宿に泊まる王国兵の許へと足を運び、謝罪を終えたあと、ようやくパーティーはお開きとなった。

 フレアには宿で一泊してもらう予定だったけど、手を合わせてお願いされてしまったので、今夜は二人仲良くレミーゼの屋敷で寝泊まりすることになった。

「ここが、レミーゼ様のお屋敷……!」
「少し散らかってるけど、気にしないでちょうだい」
「全然! 全然気になりません! むしろレミーゼ様の生活感を知ることができて……とても素敵です!」

 今の発言、若干危ないね?
 苦笑いしつつも、あたしはフレアを屋敷の中へと招き入れる。

 テイリーはレバスチャンと共に雑務処理に追われているらしい。屋敷に戻ってあたしの護衛を務めるには、もう少し時間がかかることだろう。
 というわけで、暫くはフレアと二人きりだ。

「あぁ、このベッドでいつも眠っているのですね……!」
「ふかふかで寝心地抜群よ」

 あたしのものではないのに、自慢げに語ってしまう。
 だって仕方あるまい。このベッド、本当に気持ちいいんだもん。

「ふかふかなのですね……はぁぁ、このベッドでレミーゼ様とご一緒できるなんて夢みたいです」
「うんうん……え?」

 勘違いしているみたいだけど、一緒には寝ないからね。
 ベッドで寝るのはフレア一人で、あたしはソファに寝転がるつもりだ。

「この扉は……」
「あっ、っと! そこはダメ、あたしの秘密の部屋だから、許可なく入ったら絶交するからね」
「っ!? は、はい! 絶対に開けません!」

 絶交と言う言葉が効いたようだ。
 せっかくフレアと仲良くなれたのだから、あたしだって絶交したくはない。

 しかしながら、地下室だけは見せることができない。
 今もまだ、二人の亡骸を処理していないからね……。

「あっ、レミーゼ様は本もたくさん読まれるのですね?」

 地下室に続く扉から目を離し、今度は書斎に足を運び、本棚へと視線を向ける。
 そのまま、フレアは本棚の端から端までじっくりと眺めていく。

「ひょっとして、レミーゼ様は……恋愛小説がお好きなのですか?」
「んー、まあ……否定はしないわ」
「やっぱり!」

 ここに置いてあるほぼ全ての本が恋愛小説だ。
 あたし自身は別に興味ないけど、レミーゼが本棚に並べたのだから肯定しないとおかしいだろう。

「実は、わたしもなんです!」

 すると、フレアが頬を緩めて同意する。
 あたしの手をギュッと握り、顔を近づけて喜んだ。

「いつか、白馬の王子様が迎えに来てくれると……そんな未来があったら素敵だなって……胸がドキドキしてたまりませんよね!」
「う、うん……」

 どうやらフレアは、夢見る少女のようだ。
 まあ、残念ながらサイダールは白馬の王子様ではなかったけど。

「でもわたし、少し前から白馬の王子様よりも欲しいものができたんです」
「欲しいもの?」
「はい! レミーゼ様です!」

 いきなりぶっちゃけてきましたよ、この聖女様は……。

「あっ、違いますよ! レミーゼ様ではなくて、その、いえっ、レミーゼ様なんですけど、そうじゃなくて……!」
「……つまり、親友が欲しかったってこと?」
「っ、それです!」

 なるほど、そういうことか。
 正解を口にすると、フレアはホッと一息吐いた。

「あたしも……ここに来てから孤独だったから、フレアと仲良くなれて嬉しいわ」
「ここに来てから……ですか?」
「いや、こっちの話だから、気にしないで」

 まさか、別の世界から来たとは言えないからね。
 手をひらひらとさせて、はぐらかす。

「――あ、誰か来たみたいですね?」
「テイリーかしら」

 とここで、玄関のベルが鳴る。
 テイリーが雑務を終えて戻ってきたのかもしれない。思っていたよりも早かった。

「わたしが出ますね!」

 気が利く子だ。
【ラビリンス】にどっぷり浸かっていた現実のあたしとは大違いだ。

「……そろそろ、終わりにしないとね」

 玄関へと向かうフレアの背中を見ながら、ぼそりと呟く。

 このまま、レミーゼに成り済まして生きることはできない。
 本当のあたしはレミーゼではなく、この世界ではトロアなのだから。

 王国との衝突を避けることができた時点で、あたしの役目はほぼ終了している。
 サイダールを見つけ出して拘束したあとは、【変身】を解いてトロアとして生きていくことになるだろう。

「フレアには悪いけど……」

 せっかくできた親友が、突然行方を晦ませることになる。
 フレアを裏切るような行為だと思うけど、いつまでもレミーゼを利用するわけにはいかない。

 地下室の扉へと視線を移す。
 その先にある二人の亡骸も、あたしがこの手で供養する。それが、二人の命を奪ったあたしにできる、唯一の償いだ……。

 と、物思いに耽っているときだった。

「――嫌っ!」

 フレアの声が響く。
 すぐに視線を戻すと、フレアは両手両足を縛られたまま、玄関の床に倒れていた。

「フレアッ!!」
「あのいけ好かない野郎は不在のようだな」

 続いて、別の声が響く。
 玄関の扉の向こうから、ゆっくりと姿を現す人物がいた。それはもちろん、あの男だ。

「……サイダール!」