「レミーゼ様、お初にお目にかかります。フレア・レ・コールベルと申します」
「……あ、はい。っ、初めまして。あたしは……レミーゼ・ローテルハルク。父アルバータ・ローテルハルク公爵の娘ですわ」

 ダメだ、上の空になる。
 気をしっかり持たなければ……。

 現状、まだ気付かれていないはずなので、冷静に対処すれば何とかなるはずだ。

「ようこそ、ローテルハルク領へ。あたしたちはフレア様を歓迎いたします」

 手を差し出すと、フレアは何の疑いもなく握手に応じた。
 そして、次にあたしが目を向けたのは、フレアの斜め後ろに立つ人物……。

「ところで、そちらの方は……」
「ああ、彼ですか?」

 あたしの声に対し、フレアは振り向いてその人物を見る。

「わたしの護衛みたいです」
「みたい……です?」
「はい。聖地巡礼の旅に出る際に、いつの間にか決まっていました」
「は……はぁ」

 そうですか、と。
 いやいや、本人を前にしてその言い方は大丈夫なのだろうかとお尋ねしたくなる。

 まあ、そんなことはどうでもいい。
 あたしは、フレアの護衛と目を合わせる。すると、

「サイダール。それが俺の名だ」

 サイダールと名乗った人物……あたしは、この男を知らない。
 それは決して記憶違いではない。正真正銘、これがこの男との初対面だ。

 ……でも、知っている。
 名前を知らないはずのサイダールのことを、あたしは確実に知っている。

 当然だ。知らないわけがない。
 何故ならば、サイダールは……その見た目が【ラビリンス】で選択することのできる初期アバターと瓜二つだからだ。

 これはいったい、どういうことなのだろうか。

 いや、考えるまでもない。
 この世界にとって【ラビリンス】のアバターは存在しないはずのものだ。
 ということはつまり、サイダールは……。

「……サイダール様ですね、よろしくお願いいたしますわ」

 令嬢スマイルで切り抜ける。
 だけどサイダールは見向きもしない。あたしのことなど眼中にもないのだろう。

 それよりも、しきりに辺りをキョロキョロと見回している。
 サイダールが何をしているのか、あたしにはすぐに分かった。

 あれは、応接間での嫌がらせイベントが始まらないことを疑問に思っている表情だ。

 はい、残念でした!
 そこはとっくに対応済みですよ!

「レミーゼ様。このお茶、とても美味しいですね」
「え? ……あー、はい。そう言ってもらえると用意した甲斐がありますわ。あとで侍女たちを褒めてあげないと」

 よくやった、いやホントに。
 最高品質のお茶を最高の状態で提供する。侍女として最高の仕事をしてくれたよ。

 そんなことを思いながらも、あたしの思考は再びサイダールで埋め尽くされる。

【ラビリンス】の世界に入る際、プレイヤーはアバターを選択する必要がある。
 初期アバターは種族と性別、肌色や体格など、細かく設定することが可能だ。
 種族を人族にした場合のみ、現実の自分の姿がアバターとなって反映される。

 フレアに同行した王国兵は応接間の外で待機しているけど、一人だけ入室を許可されたのが、サイダールだ。
 その見た目は長身イケメンのダークエルフで、【ラビリンス】の初期アバターのそれと全く同じだ。

 聞くところによると、王国領内でフレアが困っているときに助けたのがきっかけで、聖女の護衛兼、ブレーン役を任されるようになったらしい。

 もし、サイダールが【ラビリンス】のプレイヤーであるとしたら、ブレーン役になるのも容易いことだ。
 だって、【ラビリンス】のメインシナリオを経験しているわけだからね。

 そして、サイダールという存在は、あたしにとって最悪の敵となる可能性が高い。

 今、あたしの目の前にいるサイダールは、【ラビリンス】のプレイヤーの一人として、メインシナリオを攻略している最中なのだろう。

 その過程で、顔を合わせることになるレミーゼ……つまりあたしは、サイダールにとって、ただの敵……序盤のボスキャラでしかない。

 何が言いたいのかというと、メインシナリオのままに話が進んだ場合、あたしはサイダールと敵対するということだ。

「こちらの茶菓子も絶品ですので、どうぞお試しになってください」
「はい、いただきます!」

 テーブルに置かれた茶菓子に目を向けるフレアに、声をかける。
 すると、フレアは嬉しそうにそれを手に取り、口へと運んだ。仕草の一つ一つが可愛くて和む……。

 とにかく、この場を乗り切ることが大事だ。
 今あたしがすべきことは、フレアの機嫌を損ねることなく、丁重にお持て成しすること。そしてそのまま無事にお帰りいただくこと。
 ただそれだけに集中するんだ。

 サイダールというダークエルフについては、追々考えることにしよう。

 あたしは、心の中で言い聞かせる。
 そして再び、気を引き締め直すのだった。