半によってブレイク状態へと変更しなければならない。
だが、オレはそれを見越して、メインフェイズ中に《屍拾い》を召喚するのではなく、エンドフェイズまで我慢しておいた。何故ならば、バトルフェイズの前に《屍拾い》を召喚してしまえば、《黒騎士》か《屍拾い》はパワーアップすることが可能だが、その代わりにブレイクしてしまう。それを避けるために、先ずは《黒騎士》で攻撃を終え、エンドフェイズに移行して改めて、《屍拾い》の召喚を試みる。こうすることによって、オレに対するデメリットを最小限に抑えたわけだ。
「《屍拾い》の効果を発動して、オレはターン終了だ」
二体目のユニットを召喚し、無事に効果を発動し終えたのを確認する。そこまでしてようやく、オレは自分のターンを終了した。
これで二ターン目が終わり、ポートルッチのターンへと移行する
《三ターン目(ポートルッチ)》
戦況は、未だ大きな動きを見せない。それでもほんの僅かにオレがリードをしている。
互いのターンを終え、ポートルッチの手札は五枚、ライフポイントが95点、マナカードが一枚、ユニットは存在しない。
一方、オレの手札は五枚、ライフポイントは80点、マナカードが一枚、そしてユニットが《黒騎士》と《屍拾い》の二体だ。《黒騎士》は《屍拾い》の効果によって、攻撃力25に修正されているので、そう簡単には破壊されないだろう。
「私のターン、ドローフェイズにカードを一枚引いて、ブレイクフェイズをスキップし、マナフェイズへと移行しましょう」
ドローフェイズを終えた後、ポートルッチはブレイクフェイズをスキップした。
現在、奴のフィールド上に召喚されているユニットカードは存在しないので、ブレイクフェイズを行うことができないからだ。
「マナフェイズに、私はマナの回復を行います。次いで、手札からカードを一枚、マナフィールド上にセットしますね」
一ターン目に《初心者ゴブリン》を召喚する際に使用し、表向きとなった火属性のマナカードを、裏向きにセットし直す。更に、手札から二枚目となるマナカードをセットした。
これで、ポートルッチのマナフィールド上に存在するマナカードは、二枚だ。
「では、メインフェイズに移行し、私は《聡明なゴブリン》を召喚ですよ」
《聡明なゴブリン 火属性 ゴブリン族 ユニット C2
(Lv1)攻撃力0 (Lv2)攻撃力5 (Lv3)攻撃力10
(効果)このカードは戦闘では破壊されない。
(効果)手札を二枚捨て札に置く:一ターンに一度、貴方の捨て札に置かれているゴブリンと名の付くユニットカード一体を選択し、フィールド上に特殊召喚することができる》
メインフェイズに移行し、ポートルッチは《初心者ゴブリン》に代わる新たなユニットカードとして、二点のコストを支払い、《聡明なゴブリン》を召喚した。
四角い帽子と丸い眼鏡、そして分厚い辞書を片手に座り込むゴブリンが出現する。
「《聡明なゴブリン》か、……厄介なカードだ」
奴が召喚したユニットが実体化した姿形を見やり、オレは眉を潜める。
地球では、《聡明なゴブリン》を主軸としたデッキが、大小様々な大会における勢力範囲を拡大し、席巻していたことがあった。《聡明なゴブリン》の効果によるデッキの爆発力は物凄く、大会に出場したプレイヤーの九割以上が《聡明なゴブリン》軸のデッキを扱っていたこともある。要注意すべきユニットカードと言えるだろう。
「《聡明なゴブリン》には、二つの効果が存在します。一つは、破壊耐性ですね」
ポートルッチは、自らが召喚したユニットの効果を説明していく。
《聡明なゴブリン》には、破壊に対する耐性が備わっていた。それはユニットカードとの戦闘において、破壊されないというものだ。
この効果により、《聡明なゴブリン》は長らくフィールド上に居座り続けることが可能となり、更に二つ目の効果との相性も抜群となる。
「そして二つ目が、特殊召喚を可能とする効果です。この意味が、キミには分かりますか?」
「……発動するなら、とっととしやがれ」
言い捨て、オレは次なる行動を促す。
「それではお言葉に甘えまして……、私は《聡明なゴブリン》の効果を発動し、手札からカードを二枚選択し、それを捨て札へと置きます」
言うや否や、ポートルッチは《聡明なゴブリン》の第二の効果を発動する。
「そして、捨て札から《カリスマゴブリン》を特殊召喚しましょう」
《カリスマゴブリン 火属性 ゴブリン族 ユニット C3
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力25 (Lv3)攻撃力25
(効果)貴方のフィールド上に存在するゴブリンと名の付くユニット一体に付き、このカードは攻撃力+10の修正を受ける》
第二の効果によって、ポートルッチは手札を二枚捨て札へと置いた。これにより、奴の残りの手札は二枚となった。しかし、その代わりに得たものは大きい。
《聡明のゴブリン》は、手札を二枚捨てることで、自分の捨て札からゴブリンと名の付いたユニットカードを一枚選択し、フィールド上に特殊召喚することが可能だ。
ポートルッチは、《聡明のゴブリン》の効果を利用して、手札から《カリスマゴブリン》を捨て札へと置いた。そして、そのままフィールド上への特殊召喚に成功しやがった。
「このユニットは中々に強敵となりますよ。キミには倒すことができますかね」
ゴブリンの中でもトップクラスのカリスマ性を持つと言われる《カリスマゴブリン》が、奴のフィールド上に姿を見せる。《聡明なゴブリン》と並んで、随分と頭の良さそうなゴブリンが揃ったものだ。
「では、バトルフェイズへと移りましょうか」
ニヤリと口の端を上げ、ポートルッチはメインフェイズを終了する。
ある意味で、ここからが本番だ。
「私は、《カリスマゴブリン》で《黒騎士》に攻撃を仕掛けます」
現在、オレのフィールド上には二体のユニットカードが存在する。《黒騎士》はブレイク中で、《屍拾い》はノンブレイク中だ。オレに直接攻撃を仕掛けるには、ノンブレイク中の《屍拾い》を倒せば可能となるが、勿論そんなバカなことはしない。このターン、《黒騎士》に攻撃をせずに直接攻撃を優先してしまえば、次のターンにノンブレイクした《黒騎士》の逆襲に遭う可能性が高くなるからな。
「《カリスマゴブリン》は、自身が持つ効果によって、攻撃力+20の修正を受けますよ」
「攻撃力30か、……ちっ」
《カリスマゴブリン》は、奴のフィールド上にゴブリンと名の付くユニット一体に付き、攻撃力が+10の修正を受ける効果を持っている。フィールド上には《聡明なゴブリン》と、自身が存在しているため、合計で+20の修正を受け、攻撃力が30に変化した。
「《黒騎士》の攻撃力は25、つまり《カリスマゴブリン》の敵ではないということですね」
攻撃を宣言すると、《カリスマゴブリン》が勢いよく《黒騎士》へと襲い掛かる。
盾を構えて応戦してみるが、如何せん攻撃力の差の前では成す術がない。《黒騎士》は喉元に噛み付かれてしまい、呆気なく四散する。《黒騎士》はブレイク状態であるため、残滓がオレに向けて放たれる。
「……ぐっ」
攻撃力の差は、5点だ。これでオレの残りのライフポイントは75点となった。
精神的にはまだまだ余裕があるが、フィールド上を眺めるに、悠長に構えることはできそうにない。全力を持って、奴を潰す必要があるだろう。
「さてさて、今の攻撃によって《カリスマゴブリン》はブレイク状態となりましたね……。私のフィールド上にはノンブレイク状態の《聡明なゴブリン》が残っていますが、彼は攻撃力がありませんし、元より攻撃するつもりもありません。壁として役立ってもらうつもりですから」
そう、それこそが最も厄介な戦法だ。
奴のフィールド上には、ノンブレイク状態の《聡明なゴブリン》が存在する。奴が《聡明なゴブリン》を操っている限り、オレはプレイヤーへの直接攻撃を行うことができない。だがしかし、《聡明なゴブリン》には破壊耐性が付いているので、戦闘では破壊することも不可能だ。
倒すには、ユニットカードが持つ効果を発動するか、はたまた魔法カードか罠カードを発動するしか方法はない。
「私はバトルフェイズを終了し、エンドフェイズへと移行、そのままターンエンドです」
どうぞ、と続けて口にして、ポートルッチはにんまりと笑った。
髭を生やしたおっさんの余裕ぶった笑顔を、どうにかして歪ませてやりたいものだが、しかしどうすれば実現できるだろうか。現状を打破するのは、中々に肩の凝る難問と言えるだろう。
《四ターン目(トキ)》
ポートルッチの二ターン目を終えて、戦況は一変した。
現在、奴の手札は二枚、ライフポイントは95点、マナカードは二枚、ユニットは《聡明なゴブリン》と《カリスマゴブリン》の二体となっている。《聡明なゴブリン》は攻撃力0だが、《カリスマゴブリン》は自身の効果によって攻撃力30に修正されている。
対するオレは、手札が五枚、ライフポイントは75点、マナカードは一枚、ユニットは攻撃力5の《屍拾い》が一体のみ。このターンで、しっかりと場を持ち直さなければならない。
「オレのターン、ドローッ」
山札からカードを一枚手札に加え、マナフェイズへと移行する。
オレのフィールド上に召喚されている《屍拾い》はノンブレイク状態のため、ブレイクフェイズを行う必要がない。従って、オレはブレイクフェイズをスキップし、マナフェイズに手札からカードを一枚選び出し、マナフィールド上へとセットした。
「回復したマナカードと合わせて、合計二点のコストを支払い、オレは《闇喰い》を召喚ッ」
《闇喰い 闇属性 アンデット族 ユニット C2
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力10 (Lv3)攻撃力10
(召喚)10点のライフポイントを支払う:相手のフィールド上に存在する攻撃力が一番低いユニットカード一体を選択する。そのユニットカードを破壊し、捨て札へと置く》
オレは、手札から起死回生となるユニットカードを召喚した。それは《闇喰い》だ。
「……ふむ、なるほどね。そう来ましたか」
嫌なユニットを召喚されたものだと肩を竦め、ポートルッチはフィールド上を確認する。
暗闇に埋もれた怪物の姿が、薄らと見え隠れしている。これが《闇喰い》の姿だ。
「《闇喰い》を召喚した時、オレは《闇喰い》の効果を発動する!」
今回、オレが召喚した《闇喰い》は、《黒騎士》や《屍拾い》と同じく、召喚すると同時に強制的に発動する効果を持っている。それにより、オレは10点のライフを支払う羽目になる。
「10点のライフを支払い、《聡明なゴブリン》を対象とさせてもらうぜ」
確かに、10点のライフを失うのは痛い。だがしかし、その代わりとして、相手のフィールド上に召喚されたユニットカードの中で、攻撃力が一番低いものを破壊することが可能だ。
「《闇喰い》の効果により、《聡明なゴブリン》を撃破ッ!!」
一瞬にして《聡明なゴブリン》を闇に包み込み、フィールド上から破壊してしまう。
たとえ《聡明なゴブリン》に破壊耐性が付いていようとも、それはユニットとの戦闘に限定される効果でしかない。《闇喰い》の効果には対処することができないってことだ。
「このまま、オレはバトルフェイズへと移行し、《屍拾い》と《闇喰い》でプレイヤーへ直接攻撃だっ」
相手のフィールド上には、ブレイク状態の《カリスマゴブリン》が存在する。《聡明なゴブリン》が破壊されたことによって、《カリスマゴブリン》の攻撃力は20に修正されるが、オレが操る二体のユニットでは太刀打ちできない。
