神崎マリエが連絡を入れていると思ったのだけれど、この様子だと連絡はしていないようだ。

もしかしたら田辺さんが阻止してくれたのかもしれないけれど。


「とりあえず、ミーティングルームに移動しようか」

「そうね。柚乃、行こう?」


辰巳さんがそう言って先に編集部を出て行く。

私と綾音先輩がその後ろから続く。

綾音先輩はずっとさっきから私の背中に手を添えている。

まだ何も話していないけれど、何かあると思ってくれているのだろう。

ミーティングルームに入ると、辰巳さんが私の正面に座る。

綾音先輩はどこに座ろうか一瞬迷ったようだけど、私の隣に腰を下ろした。


「あれ?綾音に話があるんじゃなかったの?これだと、俺と面談するみたいになっちゃうけど?」

「……これで大丈夫です。話があるのは辰巳さんにですから。綾音先輩、同席ありがとうございます」

「えっ?」


私の言葉に辰巳さんは驚いたけれど、綾音先輩は驚かなかった。

そればかりか、全てを悟ったようで怒っているような悲しんでいるような複雑な表情を見せる。


「実はさっき、スノーライツ出版に行って、恋するスイーツ企画を担当した神崎マリエに会ってきました」

「……えっ?……ああ、その企画を担当したのが黒澤の親友だって言ってたっけ?……あれ、でも親友は亡くなってるから……」

「ええ。私は、あなたがゴミのように切り捨てた、桐山七海の親友です。そして会ってきたのは、七海の企画を盗んだあなたの彼女です」


目をそらす事なく、淡々と言い放った私の横で、ガタッと音を立てて立ち上がったのは綾音先輩。

正面の辰巳さんは、目を見開いて明らかに動揺した顔つきをしている。


「な、何を言ってるんだ……?」

「……あ、正確にはあなたが七海からUSBを盗んで、彼女に渡したんでした。しらばっくれても無駄ですよ。神崎マリエが全てを白状してるんで」

「直也っ!」


バンッと机をたたいて怒鳴ったのは綾音先輩だった。

その音に驚いて、更に辰巳さんの表情は崩れる。


「……ずっと騙されてました。爽やかで優しい表情の裏側は、自分さえ良ければどうでもいいような自分勝手で最低なゴミ野郎だったなんて。七海の企画を盗んだのは神崎マリエだけじゃなくて、あなたも共犯だったんですね」

「いや、それは……」

「企画を盗まれ、プロポーズをされたのにゴミのように捨てられた七海は絶望して、自ら命を絶ちました。それでも何とも思いませんか?」


半泣きになりながら言うと、綾音先輩が身を乗り出して辰巳さんの胸倉を掴んで立ち上がらせる。