……なるほど、やっぱりここは【ラビリンス】の中か。

 目が覚める前にログインしようとしていたし、今あたしの目の前にNPCのレミーゼがいるわけだし、勘違いではないだろう。
 つまり、サークルの人に刺されたのも気のせいで、だから痛くもなんともないわけで……。

 ……ところでこれ、何のイベント?

 レミーゼが牢に顔を見せるイベントなんて【ラビリンス】では一切なかったはずだけど、これってもしかして……隠しイベントか何かかな?

「おい、あれってレミーゼ様だろ? ……ってことは、噂は本当だったんだな」

 レミーゼの姿を見て、嬉しそうにアンが口を滑らせる。

「アン姉、噂って何のこと?」
「脱獄なんかしなくても、ここから出られるかもしれないって話だ」

 ドゥも知らなかったのだろう。噂とやらをアンに訊ねてくれた。
 するとアンは、先ほどまで考えていた脱獄の話をすっ飛ばして、牢の外に出られるかも、と口にする。

「それ、ホント? わたしたち……脱獄する必要ないの?」
「ああ。路上生活をしてたとき、ここに入ったことがあるやつの話を聞いたことがあるんだけどな」

 曰く、週に一度か二度のペースで解放してもらえると。
 曰く、それにはレミーゼ・ローテルハルクが関わっていると。
 曰く、解放条件として、建前上、レミーゼと主従契約を結ぶ必要があること。

 ここに居るのは罪を犯した者ばかりだというのに、どうして解放してもらえるのか。
 アンに教えた人物は、レミーゼに救ってもらったわけではなく、刑期を全うして出てきたらしいので、詳しいことは分からなかった。
 でも、噂がある時点で期待したくもなる。本当の話なのかも……と。

 現に今、鉄格子を挟んであたしたちを見ているのは、レミーゼ本人である。
 ここまで来れば、アンとドゥの期待値も高まるというものだ。

「ドゥ、トロア、やったな。これでまず、一人か二人……いや、私たちは三姉妹だから、運が良ければ三人揃って外に出してもらえるかもしれないぞ」

 蓄積された緊張が解れたのだろう。牢の中に居ながらも、アンがホッと一息吐く。

「レミーゼ様には悪いけど、ここから出たら今度こそ捕まらないように気を付けようぜ」
「もう、アン姉ってばいつもそうなんだから……」

 やれやれとドゥがため息を吐く。だけどその表情はさっきよりも明るくなっている。アンの話を聞いて安心したに違いない。

 捕まっても懲りないなと思ったけど、スリが主な収入源なのだから、仕方あるまい。
 但し、事はそう簡単に運ぶものではない。

「牢屋に罪人、そしてレミーゼとの主従契約……」

 マズイ。これは非常にマズイ。
 あたしはこのシナリオを知っている。このあとの展開と結末の全てを……。

 実際に、この目で見たわけではない。だって後日談で語られるものだから……って、そんなことはどうでもいい。とにかく、このままだと大変なことになってしまう。

 これは、【ラビリンス】の序盤でプレイヤーがクリアしなければならない、メインシナリオの一つ。

 レミーゼは、ローテルハルクの領民たちに慕われる心優しき公爵令嬢である。領内限定とはいえ、聖女様と呼ばれるほどだ。
 だけど、裏の顔は……。

「……拷問令嬢」