それならば、今はとにかく少しでも多くのライフポイントを削っておいた方がいいだろう。
「《屍拾い》と《闇喰い》の攻撃によって、あんたに15点のダメージを与えるぜ」
バトルフェイズに突入し、《屍拾い》と《闇喰い》がポートルッチに攻撃を仕掛ける。
ユニットによる直接攻撃を受け、奴は苦痛に顔を歪めた。
「直接攻撃を選択しましたか……。それがキミのプレイスタイルというわけですね?」
ポートルッチは、15点のライフを失い、残りライフポイントは80点になった。
だが未だオレよりもライフポイントは高く、更には《カリスマゴブリン》がフィールド上を支配しつつある。現状を打破するには、やはり《カリスマゴブリン》を倒す必要があるだろう。
「オレはバトルフェイズを終了し、ターンエンドだ」
エンドフェイズを経て、オレは自分のターンを終了する。
これで、四ターン目が終わった。
《五ターン目(ポートルッチ)》
ポートルッチとの戦いも、中盤へと差し掛かる。奴の手札は二枚、ライフポイントは80点、マナカードは二枚、ユニットは攻撃力25の《カリスマゴブリン》が一体召喚されている。
オレは、手札が四枚、ライフポイントが65点、マナカードは二枚、ユニットは《屍拾い》と《闇喰い》の二体が召喚中だ。
「私のターン、ドロー。……では、ブレイクフェイズに《カリスマゴブリン》をノンブレイク状態へと変更しますね」
ブレイクフェイズへと移行し、ポートルッチは手早く行動を済ませていく。
「続いて、マナフェイズにカードをセット、そしてメインフェイズに移らせて頂きますよ」
マナフィールド上に、カードを一枚セットする。既に使用されたマナカードの回復も完了し、これで奴が使用可能なマナカードは三枚となった。
「私は、《炎を纏うゴブリン》を召喚します」
《炎を纏うゴブリン 火属性 ゴブリン族 ユニット C2
(Lv1)攻撃力20 (Lv2)攻撃力20 (Lv3)攻撃力25
(効果)貴方のフィールド上に存在するゴブリンと名の付くユニット一体を捨て札に置く:対象のゴブリンと名の付くユニット一体は、ターン終了時まで攻撃力+15の修正を受ける》
二点のコストを支払い、ポートルッチは新たなユニットカードを召喚した。
「攻撃力が高いんだよ、ったく……」
相手のフィールド上に召喚された《炎を纏うゴブリン》の姿を視認し、オレは愚痴を吐く。
その名の通り炎を身に纏ったゴブリンは、周囲に熱気を振り撒きながら叫び声を上げている。
「さて、《炎を纏うゴブリン》を召喚したことによって、《カリスマゴブリン》の攻撃力が30に修正されますね」
ポートルッチのフィールド上には、ゴブリンと名の付くユニットが二体存在しているので、《カリスマゴブリン》は攻撃力+20の修正を受ける。苦労して《聡明なゴブリン》を倒したというのに、またしても攻撃力が上昇してしまった。先に叩くべきは《聡明なゴブリン》ではなく、《カリスマゴブリン》の方だったのかもしれない。
「更に、私はまだ一点のマナを残しています。……では、これをコストとして使い、魔法カード《ゴブリンの槍》を発動しましょう」
《ゴブリンの槍 火属性 マジック C1
(装備)ゴブリンと名の付くユニット一体は、攻撃力+15の修正を受ける》
奴は手札から魔法カードを発動させる。流れを引き寄せ、一気に畳み掛けるつもりのようだ。
「私は、《ゴブリンの槍》を《カリスマゴブリン》に装備させます」
最後のマナカードをコストとして使用し、ポートルッチは《ゴブリンの槍》を《カリスマゴブリン》に装備してしまった。
《ゴブリンの槍》は、ゴブリンと名の付くユニット専用の装備魔法だ。
装備魔法とは、手札から発動した後も、フィールド上に残り続けるカードのことを言い表す。
「《ゴブリンの槍》の効果によって、《カリスマゴブリン》の攻撃力は+15の修正を受けますね」
「くっ、攻撃力45だと……ッ」
たった一枚の装備カードによって、もはや取り返しのつかないほどに強力なユニットへと変貌を遂げる。《カリスマゴブリン》に太刀打ちできる
「メインフェイズを終了し、バトルフェイズに移行――《カリスマゴブリン》で《闇喰い》に攻撃を仕掛けます。更に《炎を纏うゴブリン》で《屍拾い》に攻撃です」
二体のユニットを操り、ポートルッチは攻撃を宣言する。
攻撃力45の《カリスマゴブリン》が《ゴブリンの槍》を一突きにして、《闇喰い》の実体を呆気なく捉えてしまう。逃げ場を失った《闇喰い》は、抵抗する間もなく四散した。
続いて、《炎を纏うゴブリン》が炎の飛礫を《屍拾い》へと投げつける。対抗手段を持たない《屍拾い》は、《闇喰い》と同じように四散し、残滓をオレにぶつけてきた。
一つ目の戦闘で、オレは35点のダメージを受け、更に二つ目の戦闘によって、15点のライフを失った。これにより、オレの残りライフポイントは15点となり、正に崖っぷちに立たされてしまったようだ。
「これで、私のターンは終了です。……さあ、続ける気がありましたら、どうぞ?」
精神的な疲労は、既にピークを迎えている。
それでも、オレは絶対に諦めない。途中で投げ出すようなことはお断りだ。
何故ならば、オレは二次選考に進み、アリスと再会しなければならないからな。
「……バカ、続ける気なら当然持っているさ。……だってよ、まだゲームは終わっちゃいねえんだぜ? 最後の最後まで、勝ちを意識してはならないってことを、あんたに教えてやるよ」
《六ターン目(トキ)》
現在、場を支配しているのは明らかにポートルッチだ。奴に勝つには、起死回生の一手が必要となるだろう。
奴の手札はゼロ枚、ライフポイントは80点、マナカードが三枚、そして召喚中のユニットは《カリスマゴブリン》と《炎を纏うゴブリン》の二体だ。
《カリスマゴブリン》は《ゴブリンの槍》を装備しているので、攻撃力が45に上昇している。単純な戦闘において倒すのは、非常に困難であると言えるだろう。
オレは手札が四枚あり、手札におけるアドバンテージは圧倒的だが、悔しいことにライフポイントが15点しか残されていない。ついでに、フィールド上に召喚していたユニットは全て破壊されてしまったので、現在オレのフィールド上に存在するカードは、二枚のマナカードのみだ。ポートルッチの戦術に押されてしまい、このデッキの持ち味を活かすことができずにいたのが、現状へと繋がっているわけだ。
「オレのターン――ドローッ!!」
想いを込め、デッキからカードを引く。
こんなところで負けるわけにはいかないんだ。
「――ッ、オレはマナフェイズにカードを一枚セットし、メインフェイズへと移行するっ」
五枚となった手札から、マナカードを一枚増やす。これでオレのマナフィールド上にセットされたマナカードは三枚となった。
「メインフェイズに、オレは手札から魔法カード《黒魔術》を発動する!」
《黒魔術 闇属性 マジック C3
(効果)自分の捨て札から闇属性ユニットカード三体を選択し、ゲームから除外する:自分のデッキからコスト3以下の闇属性ユニットカード一体を選択し、特殊召喚する》
この戦況を乗り越え、そして逆転の目を掴むには、今しかない。
フィールド上を支配する奴のユニットを倒すために、オレは切り札を発動した。――否、正確には切り札ではなく、切り札を引き寄せるためのキーカードだ。
「《黒魔術》の効果により、オレは自分の捨て札から闇属性のユニットカードを三体選択し、それらを全てゲームから除外する」
《黒魔術》を発動するには、三点のコストを支払うと同時に、もう一つの条件をクリアしなければならない。それは、オレの捨て札に闇属性のユニットカードが三体存在する状況を作り上げることだ。
現在、オレの捨て札には《黒騎士》と《屍拾い》、そして《闇喰い》の三体が置かれている。
ポートルッチが操るユニットとの戦闘に負けてしまい、捨て札に置かれたユニットたちだ。
「オレは《黒騎士》、《屍拾い》、《闇喰い》を《黒魔術》の対象とし、ゲームから除外する!」
だが、それは結果的に《黒魔術》の発動を手助けする形となっていた。
オレは、三体のユニットをゲームから除外することで、《黒魔術》の効果を発動してみせる。
「《黒魔術》により、オレはデッキからコスト3以下の闇属性ユニットカードを一体選び出し、それをフィールド上に特殊召喚することができるっ」
「……キミは、何を召喚するつもりです」
奴が、笑顔を消し去った。
それもそのはず、オレが特殊召喚するユニットの有無によって、状況が一転するからだ。
デッキの中身すら知らずに戦い始めたが、オレはここにきてようやくデッキを確認することができた。ゆっくりと慎重に、そして確実に、起死回生の一手と成りうるユニットカードを探し出していく。
「……なあ、ポートルッチさんよ。あんたは場を支配したつもりになっているだろうけど、実のところ、そんなことはなかったんだ」
デッキを確認し、オレはポートルッチに話しかけた。奴は、取り返しのつかない失敗をしていることに気づいていない。
「あんたの手札が一枚もないってことは、言いかえれば手の内を全て晒したことになるわけだ」
カードを一枚選択し、オレはデッキを切り直す。
その後、オレはデッキから引き抜いたカードを見やり、笑みを浮かべる。
「何が言いたいのですか、トキハヤトキくん」
本当は、理解しているに違いない。
それでも奴はラヴィリンス選考会の選考委員だ。最後までオレと戦い切る必要がある。
「あんたは、フィールド上に存在するユニットカードを守るための手段を手札に持たない。その意味が……あんたなら分かるはずだ」
《黒魔術》により、オレはデッキからコスト3以下の闇属性ユニットカードを特殊召喚する権利を得た。そして、オレのデッキ内には奴を完璧に叩きのめすことが可能なユニットが一体だけ入っていた。それを今、奴にぶつけてやる。
「オレは《黒魔術》の効果によって、デッキから《逆さまの王》を特殊召喚する!!」
《逆さまの王 闇属性 神王族 ユニット C3
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力20 (Lv3)攻撃力30
(効果)このカードは通常召喚できない。
(特殊)手札を全てゲームから除外し、貴方は半分のライフポイント支払う:フィールド上に存在する、このカード以外の全てのカードを破壊し、ゲームから除外する。
(効果)ゲームから除外されているユニットカード一体に付き、攻撃力+10の修正を受ける》
起死回生の切り札として、オレがデッキから特殊召喚したユニットカード、それは《逆さまの王》だ。このユニットはメインフェイズとエンドフェイズに通常の召喚をすることができず、フィールド上に召喚するためには特殊召喚するしかない。だが、オレは《黒魔術》の効果を利用して、《逆さまの王》をフィールド上に特殊召喚することに成功した。
「聞こえるか、ポートルッチ? 《逆さまの王》の声が……」
「……王を、呼び寄せるとは……」
ゲートより姿を現し悪魔界の王は、アリスが発動した《磔(はりつけ)》の効果によってオレが逆向きになっていたように、上下逆さまの状態で実体化した。
「《逆さまの王》は、オレがお前から受け取ったデッキの中で唯一、《カリスマゴブリン》に対抗することができるユニットだ。……そして、オレはそれを今、フィールド上に特殊召喚した」
王が解き放つ旋律と戦慄が、フィールド上を覆い始める。
これが、終わりの始まりだ。
「オレは《逆さまの王》が特殊召喚された時、効果を発動するっ」
《逆さまの王》には、二つの能力が隠されている。
一つは、特殊召喚した際に強制的に発動される効果だ。
