地下牢から地上に出たあと、あたしは孤児院まで急ぎ足で向かうことにした。
だけど、これもレミーゼが人気者であるが故の弊害とでも言うべきか、ひとたび城下町に足を踏み入れると、途端に領民たちが集まってくる。
これが、この姿が、ローテルハルク領の聖女、レミーゼ・ローテルハルクだ。
改めて思うけど、あたしは非常に危険な人物に【変身】してしまったようだ。
それにしても、これほどまでに領民から愛されているのに、どうしてレミーゼは奴隷の拷問をするのだろうか。
そんなにもフレアのことが憎いのか。
そんなにも聖女の称号が欲しかったのだろうか。
【ラビリンス】のレミーゼは、内面を描かれることがなかった。だからあたしにはレミーゼに成り切ることができない。このままレミーゼの振りを続けていても、そう遠くないうちに見抜かれてしまうだろう。
そのときが来る前に、あたしはレミーゼを止めるつもりだ。
そして三姉妹のトロアに戻って、その姿でこの世界を生きていくしかない。
「……ここ、よね」
揉みくちゃにされながらも目的地までの道をゆっくりと進んでいき、ようやく孤児院に到着した。もう既に疲れが溜まっている。
……レバスチャンにも指摘されたけど、お風呂に入り損ねたのが痛かった。無事に二人を助け出すことができたら、どこかでゆっくり入ることにしよう。
しかし本当に疲れるのはこれからだ。
なにせここは子供たちの本拠地のようなもので、孤児院の入口付近には数え切れないほどの子供の姿があった。
この中に今から突撃するのか……。
既にあたしに気付いている子も居るみたいで、遠くから目を輝かせてこちらを見ているのが分かる。
そんな目で見るほど、レミーゼは憧れの対象だというのか。
「こんにちは。ジャバリさんはいらっしゃるかしら」
一先ず入口に近づき、傍に居る子供に話しかけてみた。すると、
「せーじょさまだー!」「わー!」「やったやった!」「せいじょさまだいすきー!」
「ぐえっ」
案の定、容赦のない引っ付き攻撃が始まった。
人気者は辛い……現実のあたしとは真逆すぎるところが更に辛さを増している。
「ねえねえっ、せーじょさま! 今日はどーしてきてくれたの!」「ぼくに会いにきたんだよ!」「ばかっ、ちがうにきまってるじゃない!」「そーよ! わたしに会いにきてくれたんだもん!」
圧と勢いが強すぎる。これが子供の恐ろしさ……。
【ラビリンス】で年間一位になるよりも子供の相手をする方が大変な気がする。
「おや、おや……レミーゼ様」
とここで、レミーゼの名前を呼ぶ大人の声が聞こえた。
声の主と目を合わせる。
皺くちゃの顔のお爺さんが、長杖を支えに立っていた。
……恐らく、この老人がジャバリなのだろう。
「ジャバリ、忙しいところ悪いけど、少し二人で話せるかしら?」
「ふむ、ふむ……分かりました。散らかっておりますが、それでもよろしければ、お越しくださいませ」
予想は的中した。
ジャバリはあたしのお願いに頷き、孤児院の中へと入っていく。
「せいじょさま! じじいとあそぶのー?」「じじいよりわたしたちとあそぼーよ!」
子供たちがドレスを引っ張って駄々を捏ねる。
ジャバリ、じじいって呼ばれているのか……。
「ごめんなさいね、ちょっとお仕事の話をしなければならないの」
「ちぇ~」「じゃあまってる!」「わたしもー!」「ぼくもここでまつー!」
子供たちには申し訳ないけど、今日は一緒に遊べそうにない。
あたしは愛想笑いを浮かべて一人一人の頭を撫でると、ジャバリの背中を追いかけた。
「……さて、さて」
奥の部屋で二人きりになると、ジャバリが震える手でお茶を用意してくれた。
見ているだけで不安になるから、座っていてほしい。
「レミーゼ様が、直接ここへいらっしゃるとは、珍しいことですね。……ふむ、ふむ、牢を経由せずとも、よろしいのですかな?」
すると、オットンに続いて、この老人も物騒なことを口にし始めた。
「牢を……経由?」
出されたお茶に手を付けながらも、あたしは眉を潜める。
