「年間一位の【神隠し】と手合わせできるとは……くくっ、この俺様にも、ようやくツキが回ってきたようだな!」

 サイダールは勘違いしている。
 それはツキなんかではなくて、死神のそれだ。

「【神隠し】よ! 貴様をこの手で殺し、俺様が【迷宮王】の座をいただくぞ!」
「あんたバカだね。称号の受け渡しはできないし、そもそもここは【ラビリンス】じゃなくて現実だよ。今更そんな称号に価値なんてないのにさ」
「バカは貴様の方だ! 【迷宮王】の称号さえあれば、他のプレイヤーへの牽制にもなる! そして何よりも! 称号効果でステータスが上昇するはずだ!」
「ステアップ? ……あー、そう言えばそんな効果もあったっけ? 別に合っても無くてもあたしが一番だから、気にしたこともなかったけど」
「ほざけ!!」

 本当のことだから、そんなに怒られても困る。
 だって、あたしが【迷宮王】の称号を得たのは、【ラビリンス】が稼働停止する三ヶ月前だったからね。

「クソが! 次から次へと減らず口を叩く女め……! 今すぐその口を封じてやる! 【無言/対象:レミーゼ】!」
「――【反射/対象:無言】」
「チッ! 【打消/対象:反射】!」
「【打消/対象:打消】」
「――ッ、むぐっ!?」

 屋敷内で、βテスター同士の戦闘が始まった。

「【無言の齋田】って、あんたが喋れなくなったら意味ないじゃん」

 まずは挨拶代わりに、魔法の応酬で幕が開いた。
 サイダールが発動した固有魔法【無言】は、あたしが発動した【反射】によって跳ね返すことに成功した。

「――あ、用意周到ね」
「ふうっ、はあっ、……クソッ、貴様……この俺様の魔法を跳ね返すとは……!」

 あっさりと、【無言】状態が解除されてしまった。
 どうやら反射を使われたときの対策として、サイダールは【解除】の描かれた巻物を用意していたらしい。

【ラビリンス】の世界ではあたしも魔道具の類を幾つも所持していたけど、今はゼロだ。サイダールの他にも元プレイヤーが居ると分かったことだし、今後のためにも集めておいた方が良さそうだ。

「ならばここを海に変えてやる! 【水竜】!」
「【変更/対象:水竜】、【水息/対象:フレア】」
「無駄だ! 【水竜/三連】!」
「【吸収/対象:水竜】」

 サイダールが発動した【水竜】は、竜の形を模した水の塊を、対象のプレイヤー一人に放つ魔法だ。直撃すれば相当なダメージを受けるし、【水竜】から逃れるまで呼吸をすることができなくなる。でも、あたしが一番嫌なのは、辺り一面水浸しになってしまうことだ。

 さすがにそれは困るので、あたしは【変更】で【水竜】の対象をサイダールに変更した。そのままだとフレアにも被害が出るので、【水息】を発動して対処する。

 それに対し、サイダールは【水竜】を三回連続で発動する。
 二つの【水竜】が互いにぶつかり合って消滅し、残る二つが再びあたし目掛けて襲い掛かってくる。
 だからもう一度、今度は【吸収】を発動することで二発分の【水竜】をまとめて取り込んであげた。

「面白い……面白いぞ! 【神隠し】よ、貴様の力をもっと見せてみろ!」
「ここじゃなんだから、こっちにおいで」
「逃げるか! 許さんぞ!」

 逃げるもんか。
 屋敷の中をめちゃくちゃにされるのはごめんだけど、外に出ることもできない。
 とすれば、あの場所に案内するしかあるまい。

 玄関から廊下を進んで、地下室へと続く扉を開く。
 サイダールがあたしを追いかけてくるのを視認し、階段を下りていく。

「むっ? ここは……まさか、レミーゼの拷問部屋か!?」

 サイダールも実物を見たことはあるまい。
 数多の拷問器具が並べられた地下室に案内されると、異臭漂う空間に息を呑む。

「……くく、なるほどな。随分と醜悪な部屋ではないか。これぞまさに拷問令嬢のレミーゼに似付かわしい場所と言えよう」
「あんたに語られるほど、レミーゼは安くないよ」
「そのレミーゼを! 貴様は殺したというのにか?」

 声を上げ、サイダールが目を向ける。
 その先にあるのは、レミーゼとアルバータの亡骸だ。

「まさか、ああまさか! レミーゼだけでなく、まさかアルバータまでも手にかけていようとは思いもしなかったぞ? ふははっ、さすが【神隠し】の名を持つプレイヤーだ! 貴様は立派な人殺しだな!!」
「……そうだね」

 その通り。
 サイダールの言う通りだ。

 あたしは、この手で二人を殺した。
 そしてあろうことか、レミーゼに成り済ましている。

 仮に、この世界で称号を貰えると言うならば、それは【神隠し】や【迷宮王】なんかじゃなくて、【罪人】の方がよっぽどお似合いだ。まあ、似た称号を既に貰っているわけだけど。

 でも、それも全て受け入れた。
 あたしはこの世界で生きていくと決めたんだ。

 それこそが、今のあたしにできる二人への手向けだから。

「くくく、安心するがいい。たとえ貴様が人殺しだったとしても、この世界では一切問題ではない!」

 だけど、サイダールにとっては、そうではないらしい。

「この世界は最高だ……! 他のウザいプレイヤーを見付けたら出会い頭に殺すこともできる! この世界の奴らにとって俺様はチート級の力を持っている! どんなことだろうと俺様の思うがままだ! そう! 貴様さえ邪魔をしなければな!」

 邪魔をしたつもりはないけど、結果的にそうなってよかったと思う。
 この男の狙い通りに事が運んでいたら、ローテルハルク領は廃墟になっていてもおかしくはない。

「あんたさ、現実に未練は無かったの?」
「未練? ハッ! あるわけがない! あんなゴミみたいな人生ッ!! 現実の俺様は【ラビリンス】以外に興味は持たなかったぞ! 何が起ころうともログインし続け、レベルを上げ、スキルを上げ、他のプレイヤーを殺し、ランキングを上げ、【ラビリンス】だけに人生を捧げてきた! まあ、正月早々ログアウトできなくなって初めは焦ったが……今となってはどうでもいいことだ」

 ログアウトできなくなった……?
 つまり、ログインし続けているってこと?
 それって、【迷宮研究所】の人たちが言っていたことと似ているような……。

 ……いや、そんなことよりも、もっと重要なことがある。

「あの日、俺様は現実世界に別れを告げた……! そしてこれからは、この世界こそが俺様の現実となるのだ!」
「――成道」

 ぽつりと、口にする。

「……は?」

 すると、サイダールは喋るのを止めた。
 間の抜けたような表情であたしを見ているけど……それもある意味当然だ。

「あんたの本名、齋田成道で合ってる?」
「なっ、何故貴様……この俺様の名を……」

 まさか、言い当てられるとは思いもしなかったのだろう。
 あたし自身もびっくりしたよ。

 でも、考えれば考えるほど、パズルのピースが埋まっていくのだから仕方あるまい。

 だからあたしは、柔らかな笑みを浮かべながら教えてあげる。
 サイダールの今を……。

「そりゃ知ってるよ。だってあんた……もう、死んでるもん」