「《逆さまの王》の特殊召喚効果により、オレは自分の手札を全てゲームから除外し、半分のライフを失う。だが、《逆さまの王》はフィールド上に存在する全てのカードを闇へと葬ることができる」
一つ目の効果で、オレは手札に持っていた三枚のカードをゲームから除外した。これで、オレと奴の手札の枚数は並んだ。そして半分のライフポイントを失ったオレは、残りのライフポイントが8点になってしまった。
しかし、これこそが《逆さまの王》の力を最大限に発揮するための罠だ。
「ぬぅ、……《カリスマゴブリン》がやられましたか」
手札を全て失いはしたが、《逆さまの王》はフィールド上に存在している、《逆さまの王》以外の全てのカードを破壊し、ゲームから除外すること可能だ。奴がフィールド上に召喚していた《カリスマゴブリン》と《紅蓮を纏うゴブリン》、そして装備魔法の《ゴブリンの槍》を含めた三枚が、ゲームから除外されることとなった。
「まだ、オレのターンは終わっちゃいねえぜ? ――オレは《逆さまの王》の二つ目の効果により、《逆さまの王》の攻撃力を上昇させる!」
そう、ゲームはまだ終わっちゃいない。最後まで気を抜いてはダメなんだ。
たとえ勝ちが目の前に見えていたとしても、油断してはならない。それを奴に教えてやる。
オレは、《逆さまの王》の二つ目の効果を奴に示した。それは、《逆さまの王》の攻撃力を上昇させることが可能な一手だ。
「《逆さまの王》は、ゲームから除外されているユニットカード一体に付き、攻撃力が+10の修正を受ける! その意味が分かるか、ポートルッチ?」
奴がゲームから除外したユニットは、《カリスマゴブリン》と《紅蓮を纏うゴブリン》の二体だ。それに加え、オレは先ほど《黒魔術》を発動するための追加コストとして、捨て札から闇属性のユニットカードを三枚選択し、ゲームから除外している。
「攻撃力+50とは中々に手ごわいですね。手札が無い今、次のターンで逆転できるか否か……」
「何を勘違いしている、ポートルッチ? 《逆さまの王》は、このゲームを既に支配し終わっている。お前に次のターンは回ってこない」
言葉を制し、オレは自らが除外したカードを一枚ずつ捲っていく。
《黒騎士》、《屍拾い》、《闇喰い》、こいつらが《黒魔術》の効果によってゲームから除外されたのは、奴も重々承知の上だろう。だからこそ、《逆さまの王》の攻撃力が+50の修正を受け、攻撃力60に上昇したものと考えているわけだ。しかし、残念ながらそれは間違いだ。
「……なあ、さっき言ったよな? 《逆さまの王》の特殊召喚による効果を発動する際、手札を三枚ゲームから除外するってよ……」
「――ッ、まさかっ」
「その、まさかだ」
四枚目、そして五枚目のカードを捲る。
そこには、二枚のユニットカードが置かれていた。
「オレは《逆さまの王》の効果を発動するために、手札からユニットカードを除外した。通常であればデメリットにしかなりえない効果と言えるが、嬉しいことに《逆さまの王》に関してはそれがメリットへと変わる。……何故なら、《逆さまの王》はゲームから除外されているユニットカード一体に付き、攻撃力が+10の修正を受けるんだからな?」
《逆さまの王》以外の全てのカードをゲームから除外する代わりに、手札をゲームから除外しなければならない。だが、そのおかげで、《逆さまの王》は更なる進化を可能とする。
「あんたとオレがゲームから除外したユニットの総数は、合計七体。つまりは《逆さまの王》の攻撃力は+70の修正を受け、攻撃力80へと上昇する。……そして、この数値が意味するものは一つだけだ。ここまでくれば、誰だって答えを導き出すことは可能だよな?」
「私のライフポイントは、残り80点……」
それに加えて、奴の手札にはカードが一枚も存在しない。
現状を打破することは不可能ってことだ。
「あんたが言うように、中々に楽しい時間だったぜ。……じゃあな」
最後に、ポートルッチへ向けて別れの言葉を贈る。最後の最後まで楽しませてくれたお礼だ。
逆さまに浮いたまま、《逆さまの王》は攻撃の構えを取る。両手を翳し、人工的な闇を生み出したかと思えば、それを奴に向けて解き放つ。
「《逆さまの王》、ポートルッチに直接攻撃だ――ッ」
全てを無に帰すかの如く、奴の体を闇が蝕んでいく。対抗する術を持たないポートルッチにとって、これは逃げ場のない拷問だ。
自由を奪われ、苦痛に顔を歪め、自らのライフポイントがゼロになるのを黙って見ていることしかできない。だが、それが敗者としての最後の役目だ。敗者がいるから、勝者がいる。
TCGの世界では、当たり前のことなんだ。
「……この勝負、オレの勝ちだ」
《逆さまの王》の攻撃によって80点のダメージを受けたポートルッチは、残りのライフポイントがゼロになり、負けが確定した。つまりは、オレの勝ちで決着がついたということだ。
「……ッ、なんとまあ、見事な逆転劇でしょうね。……くっ」
精神的な疲労が蓄積し、ポートルッチはその場に倒れ込んでしまった。
慌てて駆け寄るが、無理して作った笑顔で「大丈夫ですよ」と呟き、ゆっくりと深呼吸をしてみせる。さすがにプロのラヴィリニストだけのことはある。精神面をとんでもなく鍛えているに違いない。
「あんた、すげえ強かったぜ。このデッキに《逆さまの王》が入ってなかったら……いや、それ以前に《黒魔術》を引くことができていなければ、オレはあんたに負けていた」
最後のターン、オレは《黒魔術》を引くことができた。
勿論、手札にあるだけでは意味がない。発動するために必要な追加コストを支払えるようにしなければならない。全ての面において、オレは運が良かったと言わざるを得ないだろう。
「運も実力のうちですか? ……いいえ、少なくともキミは《トキの迷宮》における実力を示してくれましたよ。まさかアビリティーを一度も使わずにゲームを終えるとはね」
「アビリティー? ……なんだそりゃ」
ここにきて、またもや知らない言葉が出てきた。
正確に言えば、アリスと出会った直後にアビリティーという単語を耳にしたような気がするが、全く気にもせず今に至っていた。
「ほう、アビリティーを知らないのですか、キミは? ……くくっ、なるほどなるほど、だから先の対戦で一度もアビリティーを発動しなかったのですね」
「だからなんだってんだよ、そのアビリティーってのはよ」
これです、と言い、ポートルッチはリストを開いてみせる。
「通常、ラヴィリンス形式での対戦では、リストを開くことはありません。デッキを扱い、相手プレイヤーと一対一で戦うのですから当然ですよね? ですが、一つだけ例外があるのですよ。それこそが、アビリティーなのです」
奴のリストの一ページ目に、アビリティーという項目が出現している。オレが今までにリストを開いた時には一度もお目に掛かれたことがないのに、奴のリストには目立つ位置にアビリティーの項目が載せられているじゃないか。これは一体どうなってんだ。
「アビリティーは、ラヴィリンス形式での戦いを行っている時に現れる隠しコマンドのようなものです。気付かないのも無理はありません。デッキを扱っている時にリストを確認してみるといいでしょう。そうすればキミのアビリティーが分かりますよ」
自分が持つアビリティーを調べるには、デックオンした状態のまま、更にリストを開かなければならないのか。ラヴィリンスリングの二つの効果を同時に発動すればいいわけだ。
「リストオン。……で、……え?」
ない。アビリティーの項目が、何処にも見当たらない。
オレのリストがおかしいのか、それともポートルッチにからかわれているだけなのか。
「……おかしいですね。何故アビリティーが出てこないのでしょう……」
「あんたのは……出てるよな」
再度、ポートルッチのリストを確認する。一ページ目にアビリティーの項目が出現していた。
「アビリティーというものは、誰にでも必ず備わっているはずなのですが……どうやらキミには備わっていないみたいですね、ははっ」
「ははっ、じゃねえ! プロのラヴィリニストなんだからどうにかしてくれよっ」
このままでは、オレ以外の全てのプレイヤーがオレとの戦いに限定し、初めっからアドバンテージを得た状況を作り出してしまう。
たとえ腕に自信があろうとも、此処ではハンデを背負ったまま生きていけるほど甘くはない。
「まあ、何かの拍子に直ることもありますよ。それまでの辛抱ですね」
その時が訪れるまでに、いったいどれほどの時間を費やせばいいのか教えて頂きたいものだ。
深い溜息を吐き、肩を落とした。
「因みに、アビリティーのことを知らないみたいなので一応説明をしておきましょうかね」
「……アビリティーを持ってない奴に説明するつもりかよ、ったく」
オレの愚痴を聞き、ポートルッチは肩を竦めてみせる。その仕草は、今のオレにとっては苛々を加速させるだけのものでしかない。選考会の選考委員でなければ今すぐ《重力(グラビティー)》でも発動したいものだ。
「アビリティーというものは、先ほど説明したように、全てのラヴィリニストに初めから扱うことのできる能力のことを言います」
リストに表示されたアビリティーの項目に、目を通していく。
そこには、ユニットカードや魔法カード、罠カードと同じような効果が記載されている。
「これは、発動条件を満たしていれば、何度でも発動することが可能です。如何に上手くアビリティーを使いこなすかが勝利の鍵と言えるでしょうね」
「……あんたは使わなかったじゃねえか」
オレとの対戦において、ポートルッチはアビリティーを一度も使わなかった。オレのようにアビリティーを発動できなかったわけではあるまい。使えるのに使わなかったんだ。
「対戦する前に言いましたよね、此処では本気を出すことはありませんと」
そういうことか。最高の逆転劇をみせつけてやったと思っていたが、実のところは奴の手のひらの上で踊らされていたってわけだ。
「……しかしまあ、互いにアビリティーを使わなかったのですから、そう言った意味では、全力を出して戦うことができたのかもしれませんね」
フォローのつもりか知らないが、とりあえずは有り難く受け取っておいてやるか。
「さて、トキハヤトキくん、キミは私との戦いに勝利し、一次選考を通過しました。これより先は、二次選考へと移らせて頂きます」
「二次選考か……」
ポートルッチに勝ち、無事に一次選考を突破することができて一安心だ。
だが、アリスはどうなんだろうか。オレと同じように二次選考に進めればいいんだが。
「こちらのゲートから、中へお入りください」
言われて、オレはそれを目にする。
室内の端に、ユニットカードを召喚する時とは異なる形のゲートが出現していた。
「これは、瞬間移動を可能とするゲートです。これをくぐれば、二次選考会場へとキミを連れていってくれますよ」
恐らくは、魔法カードの効果によってゲートを作り出しているんだろう。カードを自在に操ることができるというのは、正直便利すぎて怖いぐらいだ。
「それでは、トキハヤトキくん。次はプロの舞台でお会い致しましょう」
対戦する前と同じく、ポートルッチは手を差し出す。
その手を、オレはしっかりと握る。
「ああ、おっさんも頑張れよ。この後もまだ選考を続けるんだろ?」
その通りです、とふざけた様子で溜息を吐き、けれども笑みを浮かべる。
この人は、根っからのラヴィリニストのようだ。どれほど精神的な疲労が蓄積していこうとも、戦うことを止めようとしない。それがただ好きだから、当然といえばそれまでなんだがな。
最後に、オレは片手を上げる。
ポートルッチに見送られたまま、ゆっくりとゲートをくぐった。
