あのとき、あたしはニュースでその名前を目にしていた。

 ――齋田成道、二十歳。アパートの一室でヘッドギアを装着し、【ラビリンス】にログインした状態で死亡しているところを発見された。ニュースで報道されたのは死亡から三ヶ月もあとのことだった。

 あたしは、現実世界で起きたことを、サイダールに話してあげた。

 正月早々【ラビリンス】で死亡者が出たこと。
 第一の犠牲者が齋田成道――サイダールであること。
 春の時点で既に八名が亡くなり、【ラビリンス】が稼働停止になったこと。

「う、……うそだ」
「名前、合ってるんでしょ?」
「嘘だ! どうせそれも貴様の戯言に決まっている!」
「嘘だと思うなら、【鏡】でステータス画面を開いて、称号一覧を見てみれば?」
「は……? 称号一覧だと? そんなことに何の意味が……あ」
「そこを見れば、頑固なあんたも理解できると思うよ」

 それは、あたしも通った道だ。最初に見たときは驚いたからね。
 でも、この世界に来てから日の長いサイダールが、一度も【鏡】を確認していないとは思えない。ということは……。

「必要ない……【鏡】など無意味だ! 俺様を油断させようとしても無駄だぞ!」
「……そっか、見て見ぬ振りをしてたんだね」
「っ」

 サイダールは知っていた。
 現実世界の自分が既に死んでいるということを……。
 そしてその現実から目を背けていたんだ。

「……サイダール。あんたとあたしじゃ、死ぬ時期が違うの。だからあんたの名前をニュースで見ることができたし、あんたのご両親が泣きながらインタビューされてるのも知ってるよ」
「なっ、俺様のクソ親に……インタビューだと……!? マスゴミのハイエナ共がっ!!」

 親に触れられて動揺したのだろう。
 サイダールは憎しみに顔を歪めている。

「奴らは世間体を気にして泣いたふりをしているだけだ……! 現実世界の俺様は孤独だった……【ラビリンス】の世界だけが俺様の居場所だったのだ! 故に! 俺様に親など必要ない! 【ラビリンス】のシナリオ通りに、この世界を生き続ける! そして俺様がこの世界を支配するのだ! 誰にも……誰にも俺様の邪魔はさせん!!」
「……分かるよ」

 その台詞、あたしにも刺さる。
 友達は一人もいなかったし、学校以外の時間はずっと【ラビリンス】の世界に浸かっていた。あたしの存在を認めてくれるのは【ラビリンス】だけだと思っていた。

「あたしも一人だったから、あんたの気持ちが痛いほどよく分かる……でもね、あたしはあんたみたいになりたくないし、なろうとも思わない」

 唯一、サイダールと違うのは、あたしのことを心配してくれる親がいたこと。

 この世界で生きていくことを決めたとは言ったけど、現実世界に戻ることができるなら戻りたいとも思う。そして、あたしが死んで悲しむ親に会って抱き締めてあげたい。
 それももう、無理だけどね。

「貴様如きに、この俺様を理解できるものか! 死ねえッ!! 【無言/対象:レミーゼ】!!」
「【解除/変身】」
「――ッ!?」

 サイダールの放った【無言】が不発となる。
 その理由は、【無言】の対象者が居なくなったから。

 でも、あたしがそこから消えたわけではない。では、消えたのは……。

「そ、それが貴様の……本当の姿……! 本物の……神出鬼没な【神隠し】……ッ!!」

 あたしは、【変身】を解いた。
 レミーゼの姿からトロアに戻ったのだ。

 まあ、これも本当のあたしじゃないんだけどね。

「ま、まだ……子供ではないか……!?」
「【死雷/八連】」
「っ、【反し……】」

 一手、あたしの方が早かった。
 幼い風貌に驚いたサイダールの隙を見逃さず、あたしは渾身の電撃魔法を八回連続で発動する。それは対象を失うことなく直撃した。

「――ガッ、……がふっ」

 地下室の壁に激突し、サイダールは床に倒れ込んだ。
 しかし、まだ生きている。

「しぶといね」
「う、……うぁ、ぐっ」
「でも、もうおしまいだよ。あんたは助からない」

 きっと、防御魔法の描かれた巻物を懐に忍ばせていたのだろう。
 だけど【死雷】八回分に耐えるには数が足りなかったらしい。まあ、明らかにオーバーキルだったよね。

「何か言い残すことは?」

 せめてもの情けとして、サイダールを見下ろしながら訊ねた。
 すると、サイダールは口をパクパクと動かし、あたしと目を合わせてニヤリと笑う。

「お……俺さ、まが、……【神隠し】を見た、初めての……プレイヤー……だ……」
「そんなこと、この世界じゃ自慢にもならないよ」
「く、……くくっ、ちが、い……ない……」

 目の光が消える。
 口も動かなくなる。

「……あんた、この世界でも死んだんだね」

 サイダールは、二度目の死を迎えることになった。
 現実世界で死に、この世界でも……。
 果たして次はあるのだろうか。

 いや、今を生きるあたしには関係のないことだ。

 あたしは地下室にできた三人目の死体に目を向けたまま、そっと呟く。

「さよなら、サイダール」