「……よし、異常なし」

 地下牢に続く階段を、足音を消しながら慎重に下りていく。
 そっと顔を覗かせてみるけど、オットンの姿はない。どうやら留守のようだ。

 王国兵との戦争に向けて駆り出されているのかもしれないけど、不用心にも程がある。この牢には、今回の戦争の原因とも言える聖女様が捕えられているのにね。

 そこを留守にするなんて、正直間抜けすぎる。
 まあ、そのおかげで何の問題もなく忍び込むことができるわけだけど。

 次があれば、領内の穴を一つ一つ確かめることにしよう。

「フレア? ……居る?」

 懐かしささえ感じる地下牢を、一歩ずつ進んで行く。
 恐らくここに居るであろう聖女様の名前を呼びつつ……。すると、

「……あ、フレア!」

 一番奥の牢で、何かが動いた。
 確認してみると、そこにはフレアの姿があった……って、マズイ!

「ちょっと! 待ちなさい!」

 自分が着ていた服を千切って、縄の代わりにしたのだろう。
 それを鉄格子に引っかけたフレアは、そこに自分の首を入れようとしている。

「っ、レミーゼ様!? どうしてここに!」
「あんたに会いに来たのよ! って、どうでもいい! それよりそれ! あんた死ぬつもりじゃないでしょうね!?」
「とっ、止めないでください! 監守の方から聞きましたっ、わたしのせいで戦争が起きようとしていることを……ッ!!」
「いやいや! だからってなんであんたが死ななきゃなんないのよ!」
「これは! 戦争を引き起こしてしまったわたしなりのケジメです! だからお願いですっ、止めないでください!」

 フレアは、自分が原因で戦争が起きようとしていることを悔やんでいる。
 せめてその責任を取ろうと、自害を試みたのだ。

 でもそれは間違っている。
 そんなことをすれば猶更、後に引けなくなる。

「【熔解/対象:鉄格子】ッ!!」
「――ああっ」

 鉄格子を溶かす。
 今にも首を絞めようとしていたフレアは、力なくその場に倒れ込んだ。

 あたしはそんなフレアの手を引っ張り、無理矢理に起き上がらせる。そして、

「勝手なことを言うな!」

 思いっきり頬をひっぱたいてやった。

「ぃ、……う、うぅ、……うあああっ!!」
「……はぁ。泣くぐらいなら最初から止めときなさいっての」

 一先ず、安心かな。
 泣かれてしまったけど、死なれるよりはよっぽどマシだ。

「……あんたさ、自分のせいで戦争を引き起こしたって言ってるけど、まだ起きてないから。っていうか、まだ始まってもいないから!」
「っ、で、でも……もう、止めることなんて……」
「できる!」

 フレアの不安な声を遮って、あたしは断言する。

「あんたと……このあたしが手を組めば、戦争の一つや二つ! 簡単に止めることができるっての!」

 大見得を切ってみせる。
 その大半が不確かなものであることは、ここでは置いておこう。

「……レミーゼ様と、わたしが……ですか?」

 すると、フレアはか細い声ながらも絞り出し、目を合わせてきた。
 だからあたしはしっかりと頷いてやる。

「あんたはだれ! 聖女でしょ! そして、一応あたしも……ローテルハルクでは聖女と呼ばれているわ。そんな二人が、二人の聖女が力を合わせるんだから、できないことなんて何もない! 違う?」
「二人の聖女……」
「いいこと? この戦争を止めることができるのは、あんたとあたしだけなの! だからお願いよ……あたしに、あんたの力を貸しなさい!」

 言い切った。
 正直、自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。
 これであたしの思いが伝わらないのであれば、もうどうしようもない。王国との全面戦争を迎え撃つまでだ。でも、

「レミーゼ様」

 フレアが、あたしの名を口にする。
 その瞳には、もう、迷いは無くなっていた。

「こういうとき、親友なら何も言わずに手を貸すのかもしれません……ですが、一言だけ。一言だけ、言わせてください……」

 息を吸い、同じように吐く。
 それから、フレアはあたしの手を取って宣言する。

「はいっ、喜んで!」

 めっちゃ目が輝いてる……。

 この日。
 王国公認の聖女フレア・レ・コールベルと、ローテルハルク領限定の偽者聖女レミーゼ・ローテルハルクの二人が、手を取り合うことになった。

 その目的は、ただ一つ。
 戦争を止める。ただそれだけだ。