光に包まれた空間に、聞き覚えのある声が響いた。瞼の裏が慣れていき、ゆっくりと目を開けてみれば、目の前に髭を生やしたおっさんが佇んでいた。
「……確か、ポートルッチ・エンゼルマンだったかな?」
「レンゼルマンですよ、トキハヤトキくん」
オレの名を呼んで、ポートルッチは手を差し出してくる。
「勝負の前に、握手を交わす。それがプロとしての礼儀というものです」
ポートルッチは、ラヴィリンス選考会の選考委員であると同時に、プロのラヴィリニストだ。
今年のラヴィリンス選考会にエントリーした、千二百二名のラヴィリニストたちの先輩ってわけだ。オレや、アリスが目標とする形が、このおっさんということになる。見かけは他のプレイヤーたちと何ら変わらないが、やはりプレイングスキルはプロになるだけの腕を持っているに違いない。戦うからには、本気でいかせてもらうつもりだ。
「おっさん、強いの?」
手を握り、しっかりと握手を交わす。
疑問を口にすると、ポートルッチは満面の笑みを浮かべた。
「此処では本気を出すことを許されていませんので、キミのご期待に添えることは残念ながらできません。何故ならば、プロの私が本気を出してしまえば、誰一人合格者が出ませんからね」
随分と自信に満ち溢れたおっさんだ。
但し、それがむしろ心地いいし、清々しくもある。自分が、誰よりも強いと疑うことのないプレイヤーを倒すのは、最高に気持ちいいからな。
「私の本気を見たいのであれば、プロの舞台に立ってくださいね」
「安心してくれ、すぐにでも立てるようになってやるからよ」
手加減するつもりでも、いつの間にか本気を出したくなるようにしてみせる。
オレが本気を出せば、相手は全力で向かい打たなければあっという間に負けを見るからな。
「それは楽しみです。……では、そろそろ始めましょうか」
繋がれていた手を離し、互いに距離を取る。
それから、ポートルッチはラヴィリンスリングを放り投げてきた。
「貴方の実力を測るため、此処では、こちらが指定するデッキを使用して頂きます」
「デッキの指定だと? オレのデッキは使えないのか」
その通りです、と返事をする。
互いに、均等な力を持つデッキを扱うことで、元々のデッキによる差を無くすのが目的か。
「私が扱うのは、火属性のデッキ、そしてトキハヤトキくんが扱うのは、闇属性のデッキとなります。これらのデッキはショップに販売中のスターターデッキとなりますので、中身は大したことはありません。真に貴方の腕を確かめるには丁度いい内容ですがね」
下手な芝居をしやがるおっさんだ。
オレを含め、選考会にエントリーしている全てのプレイヤーは、例外なく自分のデッキを扱うことができると思っている。それが今此処で一度も扱ったことのないデッキを渡されてしまい、挙句にはそれを使って対戦をしなければならないだなんて、少しばかし強引だ。
互いに似た内容のデッキを扱うことで、フェアな対戦であることを意識させようと企んでいるみたいだが、事実は異なる。選考委員のおっさんは、予め用意されたデッキの中身を知り、どのようにデッキを回していけば勝ちに繋がるのかを理解している。
つまりこれは、アンフェアな戦いだ。
「……ふざけやがって」
だが、それを承知でオレたちは挑戦をしなければならない。
勝てば、二次選考へ進める。そして負ければ、落選するだけだ。
「デックオン。――では、トキハヤトキくん、先攻は頂きますよ?」
リストを開かず、デッキを出現させる。
これがロワイヤル形式ではなく、ラヴィリンス形式での戦い方だ。
地球では馴染み深い一対一での対決も、此処では初めてだ。それもただのカードバトルではない。互いのプレイヤーが扱うカードが実体化し、リアリティを前面に押し出してくる。
精神面で不安のあるプレイヤーは、一ターン持たずに気絶してしまうことだろう。
「勝手にしろ、すぐに終わらせてやるぜ」
飄々と言葉を返し、オレはデックオンと口にする。
幾度となく調整を繰り返し、世界の頂点を極めたデッキから、七枚のカードを引くことを禁じられた戦いが今始まった。しかしながら、プレイングスキルだけは自前だ。運の要素も多少は含まれるだろうが、それすらも自在に操ってみせる。
そして、ポートルッチ=レンゼルマンとの対戦が始まった。
《一ターン目(ポートルッチ)》
ラヴィリンス形式は、一対一での対戦方式だ。互いのプレイヤーは、五十枚からなる山札をデッキとして用意し、100点のライフポイントを得た状態からゲームをスタートする。
勝敗を決するには、二つの方法が存在する。
一つは、相手のライフポイントを削り、0点にすること。自分のライフポイントを残したまま、相手のライフポイントを削り切ることができれば、その時点でゲームの勝者となる。
そしてもう一つは、山札からカードを引くことができなくなる状況を作り出すことだ。
ドローフェイズに山札からカードを引くことができなかったプレイヤーは、無条件に敗北となってしまうので、各プレイヤーはライフポイントだけでなく、山札の枚数にも細心の注意を払う必要がある。また、同名カードはデッキ内に三枚までしか投入することができないので、デッキを構築する際に色々と頭を悩ませることになるだろう。
「まずは私のターン、ドローフェイズとブレイクフェイズを共にスキップし、マナフェイズへと移行します」
《トキの迷宮》における一連の流れには、様々なフェイズが存在している。
先ずは、ドローフェイズだ。
ドローフェイズでは、プレイヤーは自分の山札からカードを一枚引かなければならない。これは強制行為なので、拒否することは不可能だ。
しかし先攻の一ターン目に限り、ドローフェイズをスキップすることになる。これは後攻のプレイヤーが不利にならないようにするためだ。
ドローフェイズが終わり、次にブレイクフェイズを迎える。
ブレイクフェイズでは、ブレイク中のユニットカードを、ノンブレイク状態にすることが可能となっている。ノンブレイクというのは、フィールド上に召喚されている未行動のユニットカードの状態を表し、縦向きで扱う。逆に、行動済みのユニットカードはブレイク状態といい、横向きで表示されることになる。通常、ユニットカードは攻撃を宣言したり、自身が持つ効果を発動することで、行動を完了したことになるので、その時点で縦向きから横向きになり、ノンブレイク状態からブレイク状態へと変化する。
だが、ゲームはまだ始まったばかりだ。一ターン目ということもあって、ポートルッチが支配するフィールド上には、ユニットカードが一体も召喚されていない。
従って、ポートルッチはドローフェイズに続いてブレイクフェイズもスキップする。
「マナフェイズに、私は手札からカードを一枚選択し、マナフィールド上にセットします」
三つ目のフェイズが、マナフェイズだ。先攻を得たプレイヤーの一ターン目は、実際にはマナフェイズからスタートとなる。
「これで私のマナフィールドに、マナが一つ増えました」
マナフェイズでは、二種類の行為をしなければならない。
一つは、ポートルッチがしてみせたように、自分の手札からカードを一枚選び出し、それをマナフィールド上に裏向きでセットする行為だ。これにより、そのプレイヤーはマナを一つ得たことになり、ユニットカードや魔法カード、そして罠カードを発動する際に必要となるコストを支払うことが可能となる。
カードのコストとしてマナカードを使用する際、セットされた状態からリバースし、表向きにしなければならない。マナフィールド上に表向きで置かれたカードは、既にマナを使用したカードとなるので、そのターンの間は再利用することができなくなる。
二つ目は、カードのコストとして使用したマナカードを回復させる行為だ。
既に使用されたマナカードは表向きとなっているが、マナフィールド上に置かれている全てのマナカードを全て裏向きでセットし直すことができる。これにより、新たなターンを迎える度に、そのプレイヤーはマナをコストとして使用することが可能となる。
ポートルッチは、マナフェイズにカードを一枚選択し、それをマナフィールドにセットした。
「マナフェイズを終え、メインフェイズへと移行しますね」
フェイズの移行を宣言し、オレはそれを了承する。
四つ目のフェイズとなるメインフェイズでは、様々な行動を取ることが可能となる。
一つ目に、ユニットカードの召喚だ。マナフィールド上に存在するマナカードをリバースし、コストを支払うことで、マナカードと同じ属性を持つユニットカードを召喚することができる。
次に、ユニットカードのレベルアップだ。フィールド上に存在するユニットカードは、手札から同名カードを重ねていくことによって、レベルを上げることが可能となる。一つのデッキ内に同名カードは三枚まで投入することができるので、各ユニットカードは最大でレベル3までレベルアップができることになる。
三つ目に、効果の発動が挙げられる。これはフィールド上に召喚されているユニットカードの中で、メインフェイズ中に発動可能な効果を持つユニットカードに限定される行為だ。
そして最後に、魔法カードと罠カードの発動だ。ユニットカードを召喚する時と同じように、コストを支払うことによって、マナカードと同じ属性のカードを発動することができるわけだが、魔法カードは自分と相手のターンに、そして罠カードは相手のターンのみ発動可能となる。
「コストを一点支払い、手札から《初心者ゴブリン》を召喚ですよ」
《初心者ゴブリン 火属性 ゴブリン族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力15 (Lv3)攻撃力20
(召喚)このカードをブレイクする》
メインフェイズに、先ずはユニットカードを召喚した。
ポートルッチが召喚したのは、《初心者ゴブリン》だ。特にこれといった効果を持たないユニットカードだ。その名の通り初心者には扱いやすいカード、とは言えない。
「……おおぉ、すげえ」
つい、感嘆の声を上げてしまう。
ポートルッチが手札からユニットカードを召喚すると同時に、それが目の前に実体を成して現れた。これが、この世界における《トキの迷宮》の醍醐味だ。ロワイヤル形式同様に、一対一のラヴィリンス形式においても、ユニットカードは実体化する。迫力のある戦闘シーンを、間近で見ることが可能ってわけだ。
「《初心者ゴブリン》がそんなに凄いですか? なんとも珍しい思考をお持ちのようですね」
くくっ、と喉を鳴らし、ポートルッチは髭を撫でる。
「おう、めちゃくちゃすげえし、もの凄く感動してるぜ」
オレがこの世界の住人ではないことを知っているのは、アリスだけだ。他の奴らからしてみれば至って普通のことでも、オレにとっては驚愕に値するってわけだ。
「ふむ、キミのように面白い反応をしてくれると、私も戦い甲斐があります」
今現在、《初心者ゴブリン》のレベルは1なので、攻撃力は10となる。この状態から更に、ポートルッチが手札から《初心者ゴブリン》を出してフィールド上の《初心者ゴブリン》に重ねると、レベルが2に上がることになる。
「《初心者ゴブリン》の効果を発動しますよ」
ポートルッチは、効果の発動を宣言する。
《初心者ゴブリン》は、フィールド上に召喚されると同時に、強制的に発動する効果が備わっている。その効果によって、《初心者ゴブリン》は自動的にブレイク状態へと変更する。
「やはり先攻の一ターン目には行動規制が多いですね。私は、メインフェイズを終了します」
ユニットを召喚し終え、マナフィールド上に置かれたマナは使い果たしてしまったので、このターンのメインフェイズ中に発動可能なカードは無くなった。
