テイリーの様子がおかしかったので、追いかけたいと思ったけど、長風呂でのぼせ上がっていたせいで時間がない。
 とにかく今は、あたしにできることをしよう。

 ローテルハルク城の内部は、全て記憶している。
 それどころか、あたしは【ラビリンス】で探索可能なほぼ全てのマップやシナリオを覚えていた。
 己の人生の三分の一を捧げたのだから、ある意味当然とも言える。

 その結果、まずはフレアが領内入りする前に、問題点を解決するべく、手を打っておくことにした。

 何をするのか。それは至って単純明快だ。
【ラビリンス】の世界で、レミーゼと領民たちが仕出かした数々の嫌がらせ行為を、全て先回りして回避すること。そうすれば、フレアを怒らせることなく、穏便に帰ってもらうことができるはずだ。

 但し、それを実行に移すことの難しさと、レミーゼに対する信仰心を……あたしは侮っていた。

「嫌です!」「そうですそうです! これは絶好のチャンスなんですよ!」「あの女を亡き者するのがわたくしたちの役目なんです!」「そうです! 務めなんです! だから止めないでください!」

 もう、なんて言えばいいのか。
 侍女たちに、フレアに飲んでもらうお茶を最高品質のものにするようにと命令したら、全員から猛抗議を受ける羽目になった。

 まあこれも、全てはレミーゼが好かれている何よりの証拠と言えるだろう。

 だからこそ、ただ頭ごなしに却下して命令するだけではなく、その後のフォローも忘れてはならない。彼女たちを慰めるのも、あたしの役目だ。

「あのね、貴女たちの気持ちは凄く嬉しいと思っているの。でもね――」
「じゃあいいじゃないですか!」「そうですよ! 打倒ッ、偽りの聖女です!」「目にもの見せてやりますよ!」「レミーゼ様の足元に這いつくばらせてやるんです!」

 ……うん。
 ダメだ、この子たち。重症だよ……。

「ちょっと、あんたたち、あたしの話をちゃんと聞きなさい」
「聞いてますよ! あの女をぶっ倒すんですよね!」「任せてください! わたし、魔道具店に伝手があるんです! 爆発魔法を描いた巻物で粉々にしてやりますよ!」「過激~! でもそれぐらいしないとあの女も反省しませんからね!」「そうそう、やってやりますよ!」

 全然聞いてないし!
 っていうか、爆発魔法の発端はお前か!

「いいからあたしの話を聞けーっ!」

 さすがに堪忍袋の緒が切れた。
 あたしは声を張り上げ、侍女たちを整列させる。

「いいこと? これはローテルハルクの存続を懸けた戦いなの。だからたった一つのミスも許されない……分かる?」
「はい! ミスなくあの女を亡き者にするんですよね!」
「だから違うって言ってるでしょ!」

 再び、怒号。

「あのね……あたしのためを思ってやってくれているのは、十分に理解しているわ。その気持ちは嬉しいし、貴女たちの愛を感じたもの。でもね、それだけじゃダメなの。貴女たちがしようとしていることは、昔のあたしが求めていたこと……」
「昔のお嬢様……?」
「そう、昔のあたし。そして今のあたしは、貴女たちに別のことをしてほしいと思っているの。だからね、今のあたしのために動きなさい。それが貴女たちの使命よ」
「し、使命……!」「素敵ッ!」「はあぁん! 新しいお嬢様の誕生だわ!」「これが新生レミーゼ様なのね!」

 そろそろ頭が痛くなってきた……。
 初っ端からこの調子だと、あたしの体が持つのか不安になってくる。

「新お嬢様! それで……わたくしたちは、今から何をすればよろしいのでしょうか!」

 キラキラした瞳をこちらに向けて、指示を仰ぐ。
 ……全員、良い目をしている。この輝きを失くしてはならないよね。

「最初に言ったけど、まずはお茶! フレアに出すお茶の品質を、あたしがいつも飲んでるものと同じにしなさい。それから、フレアが城入りしたらすぐに知らせること。応接間で放置するなんて以ってのほかだからね」

 問題点を一つ一つ洗い出し、確実に潰していく。

 侍女たちを説得するだけでも、この労力……。
 これからもっと難しい相手――領民全員が待っていると思うと、気が重いよ……。

 だけど、領内はあたしのために良かれと思って独断で行動する人たちで溢れている。
 だから今ここで動かなければならない。

 レミーゼに成り済ましたのは、あたしの判断だ。
 だからせめて、ローテルハルク領が戦禍の渦に巻き込まれるのを防ぐまでは、レミーゼとして動くつもりだ。とはいえ、

「……納得、してくれるかな」

 レミーゼを慕う民たちが、レミーゼのライバルである聖女フレアの聖地巡礼を歓迎し、手厚く持て成す姿が想像できない。

 正直、不安しかない。

「はぁ……」

 気付けばまた一つ、あたしはため息を吐いていた。