「こんな場所に扉があったなんて……」

 外を移動をするのは、これが二度目だ。
 一度目のときは誰の目にも付かないルートを通ったけど、どうやら今回は表ルートを通るらしい。テイリーが先導し、その後ろをついていく。

 ……いや、これは表じゃない。どう考えても裏ルートだ。

 城壁のとある箇所に、細工扉が造られてあった。一見するとただの壁だけど、押せばちゃんと開くようになっている。

 誰にも見られないようにと細心の注意を払い、テイリーが扉を開けて先導する。

 扉をくぐって少し歩くと、あたしとテイリーはいつの間にか城下町に出ていた。
 これは非常時用か何かだろうか。漫画やアニメでよくある、王族や貴族だけが知っている抜け道的な……。

 この扉に関しては、【ラビリンス】の設定でも明かされていなかった。
 それもそのはず、だって【ラビリンス】のプレイヤーとしてレミーゼの屋敷へと足を運んだとき、この場所は既に廃墟と化していたから……恐らく、あたしを除いて知る者はいないだろう。

 というか、どうして今日はこのルートを使うのか。
 お城に行くだけなら、昨日と同じ道の方が近いはずなのに……。

「あっ、聖女さまだ!」
「ホントだ! 聖女さまー!」

 暫く歩いて城下町の路地に出た途端、街の子供たちに気付かれる。
 そりゃそうだ、こんなに目立つドレスを着た人間が歩いていたら、遠目にも一瞬でレミーゼだと分かるだろう。

 子供たちが、ワッと集まってきた。
 そして次から次にあたしの体に引っ付いてくる。

「う、うぐっ」

 子供というのは、手加減を知らない。
 思いっきりあたしのお腹に頭突きしてくる子供から、腕を掴んで全体重を乗せてくる子供に、更にはバレないように胸を触ろうとするエロガキまで混ざっている。

 真顔でいうけど、ヤメロ。

「ほらほら、退いた退いた。レミーゼ様は忙しいんだ」

 とここで、救いの手が伸びる。それはテイリーだ。
 あたしの体に引っ付いて離れようとしない子供たちを、一人ずつ優しく引っぺがしていく。……エロガキに対してだけ、剥がし方が荒いのは気のせいかな?

 ある程度聞いてはいたけど、レミーゼは本当に領民から慕われているらしい。

 あたしの姿を見つけるや否や、我先にと群がる子供たちを目の当たりにして、思わず腰が引けてしまうほどの人気っぷりだと感じた。現実のあたしだったらあり得ない光景だ。

 大人たちも嬉しそうに近寄ってきた。
 両手を合わせて拝んでくる人……あたしは神様や仏様じゃないです。
 握手を求めてくる人……ちょっと有名人になった気分だけど、そろそろ手を離してください。
 見たこともない果物や野菜をくれる人……物理的に重い。全部テイリーに持たせよう。

 なるほど、この道を通る理由が分かった。
 こうやってレミーゼは領民たちと触れ合っていたんだ。

 正直、疑っていなかったといえば嘘になる。
【ラビリンス】では拷問令嬢として有名なレミーゼなので、これは予想外としか言いようがない。

 メインシナリオでは、レミーゼやアルバータをはじめとしたローテルハルク領の民たちの声を聞く機会が、ほとんどなかった。

 だからこういった事情があるということを、プレイヤー側であるあたしは全く知らずにいた。表舞台ではないが故に語られていなかっただけであって、裏には裏の物語がしっかりと創られていたのだ。

 まあもっとも、奴隷を拷問することに変わりはないし、その点を隠しているのは事実なので、善人でないことは確かだけど。

「着きましたよ、レミーゼ様」

 もみくちゃにされながらも、牛歩の如く移動し、あたしはようやく目的地に着くことができた。ローテルハルク城の門前だ。

「あっ」

 紳士という言葉が似合いそうな老人が一人、門の前に立っている。
 この老人の顔にも見覚えがある。名前は……。

「……レバスチャン?」
「お嬢様、その寝ぐせは何ですかな?」

 目を細め、指摘してくる。
 名前について何も言い返してこないということは、やはりこの老人はレバスチャンで間違いない。

 ――レバスチャン。【ラビリンス】におけるこの老人の役割は二つある。

 一つは、アルバータ・ローテルハルク公爵の専属執事だ。魔法の腕も兼ね備えた武闘派執事であり、公爵の右腕的存在といえる。

 そしてもう一つが、レミーゼの教育係……だったはず。【ラビリンス】では、そういった場面が出てこないので、どのような教育をしているのか定かではないけど……顔を合わせて早々に寝ぐせの指摘をするぐらいには、身嗜みに厳しい性格をしているようだ。

「こ、これは……寝ぐせよ」
「お嬢様はオウムですか? 爺が指摘したことをアホ面で繰り返すのはゼロ点と言われても仕方がありませんぞ」
「うっ、……寝相が悪かったから、ついちゃったのよ! 仕方ないでしょ!」
「でしたら、早めに起きて寝ぐせを直す時間を作ること。公爵令嬢として身嗜みに気を遣うのは最低限のマナーと考えなさい。よいですな?」
「……わ、分かったから、そこを退きなさい」
「む? ……お嬢様、体は清められましたかな?」

 もういいだろうと、しっしと手を振ってあしらう。
 だけどレバスチャンは許してくれない。

「若干……臭いますな」
「れ、レディーに対して失礼ね!」
「そう思うのでしたら、まずはご自身が周りに不快感を与えていないか考えるところから始めなさい」

 もしここが地球だったら、ハラスメント行為で一発アウトの発言のオンパレードだ。
 まあ、現実のあたしは、そういうのを訴えたりするほどの行動力は無いけど。

「分かった! もう分かったってば!」

 これ以上は聞きたくない。あたしは耳を塞ぐ仕草で抗議する。
 それを見たレバスチャンは、やれやれと言わんばかりの顔をしたまま背を向けた。

 ここまではテイリーが先導してくれたが、城内はレバスチャンが案内してくれるのだろう。今からどこに行けばいいのかさっぱりだったので助かった。

 焼け落ちたあとの城内マップは頭に叩き込んであるので、間違いがなければどの場所に何があるのか分かるんだけど、さすがに今からあたしが行くべき場所がどこなのかは、聞いてみないことには分からない。

 レバスチャンに案内されてやってきたのは、縦にめちゃくちゃ長いテーブルの置かれた部屋だった。

 この場所は、レミーゼとアルバータが食事を取る部屋だったと思う。
 ということは、今から朝食なのかな?

 時間的にも合っているし、お腹もペコペコだからちょうどいい。
 でも、これはますますマズイことになった。

 レミーゼの父であるアルバータと共に食事をするのか……。

「さあ、席にお付きください」
「ええ。……ところでレバスチャン? お父様は……」
「間もなくいらっしゃいます」

 ですよね! 分かっていましたとも!

 できることなら、今すぐにでもここから逃げ出してしまいたい。やっぱり成り済ましなんてしなければよかった。
 アルバータと顔を合わせて、無事に乗り切ることができるだろうか?

「……うぅ」

 席に着いたあたしは、気が気じゃなかった。
 レバスチャンやテイリーの目には、借りてきた猫のように大人しく映っているに違いない。

 ああ、神様仏様。どうか成り済ましがバレませんように……。