ポートルッチはメインフェイズの終了を宣言し、次のフェイズへと移行する。メインフェイズの次に迎えるのが、バトルフェイズだ。
バトルフェイズでは、メインフェイズと同じように多様な行動を起こすことが可能となる。
先ずは、フィールド上に召喚されているノンブレイク中のユニットカードを選択し、そのユニットカードで攻撃を宣言する。
相手のフィールド上にノンブレイク中のユニットカードが召喚されている場合、それらのユニットカードの中から攻撃対象を指定しなければならない。攻撃の対象にされたユニットカードは、攻撃を宣言したユニットカードとの戦闘に突入する。
互いのユニットカードの攻撃力を比べ、数値の低いユニットカードを捨て札に置き、数値の差分をプレイヤーへのダメージとして与えることができる。たとえば、攻撃力20のユニットが攻撃力10のユニットに攻撃した場合、攻撃力10のユニットは戦闘に負けて捨て札へと置かれ、更に攻撃力10のユニットを操るプレイヤーに10点のダメージを与える。但し、それはブレイク状態のユニットとの戦闘に限られ、ノンブレイク状態のユニットとの戦闘においては数値の差分をダメージとして与えることはできない。
また、相手フィールド上にノンブレイク状態のユニットカードが存在しない場合、相手プレイヤーへの直接攻撃が可能となるが、相手プレイヤーへの直接攻撃を行わずに、ブレイク中のユニットカードを攻撃対象として指定することも可能だ。その場合も、先ほどと同じように互いの数値を比べ合い、戦闘を行うことになる。
相手プレイヤーへの直接攻撃を行う際は、攻撃宣言を行ったユニットカード一体の攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与えることになる。
そして、攻撃を終えたユニットカードは、未行動から行動済みとなり、ノンブレイクからブレイク状態へと変更しなければならない。
これがバトルフェイズの一連の流れだが、この中でもメインフェイズ同様に、魔法カードや罠カードを手札から発動することが可能となっている。つまりは、バトルフェイズに突入した後も、相手プレイヤーが罠カードを発動するか否か注意しながら行動を取る必要があるわけだ。
「《初心者ゴブリン》には、召喚と同時にブレイクするデメリット効果が備わっていますが、先攻の一ターン目はバトルフェイズを行うことができませんから、何ら問題ありませんね。エンドフェイズにも特にすることはありませんので、これで私のターンは終了です」
ポートルッチは、メインフェイズからバトルフェイズへと移行し、そのままエンドフェイズへとスキップする。先攻の一ターン目は、ドローフェイズでカードを引くことができないように、バトルフェイズを行うことができない。それにより、ポートルッチは自動的にバトルフェイズをスキップした。
最後に行うのが、エンドフェイズだ。
エンドフェイズでは、互いのフィールド上や捨て札に存在するカードの中にコスト判定を行わなければならないものがある場合、それを実行に移す必要がある。コスト判定では、エンドフェイズに何らかの行動を取るカードの処理をすることになる。また、それに加えて、メインフェイズ中に行わなかった動きを起こすことが可能だ。
たとえば、メインフェイズにユニットカードの召喚をしていない場合、エンドフェイズに召喚することができる。当然のことながら、マナが無ければ召喚することはできないが、時間差で行動することで、相手の目を欺くことも不可能ではなくなる。但し、ユニットカードに限り、一ターンに付き一体しか召喚することはできないので、注意が必要だ。
それが全て完了すると、エンドフェイズが終了し、相手のターンへと移行する。つまりは、ポートルッチの一ターン目は終わりを迎えたということだ。
一ターン目が終了した時点で、現在ポートルッチのフィールド上に存在するカードは二枚。
ユニットゾーンに《初心者ゴブリン》一体、そしてマナゾーンにマナカードが一枚だ。
ライフポイントは100点のまま、手札は五枚に減っている。
《二ターン目(トキ)》
「オレのターン、先ずは山札からカードを一枚ドローする」
ポートルッチのターンが終わり、オレのターンが回ってきた。
後攻の一ターン目は、全てのフェイズを行うことができるので、オレはドローフェイズに山札の上からカードを一枚引いて、それを手札に加えた。これでオレの手札は合計八枚となる。
「マナフェイズに手札から一枚カードを選択し、マナフィールド上にセット、そして一点のコストを支払う。――オレは《黒騎士》を召喚ッ」
《黒騎士 闇属性 戦士族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力15 (Lv2)攻撃力20 (Lv3)攻撃力25
(召喚)10点のライフポイントを支払う:貴方のマナフィールド上に存在する表向きのマナカード一枚を選択し、それを裏向きにセットする。表向きのマナカードが存在しない場合、この効果は無効となる》
マナフェイズからメインフェイズまで行動を起こし、オレは手札からユニットを召喚した。
オレが召喚したユニットは、《黒騎士》と言う名のカードだ。黒に染まった剣と盾を装備し、真っ黒な馬に跨る騎士が姿を現した。馬が鳴き、騎士がポーズを取ってみせる。
「ッ、かっこいいじゃねえか……」
つい、声が出てしまう。
ユニットカードが実体化するこの世界では、気付いた時にはかっこいいカードか可愛いカードばかりデッキに入れてしまいそうだ。まあ、それで強ければ何の問題もないわけだが、果たしてそう簡単に作れるだろうかね。これは後々、専用のデッキを作る必要がありそうだ。
「オレは《黒騎士》の効果を発動し、10点のライフを失う。その代わり、こいつを召喚するために使用したマナカードを再利用させてもらうぜ」
ユニットカードのテキスト欄に(召喚)の文字があれば、そのユニットカードはフィールド上に召喚された瞬間、強制的に効果を発動しなければならない。これにより、オレは《黒騎士》の効果によって10点のライフポイントを支払うことになった。
だが、その代わりに得たものは大きい。
「効果により一点のマナが回復する。そして、オレは更に手札からユニットカードを召喚する」
マナフェイズを経由することなく、表向きのマナを裏向きへと変更することに成功し、今度はそのマナカードを使って、新たなユニットカードの召喚を試みる。
「……だが、それはまだ先のことだ。一先ず、オレはメインフェイズを終了し、バトルフェイズへと移行する」
《黒騎士》に続くユニットカードをフィールド上に召喚することなく、オレはメインフェイズを終了した。これにはちょっとしたカラクリが存在する。それは、オレが今手札に持つユニットカードの特性を活かしたものだ。
「バトルフェイズに、オレは《黒騎士》で攻撃を宣言する。攻撃の対象となるユニットは勿論、《初心者ゴブリン》だっ」
現在、フィールド上に召喚中のユニットカードは二体だ。
一体は、オレが召喚した《黒騎士》、そしてもう一体は、奴が操る《初心者ゴブリン》だ。
《初心者ゴブリン》はブレイク中なので、《黒騎士》は相手プレイヤーに直接攻撃を行うことが可能となる。だがしかし、先ずは奴のユニットを破壊することを優先しよう。後々、《初心者ゴブリン》が壁となって立ちはだかるのは面倒だからな。
それ故、オレは《黒騎士》で《初心者ゴブリン》への攻撃を宣言し、戦闘を仕掛けた。
互いのユニットが向かい合い、命を懸けて交錯する《黒騎士》の攻撃力は15で、《初心者ゴブリン》の攻撃力は10だ。ほんの僅かではあるが、《黒騎士》の攻撃力の方が勝っている。
数値に従うかの如く、《黒騎士》が《初心者ゴブリン》の胴体を捉え、串刺しにしてしまう。
「おお……消えた……」
《黒騎士》の攻撃を受けた《初心者ゴブリン》は、耐えることができずに四散する。
ポートルッチのフィールド上に存在するユニットは、これで一体もいなくなった。
「私が操る《初心者ゴブリン》が破壊され、捨て札へと置かれます。更に、《初心者ゴブリン》はブレイク状態ですので、互いのユニットの攻撃力の差分が私へのダメージとなる――ッ」
言い終わると同時に、《初心者ゴブリン》の残滓が意思を持ってポートルッチの許へ舞い戻り、胸に突き刺さる。
「ぐっ、……5点のダメージを受け、これで私の残りライフは95点となります」
顔を歪め、けれども笑みを絶やさないポートルッチは、次の行動を促してくる。
「……ちぃ、そうだったな。ロワイヤル形式だけでなく、ラヴィリンス形式においても、精神的なダメージが蓄積するんだっけかな」
ポートルッチが苦しそうな表情をみせたのは、これがただのカードバトルではないからだ。
オレたちが操るカードの一枚一枚に意思があり、そしてそれがプレイヤーへの攻撃を可能とする。ポートルッチとの対戦が終わる頃には、互いに精神的疲労がとんでもないことになっているはずだ。
「《初心者ゴブリン》を撃破することに成功し、《黒騎士》は自らの行動を終えた。ノンブレイクからブレイク状態へと変更する」
行動を終えたユニットは、未行動の状態から行動済みの状態へと変更しなければならない。
これにより、攻撃を終えた《黒騎士》は、次のターンのブレイクフェイズになるまで、ブレイク状態のままだ。現在、オレのフィールド上には《黒騎士》一体のみ召喚されているので、このままでは次の相手のターンに直接攻撃を受けることになるが、勿論そんなことはさせない。
「オレはバトルフェイズを終了し、エンドフェイズに移行する」
バトルフェイズに発動可能なカードは手持ちにないので、オレはエンドフェイズへと突入する。ここにきて《黒騎士》の効果がようやく役に立つ時がきた。
「エンドフェイズに、オレは手札から《屍拾い》を召喚だっ」
《屍拾い 闇属性 アンデット族 ユニット C1
(Lv1)攻撃力5 (Lv2)攻撃力10 (Lv3)攻撃力15
(召喚)10点のライフポイントを支払う:対象のユニットカード一体は、攻撃力+10の修正を受ける。また、対象となるユニットカードがノンブレイク状態の場合、ブレイク状態へと変更しなければならない》
マナフィールド上には、一点のマナが残されている。それを利用して、オレはエンドフェイズに手札から《屍拾い》を召喚した。
《黒騎士》の横に並んで、何者かの腕を口に加えたユニットが姿を現す。薄汚れたローブに身を包み、不気味さを演出していた。これが《屍拾い》だ。
「ほう、プレイングスキルはそれなりのようですね」
感心したような素振りをしてみせるのは、ポートルッチだ。随分と余裕ぶっているが、場を支配しつつあるのは、明らかにオレだ。
「《屍拾い》が召喚した時、オレは効果により10点のライフポイントを失う」
《屍拾い》には、《黒騎士》と同じく、召喚した時に強制的に発動される効果が備わっている。
それはプレイヤーであるオレが10点のライフを支払う代わりに、対象となるユニットカード一体をパワーアップさせるというものだ。
「オレは《屍拾い》の効果に《黒騎士》を対象とし、《黒騎士》の攻撃力を上昇させる!」
効果の対象を宣言すると、《屍拾い》が咥えていた腕を食い千切り、呪術のようなものを呟き始める。すると、《黒騎士》の全身に力が漲っていく。
「《黒騎士》は攻撃力+10の修正を受け、攻撃力25に変化したぜ。そして、《屍拾い》の更なる効果によって、ブレイク状態へと変更しなければならないわけだが……、幸いなことに《黒騎士》は既に行動を終えている。つまりデメリットは回避できたってわけだ」
これが、オレの狙いだ。
