「し、……死ぬ」

 いっそ殺して、とはもちろん言わないけど、それぐらいあたしは疲れていた……。

 侍女たちから新レミーゼと呼ばれるようになって一時間ほど、あたしがしたことといえば、まずは領民全員を対象とした演説だ。

 この短時間でローテルハルク公爵家からレミーゼが演説を行うと発表し、実行に移すことができたのは、さすがとしか言いようがない。

 そんな中で最も驚いたのが、領民たちの参加率だ。
 兵士を引き連れて城下町の広場に足を運んだあたしは、その人の数に……引いた。

 いや、あたしが呼びかけたんだけどね。
 でもまさか、こんなに集まるとは思ってもみなかった。

「静粛に! 静粛に!」
「只今より、我らが聖女! レミーゼ・ローテルハルク様が演説を行う!」

 兵士たちが声を上げ、あたしが演説するための舞台を作り上げる。
 それに対し、領民たちは歓声を上げている。

「……お腹痛い」

 この空気、ヤバい。今すぐ逃げ出したい。

 兵士の話によると、ほぼ全ての領民があたしの演説目当てに集まっているとのこと。
 レミーゼ、あんたどんだけ人気なんですか……。

 ここに居る全ての視線を浴びながらも、あたしは舞台上に立つ。
 ゆっくりと、大きく深呼吸をして……前を向く。

「――お父様が行方知らずになったわ」

 第一声が、これだ。
 その瞬間、辺りがざわつき始めた。領主が居なくなったのだから当然だ。

「この不測の事態に、神を名乗る輩は更なる試練を与えた……聖女フレア・レ・コールベルによる聖地巡礼の旅よ」

 その名を口にすると、今度こそ不満の声が上がった。
 それもそのはず、フレアはあたしのライバル的存在だからだ。

 時系列的には聖地巡礼の方が先に決まっていたんだけど、まあそこは別にいい。わざわざ説明するまでもない。
 大事なのは、そのあとだ。

「……あたしはこれまで、彼女のことを敵対視してきた。理由は……聡明な貴方たちであれば、言わずとも分かるでしょう」

 ある日、王国公認の聖女様が誕生した。その者の名を、フレア・レ・コールベルという。
 そして対抗するように、ローテルハルク領で新たな聖女様が誕生する。それがあたし……レミーゼ・ローテルハルク公爵令嬢だ。

 二人の聖女は、比較の対象とされた。
 その結果は言わずもがなで、王国公認の聖女派の人たちは、あたしを偽者の聖女だと罵った。

 それが民たちの感情を高ぶらせることになった。

「正直に言うと、そのままでも構わないと思ったわ。だって、あたしには貴方たちが居るもの……でも、お父様の行方が分からなくなった今、あたしは……いえ、あたしたちは、無理矢理にでも変わらなければならなくなった」

 優しく語りかけるように、言葉を紡いでいく。
 すると、怒りに表情を歪めていた人たちが、あたしの声に耳を傾ける。

「あたしたちが暮らす、この土地を……そしてみんなの笑顔を守っていくために……だから、あたしの願いを聞いてほしい」

 届くかどうか分からない。でも、訴えなければ伝わらない。
 そして、あたしはレミーゼとしてみんなに声を届ける。

「ローテルハルク領の繁栄と、みんなの未来のために……あたしに力を貸してちょうだい」

 静寂、そして歓声が上がる。
 あたしの耳には、反対する声は一つも聞こえなかった。

「うぅぅ、お見事です……お嬢様……ッ!」
「うわっ、レバスチャン居たの!?」

 聞き覚えのある声が聞こえて後ろを振り向くと、泣き顔に鼻水を垂らした老人……レバスチャンが立っていた。

「旦那様、見ておられますか……? お嬢様は……ご立派になられましたぞ……!!」
「はいはい、分かったから。とりあえず鼻水を拭きなさい」

 今のあたしにできることは、全部やったつもりだ。
 あとはもう、流れに身を任せるしかない。これでもフレアとの対立を防ぐことができないというのであれば、そのときは……レミーゼの代わりに、あたしがみんなを守ってみせる。
 元βテスターの力を、思う存分見せ付けてやるつもりだ。

「お嬢様! 外に待機中の兵から、あの女が間もなく到着するとの知らせがありました!」

 あたしの許に駆け寄る兵士が、フレア一行の情報を伝えに来る。

 遂に、このときが来た……。
 いよいよ本物の聖女様とのご対面というわけだ。

「教えてくれてありがとう。でも、本人の前でその言い方は絶対にしないこと。いいわね?」
「は、はい! 畏まりました!」

 演説したけど、本当に大丈夫だろうか……。
 いや、もうこのまま迎え入れるしかない。対策を練る時間は残されていないんだからね。

「……さあ、運命を変える時間よ」

 意を決し、あたしは城へと戻る。
 支度を整え、侍女たちにも指示を出し、レバスチャンをも顎で使う。

 そして、あたしは足早に応接間へと向かった。一分一秒でも待たせたくないからね。

「――ッ!?」

 そこに居たのは、聖女フレア・レ・コールベルで間違いない。
 但し、もう一人……。

 あたしがよく知る人物が、そこに居た。