「あ~、気持ちいい」

 お風呂から上がったあたしは、だらしない格好のままソファに寝転がり、侍女たちに団扇で扇がれていた。

 ここはひょっとして極楽かな?
 そんなバカみたいなことを考えながら、侍女たちに視線を向けてみる。

「……」

 うん、なんだろうね、これ。
 こんなだらしない人間の相手をしているというのに、めちゃくちゃ嬉しそうな顔で扇いでいるんですけど……。

 そっと、目を逸らす。
 微笑ましいものでも見ているかのような視線を向けないでほしい。

 なんていうか、その、……ローテルハルクの聖女と呼ばれるだけのことはある。
 でもはっきり言うと、レミーゼの信者怖いです。

 ……まあ、それも込みで、あたしはレミーゼ・ローテルハルクがどれほど民に愛されているのか、再認識することができた。

 だからこそ、歴史を変えなければならない。
【ラビリンス】の世界のレミーゼと同じように、あたしも皆を守ってあげたい。心からそう思う。

 そのために、あたしにできることは、ただ一つ。
 王国公認の聖女フレア・レ・コールベル。彼女を敵に回さないこと……。

 つまり、今あたしがすべきことは、事前の根回しだ。
 領民たちが仕出かす数々の嫌がらせを、前以って回避しておくこと!
 それがあたしに与えられたミッション!

 目指せ、フレアに嫌われずに何事もなくお帰りいただく作戦!

「……あ、テイリー! ちょうどいいところに来たわね!」
「っ」

 侍女たちに甘やかされていると、視界の端にテイリーの姿が映った。
 レミーゼの直属兵のはずが、今までどこをほっつき歩いていたのだろうか。

 まあ、それはいい。おかげさまでお風呂を満喫することもできたし。
 とはいえ、推しの成分を得ておきたいから、思い切って声をかけてみた。

「ねえ、これから凄く忙しくなるの。だから貴方の手を貸して欲しいんだけど」
「お、俺ですか……」

 フレアがローテルハルク領入りをする前に、やるべきことは山ほどある。猫の手だって借りたいほどだ。……ところで、この世界って猫はいるのかな?

「当然でしょ? 貴方以外に誰がいるって言うのよ?」

 手伝ってほしいとお願いするけど、何やら挙動不審だ。
 目が泳いでいるようにも見えるけど、どうかしたのだろうか。

「テイリー、貴方の働き次第では、ローテルハルク領の未来が大きく変わるかもしれないわ。だからあたしを手伝いなさ――」
「すみません!」

 あたしの台詞を遮って、テイリーが謝る。

「……え?」
「お、俺! ……失礼します!」

 一言残して、テイリーはあたしの前から全速力で走り去っていく。

 なに、あれ?
 あたし……ひょっとして、避けられてる?

 テイリーはレミーゼの直属兵で、あたしの命令は絶対のはずなのに……。
 ……どうして?

 あたし、テイリーに何かした……?