《屍拾い》の効果は決して万能とは言えない。オレは10点のライフを強制的に支払わなければならないし、ユニットカードをパワーアップしたとしても、効果の後半によってブレイク状態へと変更しなければならない。
だが、オレはそれを見越して、メインフェイズ中に《屍拾い》を召喚するのではなく、エンドフェイズまで我慢しておいた。何故ならば、バトルフェイズの前に《屍拾い》を召喚してしまえば、《黒騎士》か《屍拾い》はパワーアップすることが可能だが、その代わりにブレイクしてしまう。それを避けるために、先ずは《黒騎士》で攻撃を終え、エンドフェイズに移行して改めて、《屍拾い》の召喚を試みる。こうすることによって、オレに対するデメリットを最小限に抑えたわけだ。
「《屍拾い》の効果を発動して、オレはターン終了だ」
二体目のユニットを召喚し、無事に効果を発動し終えたのを確認する。そこまでしてようやく、オレは自分のターンを終了した。
これで二ターン目が終わり、ポートルッチのターンへと移行する
《三ターン目(ポートルッチ)》
戦況は、未だ大きな動きを見せない。それでもほんの僅かにオレがリードをしている。
互いのターンを終え、ポートルッチの手札は五枚、ライフポイントが95点、マナカードが一枚、ユニットは存在しない。
一方、オレの手札は五枚、ライフポイントは80点、マナカードが一枚、そしてユニットが《黒騎士》と《屍拾い》の二体だ。《黒騎士》は《屍拾い》の効果によって、攻撃力25に修正されているので、そう簡単には破壊されないだろう。
「私のターン、ドローフェイズにカードを一枚引いて、ブレイクフェイズをスキップし、マナフェイズへと移行しましょう」
ドローフェイズを終えた後、ポートルッチはブレイクフェイズをスキップした。
現在、奴のフィールド上に召喚されているユニットカードは存在しないので、ブレイクフェイズを行うことができないからだ。
「マナフェイズに、私はマナの回復を行います。次いで、手札からカードを一枚、マナフィールド上にセットしますね」
一ターン目に《初心者ゴブリン》を召喚する際に使用し、表向きとなった火属性のマナカードを、裏向きにセットし直す。更に、手札から二枚目となるマナカードをセットした。
これで、ポートルッチのマナフィールド上に存在するマナカードは、二枚だ。
「では、メインフェイズに移行し、私は《聡明なゴブリン》を召喚ですよ」
《聡明なゴブリン 火属性 ゴブリン族 ユニット C2
(Lv1)攻撃力0 (Lv2)攻撃力5 (Lv3)攻撃力10
(効果)このカードは戦闘では破壊されない。
(効果)手札を二枚捨て札に置く:一ターンに一度、貴方の捨て札に置かれているゴブリンと名の付くユニットカード一体を選択し、フィールド上に特殊召喚することができる》
メインフェイズに移行し、ポートルッチは《初心者ゴブリン》に代わる新たなユニットカードとして、二点のコストを支払い、《聡明なゴブリン》を召喚した。
四角い帽子と丸い眼鏡、そして分厚い辞書を片手に座り込むゴブリンが出現する。
「《聡明なゴブリン》か、……厄介なカードだ」
奴が召喚したユニットが実体化した姿形を見やり、オレは眉を潜める。
地球では、《聡明なゴブリン》を主軸としたデッキが、大小様々な大会における勢力範囲を拡大し、席巻していたことがあった。《聡明なゴブリン》の効果によるデッキの爆発力は物凄く、大会に出場したプレイヤーの九割以上が《聡明なゴブリン》軸のデッキを扱っていたこともある。要注意すべきユニットカードと言えるだろう。
「《聡明なゴブリン》には、二つの効果が存在します。一つは、破壊耐性ですね」
ポートルッチは、自らが召喚したユニットの効果を説明していく。
《聡明なゴブリン》には、破壊に対する耐性が備わっていた。それはユニットカードとの戦闘において、破壊されないというものだ。
この効果により、《聡明なゴブリン》は長らくフィールド上に居座り続けることが可能となり、更に二つ目の効果との相性も抜群となる。
「そして二つ目が、特殊召喚を可能とする効果です。この意味が、キミには分かりますか?」
「……発動するなら、とっととしやがれ」
言い捨て、オレは次なる行動を促す。
「それではお言葉に甘えまして……、私は《聡明なゴブリン》の効果を発動し、手札からカードを二枚選択し、それを捨て札へと置きます」
言うや否や、ポートルッチは《聡明なゴブリン》の第二の効果を発動する。
「そして、捨て札から《カリスマゴブリン》を特殊召喚しましょう」
《カリスマゴブリン 火属性 ゴブリン族 ユニット C3
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力25 (Lv3)攻撃力25
(効果)貴方のフィールド上に存在するゴブリンと名の付くユニット一体に付き、このカードは攻撃力+10の修正を受ける》
第二の効果によって、ポートルッチは手札を二枚捨て札へと置いた。これにより、奴の残りの手札は二枚となった。しかし、その代わりに得たものは大きい。
《聡明のゴブリン》は、手札を二枚捨てることで、自分の捨て札からゴブリンと名の付いたユニットカードを一枚選択し、フィールド上に特殊召喚することが可能だ。
ポートルッチは、《聡明のゴブリン》の効果を利用して、手札から《カリスマゴブリン》を捨て札へと置いた。そして、そのままフィールド上への特殊召喚に成功しやがった。
「このユニットは中々に強敵となりますよ。キミには倒すことができますかね」
ゴブリンの中でもトップクラスのカリスマ性を持つと言われる《カリスマゴブリン》が、奴のフィールド上に姿を見せる。《聡明なゴブリン》と並んで、随分と頭の良さそうなゴブリンが揃ったものだ。
「では、バトルフェイズへと移りましょうか」
ニヤリと口の端を上げ、ポートルッチはメインフェイズを終了する。
ある意味で、ここからが本番だ。
「私は、《カリスマゴブリン》で《黒騎士》に攻撃を仕掛けます」
現在、オレのフィールド上には二体のユニットカードが存在する。《黒騎士》はブレイク中で、《屍拾い》はノンブレイク中だ。オレに直接攻撃を仕掛けるには、ノンブレイク中の《屍拾い》を倒せば可能となるが、勿論そんなバカなことはしない。このターン、《黒騎士》に攻撃をせずに直接攻撃を優先してしまえば、次のターンにノンブレイクした《黒騎士》の逆襲に遭う可能性が高くなるからな。
「《カリスマゴブリン》は、自身が持つ効果によって、攻撃力+20の修正を受けますよ」
「攻撃力30か、……ちっ」
《カリスマゴブリン》は、奴のフィールド上にゴブリンと名の付くユニット一体に付き、攻撃力が+10の修正を受ける効果を持っている。フィールド上には《聡明なゴブリン》と、自身が存在しているため、合計で+20の修正を受け、攻撃力が30に変化した。
「《黒騎士》の攻撃力は25、つまり《カリスマゴブリン》の敵ではないということですね」
攻撃を宣言すると、《カリスマゴブリン》が勢いよく《黒騎士》へと襲い掛かる。
盾を構えて応戦してみるが、如何せん攻撃力の差の前では成す術がない。《黒騎士》は喉元に噛み付かれてしまい、呆気なく四散する。《黒騎士》はブレイク状態であるため、残滓がオレに向けて放たれる。
「……ぐっ」
攻撃力の差は、5点だ。これでオレの残りのライフポイントは75点となった。
精神的にはまだまだ余裕があるが、フィールド上を眺めるに、悠長に構えることはできそうにない。全力を持って、奴を潰す必要があるだろう。
「さてさて、今の攻撃によって《カリスマゴブリン》はブレイク状態となりましたね……。私のフィールド上にはノンブレイク状態の《聡明なゴブリン》が残っていますが、彼は攻撃力がありませんし、元より攻撃するつもりもありません。壁として役立ってもらうつもりですから」
そう、それこそが最も厄介な戦法だ。
奴のフィールド上には、ノンブレイク状態の《聡明なゴブリン》が存在する。奴が《聡明なゴブリン》を操っている限り、オレはプレイヤーへの直接攻撃を行うことができない。だがしかし、《聡明なゴブリン》には破壊耐性が付いているので、戦闘では破壊することも不可能だ。
倒すには、ユニットカードが持つ効果を発動するか、はたまた魔法カードか罠カードを発動するしか方法はない。
「私はバトルフェイズを終了し、エンドフェイズへと移行、そのままターンエンドです」
どうぞ、と続けて口にして、ポートルッチはにんまりと笑った。
髭を生やしたおっさんの余裕ぶった笑顔を、どうにかして歪ませてやりたいものだが、しかしどうすれば実現できるだろうか。現状を打破するのは、中々に肩の凝る難問と言えるだろう。
《四ターン目(トキ)》
ポートルッチの二ターン目を終えて、戦況は一変した。
現在、奴の手札は二枚、ライフポイントは95点、マナカードは二枚、ユニットは《聡明なゴブリン》と《カリスマゴブリン》の二体となっている。《聡明なゴブリン》は攻撃力0だが、《カリスマゴブリン》は自身の効果によって攻撃力30に修正されている。
対するオレは、手札が五枚、ライフポイントは75点、マナカードは一枚、ユニットは攻撃力5の《屍拾い》が一体のみ。このターンで、しっかりと場を持ち直さなければならない。
「オレのターン、ドローッ」
山札からカードを一枚手札に加え、マナフェイズへと移行する。
オレのフィールド上に召喚されている《屍拾い》はノンブレイク状態のため、ブレイクフェイズを行う必要がない。従って、オレはブレイクフェイズをスキップし、マナフェイズに手札からカードを一枚選び出し、マナフィールド上へとセットした。
「回復したマナカードと合わせて、合計二点のコストを支払い、オレは《闇喰い》を召喚ッ」
《闇喰い 闇属性 アンデット族 ユニット C2
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力10 (Lv3)攻撃力10
(召喚)10点のライフポイントを支払う:相手のフィールド上に存在する攻撃力が一番低いユニットカード一体を選択する。そのユニットカードを破壊し、捨て札へと置く》
オレは、手札から起死回生となるユニットカードを召喚した。それは《闇喰い》だ。
「……ふむ、なるほどね。そう来ましたか」
嫌なユニットを召喚されたものだと肩を竦め、ポートルッチはフィールド上を確認する。
暗闇に埋もれた怪物の姿が、薄らと見え隠れしている。これが《闇喰い》の姿だ。
「《闇喰い》を召喚した時、オレは《闇喰い》の効果を発動する!」
今回、オレが召喚した《闇喰い》は、《黒騎士》や《屍拾い》と同じく、召喚すると同時に強制的に発動する効果を持っている。それにより、オレは10点のライフを支払う羽目になる。
「10点のライフを支払い、《聡明なゴブリン》を対象とさせてもらうぜ」
確かに、10点のライフを失うのは痛い。だがしかし、その代わりとして、相手のフィールド上に召喚されたユニットカードの中で、攻撃力が一番低いものを破壊することが可能だ。
「《闇喰い》の効果により、《聡明なゴブリン》を撃破ッ!!」
一瞬にして《聡明なゴブリン》を闇に包み込み、フィールド上から破壊してしまう。
たとえ《聡明なゴブリン》に破壊耐性が付いていようとも、それはユニットとの戦闘に限定される効果でしかない。《闇喰い》の効果には対処することができないってことだ。
「このまま、オレはバトルフェイズへと移行し、《屍拾い》と《闇喰い》でプレイヤーへ直接攻撃だっ」
相手のフィールド上には、ブレイク状態の《カリスマゴブリン》が存在する。《聡明なゴブリン》が破壊されたことによって、《カリスマゴブリン》の攻撃力は20に修正されるが、オレが操る二体のユニットでは太刀打ちできない。
