レミーゼの屋敷からローテルハルク城までの道すがら、例の如く領民たちから囲まれることになった。

 表の顔はこんなにも素晴らしく愛されているのに、どうしてレミーゼは裏で奴隷拷問をするようになったのだろうか。

 この件に関しては、【ラビリンス】ファンの間でも意見が割れていた。

 レミーゼ・ローテルハルクは、あくまでも【ラビリンス】に登場するNPCの一人だ。メインシナリオにおいても、序盤でプレイヤーに倒されることが義務付けられている。

 そんな敵役だからこそ、【ラビリンス】はレミーゼを二面性のあるキャラクターにしたのかもしれない。

 表の顔は、正しく聖女そのものだ。
 レミーゼの影響力は異常なまでに強く、聖女の名の下に民と触れ合い、そして導く姿を見せることで、領内での犯罪行為はほぼ皆無だった。

 故に、地下牢に入る罪人も領民ではなく、外部の人間に限られていた。
 アン・ドゥ・トロアの三姉妹も、元々は孤児院に流れ着いた外部の人間だった。

 ゲルモから聞いた話では、実際に拷問する奴隷の選別も、外部出身の罪人に絞っていたという。

 ローテルハルク領を収める公爵家は、レミーゼを旗印として、罪を犯す必要のない……それほどまでに裕福で豊かな暮らしを与え続けてきた。

 でも、【ラビリンス】の世界では、レミーゼをはじめとするローテルハルク領の面々に、救いの文字は用意されていなかった。

 聖女フレアは、近衛兵数名とプレイヤーを聖地巡礼の旅に同行させている。そして一ヶ所目となるローテルハルク領にて、フレアはレミーゼから嫌がらせ行為を受けることになる。

 まず、応接間で一時間以上待たせるところから始まり、温くて不味いお茶を何度も何度も飲むようにと強要したり、城下町にある馴染みの魔道具店で爆発魔法が描かれた巻物で危険な目に遭わせたり、これまた馴染みの喫茶店に入ったときにフレアは平民だからと入店を拒否させたりと、とにかくやりたい放題だった。

 それはもう、フレアに嫌われるのも仕方ないよと、思わずため息が出るほどだ。

 しかしその実、それら全ての嫌がらせ行為がレミーゼの指示ではなく、レミーゼこそが本物の聖女であると信じる領民や、侍女たちによる独断であったと判明したとき、あたしを含めた多くのプレイヤーたちに衝撃を与えた。

 民たちによるフレアへの嫌がらせは、全て自分が命じたことだと宣言し、高笑いしながら庇っていた。

 ローテルハルク領と民たちを愛するレミーゼの気持ちに関しては、嘘偽りがない。彼らにとってレミーゼは本物の聖女様なのだ。

 ただ単に、庇い方や守り方が下手だっただけで……。

 だからこそ、残念でならない。

 王国公認の聖女であるフレアと、【ラビリンス】のプレイヤー……つまりはあたしたちと敵対したことで、ローテルハルク領は窮地に陥る。
 王国が一千の兵をローテルハルク領に向け、出兵させたのだ。

 レミーゼを聖女として愛し、アルバータを領主として尊敬する領民たちは、各自武器を手に取って、王国兵を迎え撃った。
 と同時に、総指揮を執るプレイヤーとフレアの命を狙った。

 最終的には、王国側がローテルハルク領を制圧し、民たちは老若男女問わず、一人残らず根絶やしとなってしまった。

 これは【ラビリンス】のメインシナリオの中でも、もっとも救いのない話である。
 だからだろうか、レミーゼやアルバータのファンも多く存在し、ネット上ではファンアートが数え切れないほどに描かれている。
 レミーゼが、本当は死なずに生き延びていたとする、ifストーリーのショートショートが作られるほどだ。

 でも、フレア・レ・コールベルの聖地巡礼は、【ラビリンス】のメインシナリオの一部であり、プレイヤーにとって避けては通ることのできない道だ。故に、プレイヤーにはどうすることもできなかった。

 屋敷の地下室にある、二人の亡骸を思い浮かべる。

 もし、レミーゼとフレアの仲が良かったら、奴隷を拷問することもなかったのだろうか。
 もし、そんな未来があったとすれば、あたしは二人を殺すこともなかったのかもしれない。

【ラビリンス】で拷問令嬢と呼ばれるレミーゼにも、別の未来が待っていたのではないかと思ってしまう。

「お嬢様、そろそろ着きますぞ」
「……ええ。分かっているわ」

 レバスチャンの声で、思考が途切れる。
 深く考えすぎるのは毒だ。自分を追い詰めてしまう。

 過去に戻ることはできない。
 だとすれば、せめて、レミーゼ・ローテルハルクとして……皆を助けてあげたい。そう思った。

「着いたらまず、体を清めなさい。そのままですと、さすがに臭いますからな」
「二度も言わなくていいから!」