「はぁ、死地に赴く兵士の気分……」

 今、あたしはジャバリの馬車に乗って屋敷へと戻る道中にいた。
 屋敷に戻る理由は、ただ一つ。地下室にあるレミーゼの亡骸を処理するためだ。

 ゲルモが拠点とする名も無き村に足を運んだことで、アンとドゥを救い出して匿うことはできた。
 だからあとは何もかも放棄して逃げ出してしまえばいい。
 レミーゼに成り済ますのを止めてしまおう。そう思っていた。

 変身魔法を解くだけで、あたしはレミーゼからトロアに戻ることができる。
 そうすれば、誰にもあたしを見つけることは不可能だし、【ラビリンス】に似たこの世界で自由を手にすることができるだろう。

 じゃあ、何をする?

 そう考えたとき、あたしはどうしてもレミーゼのことが頭から離れなかった。
 それもそのはず、だってあたしはほんの僅かな時間とはいえ、この世界をレミーゼ・ローテルハルクとして生きてきた。

 だからこそ、あたしが後始末をつける必要があった。

 もちろん、レミーゼにはアルバータから召喚命令が出ているので、屋敷に戻るのはリスクが高い。
 明確な目的がないのであれば、早いうちに領の外に出た方がいい。

 でも、それはあたしの役目だ。

 思いがけない形ではあったけど、レミーゼの命を奪い、結果的に変身魔法を使って成り済ますことになってしまった……その罪滅ぼしとして、せめてあたしの手で弔ってあげたい。

 だからあたしは、屋敷に戻ることを決めた。

 それ以外にも、しておきたいことが幾つかある。
 人身売買に加担していた人たちに向け、あたしはレミーゼに成り済ましたまま、そういうことはもう辞めると宣言するつもりだ。

 レミーゼが辞めると言えば、次の被害者が出ることはない。
 事の発端はレミーゼの趣味……奴隷拷問なのだから。

 拷問好きのレミーゼが行方を晦ませた時点で、何もする必要はないとは思うけど、そのままでは孤児院の子供たちが心配だ。

 たとえレミーゼに対してだったとしても、あんなに嬉しそうに笑う子供たちの姿を見てしまったら、見て見ぬ振りはできない。

 ジャバリが何と言うか分からないけど、キッパリと人身売買を止めるように言わなければならないだろう。

 それに今、このまま逃げ出したとしても、アルバータは決して諦めない。レミーゼのためであれば手段を問わず、たとえ己の手を汚そうとも何とも思わない男なのだ。

 屋敷の地下室で自分の娘を見つけたあと、すぐにあたしの行方を捜すはずだ。
 その過程で、アルバータは必ずゲルモが拠点としていた名も無き村を調べることになるだろう。もしそうなってしまえば、トロアの姉であるアンとドゥも無事では済まない。

 何かあってからでは遅いのだ。

「……どうか、アルバータと遭遇しませんように」

 鬱々とした気分のまま、あたしを乗せた馬車は走る。
 やがて孤児院に到着すると、あたしは子供たちの波を掻き分けながら一人、屋敷へと急いだ。