ここは【ラビリンス】とは違う。死んでもやり直すことができない。
 現実世界と同様に、常に死と隣り合わせの世界なんだ。

 故に、もう油断しない。
 全力を出してアルバータの息の根を止める。

「【閃光】」
「うぬっ、これは……!」

 一つ目。まずは相手の目を潰す。
 瞬間的に光を発することで、アルバータは思わず目を閉じた。

 これなら防御魔法も意味が無い。
 そして隙が生まれやすくなるので、次に繋げ易い。

「【落雷】」

 そして二つ目。視覚的に不利になったアルバータに対し、更に死角から攻撃を仕掛ける。
 発動すると同時に、アルバータの頭上から雷が落ちてくる。

「――ッ、【風盾/頭上】!」
「【光矢/五連】」

 あたしの声を聞いて咄嗟に発動したのだろう。
 頭上に防御魔法を展開したのは戦闘経験の高さが窺える。でも無駄だ。

「なん……だと!? ぐっ」

 三つ目。それはただの初級攻撃魔法。
 但し、五連続で放つから逃げ場はないけど。

 二つ目の【落雷】は囮で、三つ目の【光矢】が本命だ。
 それも一本ではなく五本なので、これをまとめて回避するのは困難だろう。
 そして、

「【稲妻/二連】」
「ッ!? 中級攻撃魔法の……連続攻撃だと……!!」

 四つ目。レミーゼが使っていた光魔法【稲妻】を二発連続でぶっ放す。

「グハッ、……くっ、【閃光】に【落雷】、それに【光矢】と……挙げ句には【稲妻】の二連とは……まるで我が娘を見ているかのようだ……!」
「あんたの娘、電撃魔法の使い手だったからね」

 まあ、もっとも、レミーゼはあたしほど上手く発動することはできなかったけど。

 五本の【光矢】のうち、三本までは避けることができたみたいだけど、残る二本が直撃していたアルバータは、その場に片膝をついていた。
 手負いに追い打ちをかけるべく、【稲妻】を発動してみせると、さすがのアルバータも表情を変える。

「いやはや……早い、この発動速度……杖も無しに、何故こんなにも早く、しかも連続発動することができるのだ……」
「あたし、人間じゃないから」
「ハッ! 化け物だとでも言うつもりかね!」
「違う違う、一度死んでるから幽霊ってことで」

 転生者=死者だからね。
 あたしは一度死んでるんだ。

「く、くくっ、これがきみの本気か……! 面白い、実に面白いではないか! これほどまでの強敵は過去に出会ったことがないぞ!」
「一人で勝手に盛り上がるのは勝手だけど、あたしにとってのあんたは強敵でも何でもないから」
「言ってくれるじゃないか! ――【風剣】ッ!! これできみを切り刻んで……」
「【解除/風剣】」
「なっ、……消されただと?」
「【奪取/魔杖】」
「――ッ!! わしの杖までもが……っ!」

 一つ一つ、詰めていく。
 ゆっくりと、でも確実に、逃げ場を削り取っていく。

 相手に何もさせない。何もできずに絶望する様を見て、そして終わらせる。
 それがあたしだ。

「【死雷】」
「っ、【反射】!」
「【解除/反射】」

 同じ過ちは犯さない。アルバータが発動した【反射】を【解除】で解く。
【反射】を消されたアルバータは【死雷】を避けることができずに直撃する。

「――ッ、がっ、……っ」

 遂に、その場に倒れ込む。
 その姿を油断せずに眺めて、あたしは口を開く。

「痛い?」

 聞く。もちろん返事の内容に興味はない。

「あたしさ、あんたの娘に拷問されて痛かった」

 淡々と告げる。
 魔力椅子で拷問されたときのことを……。

「でもさ、恨んだりはしなかったよ。あんたの娘のこと」

 そう。
 あたしはレミーゼのことを恨んではいなかった。

「だってさ、レミーゼはあたしにとって大好きな【ラビリンス】に登場するNPCの一人だったからね」
「っ、ぐうぅ……大好きな……NPC……?」
「分かんないでしょ? でもいいの。あんたはそれでいい。何も知らないまま死ぬのが一番幸せだから」

 もう、助からない。【死雷】を浴びたアルバータには、雷による死の苦しみが待っている。
 回復魔法を発動すれば危機を脱することもできるけど、もちろんそれを許すつもりはない。

「死ぬ前に、何か言い残すことはある?」

 ただただ、じわじわと、弱っていく様を監視する。
 もはや体を動かすこともできなくなったアルバータは、苦し気な表情を浮かべたまま、あたしを見上げて口を動かす。

「その、顔……その顔だ……」
「顔……?」
「つ、妻に……似ている……あぁ、わしを捨て……なぜ、あの男の……行ったのだ……だから、殺した……だから、娘だけでも……」

 それは絞り出すような声だった。

 妻に別の男ができて、逃げられた。
 そんな妻を許すことができず、己の手で殺めてしまった。

 これは、アルバータによる懺悔なのだろう。

 そして、レミーゼは若かりし頃の妻と瓜二つだった。
 だからこそ、レミーゼまでも失いたくない一心で、どんな願いであろうとも叶えてあげたのかもしれない。

 その結果、誕生したのが【拷問令嬢】のレミーゼ・ローテルハルク……。

「……さよなら、アルバータ公爵」

 ピクリとも動かなくなったアルバータを見下ろしたまま、そっと呟く。
 これで人を殺したのは二人目だ。

 一人目はレミーゼで、二人目がアルバータ。
 二回目ということもあってか、前回よりも動揺は少なかった。

 でも、それでも精神的にしんどい。
 地下室には、ローテルハルク親子の亡骸が並ぶことになった。

「……、……ふぅ」

 暫く時間をかけて、無理矢理に心を落ち着かせると、あたしは地下室をあとにした。

 ダメだな、限界が近い。
 もう一度だけ、あのベッドに横になろう。そして目が覚めたら、一つ増えた死体をあたしの手で葬らないと……。

 ベッドに腰掛け、そのまま倒れる。
 相変わらずこのベッドはふかふかだ。

 結局、その日はそのまま屋敷のベッドでうなされながら眠ってしまった。