翌日。
 サイダールとの一騎打ちから一夜明け、フレアとあたしは思う存分に領内を散策して回った。

 元々立ち寄る予定ではなかった喫茶にふらっとお邪魔してみたり、屋台を巡って食べ歩きをしてみたり、景色のいい場所でゆっくり談笑してみたり、現実世界では一度も経験したことのないことを、フレアと共に堪能することができた。

 そんな中、最も緊張したのはそのあとだった。
 刻一刻と近づくのは、フレアとの別れのときだ。けれどもその前に、一つだけ二人でやらなければならないことがあった。

「……準備はいい?」
「はい、もちろんです!」

 今、あたしたちが居る場所は、城下町の中心部だ。
 伝達魔法で演説した舞台の上に、二人して立っている。

 まさか、二日続けて舞台に上がることになろうとは思いもしなかった。
 それもあたし一人じゃなくて、フレアと二人で……。

 レミーゼに成り済ましたまま、あたしとフレアはローテルハルク領の民や兵士たちを集めた。そしてもう一度だけ、嘘を吐くことにした。

 語る話は、アルバータとサイダールについてだ。

 ここ数日、行方不明であった父アルバータ・ローテルハルク公爵が既に死亡していたこと、父を殺害したのはサイダールであったこと、そしてそのサイダールの首を獲ったこと。

 これは、フレアが提案したことだった。
 レミーゼに関してはどうすることもできないけど、アルバータの死は偽装することができる。だからその罪をサイダールに押し付けようと言われたのだ。

 この世界の聖女様という人は、大それた嘘を吐くものだと、思わず肩を竦めたものだ。
 でも、それこそが罪の共有なのだろう。

 おかげさまで、あたしの心はほんの少し軽くなった気がする。
 というか、そもそもの話、あたしは今も継続してレミーゼに成り済ましているのだから、今更かもしれない。

 そしてこの日、サイダールは【罪人】として、この世界に名を刻むこととなった。

 それから一時間もしないうちに、別れのときは訪れる。
 フレア・レ・コールベルの聖地巡礼の旅は、まだ始まったばかりなのだ。【ラビリンス】のシナリオ通りに考えるとすれば、これからが本番だと言えるだろう。

「さよならは言わないわ」
「うぅ、……でも、寂しいです……」

 フレアが目を潤ませている。今にも泣いてしまいそうな表情だ。
 とはいえ、ここで引き留めるわけにはいかない。フレアはあたしの親友だけど、王国公認の聖女様なのだからね。

「この地で、あんたのことを応援するから……しっかり頑張ってきなさい」
「……う、……はい、……わたし、がんばります!」

 俯いていた顔を上げ、フレアは意気込む。
 この調子なら、無事に聖地巡礼の旅を終えることができるだろう。そしてそのあとはまた、ここに遊びに来ればいい。

「レミーゼ様……、……トロア様。……それと、……」

 馬車に乗り込む前に、フレアはあたしの名を呼んだ。
 小声で誰にも聞こえないように……。

「二人だけの秘密ですね」
「それを言うならあんたの秘密も何か教えなさいよ」
「それは次の機会に残しておきます」

 そう言って、フレアは嬉しそうに微笑むと、馬車に乗って次の目的地へと向かっていった。

「……またね、フレア」

 トロアに転生してからいうもの、怒涛の数日間だった。
 でも、それもようやく一段落だ。

 雑務処理やら何やら、やるべきことはまだまだたくさんあるだろうけど、今日ぐらいはゆっくりお風呂に入りたい。いや、それよりもまずは、屋敷にあるふかふかのベッドに体を沈めたいかも……。

 疲れもあるけど、眠気には勝てない。
 あたしは領民たちからもみくちゃにされながらも屋敷へと戻り、一先ず仮眠をとることにした。でも、

「【拘束/鉄鎖】」
「――ッ!?」

 玄関を開けて中に入ると同時に、何者かに背後から拘束魔法をかけられてしまった。

「だ、だれ……えっ?」

 床に転びながらも体を反転し、あたしは【拘束】を発動した人物を瞳に捉える。
 そこに居たのは、そこで泣きながらあたしを見下ろしていたのは……。

「……て、テイリー?」

 何故、テイリーがあたしを襲うのか。その理由は、すぐに分かった。
 テイリーは泣きながら叫ぶ。あたしを睨み付けて、心の声をぶつけてくる。

「お前は誰だ……答えろ!!」