それは決して聞き逃せない台詞だった。
「ええ、ええ……普段、牢を介し、奴隷の供給を行うようにと、取り決めたではございませんか」
「……そう、よね」
思い出した振りをする。
ジャバリが相手であれば、オットンのときよりも怪しまれずに済みそうだ。
それにしても……呆れてしまう。
レミーゼと、その取り巻きたちは腐っている。
それから暫く、ジャバリと話をすることで、新たな情報が手に入った。
まず、孤児院の経営者であるジャバリについてだけど、やはり裏でレミーゼたちと繋がっていた。
孤児院に居る子供たちの中から、あらかじめ選別しておいた子に対し、地下牢にぶち込むために適当な理由をつけてオットンへと引き渡す。それがジャバリの仕事だ。
そんな子供たちを牢の外へと救い出すのが、レミーゼの役目だ。
何も知らない子供たちは、レミーゼのことを救いの女神……否、本物の聖女様と思うことだろう。
だけど、現実は違う。
レミーゼは人身売買の首謀者であり、聖女の皮を被っているだけだ。
奴隷商のゲルモは、オットンやジャバリ、レミーゼたちが扱いに困った子供たちをまとめて引き受け、誰にも見つからないように、秘密裏に処理している。
その他にも、実際に罪を犯した者たちを奴隷化して売買し、オットン経由で地下牢へと横流しするルートがある。
つまりは二つのルートが存在し、どちらも行く先や目的は繋がっている。
そしてその目的は、ただ一つ……。
「あたしのため……なのよね」
そう、全てはレミーゼのために……。
裏の趣味である奴隷拷問……それを実現するために用意された秘密の舞台なのだ。
「……止めないとね」
一刻も早く、この流れを止めなければならない。
そうしなければ、レミーゼが趣味を堪能するためだけに、次々と犠牲者が出ることになる。
アンとドゥ……そして、あたしだけの問題じゃない。
これは、ローテルハルク領全体の問題であり、あたしがこの世界で生きていく上で、絶対に避けては通れない道だと思った……。
だけど、これもレミーゼが人気者であるが故の弊害とでも言うべきか、ひとたび城下町に足を踏み入れると、途端に領民たちが集まってくる。
これが、この姿が、ローテルハルク領の聖女、レミーゼ・ローテルハルクだ。
改めて思うけど、あたしは非常に危険な人物に【変身】してしまったようだ。
それにしても、これほどまでに領民から愛されているのに、どうしてレミーゼは奴隷の拷問をするのだろうか。
そんなにもフレアのことが憎いのか。
そんなにも聖女の称号が欲しかったのだろうか。
【ラビリンス】のレミーゼは、内面を描かれることがなかった。だからあたしにはレミーゼに成り切ることができない。このままレミーゼの振りを続けていても、そう遠くないうちに見抜かれてしまうだろう。
そのときが来る前に、あたしはレミーゼを止めるつもりだ。
そして三姉妹のトロアに戻って、その姿でこの世界を生きていくしかない。
「……ここ、よね」
揉みくちゃにされながらも目的地までの道をゆっくりと進んでいき、ようやく孤児院に到着した。もう既に疲れが溜まっている。
……レバスチャンにも指摘されたけど、お風呂に入り損ねたのが痛かった。無事に二人を助け出すことができたら、どこかでゆっくり入ることにしよう。
しかし本当に疲れるのはこれからだ。
なにせここは子供たちの本拠地のようなもので、孤児院の入口付近には数え切れないほどの子供の姿があった。
この中に今から突撃するのか……。
既にあたしに気付いている子も居るみたいで、遠くから目を輝かせてこちらを見ているのが分かる。
そんな目で見るほど、レミーゼは憧れの対象だというのか。
「こんにちは。ジャバリさんはいらっしゃるかしら」
一先ず入口に近づき、傍に居る子供に話しかけてみた。すると、
「せーじょさまだー!」「わー!」「やったやった!」「せいじょさまだいすきー!」
「ぐえっ」
案の定、容赦のない引っ付き攻撃が始まった。
