地下室とはいえ、レミーゼが発動した【稲妻】の威力とその音は、当然というべきか屋敷の外まで響いていた。

 その音を耳にしたテイリーは、レミーゼの身に、何か不測の事態が起きたのかもしれないと考えたのだろう。屋敷の扉を叩いて返事を待つ姿が目に浮かぶようだ……。

 レミーゼの直属兵であるテイリーは、【ラビリンス】における聖女戦争イベントにおいて、プレイヤーの前に最強の敵として立ちはだかった。
 魔法剣士としての腕を存分に発揮し、王国兵を次々と屠る恐ろしき姿には、数多くのプレイヤーが目を奪われた。

 そんな人に、もしレミーゼの死体を見られたりでもすれば、あたしは問答無用で攻撃されるだろう。というか、殺される。

 じゃあ、どうする……?
 逃げ場がない以上、テイリーも……彼もレミーゼと同じように……。

「ころ……す?」

 ……いや、いやいやいや!
 あたしはいったい何を考えているんだ!

 ここは【ラビリンス】の中じゃない。地球とは違う別の現実世界だ!
 人を殺していいはずがない!

 一人殺してしまったのだから、もう一人殺したところで、大した違いはない。
 そう考えてテイリーをこの手にかけてしまったら、それこそただの人殺し……罪人に成り下がってしまうだろう。

 この世界で、レミーゼは確かに生きていたし、それはテイリーだって同じことだ。
 こんな状況で上手く思考することができないけど、あたしの中の考えをまとめる必要がある。そうしなければ、あたし自身が壊れてしまうから。

 とにかく今は、どうすればテイリーと一戦交えることなく、この場を乗り切ることができるのか。それだけを考えるんだ。

 考えろ、考えろあたし……何か妙案が浮かぶまで考え続けろ、あたし……!

「……ぁ」

 一つ……。
 一つだけ、ある。

 攻撃魔法でレミーゼの屋敷を丸ごと破壊して逃げ出すようなことをせず、レミーゼの死を隠し通すことのできる夢のような魔法が……一つだけ、あった。

「……もう、これしかない」

 それは、【ラビリンス】の世界でもあたしだけに許された特別な魔法。
 他のプレイヤーが習得することのできない、あたしだけの固有魔法……。

「あたしが……あたしがレミーゼになって、誤魔化すしか……!」

 再度、あたしは床に横たわる人物に目を向ける。
 そこにあるのは、【稲妻】で丸焦げになったレミーゼの亡骸だ……。

「……ごめんなさい、貴女を殺すつもりはなかったの」

 でも、殺らなければ殺られていた。
 そして今、それをやらなければならない。

 だからあたしは、この世界で目覚めてから三つ目となる魔法を発動する。

「固有魔法――【変身/対象:レミーゼ・ローテルハルク】」

 己の身に、魔力が駆け巡るのを感じた。
 それから僅か数秒のこと……。

「……もう、後戻りはできない」

 死体となったレミーゼを見下ろすのは、あたし。
 但し、姿形がレミーゼとそっくりになったあたしだ。

 これが、固有魔法【変身】の効果だ。
 対象相手の姿形そっくりに変身することが可能となる。

「演じるのよ……あたしが、拷問令嬢レミーゼ・ローテルハルクを……!!」