アルバータと顔を合わせてから一緒に朝食を取るのかと思っていたけど、あたしの分だけ先に運ばれてきた。

 ……これ、あたしだけ勝手に食べてもいいのかな。

 とここで、お手伝いさん? 侍女? それとも執事見習い? 女性が一人、レバスチャンの横について何事かを耳打ちしている。

 まさか、あたしがレミーゼじゃないことが早々にバレてしまったとか……。

「……お嬢様、よろしいですかな」
「な、なによ!」

 レバスチャンがあたしを呼ぶ。思わずビクッと肩を揺らしてしまった。
 いざというときは、ここから全力で逃げ出さないと……。

「旦那様ですが、急用で王都へと向かわれたようです」
「お、……王都に? あ、ああ……そう? そうなんだ? へー、ふーん」

 ……危なかった。
 慌てすぎて逃げ出すところだった。

 どうやら、アルバータは食事の席に着くことができないらしい。
 実の親子であれば、あたしが偽者であることを一瞬で見抜いてしまうかも……と内心冷や冷やしていたので、ほっとした。

「お父様ったら、あたしとの朝食をすっぽかして王都に行くなんて酷いわ。それってどんな用事なのよ」

 ちょっとだけ、余裕が出たからかもしれない。
 レミーゼが言いそうな台詞を口にしてみた。

 すると、レバスチャンは急に渋い顔を作り込み、重い口を動かす。

「……件の聖女、フレア・レ・コールベル氏が、聖地巡礼の旅に出るとのことです。その一つ目の巡礼先がローテルハルク領に決定したらしく、国王から直々に呼び出しを受けたようですな」
「ふーん、聖地巡礼ねえ……お父様も大変だこと」

 ローテルハルク領とロンド王国は目と鼻の先だけど、徒歩なら半日はかかる距離だ。
 つまり、アルバータは明日になるまで帰ってこないことが確定した。

 よし、これはあたしにとって良い傾向だ。運が向いてきた気がする。

「……」
「……」
「……え? 何よ二人とも、間の抜けたような顔しちゃって」

 気が付くと、レバスチャンとテイリーが目を丸くしてあたしの方を見ていた。
 それどころか、周りにいたお手伝いさんたちも、同じ反応をしている。

 何この空気?
 あたし、変なこと言ったかな?

「いえ、あの……レミーゼ様が、あの女の名前を聞いても表情一つ変えなかったもので、つい……」
「……あ」

 しまった。これはやらかしてしまったかもしれない。

 テイリーの言うあの女とは、フレアのことだ。
 フレアとは、ロンド王国から聖女の称号を授かった正真正銘の聖女様である。

 王国公認の聖女様であるフレアが、聖地巡礼の旅に出るというのは、【ラビリンス】のメインシナリオにも組み込まれていた。

【ラビリンス】のプレイヤーとして遊んでいたときのあたしは、それこそプレイヤー側の人間だったから、気にも留めていなかった。でも、今のあたしはプレイヤーではなく、レミーゼ・ローテルハルクだ。

 だとすれば、話は百八十度変わってくる。

 レミーゼとフレアは、ライバル関係にある。
 まあ、正確にはレミーゼが勝手にライバル意識を持っているだけなんだけど。

 ただ、だからこそフレアの名を出しても動じないあたしの姿を見て、レバスチャンとテイリーは驚いてしまったのだろう。

「それは……アレね。ほら、いちいちあんな女のために、あたしがイラつくのって時間の無駄でしょ? だから気にしないことにしたの」
「そ、そうだったんですね……」
「……お嬢様、少しは大人になられましたな」
「う、うるさいわね!」

 レバスチャンは一言多いのが玉に瑕だ。
 とはいえ、無事に誤魔化すことができたようで一安心だ。

「……はぁ」

 それにしても疲れた。
 食事を取る前にこんなに疲れることになるとは思わなかった。

 姿形から他人を演じるのって、本当に難しい。
 今思うことは、一刻も早く、この成り済まし生活から抜け出したい。それだけだ。