それならば、今はとにかく少しでも多くのライフポイントを削っておいた方がいいだろう。
「《屍拾い》と《闇喰い》の攻撃によって、あんたに15点のダメージを与えるぜ」
バトルフェイズに突入し、《屍拾い》と《闇喰い》がポートルッチに攻撃を仕掛ける。
ユニットによる直接攻撃を受け、奴は苦痛に顔を歪めた。
「直接攻撃を選択しましたか……。それがキミのプレイスタイルというわけですね?」
ポートルッチは、15点のライフを失い、残りライフポイントは80点になった。
だが未だオレよりもライフポイントは高く、更には《カリスマゴブリン》がフィールド上を支配しつつある。現状を打破するには、やはり《カリスマゴブリン》を倒す必要があるだろう。
「オレはバトルフェイズを終了し、ターンエンドだ」
エンドフェイズを経て、オレは自分のターンを終了する。
これで、四ターン目が終わった。
《五ターン目(ポートルッチ)》
ポートルッチとの戦いも、中盤へと差し掛かる。奴の手札は二枚、ライフポイントは80点、マナカードは二枚、ユニットは攻撃力25の《カリスマゴブリン》が一体召喚されている。
オレは、手札が四枚、ライフポイントが65点、マナカードは二枚、ユニットは《屍拾い》と《闇喰い》の二体が召喚中だ。
「私のターン、ドロー。……では、ブレイクフェイズに《カリスマゴブリン》をノンブレイク状態へと変更しますね」
ブレイクフェイズへと移行し、ポートルッチは手早く行動を済ませていく。
「続いて、マナフェイズにカードをセット、そしてメインフェイズに移らせて頂きますよ」
マナフィールド上に、カードを一枚セットする。既に使用されたマナカードの回復も完了し、これで奴が使用可能なマナカードは三枚となった。
「私は、《炎を纏うゴブリン》を召喚します」
《炎を纏うゴブリン 火属性 ゴブリン族 ユニット C2
(Lv1)攻撃力20 (Lv2)攻撃力20 (Lv3)攻撃力25
(効果)貴方のフィールド上に存在するゴブリンと名の付くユニット一体を捨て札に置く:対象のゴブリンと名の付くユニット一体は、ターン終了時まで攻撃力+15の修正を受ける》
二点のコストを支払い、ポートルッチは新たなユニットカードを召喚した。
「攻撃力が高いんだよ、ったく……」
相手のフィールド上に召喚された《炎を纏うゴブリン》の姿を視認し、オレは愚痴を吐く。
その名の通り炎を身に纏ったゴブリンは、周囲に熱気を振り撒きながら叫び声を上げている。
「さて、《炎を纏うゴブリン》を召喚したことによって、《カリスマゴブリン》の攻撃力が30に修正されますね」
ポートルッチのフィールド上には、ゴブリンと名の付くユニットが二体存在しているので、《カリスマゴブリン》は攻撃力+20の修正を受ける。苦労して《聡明なゴブリン》を倒したというのに、またしても攻撃力が上昇してしまった。先に叩くべきは《聡明なゴブリン》ではなく、《カリスマゴブリン》の方だったのかもしれない。
「更に、私はまだ一点のマナを残しています。……では、これをコストとして使い、魔法カード《ゴブリンの槍》を発動しましょう」
《ゴブリンの槍 火属性 マジック C1
(装備)ゴブリンと名の付くユニット一体は、攻撃力+15の修正を受ける》
奴は手札から魔法カードを発動させる。流れを引き寄せ、一気に畳み掛けるつもりのようだ。
「私は、《ゴブリンの槍》を《カリスマゴブリン》に装備させます」
最後のマナカードをコストとして使用し、ポートルッチは《ゴブリンの槍》を《カリスマゴブリン》に装備してしまった。
《ゴブリンの槍》は、ゴブリンと名の付くユニット専用の装備魔法だ。
装備魔法とは、手札から発動した後も、フィールド上に残り続けるカードのことを言い表す。
「《ゴブリンの槍》の効果によって、《カリスマゴブリン》の攻撃力は+15の修正を受けますね」
「くっ、攻撃力45だと……ッ」
たった一枚の装備カードによって、もはや取り返しのつかないほどに強力なユニットへと変貌を遂げる。《カリスマゴブリン》に太刀打ちできる
「メインフェイズを終了し、バトルフェイズに移行――《カリスマゴブリン》で《闇喰い》に攻撃を仕掛けます。更に《炎を纏うゴブリン》で《屍拾い》に攻撃です」
二体のユニットを操り、ポートルッチは攻撃を宣言する。
攻撃力45の《カリスマゴブリン》が《ゴブリンの槍》を一突きにして、《闇喰い》の実体を呆気なく捉えてしまう。逃げ場を失った《闇喰い》は、抵抗する間もなく四散した。
続いて、《炎を纏うゴブリン》が炎の飛礫を《屍拾い》へと投げつける。対抗手段を持たない《屍拾い》は、《闇喰い》と同じように四散し、残滓をオレにぶつけてきた。
一つ目の戦闘で、オレは35点のダメージを受け、更に二つ目の戦闘によって、15点のライフを失った。これにより、オレの残りライフポイントは15点となり、正に崖っぷちに立たされてしまったようだ。
「これで、私のターンは終了です。……さあ、続ける気がありましたら、どうぞ?」
精神的な疲労は、既にピークを迎えている。
それでも、オレは絶対に諦めない。途中で投げ出すようなことはお断りだ。
何故ならば、オレは二次選考に進み、アリスと再会しなければならないからな。
「……バカ、続ける気なら当然持っているさ。……だってよ、まだゲームは終わっちゃいねえんだぜ? 最後の最後まで、勝ちを意識してはならないってことを、あんたに教えてやるよ」
《六ターン目(トキ)》
現在、場を支配しているのは明らかにポートルッチだ。奴に勝つには、起死回生の一手が必要となるだろう。
奴の手札はゼロ枚、ライフポイントは80点、マナカードが三枚、そして召喚中のユニットは《カリスマゴブリン》と《炎を纏うゴブリン》の二体だ。
《カリスマゴブリン》は《ゴブリンの槍》を装備しているので、攻撃力が45に上昇している。単純な戦闘において倒すのは、非常に困難であると言えるだろう。
オレは手札が四枚あり、手札におけるアドバンテージは圧倒的だが、悔しいことにライフポイントが15点しか残されていない。ついでに、フィールド上に召喚していたユニットは全て破壊されてしまったので、現在オレのフィールド上に存在するカードは、二枚のマナカードのみだ。ポートルッチの戦術に押されてしまい、このデッキの持ち味を活かすことができずにいたのが、現状へと繋がっているわけだ。
「オレのターン――ドローッ!!」
想いを込め、デッキからカードを引く。
こんなところで負けるわけにはいかないんだ。
「――ッ、オレはマナフェイズにカードを一枚セットし、メインフェイズへと移行するっ」
五枚となった手札から、マナカードを一枚増やす。これでオレのマナフィールド上にセットされたマナカードは三枚となった。
「メインフェイズに、オレは手札から魔法カード《黒魔術》を発動する!」
《黒魔術 闇属性 マジック C3
(効果)自分の捨て札から闇属性ユニットカード三体を選択し、ゲームから除外する:自分のデッキからコスト3以下の闇属性ユニットカード一体を選択し、特殊召喚する》
この戦況を乗り越え、そして逆転の目を掴むには、今しかない。
フィールド上を支配する奴のユニットを倒すために、オレは切り札を発動した。――否、正確には切り札ではなく、切り札を引き寄せるためのキーカードだ。
「《黒魔術》の効果により、オレは自分の捨て札から闇属性のユニットカードを三体選択し、それらを全てゲームから除外する」
《黒魔術》を発動するには、三点のコストを支払うと同時に、もう一つの条件をクリアしなければならない。それは、オレの捨て札に闇属性のユニットカードが三体存在する状況を作り上げることだ。
現在、オレの捨て札には《黒騎士》と《屍拾い》、そして《闇喰い》の三体が置かれている。
ポートルッチが操るユニットとの戦闘に負けてしまい、捨て札に置かれたユニットたちだ。
「オレは《黒騎士》、《屍拾い》、《闇喰い》を《黒魔術》の対象とし、ゲームから除外する!」
だが、それは結果的に《黒魔術》の発動を手助けする形となっていた。
オレは、三体のユニットをゲームから除外することで、《黒魔術》の効果を発動してみせる。
「《黒魔術》により、オレはデッキからコスト3以下の闇属性ユニットカードを一体選び出し、それをフィールド上に特殊召喚することができるっ」
「……キミは、何を召喚するつもりです」
奴が、笑顔を消し去った。
それもそのはず、オレが特殊召喚するユニットの有無によって、状況が一転するからだ。
デッキの中身すら知らずに戦い始めたが、オレはここにきてようやくデッキを確認することができた。ゆっくりと慎重に、そして確実に、起死回生の一手と成りうるユニットカードを探し出していく。
「……なあ、ポートルッチさんよ。あんたは場を支配したつもりになっているだろうけど、実のところ、そんなことはなかったんだ」
デッキを確認し、オレはポートルッチに話しかけた。奴は、取り返しのつかない失敗をしていることに気づいていない。
「あんたの手札が一枚もないってことは、言いかえれば手の内を全て晒したことになるわけだ」
カードを一枚選択し、オレはデッキを切り直す。
その後、オレはデッキから引き抜いたカードを見やり、笑みを浮かべる。
「何が言いたいのですか、トキハヤトキくん」
本当は、理解しているに違いない。
それでも奴はラヴィリンス選考会の選考委員だ。最後までオレと戦い切る必要がある。
「あんたは、フィールド上に存在するユニットカードを守るための手段を手札に持たない。その意味が……あんたなら分かるはずだ」
《黒魔術》により、オレはデッキからコスト3以下の闇属性ユニットカードを特殊召喚する権利を得た。そして、オレのデッキ内には奴を完璧に叩きのめすことが可能なユニットが一体だけ入っていた。それを今、奴にぶつけてやる。
「オレは《黒魔術》の効果によって、デッキから《逆さまの王》を特殊召喚する!!」
《逆さまの王 闇属性 神王族 ユニット C3
(Lv1)攻撃力10 (Lv2)攻撃力20 (Lv3)攻撃力30
(効果)このカードは通常召喚できない。
(特殊)手札を全てゲームから除外し、貴方は半分のライフポイント支払う:フィールド上に存在する、このカード以外の全てのカードを破壊し、ゲームから除外する。
(効果)ゲームから除外されているユニットカード一体に付き、攻撃力+10の修正を受ける》
起死回生の切り札として、オレがデッキから特殊召喚したユニットカード、それは《逆さまの王》だ。このユニットはメインフェイズとエンドフェイズに通常の召喚をすることができず、フィールド上に召喚するためには特殊召喚するしかない。だが、オレは《黒魔術》の効果を利用して、《逆さまの王》をフィールド上に特殊召喚することに成功した。
「聞こえるか、ポートルッチ? 《逆さまの王》の声が……」
「……王を、呼び寄せるとは……」
ゲートより姿を現し悪魔界の王は、アリスが発動した《磔(はりつけ)》の効果によってオレが逆向きになっていたように、上下逆さまの状態で実体化した。
「《逆さまの王》は、オレがお前から受け取ったデッキの中で唯一、《カリスマゴブリン》に対抗することができるユニットだ。……そして、オレはそれを今、フィールド上に特殊召喚した」
王が解き放つ旋律と戦慄が、フィールド上を覆い始める。
これが、終わりの始まりだ。
「オレは《逆さまの王》が特殊召喚された時、効果を発動するっ」
《逆さまの王》には、二つの能力が隠されている。
一つは、特殊召喚した際に強制的に発動される効果だ。
