「どうして、お父様がここに? 確か王都に行かれたと聞いたのですが……」

 こんな突然、いきなりの顔合わせに、思わず驚いてしまった。
 けど、逃げるわけにもいかない。こうなってしまった以上、アルバータと言葉を交わす必要があるだろう。

 とりあえず、今疑問に感じていることを訊ねてみた。

 ローテルハルク領と王国との距離は、片道だけでも半日はかかる。
 だから今ここにアルバータが居るのはおかしい。

 もしや、王都での用事をすっぽかしてきたとか……?
 すると、

「転移陣に決まっておるわ!」
「……あー、転移陣を使われたのですね」

 なるほど、それなら納得だ。
 アルバータが移動する際に利用したのは、転移陣と呼ばれるものだ。

 転移陣とは、魔力で描いた陣のことで、魔法陣の中の一つである。
 アルバータの話によると、どうやらローテルハルク城と王城は転移陣で繋がっているらしい。

 これはあたしにとっても初耳だ。【ラビリンス】では王城の隅から隅までくまなく探索し、目には見えないレアアイテムを手に入れたこともあったけど、転移陣を見かけたことは一度もなかった。

 転移陣自体は、【ラビリンス】の世界では誰もが知る魔法の一つとされていて、初期配置されているものから、自分で描いてダンジョンの奥地に配置するものまで、そこら中に描かれていた。

 但し、それをNPCが利用するといったことは、【ラビリンス】では一度もなかったはず。

 この世界では、元プレイヤーのあたしとNPCとの違いがないし、一人一人が意思を持っているから、NPCが転移陣を利用したとしてもおかしくはないのだろうけど、【ラビリンス】脳のあたしとしては絶対にできないと思っていたことなので、認識を改める必要がありそうだ。

 しかし……ということはつまり、【ラビリンス】でローテルハルクが落城したとき、転移陣で逃げ延びた人も、中にはいたのかもしれない。
 まあ、その辺の話は全く明かされていなかったわけだけど。

【ラビリンス】の世界では、レミーゼは領民たちと力を合わせて、王国兵とプレイヤーを相手に、最後の最後まで戦い抜こうとしていた。

 でも、レミーゼを聖女と慕う領民や、父のアルバータ公爵、それに直属兵のテイリーの心中は同じで、戦況不利になった時点で如何にレミーゼを逃がすかだけを考えていた。

 その結果、ただ一人、レミーゼは自分の屋敷へと逃げることができたんだけど、メインシナリオでは、そこで自害したとされている。

 その後、廃墟と化した屋敷の地下室で、プレイヤーは本物の聖女であるフレアと共に、レミーゼの亡骸を見つけている。

 でも今になって思い返すと、あれはレミーゼらしき人物の亡骸だった。

 もし、あたしの他にも【変身】に似た魔法を使える人が居たとしたら……?
 本物のレミーゼは【ラビリンス】の世界のどこかで、今も生きているのかもしれない。

 この仮説が当たっているとしたら、レミーゼのファンは大喜びするだろう。アップデートでメインシナリオが更新されて、レミーゼと再会する可能性もあったのかも……。

 ……まあ、ここは【ラビリンス】ではないし、今となっては確かめようもない。

「それで? わざわざ屋敷までいらして、あたしに何か御用でしょうか?」
「御用も何も、父が娘に会うのに理由など必要か!?」

 圧のある表情で、グイっと近づいてくる。
 思わず目を逸らしてしまった。

「そもそも、そもそもだ! お前の顔を見たい一心で兵たちに行方を捜させていたが、一向に戻ってこんではないか! そしてようやく戻ってきたかと思えば、ワシに会わずに屋敷に向かう始末……! 何故ッ! 何故にすぐ顔を見せてくれない!」
「お、お父様、顔が……お顔が近すぎますわ」

 それはもう、大泣きだ。
 大の大人がわんわんと泣いている。

【ラビリンス】では、アルバータは一人娘のレミーゼを溺愛していた。
 だからこそ、まるで子供のような非難の仕方もあり得るのだろう。

 本来であれば、ここでアルバータと顔を合わせるつもりはなかった。
 けど、この調子なら上手い具合に切り抜けることができるかもしれない。

 そう思ったのも、束の間。

「【拘束】」
「え」

 アルバータが杖を手に魔法を発動し、あたしの手足を拘束する。

「おっ、お父様? これは何の冗談ですか?」

 抗議の声を上げる。
 その相手――アルバータは、いつの間にか泣き止んでいた。

 真顔であたしを見下ろし、一言、訊ねる。

「きみはだれだ?」