「……っ」

 日の光が眩しい……。
 反射的に目を閉じても、瞼の裏を突き抜けてくる。

「ふふ、随分と眩しそうね?」

 牢の外に出て、まず感じたこと。
 それは太陽が本当に眩しいということだった。

 アンに撫でてもらったり抱き締められたりと、この世界には五感があることを頭では理解していた。だけど、牢は薄暗い場所にあったし、訳も分からない状況下に置かれていたので、これは夢なんじゃないかと半信半疑でもあった。

 でも、これで確信した。ここは紛れもなく現実だ。
 地球とは異なる、もう一つの現実空間……。

 仮にここが【ラビリンス】によって創られた世界だとしても、あたしは今ここを現実世界として認識している。

「何日ぐらい牢に入っていたの?」
「記憶が無いので分かりません」

 レミーゼの問いかけに、あたしは反射的に返事をする。これも【隷属】効果の一つだ。

 目が覚めたら地下牢にいたので、実際にトロアとしての記憶はない。
 この体の持ち主はトロアだから、あたしの記憶が無くても答えることができるかも……と思ったけど、それは無理だった。

「記憶が無い? ……ふうん、頭でも打ったのかしらね」
「姉二人の話によると、そのようです」

 淡々と、あたしの意志とは関係無しに答えていく。【隷属】状態が続く限り、あたしは一生このままだ。

 とはいえ、レミーゼが発動した【隷属】には、永続効果が付与されていない。いずれ【隷属】を発動し直すときが来るだろう。そのときが最大のチャンスだ。

 とりあえず、あたしは今いる場所を確認してみた。

 大方の予想通り、あたしが居たのはローテルハルクの城壁内だった。
 地下牢は、城壁内の隅に隔離されるように造られていたようだ。

【ラビリンス】では廃墟と化していたローテルハルク城も、この世界では健在だ。
 そもそも無事な状態を見ること自体、これが初めてだった。

 あたしの記憶の中の【ラビリンス】の設定によれば、元々は城内にも牢があったらしいけど、レミーゼの父――アルバータ・ローテルハルク公爵が配置を変えたのだとか。

 それはきっと、レミーゼが目を付けた罪人を連れ出すところを、他の誰かに目撃され難くするためだろう。

 現に今、あたしはローテルハルク城に居るというのに、レミーゼを除いて誰にも見られていなかった。

 遠くから聞こえてくるのは、領民の声や生活音だろうか。
 城の先……城下町へと目を向けてみる。ここから見ても随分と賑やかそうに思える。あたしの目に映る景色全てが、真新しく感じた。

「? 街が気になるのかしら?」
「はい。この景色を見るのは初めてなので」
「初めてですって? ……貴女、あそこで路上生活していたのよね」
「姉二人の話によると、そのようで――」
「あー、もういいわ。その返事は二度目だから聞きたくない」

 ハイハイ、と手を振って、レミーゼが肩を竦める。

「ほら、足を止めないでついてきなさい」

 レミーゼが命令する。
 穏やかで平和な時間が流れゆくローテルハルク領の景色に見入っていたけど、すぐに足を動かす。【隷属】で従うようにできているのだ。

「……?」

 レミーゼについて歩いていると、その先に見覚えのある顔を見付けた。
 彼の名はテイリー。レミーゼの直属兵をしている。そして……、

「……っ」

 あたしの、推しだ。

「……なに? どうしたのよ、急に立ち止まって。しっかり歩きなさい」
「申し訳ありません」

 危ない、危うくバレるところだった。
 まさかこんなところであたしの推しに会えるとは思ってもみなかったから、態度に出てしまった。

【ラビリンス】のメインシナリオで、王国とローテルハルク領が敵対したとき、大規模な戦争が起きた。その際、単騎特攻で百以上の王国兵を倒したのがテイリーだ。

 剣の腕前は言うまでもなく、魔法の扱いにも長けた魔法剣士として、獅子奮迅の大活躍だったので、プレイヤー目線でも強く印象に残っている。

【ラビリンス】では、ボスキャラのレミーゼよりも倒すのが難しく、それでいてレミーゼに忠誠を誓う姿がカッコいいと評判になり、専用掲示板でも常に話題のNPCの一人だった。

 そしてあたしは、そんなテイリーのことが大好きだった。

 こんなに強くてカッコよくて忠義に厚いNPCは、【ラビリンス】の中でもテイリーただ一人だ。唯一の欠点と言えば、忠義を尽くした相手が拷問令嬢のレミーゼだということだろうか。

 メインシナリオを進めれば進めるほど、レミーゼに嫉妬したのを今でも覚えている。

「誰も居ないでしょうね?」
「抜かりはございません」

 レミーゼとテイリーが言葉を交わす。
 二人の会話の意味は、地下牢から罪人を連れ出すところを、誰にも見られないように見張っていただろうな、というものだ。

 領内限定とはいえ、聖女として慕われる存在のレミーゼだ。それがまさか、罪人を奴隷化して外に連れ出すところなど、領民には決して見られてはならない。

 テイリーはレミーゼの言いつけを守り、周辺に目を光らせていたのだろう。あたしたちの他に人の気配は感じない。

「あっそ」

 安全を確認し、レミーゼが小さく頷く。そして今度はテイリーを先頭にして歩き始め、暫くすると目的地に着いた。

 見覚えは……ない。だけどあたしは、この場所に心当たりがある。

「はい、到着」

 あたしが連れてこられた場所……。
 それはやはりというべきか、レミーゼの屋敷――拷問屋敷だった。