「《逆さまの王》の特殊召喚効果により、オレは自分の手札を全てゲームから除外し、半分のライフを失う。だが、《逆さまの王》はフィールド上に存在する全てのカードを闇へと葬ることができる」
一つ目の効果で、オレは手札に持っていた三枚のカードをゲームから除外した。これで、オレと奴の手札の枚数は並んだ。そして半分のライフポイントを失ったオレは、残りのライフポイントが8点になってしまった。
しかし、これこそが《逆さまの王》の力を最大限に発揮するための罠だ。
「ぬぅ、……《カリスマゴブリン》がやられましたか」
手札を全て失いはしたが、《逆さまの王》はフィールド上に存在している、《逆さまの王》以外の全てのカードを破壊し、ゲームから除外すること可能だ。奴がフィールド上に召喚していた《カリスマゴブリン》と《紅蓮を纏うゴブリン》、そして装備魔法の《ゴブリンの槍》を含めた三枚が、ゲームから除外されることとなった。
「まだ、オレのターンは終わっちゃいねえぜ? ――オレは《逆さまの王》の二つ目の効果により、《逆さまの王》の攻撃力を上昇させる!」
そう、ゲームはまだ終わっちゃいない。最後まで気を抜いてはダメなんだ。
たとえ勝ちが目の前に見えていたとしても、油断してはならない。それを奴に教えてやる。
オレは、《逆さまの王》の二つ目の効果を奴に示した。それは、《逆さまの王》の攻撃力を上昇させることが可能な一手だ。
「《逆さまの王》は、ゲームから除外されているユニットカード一体に付き、攻撃力が+10の修正を受ける! その意味が分かるか、ポートルッチ?」
奴がゲームから除外したユニットは、《カリスマゴブリン》と《紅蓮を纏うゴブリン》の二体だ。それに加え、オレは先ほど《黒魔術》を発動するための追加コストとして、捨て札から闇属性のユニットカードを三枚選択し、ゲームから除外している。
「攻撃力+50とは中々に手ごわいですね。手札が無い今、次のターンで逆転できるか否か……」
「何を勘違いしている、ポートルッチ? 《逆さまの王》は、このゲームを既に支配し終わっている。お前に次のターンは回ってこない」
言葉を制し、オレは自らが除外したカードを一枚ずつ捲っていく。
《黒騎士》、《屍拾い》、《闇喰い》、こいつらが《黒魔術》の効果によってゲームから除外されたのは、奴も重々承知の上だろう。だからこそ、《逆さまの王》の攻撃力が+50の修正を受け、攻撃力60に上昇したものと考えているわけだ。しかし、残念ながらそれは間違いだ。
「……なあ、さっき言ったよな? 《逆さまの王》の特殊召喚による効果を発動する際、手札を三枚ゲームから除外するってよ……」
「――ッ、まさかっ」
「その、まさかだ」
四枚目、そして五枚目のカードを捲る。
そこには、二枚のユニットカードが置かれていた。
「オレは《逆さまの王》の効果を発動するために、手札からユニットカードを除外した。通常であればデメリットにしかなりえない効果と言えるが、嬉しいことに《逆さまの王》に関してはそれがメリットへと変わる。……何故なら、《逆さまの王》はゲームから除外されているユニットカード一体に付き、攻撃力が+10の修正を受けるんだからな?」
《逆さまの王》以外の全てのカードをゲームから除外する代わりに、手札をゲームから除外しなければならない。だが、そのおかげで、《逆さまの王》は更なる進化を可能とする。
「あんたとオレがゲームから除外したユニットの総数は、合計七体。つまりは《逆さまの王》の攻撃力は+70の修正を受け、攻撃力80へと上昇する。……そして、この数値が意味するものは一つだけだ。ここまでくれば、誰だって答えを導き出すことは可能だよな?」
「私のライフポイントは、残り80点……」
それに加えて、奴の手札にはカードが一枚も存在しない。
現状を打破することは不可能ってことだ。
「あんたが言うように、中々に楽しい時間だったぜ。……じゃあな」
最後に、ポートルッチへ向けて別れの言葉を贈る。最後の最後まで楽しませてくれたお礼だ。
逆さまに浮いたまま、《逆さまの王》は攻撃の構えを取る。両手を翳し、人工的な闇を生み出したかと思えば、それを奴に向けて解き放つ。
「《逆さまの王》、ポートルッチに直接攻撃だ――ッ」
全てを無に帰すかの如く、奴の体を闇が蝕んでいく。対抗する術を持たないポートルッチにとって、これは逃げ場のない拷問だ。
自由を奪われ、苦痛に顔を歪め、自らのライフポイントがゼロになるのを黙って見ていることしかできない。だが、それが敗者としての最後の役目だ。敗者がいるから、勝者がいる。
TCGの世界では、当たり前のことなんだ。
「……この勝負、オレの勝ちだ」
《逆さまの王》の攻撃によって80点のダメージを受けたポートルッチは、残りのライフポイントがゼロになり、負けが確定した。つまりは、オレの勝ちで決着がついたということだ。
「……ッ、なんとまあ、見事な逆転劇でしょうね。……くっ」
精神的な疲労が蓄積し、ポートルッチはその場に倒れ込んでしまった。
慌てて駆け寄るが、無理して作った笑顔で「大丈夫ですよ」と呟き、ゆっくりと深呼吸をしてみせる。さすがにプロのラヴィリニストだけのことはある。精神面をとんでもなく鍛えているに違いない。
「あんた、すげえ強かったぜ。このデッキに《逆さまの王》が入ってなかったら……いや、それ以前に《黒魔術》を引くことができていなければ、オレはあんたに負けていた」
最後のターン、オレは《黒魔術》を引くことができた。
勿論、手札にあるだけでは意味がない。発動するために必要な追加コストを支払えるようにしなければならない。全ての面において、オレは運が良かったと言わざるを得ないだろう。
「運も実力のうちですか? ……いいえ、少なくともキミは《トキの迷宮》における実力を示してくれましたよ。まさかアビリティーを一度も使わずにゲームを終えるとはね」
「アビリティー? ……なんだそりゃ」
ここにきて、またもや知らない言葉が出てきた。
正確に言えば、アリスと出会った直後にアビリティーという単語を耳にしたような気がするが、全く気にもせず今に至っていた。
「ほう、アビリティーを知らないのですか、キミは? ……くくっ、なるほどなるほど、だから先の対戦で一度もアビリティーを発動しなかったのですね」
「だからなんだってんだよ、そのアビリティーってのはよ」
これです、と言い、ポートルッチはリストを開いてみせる。
「通常、ラヴィリンス形式での対戦では、リストを開くことはありません。デッキを扱い、相手プレイヤーと一対一で戦うのですから当然ですよね? ですが、一つだけ例外があるのですよ。それこそが、アビリティーなのです」
奴のリストの一ページ目に、アビリティーという項目が出現している。オレが今までにリストを開いた時には一度もお目に掛かれたことがないのに、奴のリストには目立つ位置にアビリティーの項目が載せられているじゃないか。これは一体どうなってんだ。
「アビリティーは、ラヴィリンス形式での戦いを行っている時に現れる隠しコマンドのようなものです。気付かないのも無理はありません。デッキを扱っている時にリストを確認してみるといいでしょう。そうすればキミのアビリティーが分かりますよ」
自分が持つアビリティーを調べるには、デックオンした状態のまま、更にリストを開かなければならないのか。ラヴィリンスリングの二つの効果を同時に発動すればいいわけだ。
「リストオン。……で、……え?」
ない。アビリティーの項目が、何処にも見当たらない。
オレのリストがおかしいのか、それともポートルッチにからかわれているだけなのか。
「……おかしいですね。何故アビリティーが出てこないのでしょう……」
「あんたのは……出てるよな」
再度、ポートルッチのリストを確認する。一ページ目にアビリティーの項目が出現していた。
「アビリティーというものは、誰にでも必ず備わっているはずなのですが……どうやらキミには備わっていないみたいですね、ははっ」
「ははっ、じゃねえ! プロのラヴィリニストなんだからどうにかしてくれよっ」
このままでは、オレ以外の全てのプレイヤーがオレとの戦いに限定し、初めっからアドバンテージを得た状況を作り出してしまう。
たとえ腕に自信があろうとも、此処ではハンデを背負ったまま生きていけるほど甘くはない。
「まあ、何かの拍子に直ることもありますよ。それまでの辛抱ですね」
その時が訪れるまでに、いったいどれほどの時間を費やせばいいのか教えて頂きたいものだ。
深い溜息を吐き、肩を落とした。
「因みに、アビリティーのことを知らないみたいなので一応説明をしておきましょうかね」
「……アビリティーを持ってない奴に説明するつもりかよ、ったく」
オレの愚痴を聞き、ポートルッチは肩を竦めてみせる。その仕草は、今のオレにとっては苛々を加速させるだけのものでしかない。選考会の選考委員でなければ今すぐ《重力(グラビティー)》でも発動したいものだ。
「アビリティーというものは、先ほど説明したように、全てのラヴィリニストに初めから扱うことのできる能力のことを言います」
リストに表示されたアビリティーの項目に、目を通していく。
そこには、ユニットカードや魔法カード、罠カードと同じような効果が記載されている。
「これは、発動条件を満たしていれば、何度でも発動することが可能です。如何に上手くアビリティーを使いこなすかが勝利の鍵と言えるでしょうね」
「……あんたは使わなかったじゃねえか」
オレとの対戦において、ポートルッチはアビリティーを一度も使わなかった。オレのようにアビリティーを発動できなかったわけではあるまい。使えるのに使わなかったんだ。
「対戦する前に言いましたよね、此処では本気を出すことはありませんと」
そういうことか。最高の逆転劇をみせつけてやったと思っていたが、実のところは奴の手のひらの上で踊らされていたってわけだ。
「……しかしまあ、互いにアビリティーを使わなかったのですから、そう言った意味では、全力を出して戦うことができたのかもしれませんね」
フォローのつもりか知らないが、とりあえずは有り難く受け取っておいてやるか。
「さて、トキハヤトキくん、キミは私との戦いに勝利し、一次選考を通過しました。これより先は、二次選考へと移らせて頂きます」
「二次選考か……」
ポートルッチに勝ち、無事に一次選考を突破することができて一安心だ。
だが、アリスはどうなんだろうか。オレと同じように二次選考に進めればいいんだが。
「こちらのゲートから、中へお入りください」
言われて、オレはそれを目にする。
室内の端に、ユニットカードを召喚する時とは異なる形のゲートが出現していた。
「これは、瞬間移動を可能とするゲートです。これをくぐれば、二次選考会場へとキミを連れていってくれますよ」
恐らくは、魔法カードの効果によってゲートを作り出しているんだろう。カードを自在に操ることができるというのは、正直便利すぎて怖いぐらいだ。
「それでは、トキハヤトキくん。次はプロの舞台でお会い致しましょう」
対戦する前と同じく、ポートルッチは手を差し出す。
その手を、オレはしっかりと握る。
「ああ、おっさんも頑張れよ。この後もまだ選考を続けるんだろ?」
その通りです、とふざけた様子で溜息を吐き、けれども笑みを浮かべる。
この人は、根っからのラヴィリニストのようだ。どれほど精神的な疲労が蓄積していこうとも、戦うことを止めようとしない。それがただ好きだから、当然といえばそれまでなんだがな。
最後に、オレは片手を上げる。
ポートルッチに見送られたまま、ゆっくりとゲートをくぐった。