理解が追いつかない。
 どうしてフレアが地下牢に閉じ込められることになったのか。

 昨夜の出来事が原因か。
 でもそれはフレアではなくてサイダールの仕業だ。フレア自身は何も悪くない。

 だからあたしは慌てて会いに行こうとした。
 けど、周りの人たち全員に全力で止められた。あたしの命を狙った奴の親玉と思われているのだろう。

 違うと言っても説明できないもどかしさ……。
 あたしとサイダールの関係を全部話すことができれば楽なんだけど、それは絶対にできない。

 結局、あたしは地下牢に近づくことはおろか、城内から出ることも許可されなかった。
 そして、予定していたフレアとの城下町散策イベントも、流れで中止になってしまった。

 買い出しに行った侍女から伝え聞いた話によると、どうやらフレアが捕まったことや、その理由など、既に領内で噂になっているらしい。

 これはみんなの誤解を解くために相当骨が折れそうだ……。

 そんなことを悠長に考えていた……その夜のこと、再び凶報があたしの許へと舞い込んできた。

「た、たたたっ、大変です! 王国軍がこちらに向かっています!」
「――はい?」

 またまたご冗談を……と言いたいところだけど、どうやら冗談ではないらしい。

 血相を変えた兵士が城内に入るや否や、あたしとレバスチャン、そしてテイリーに報告する。それは、サイダールが二千の王国兵を引き連れて、ローテルハルク領へと進軍を開始したとするものだった。

 進軍の理由は、聖女フレア・レ・コールベルの救出とのこと。
 そして総指揮を執るのはもちろん、サイダールだ。

 昨日の今日で、随分と行動の早いことで。
 というか、そんなことはどうでもいい。それよりも、問題なのは進軍してくる王国兵の数だ。一千じゃなくて、二千って……。

「倍じゃん」

 何してくれてんの、サイダール!
【ラビリンス】のメインシナリオ通りに話を進めたいんなら、せめてそこは大人しく一千で我慢してよね!

 ダークエルフの顔を想像し、頭の中で愚痴を吐く。
 それが本人に届くわけもないことは重々承知の上で、それでも愚痴を吐かずにはいられない。

「何が何でもシナリオ通りに事を運ぼうって意志を感じるわね」

 あたしというイレギュラーな存在と出会ったからこそ、サイダールは決断せざるを得なかったのだろう。このままあたしを放っておけば、【ラビリンス】のシナリオが総崩れになってしまうと危惧したに違いない。

 先手を打ったのは、サイダールだ。
 じゃあ、後手のあたしは何をすればいい?

「お嬢様、陣頭指揮はお任せいたします! よろしいですな?」
「……ん? は?」

 後手番を考えていると、横からレバスチャンが口を出す。
 陣頭指揮……? あたしが……?

「えっと……冗談よね?」
「まさか! 旦那様が不在の今、ローテルハルク領を背負って立つことができるのは、お嬢様を除いておりませんからな!」
「いやいや、あたしにそんな大役っ、どう考えても無理でしょ!」
「ご謙遜なさるな! あの演説は、民の心に確かに響きましたぞ! ですからお嬢様が旦那様の代わりを務め、王国兵を迎え撃つのです!」

 んなバカな!
 っていうか、なんで迎え撃つ気満々なんですかレバスチャン!

「さあ、さあ! 民が待っておりますぞ!」
「はい? ちょっ、あたしは……っ」

 レバスチャンに腕を掴まれ、城の外に出る。
 すると、出待ちしていたのだろうか、領民たちがあたしの姿を見て歓声を浴びせる。

 なにこれ、いったいどうなってるの?

「聖女様ー! 俺たちも戦いますよー!」「やってやりましょうよ!」「そうだそうだ! 王国兵を返り討ちにしてやるぜー!」「皆殺しにしてやんよー!」

 ……引くわ。
 あんたたち、血の気が多すぎるって。

「見なさい、お嬢様。民たちの心は一つです……!」
「うん、見たくなかった」

 今すぐ現実逃避したい。
 逃げ場がないから無理だけど。

 王国兵が進軍を開始したことは、領民にも伝わっている。
 そこかしこから上がってくる声に、耳を傾けるまでもない。どうやらあたしたちも総出で迎え撃つことになりそうだ。

 誰も彼もが武器を手に叫んでいる。
 誰かに質問したいんですけど、ローテルハルク領には野蛮な人しか居ないんですかね?

 僅か一日でこの有様ですよ。
 どこで道を間違えたのか、誰か教えてください。

「さあ! 次は戦闘の準備を始めますぞ!」
「レバスチャン、あんたもノリノリよね」

 なるほど、顔見せ役か。
 あたしを城外に連れ出したのは、みんなの士気を高めるためってわけね。

 もはやため息しか出ない。

 城内に戻ると、兵士たちだけでなく、侍女たちもあっちへこっちへと忙しなく走っていく。武器庫から武具の調達をしているのだろう。これが戦争を始める前段階か。

「お嬢様! 杖の予備はこちらにたくさんありますからね!」
「え、ええ……ありがとう」
「お嬢様! 動き易く邪魔にならないドレスを幾つか用意しました!」
「あー、うん。ホントに動き易そうね……」
「お嬢様! 今すぐ魔道具店に行って爆発魔法を描いた巻物を貰ってきますね!」
「あんたは爆発好きすぎか!」

 侍女たちも、やる気に満ちている。
 誰一人として逃げようとはしない。

「これが、ローテルハルク……」

 そう。これがローテルハルクで、レミーゼが守ろうとしたもの……。

「……あたしも、嫌いじゃないんだよね」

 メインシナリオ通りに話を進めるためだけに、滅ぼされてしまう。それがローテルハルク領に科せられた宿命だ。
 でも、そんなことはさせない。あたしが絶対に止めてみせる。

「ちょっと、お花を摘みに行ってくるわ」

 だからあたしは、この場をこっそりと抜ける。
 そして目的の場所へと人目を避けて向かった。

 もう、できることはないのかもしれない。
 もう、止めることはできないのかもしれない。

 だけど、ほんの少しでも可能性があるのであれば、あたしはそこに賭けたい。
 そしてどうにかしてもらおう。

 他力本願クソ喰らえだけど、あたし一人じゃどうにもならない状況になっているんだ。
 ってことで、無理矢理にでも手を貸してもらうつもりだ。

 だからあたしは、地下牢に忍び込むことにした。