「えっ、レミーゼ様!? ……あの、本日はどういった御用でしょうか?」

 足音に気付いていたのだろう。
 地下牢の階段を下り切る前に、監守が様子を見るために顔を覗かせてきた。

 昨日は頭が混乱していたのもあって忘れていたけど、この監守……あたしの記憶が間違っていなければ、確か【ラビリンス】での名前はオットンだったはず。

「……オットン」
「はい? 何でしょうか?」

 よし、間違ってない。
 この監守の名前はオットンで合っている。

「あの奴隷のことなんだけど、あのあとすぐに壊れちゃったのよね」
「え? もう壊してしまわれたのですか?」
「ええそうよ。だからまた新しいのが欲しくなっちゃって……」
「なるほど、そういうことでしたか!」

 納得するオットン。
 いやいや、普通に対応されたけど、監守もグルなのが恐ろしすぎる。

 というか、もし仮にオットンがグルじゃなかった場合、奴隷を壊したとか言わない方がよかったわけで、これは完璧にあたしのミスだ。

 オットンがこちら側の人間だからよかったものの、今後は発言の一つ一つに細心の注意を払う必要があるだろう。

「ほら、残りの子が居たでしょう? あの子たちをまとめて欲しいんだけど」
「あー、あの二人ですか? いやー、残念ですけど当てが外れましたね」
「……それ、どういうことかしら」
「聞くよりも、とりあえずご覧になってください。ささっ、どうぞどうぞ!」

 そう言われて、オットンの案内で地下牢を進む。
 そして気付いた。

「……誰も居ないわね」

 牢の中には、誰も居ない。
 ここに囚われていたはずの二人の姿は、どこにも見当たらない。

「そうなんですよ。実は昨日のうちにゲルモさんに連れてってもらいましてね」
「……ゲルモ?」

 その名前は一度も聞いたことがない。
 トロアたちと同様に、【ラビリンス】のメインシナリオで登場するキャラクターではないのだろう。

「はい、奴隷商のゲルモさんです」
「っ、……奴隷商、なのね」

 オットンと話すことで、新たに奴隷商のゲルモという人物がかかわっていることが分かった。アンとドゥをここから連れ出したのも、その男のようだ。

「ねえ、オットン。どうしてゲルモはここから二人を連れて行ったのかしら」
「あー、その件ですけど、レミーゼ様があのガキを【隷属】で奴隷化したとき、やっぱり心配だから一緒に出してくれって喚いてたじゃないですか」

 言われてみれば確かに、あたし一人を先に行かせることに不安を感じていたのだろう。妹思いの二人だ。

「レミーゼ様が居なくなったあとも、実はずっと喚いてましてね。しかも挙句にはレミーゼ様を侮辱するようなことを叫びやがって……今でもムカつきますよ、あのガキ共……!」

 オットンの気持ちとかどうでもいいから、早く先を言ってほしい。
 あたしが続きを促すと、オットンは頷いた。

「侮辱罪に当たるんで、オレが直々に制裁加えてやったんですよ。そしたら大人しくなったんですけど、ちょうどそのとき、ゲルモさんが着ましてね。だからこいつら引き取って処分してほしいって頼みました!」

 得意気な表情で語るオットン……。
 その顔、今すぐに殴ってやりたい。けど、まだ我慢だ。

「……ふうん。それで、ゲルモは今どこにいるのよ」
「え? いや、知りませんけど」
「知らない……? どうしてよ、ここに来たんでしょう?」
「どうしてと言われましても……ゲルモさんは普段、ただの商人じゃないですか。だからどこに居るかなんて分かりませんよ」
「商人……」

 なるほど、表の顔は普通の商人で、それを隠れ蓑に奴隷商をしているのか。
 だとしたら、マズイ。

 オットンはゲルモに二人の処分を任せた。
 つまり、早く行方を追わないと手遅れになる可能性が高い。

「困ったわね」

 悩む。どうすればゲルモを見つけ出すことができるのか。
 オットンが余計なことをしなければ、今頃二人を連れて領内から脱出していてもおかしくはなかったのに……。

「……ねえ、ゲルモの行き先に心当たりのある人は居るかしら」
「ゲルモさんの行き先ですか? そうですねー……ジャバリさんとか知ってそうな気がしますけど」

 またもや、知らない名前が出てきた。

「ジャバリ?」
「はい、ジャバリさんですけど……まさか忘れました?」
「うるさいわね、最近疲れてるのよ」

 ダメだ。
 姿形はレミーゼに成り済ますことができても、レミーゼが今までにしてきたことや、出会った人に対する情報が、あたしにはない。

 だからどうしても聞かざるを得ない。

「それで、その人はどこに行けば会えるの?」

 これ、絶対に怪しまれてるよね。
 でも多少は仕方ない。勢いで乗り切るんだ。

「? いや、孤児院に決まってるじゃないですか。ジャバリさん、経営者ですし」
「孤児院……そう、そうだったわね! ありがとう、助かったわ」

 もうこれ以上、オットンに用はない。
 ボロが出る前にここを退散することにしよう。

 それだけ言い残し、あたしはそそくさと地下牢をあとにしようとする。
 けど、オットンが背中に声をかけてきた。

「レミーゼ様? あの、……大丈夫ですか?」
「大丈夫って、何のこと?」
「いやー、あの、今日のレミーゼ様……変ですよ? 疲れてるって言いますけど、なんて言うか、その……記憶でも失くしたみたいな感じがしますし」
「少し、寝ぼけてただけよ」
「寝ぼけてたって……拷問のしすぎで、レミーゼ様にも影響が出てるんじゃないですか?」

 思いのほか、オットンは鋭かった。
 でも記憶は失くしていない。だって初めから知らないんだからね。

「……ああ、そうだ! レバスチャン様にお願いして、体にいい薬でも出してもらいましょう! ちょうど罪人を切らしてましたし、ご一緒しますよ!」
「要らないから!」

 強めの口調で、オットンの提案を断る。
 これにはオットンも驚いたようで、口をぽかんと開けたまま固まっていた。

 今ここで、レバスチャンと会ってしまっては、全てが水の泡になるかもしれない。
 だからなんとしてでも一人で行動するんだ。

「オットン。あんたの役目は地下牢の監視でしょう? だったら捕まってる人が居ても居なくてもここに居なさい」
「は……はぁ、そうですよね……」

 渋々頷くオットンを見て、あたしは今度こそ地下牢をあとにする。
 その場に残されたオットンは、ただ茫然とあたしの背中を見ていたに違いない。