人気者は辛い……現実のあたしとは真逆すぎるところが更に辛さを増している。
「ねえねえっ、せーじょさま! 今日はどーしてきてくれたの!」「ぼくに会いにきたんだよ!」「ばかっ、ちがうにきまってるじゃない!」「そーよ! わたしに会いにきてくれたんだもん!」
圧と勢いが強すぎる。これが子供の恐ろしさ……。
【ラビリンス】で年間一位になるよりも子供の相手をする方が大変な気がする。
「おや、おや……レミーゼ様」
とここで、レミーゼの名前を呼ぶ大人の声が聞こえた。
声の主と目を合わせる。
皺くちゃの顔のお爺さんが、長杖を支えに立っていた。
……恐らく、この老人がジャバリなのだろう。
「ジャバリ、忙しいところ悪いけど、少し二人で話せるかしら?」
「ふむ、ふむ……分かりました。散らかっておりますが、それでもよろしければ、お越しくださいませ」
予想は的中した。
ジャバリはあたしのお願いに頷き、孤児院の中へと入っていく。
「せいじょさま! じじいとあそぶのー?」「じじいよりわたしたちとあそぼーよ!」
子供たちがドレスを引っ張って駄々を捏ねる。
ジャバリ、じじいって呼ばれているのか……。
「ごめんなさいね、ちょっとお仕事の話をしなければならないの」
「ちぇ~」「じゃあまってる!」「わたしもー!」「ぼくもここでまつー!」
子供たちには申し訳ないけど、今日は一緒に遊べそうにない。
あたしは愛想笑いを浮かべて一人一人の頭を撫でると、ジャバリの背中を追いかけた。
「……さて、さて」
奥の部屋で二人きりになると、ジャバリが震える手でお茶を用意してくれた。
見ているだけで不安になるから、座っていてほしい。
「レミーゼ様が、直接ここへいらっしゃるとは、珍しいことですね。……ふむ、ふむ、牢を経由せずとも、よろしいのですかな?」
すると、オットンに続いて、この老人も物騒なことを口にし始めた。
「牢を……経由?」
出されたお茶に手を付けながらも、あたしは眉を潜める。
それは決して聞き逃せない台詞だった。
「ええ、ええ……普段、牢を介し、奴隷の供給を行うようにと、取り決めたではございませんか」
「……そう、よね」
思い出した振りをする。
ジャバリが相手であれば、オットンのときよりも怪しまれずに済みそうだ。
それにしても……呆れてしまう。
レミーゼと、その取り巻きたちは腐っている。
それから暫く、ジャバリと話をすることで、新たな情報が手に入った。
まず、孤児院の経営者であるジャバリについてだけど、やはり裏でレミーゼたちと繋がっていた。
孤児院に居る子供たちの中から、あらかじめ選別しておいた子に対し、地下牢にぶち込むために適当な理由をつけてオットンへと引き渡す。それがジャバリの仕事だ。
そんな子供たちを牢の外へと救い出すのが、レミーゼの役目だ。
何も知らない子供たちは、レミーゼのことを救いの女神……否、本物の聖女様と思うことだろう。
だけど、現実は違う。
レミーゼは人身売買の首謀者であり、聖女の皮を被っているだけだ。
奴隷商のゲルモは、オットンやジャバリ、レミーゼたちが扱いに困った子供たちをまとめて引き受け、誰にも見つからないように、秘密裏に処理している。
その他にも、実際に罪を犯した者たちを奴隷化して売買し、オットン経由で地下牢へと横流しするルートがある。
つまりは二つのルートが存在し、どちらも行く先や目的は繋がっている。
そしてその目的は、ただ一つ……。
「あたしのため……なのよね」
そう、全てはレミーゼのために……。
裏の趣味である奴隷拷問……それを実現するために用意された秘密の舞台なのだ。
「……止めないとね」
一刻も早く、この流れを止めなければならない。
そうしなければ、レミーゼが趣味を堪能するためだけに、次々と犠牲者が出ることになる。
アンとドゥ……そして、あたしだけの問題じゃない。
これは、ローテルハルク領全体の問題であり、あたしがこの世界で生きていく上で、絶対に避けては通れない道だと思った……。